第二話 崩壊の拳・後編
真冬は、あのまま白い部屋で休むことになった。
ベッドは一つしかないのに、銀鏡さんも一緒に寝ると言い出した。しょうがないので俺が床で寝ると言ったら、自室に戻っていった。心配性なのだろう。
翌朝。
わかったことは、ここは一軒家ということだ。しかも三階建て。本当に一人で住んでいるようで、もしかしたら銀鏡さんは、かなりの金持ちなのかもしれない。
魔女の懐事情は知らないが、そりゃ、あんな薬があればね。
もらった洗面用具一式を使い、洗面所で身なりを整える。
ほどなくして心紅が現れた。
「おはよう······早いのね。ふぁ」
心紅は口元を抑えて大あくびをする。目は開けてるのか閉じてるのか、わからない状態で、むにゃむにゃとしており、髪もしっちゃっかめっちゃかだ。
「朝弱すぎるだろ」
逆に真冬は寝起きがとてもいい、それは実戦の中で培われた技術だ。起きて五秒で戦える自信が真冬にはあった。
「あのね、今何時だと思ってるの? 五時よ、五時。わかってんのー?」
寝ぼけているのか、口調も柔らかくなっている。
「ま、早い方がいいだろうからな。というか構わずに寝てればいいだろう」
「いい、もう起きちゃったし。学校の準備しよーかしらー」
「ん? まて学校といったか。銀鏡さん学校に通っているのか?」
「花も恥じらう現役高校生よ」
魔女というから、見た目と歳が一致していない可能性も考えていたが、どうやら見た目通りの歳らしい。それはそれで安心する。
「ほら、これ」
心紅が差し出したのは一枚の札だった。
「書いてあげたらか。持っていきなさいよ」
見たことのない文字が何重にも書き込まれている。
「なんだこれ?」
「それを持っていれば、外からでもこの家くらいなら認識できるようになるわ。これくらいなら手伝ってもいいでしょう?」
なるほど、それで銀鏡さんはこの家に迷わずつけるのか。ふむ、もしかしてこれを書いていたから寝不足になったんじゃないだろうか?
「わかった受け取るよ、ありがとう。銀鏡さん」
「お礼は『下の名前で呼び捨てで呼び合うこと』で、いいかしら。真冬」
「ありがとう。心紅」
ヒヒッと心紅が笑う。
あ、今の笑いかた魔女っぽいなー。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、生きていたらまた会いましょう」
______
伝法は狼狽していた。
真冬が心紅の家から出てくるところを向かいのマンションから発見したのだ。正確には家から出るまでは認識できてなかったので、突然そこに現れたように見えた。
「ぶぅ、ほらいたじゃないですか!」
「うるせぇ! 気づかれるだろうが!」
伝法はゴツンとピッグマンの頭を殴った。ピッグマンはブヒっと鳴く。
「す、すいません。にしても崩紫のヤツ、いきなり現れましたよね? ······しかもピンピンしてますよ?」
「まさか生きているとはな、崩紫にも協力者がいるんだろう。きな臭くなってきたぜ」
「あの、このこと仲間にも伝えた方が······」
「それはいい考えだな。お前を養豚場に送り届けるのが先だがな」
「な、なんでもありません」
「追うぞ、見失うな」
「へい」と、返事を返すとピッグマンは鼻をひくつかせ、追跡を開始した。
______
つけられている。真冬は追手の存在にすぐに気づいた。
人混みの中を通ったり、電車とバスを乗り継いだりしているが、一向にまけない。
焦ってはいなかった、むしろ上等といった気持ちだ。降りかかる火の粉を払い続ければ、いつかは消えると真冬はそう信じることにしたのだ。
しかし、相手は仕掛けてこない。
なぜだろう、下っ端なら名を売るために挑んできてもよさそうなものだが。鎌をかけてみるか。
真冬は人気の無い場所を選んで進んでいく。
個人タクシーに乗り、スラム街を通りぬけ、人の気配が全くない郊外、そこの、とある廃ビルまで足を運ぶ。
この地区は、四宝組と、その他の武力組織の間で発生した抗争以来、ある原因により、抗争が終結したいまでも、トウキョウを薄く囲むようにゴーストタウンと化している。戦うにはもってこいの場所だ。
「まちな、崩紫」
後ろから声がした。やはり、と。真冬は首だけを動かし相手を見る。
「誰だ?」
真冬は四宝組でも古株の部類だったが、その男に見覚えはなかった。
「おいおい、忘れちまったのかァ? って、この姿じゃ分からねぇか。久乗伝法だよ。四宝組十二幹部の!」
真冬は即座に理解した。あの能力はマズい。
廃ビルの奥へと駆け出し、コンクリート製の太い柱に身を隠す。
「おいおい、そりゃねぇぜ。久々に会ったんだ。面と向かって、腹を割って、目を見て話そうや」
「ふざけんな!」
コンクリート製の柱から真冬は姿を見せずに言った。そう伝法の能力とは。
「カカカ! 知ってのとおり俺の能力は見たものに乗り移れる『憑依』。殴ることしか知らねぇお前とは相性がいいかもなぁ」
あのサラリーマンの体も本来は持ち主がちゃんといるのだ。一般人だろうと、真冬は推測する。
無関係な人間の肉体を使うことで、相手は攻めづらくなる。
そして同時におかしいとも思った。見られたのに取り憑かれていない。
「お前みたいな善良と殺り合うときの俺の勝率は九割以上だ! 行けピッグマン!」
ピッグマンはぶひゃっと叫ぶと、真冬の隠れている柱に頭から突っ込んだ。柱はガラガラと音を立てて崩れる。
「さぁ、見せろその姿をよ」
しかし真冬はそこにいなかった。
「消えただと!」
「久乗さん! こっちから臭いがします!」
ピッグマンが指差すのは柱の後ろにある大きな穴だ。
「まさか、地面を崩壊させて潜ったのか」
「久乗さん! 振動がそっちに向かってます!」
「なにッ!」
伝法の足場が砂状となり、一気に腰まで沈む。
砂の中から腕が現れ、伝法の真後ろか頭を鷲掴みにした。
「これなら俺を見ることもできないだろう」
伝法の後ろから声がする。砂の中から真冬が現れたのだ。
「チッ、あと少しで体を奪えたのによぉ」
「俺をつけていたのは知っている。なぜここに来るまでに仕掛けてこなかった?」
「さぁな」
乗り移るためには、見る以外にもクリアしなければならない条件があるのだろう。
「それにしても崩紫ーー」
伝法の言葉を遮り、真冬は能力『崩壊』を発動させる。
掴んだ手から暗緑色のオーラが溢れ出す。
しかし、このまま能力を使えばサラリーマンも殺してしまう。
『崩壊』は殴ったり指先で触れたものを崩壊させることができる。さらに能力の鍛錬で獲得した応用技、『能力者の能力だけを崩壊させる』ことも可能となっている。
つまり手が触れさえすれば思念体の伝法のみを攻撃できるのだ。
しかし、おかしなことに手応えがなかった。サラリーマンの体から力が抜けるのを、掴んでいる頭越しに感じる。
サラリーマンの中には、もう伝法はいないということだ。
真冬は砂場から素早く抜け出し、眼前のピッグマンを見る。
「あぶねぇあぶねぇ、カカカ、殺るきまんまんだなおい」
伝法はピッグマンに乗り移ったのだ。
見るだけが発動条件じゃないだろうが見られ続けるのがよくないのは明らかだ。真冬は即座に腕に『崩壊』のオーラを纏わせる、地面を殴り崩して砂埃を巻き起こした。
「掛かったな!」
砂埃を貫き、人の背丈ほどある一本の馬鍬が、真冬を目掛けて飛び出だした。
ピッグマンの能力は複合型だ。
豚の特性を使える『獣人(豚)』と、特定の武器を手元に召喚できる『武器召喚』だ。ピッグマンの場合は馬鍬を一本召喚することができる。
咄嗟のことに真冬は避けることはできなかった。馬鍬を殴り崩壊させた。しかし破片が額に当たり血が滲む。
馬鍬が掻き分けた砂埃の隙間を伝法は見逃さなかった。額の傷を見て微笑する。
「乗り移った人間の能力も使えるのか」
「書かか」
「何がおかしい······!?」
突如、真冬は意識が押し込められる感覚に襲われた。今まで感じたことのない。圧倒的な何かで全身を圧迫されるような。肉体から魂を強制的に隔離させられるような。体を全く動かすことができなくなったのだ。
向こうではピッグマンがうつ伏せで倒れていた。
「憑依完了」
と、真冬が言った。
憑依の発動条件は『傷ついた相手を見ること』だったのだ。
「ぷぎ? あ、久乗さん! 大丈夫ですか!」
数分してピッグマンが意識を取り戻すと、砂に沈んで今だに気絶しているサラリーマンに駆け寄った。
「馬鹿野郎こっちだ!」
「崩紫? あ! 乗り移ったんですか?」
「あたぼーよ。さっさと崩紫の両肩を切り落として、ボスの元へ届けるぞ」
「へ、へい」
伝法に憑依された者は、意識はハッキリしている。視界もテレビを見ているような感覚だが見ることができるし聞くこともできる。ただ能力の発動と動くことができなくなる。
参ったな、動けない。肩ごともがれたら流石にキツい。真冬がそんなことを考えていると。
「ぶぎゃあ!」
ピッグマンが、ドタンとうつ伏せに倒れた。
ピクピクと痙攣して失神している。後頭部には血が噴出している。何者かの奇襲を受けたのだ。
「チッ、崩紫の協力者だなぁ? どこだ、姿を見せろ!」
「ヒヒ」
空間がぐにゃんと揺らぎ、心紅が現れた。目立つ行動をしたため、自身にかけた結界『認識ずらし』が解けたのだ。
「なんで来たんだ!」と、激昂した真冬は思ったが動くことはできない。
「ほぅ、なるほど、てめぇが姿を消したりしてたってわけかい? 何もんだ?」
「そんなことはどうでもいいわ、真冬の体から出ていきなさい!」
今までのをことを全て見ていたため、心紅は状況を把握していた。
心紅はピッグマンを攻撃したときに使用したバールを振り上げ伝法へと走り出した。
が、コケた。二歩目で自分の足を蹴り、前のめりに倒れた。
「痛い!」
「カカカ! コイツは傑作だ。勝手に傷を作ってくれるなんてよぉ」
伝法は心紅の額にできた擦り傷を見る。
『憑依』の条件は満たされた。さっそく伝法は心紅に乗り移った。
真冬の体は糸が切れた人形のように仰向けに倒れた。
「カカカ······あれ?」伝法は、心紅の声帯を使って、笑おうとしたが、思うだけに留まったことに違和感を感じた。
思念体は確実に心紅に憑依した。なのにおかしい。指一本として動かせない。
「言い忘れてたわ、私は魔女よ」
心紅は自身の中にいる伝法に肉声で喋りかける。
「ま、魔女だぁ?」
「魔女には『精神耐性』があるのよ。中でも私は特別で、死んでもこの魂だけは残るんじゃないかってくらい強い耐性を持っているわ」
「なんだと!」
「こんなとき貴方なら、掛かったな! って、言うのかしらね。今の私もそんな気持ちよ」
心紅は瞼を閉じている。伝法の思念体を精神内に幽閉するためだ。
「後は、真冬が起きて、能力だけを崩壊させればおしまいね」
「ちくしょう、こんな手があったとはな。ぬかったぜ」
「意外と冷静なのね、もっと取り乱すのかと思ったわ。もしかして思念体が消えても本体は無傷とか?」
「本体なんて大昔に失ったさ」
「それは残念だったわね」
「それによぉ、俺はこの『三百年』の間、お前みたいな『天敵』たちとも、嫌ってほど殺り合ってるんだぜ?」
「······三百年」
「おっと、話はここまでだ。聞こえねぇかい?」
じゃり。
誰かが起き上がろうとしている。心紅は目を閉じているので視認できない。
「さてさて起きたのはどっちかなぁ? ピッグマンかも知れねぇなぁ。バールで殴られたぐらいじゃ、耐久力のある獣人の能力者を殺しきるのは難しいからなぁ」
「甘いわね、真冬、起きていたら返事なさい!」
「目を開けて確認しろや!」
「いいえ、目は開けないわ。喋らないってことは真冬はまだ起きていないのよ」
「ぶ、ぶひぃ。あ、頭が、い、いてぇ」
先に起きたのはピッグマンだった。
「よし! この女の目を開かせろ。瞼をこじ開けろ!」
現在の伝法は声帯を使えないため、思うだけに留まった。
内心で騒ぐ伝法をよそに、心紅は語り出す。
「ピッグマン、俺だ。この女に乗り移った」
心紅の演技である。
「ああ、久乗さんか。その女は誰です?」
「お前を襲ったやつだ。それよりこの女が他にも仲間を呼びやがった。すぐに増援が来る、急いで逃げるぞ」
「へい!」
ピッグマンは馬鍬を召喚した。
「それで久乗さん、さっきからなんで目を閉じてるんですかい? もしかして『憑依』していないんじゃないですかい?」
「そんなわけないだろ、俺の能力は完璧よ。細目なんだよこの女、これ以上開かないんだよー」
暫しの沈黙。
「こんな女の言葉に騙されるな、ピッグマーー」
「そうなんですねー、じゃあ俺がエスコートしますよ。ぐへへ」
伝法の思いは届かなかった。ピッグマンは女に弱いのだ。
「クソ豚があ! やっぱり養豚場に送っとくべきだったッ!」
心紅の精神内で伝法の怒号が響き渡る。
「あ、そうだ。よいしょっと」
ピッグマンは馬鍬を振りかざす。
「ちょっと待て、何をやっているの?」
「何って崩紫の腕を切り落とすんですよ、久乗さんが言ってたんじゃないですか。早くしないと増援が来てしまいますからね」
「よーッし! やっぱりできるヤツだと思ってたぞ!」
心紅の精神内が伝法の歓喜の声で包まれた。
「馬鹿をいえ! そんな時間は無い! 早く逃げる――」
「一瞬ですって、いきますよー」
ピッグマンは馬鍬を振り落とした。肉を裂く音がする。
「く、久乗さん!? 何してんですか!」
心紅は庇ったのだ。真冬に覆いかぶさり、背中でピッグマンの一撃を受けたのだ。
しかし、正確に守るために目を開いてしまった。
「カカカ! バカめ、目を開けたな! やっぱり善良とやりあうときの俺の勝率は高いのだ!」
真冬に乗り移った伝法が言う。
それと同時に真冬の意識が強制的に起こされた。
「真冬、ごめんなさい。助けられなーー」
心紅は最後まで話せなかった。口から血を吐き。倒れた。
真冬は叫ぶ。心紅に聞こえるわけがない。それでも精神内で叫びつづける。
「あー、うるせぇうるせぇ。そんなにこの女が大事かよ!」
起き上がった伝法が心紅を蹴り飛ばした。真冬の体なので強力な蹴りとなった。心紅の華奢な体が壁に叩きつけられる。
「崩紫、ちゃーんと見ておけ。裏切り者に加担した者の末路を、お前のこの拳で『崩壊』させてやる」
「なんで、なんでついてきた!? 俺なんかのために! 会って一日の他人になんでそこまでしてやれるんだ!」真冬の思いは心紅には届かない。
「裏切り者の処理は俺に限るぜ、他のヤツはこんなことできんだろう。仲間の手で葬られろ。魔女さんよぉ」
伝法は真冬の能力『崩壊』を発動させる。瞬く間に『崩壊』のオーラが両腕を包み込む。
悲鳴が轟いた。
溢れんばかりの悲鳴が。
「ぎゃああーーッ!! 俺の腕があッ!!」
伝法が両腕をダランと垂れ下げ、身を悶えさせている。
「久乗さん! どうしたんですか!」
ピッグマンの言葉には答えず、ひたすらに暴れている。
『崩壊』したのだ。
伝法の思念体の腕が。バラバラに霧散したのだ。肩から指先ではなく、指先から肩へと崩壊したので、痛みが全て余すところなく伝法を襲ったのだ。
なぜ真冬の体が『崩壊』の影響を受けないのか、それは『崩壊耐性』が備わっているからだ。
能力者は、能力とともに、その能力に対する耐性を持っている。
『故意に傷つけようとしない限り』、真冬が自身の能力で崩壊することはない。
しかし、伝法は違う。崩壊に対する耐性など持っているわけがない。故に思念体の腕のみが崩壊したのであった。
「くそくそくそくそぉ! 滅茶苦茶いてぇ、う、腕が動かねぇ!」
「久乗さん!」
「うるせぇ! 今忙しいんだよ! ぐああ!」
「腕が動いてます!」
「な、に······」
伝法は青ざめた。戻っている、腕の部分だけ、指先から肩にかけて、両腕の支配権が真冬に戻っている。
「むお!?」
伝法はピッグマンに乗り移ろうとしたが、左手が顔面を掴むほうが早かった。
「久乗さん! 今助けます!」
「んんん(来るな)!」
伝法の叫び虚しく、真冬の右の拳が素早くピッグマンの両手に触れる。
「ぴぎゃああーー!!」
ピッグマンの手にヒビが入り崩壊が始まる。強烈な痛みに転がりのたうち回る。
「さぁ、覚悟決めろよ」真冬が精神内で言った。
「待て! やめろ! わかった! 俺が悪かった、俺も組織を抜けようと思ってたんだ! な? な?!」精神内で許しを求める伝法。だが。
どぐちゃ。ぷちゅっ。ボキャッ。
肉が骨と骨の間に挟まれる音。眼球が潰れる音。左手の骨が折れる音。痛々しい音が重なる。
真冬の顔面を掴む左手ごと、右手で殴ったのである。
と、同時に『崩壊』のオーラにも晒される。
「ぎゃああーー······」
伝法の断末魔は次第に消えていった。
徐々に肉体の支配権が帰ってくるのを真冬は感じた。
「心紅!」
フラつきながら、心紅の元に駆け寄り、肩を抱き上げる。
「かひゅ。ま、ふゆ」
息も絶え絶え、傷が肺にまで達しているのだ。
「喋るな! 家に連れてってやる!」
「め、が、潰れて、るわ」
真冬の潰れた右目に触れる。
「平気だ、こんなの」
「いけ、めんが、だいな、しだわ」
心紅に触れられたところが光り出す。目の傷が癒えていく。
「これで、よ、し」
「よくないよ! そんなものあるなら自分に、使えよ」
「つかれ、たわ。あと、よろし、く」
パタリと手が落ちる。
「ぶひゃあ! 久乗さんの仇だ! 俺の手の仇だ! ぶち殺してやる! ぶおお!」
ピッグマンは高さ3メートルはあろう巨大な豚の姿に変身した。
『獣人』を持つ能力者の一部が使える『獣化』という技だ。
その巨体が真冬目掛けて突進する。
真冬は心紅をゆっくり置いてフラリと立ち上がる。その瞳には怒涛の怒りが宿る。
右手で拳を作る。同時に『崩壊』のオーラが拳を包む。
「ぅオラああ!!」
迫り来るピッグマンの中心を狙い拳を放つ。
接触する前に、拳が通った空間から皿を何枚も割ったような音がする。その度に空間に亀裂が生じる。
次に雷のような爆発音。これはピッグマンとの接触時に発生する。
とてつもない勢いで吹き飛ぶピッグマン。廃ビルの分厚い壁を容易く破壊。それでも勢いは死なず。
隣の廃ビルの壁も余裕で貫通。何棟か突き抜けると土手を破壊し河原の真上に飛び出した。
数秒の滞空時間の後、ピッグマンの巨体が二度三度膨れ上がり爆発した。立て続けに三回。爆音が廃ビルからでも明確に聞き取れる。
断末魔は聞こえない。
これが崩壊の能力者。崩紫真冬の『崩壊の拳』である。