第94話 スナイプ
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「ふう」
逃走者が逃げ切るまで追跡者を足止めできたことを確認し、
女狙撃手は、伏せた姿勢から身を起こすと、その胸部や臀部の肉が応えるようにぶるりと震えた。その手にあるのはSR-0037の型番号が割り付けられた、『魔法殺し』の異名を持つマギクラフト社の傑作ライフル、「ライカ」。その改造型だ。
「ご苦労さまでした」
そしてそばに控えるは、黒のボブカット、ロングスカートをはいたメイドである。
「ねえ、知ってる?ご苦労様、は目下の者に使う言葉何だと」
「そうですか」
全く悪びれもしない態度に、
「ふん、可愛げのない」
「あなた様には言われたくありません」
ぴしゃりといわれてしまったが、全く堪えた様子はない。
「はいはい」
そうして応答を交わしながら排莢したあと、地面に転がる薬莢を拾う。
原形をとどめているのはストック部分だけに近いとはいえ銃の規格が統一されている今、薬莢1つから使った銃まで割り出される恐れがあるためだ。
ひい、ふう、みい、と確認してから袋に入れ、胸の間のスペースに押し込み、立ち上がる。
豊満な体つきをしているものの腰回りのくびれはきっちり残しており、身長のせいか無駄な肉を付けていると印象は少ない。そんな身体を薄い布地で包み込んだ、煽情的な姿に同性のメイドは眉一つ動かさない。
あの、とメイドの声。
「それ、はしたないのでやめてもらえませんか?」
谷間を見せつけるように解放されたその服を指さしていた。
「じゃあ、もうちょっとたくさんモノが入る袋拵えてよ」
そう言って、ベルトに取り付けられたソレを叩く。
ベルトポーチは、見るものが見ればとある作家の手による高級な品だと一目で見抜くだろう。
しかしそんな代物も彼女はお気に召さないらしい。
詭弁に近いその言葉にも慣れたのもある。
「はあ。今度デザイン一緒に考えましょうか」
「ああ。マジックバッグは壊れるとどうしようもなくなるからね」
魔法は使わないで済むようなデザインで、ね?とかわいらしく釘をさす。
「それにしても、今回の相手、面白かったなあ!」
「はあ」
メイドが興味もなさそうな相槌を打つ。
「わざと弾を柔らかく肉を抉り取るように、あわよくば体内に残って病気になるようにしたのもあるけど、超音速弾を弾くなんてさ。No.1253、人間にしてはやるじゃないか!」
「でも、そうやって強がりを言ってられるのも今のうちかもしれませんよ?魔銃はステータスに干渉されないからと言って油断は禁物ですから」
女狙撃手の顔がわずかにこわばる。
「・・・父上のように、か」
「えぇ。10年前の出来事は青天の霹靂でした」
「そうさ。わかっているとも」苦り切った顔で言っているのは、まだソレを消化しきれていない証だ。
「ところで、どうしていきなり魔族の支援に自ら乗り出したのです?魔王様ともあろうものが」
メイドが話を強引気味に切り替える。
「魔族よりも高い魔法操作技術,というのが気になってね。
それよりも、まだ継承の儀も終わってないんだ、次期魔王と呼べ」
「あぁ、それは失礼いたしました」
でだ、と続ける。
「アレをどう見る?」
「では、私見としてお聞きください」
うむ、と次期魔王が頷くのを見ながら話し始める。
「魔法は単発としての使用しか見ておりませんので、同時かつ大量の魔法行使については保留。ですが、単発の展開速度は一般的な魔族と比肩しうるレベルかと思われます。
展開速度の速さに特化したはずの魔道具の展開よりも遅く展開し始め、転移の完了するまでに魔法を撃ち込めるのですから」
「確かに」
かつての戦いで絶大な威力を発揮し、魔族を壊滅と言っていいレベルまで殲滅してのけたのは、魔銃というステータスに影響されない武器を大量生産できたことが大きいと分析していた。
たとえステータスが高くて、魔銃の銃弾など物ともしなかったとしても、銃弾による衝撃は体に浸透し、少なからずよろめかせることで足止めができたのもある。
捕らえた、元は人間の貴族だったらしい奴隷によれば『三段撃ち』という手法で解決していた連射性だが、現在はボルトアクション式になったことで一般に流通するようになったらしい。
「そして、この魔銃に対応できる反応速度。人間でいえばレベルは150相当というところでしょうか。魔力反応の大きさと合致しませんね。何らかのスキル持ちかと思われます」
引き金を引いて的に中てるまでの速度が平均的な魔族の放つ魔法をはるかに凌駕したことからついた『魔法殺し』。
超音速のそれを対処できたということは、魔族の大半よりも高い反応速度を持っていることに他ならない。
「魔族に加えるには十分すぎる、とみていいか」
「むしろアレが人間がわにつかれないように、というべきでしょうか」
「スキルの有無というのはかなり重要な強さの要素だからな」
魔法を上回る魔銃により集団戦において負け、勇者のパーティが保持するスキルで個体としてのステータス差を埋められたのが敗北の直接的要因といっていいことは、10年の分析で十分すぎるほど理解させられていた。
「他のメンツとも協議が必要・・・いや、その前に」
次期魔王が魔銃をわざと地面に落とし腕を振ると、虚空から、黒塗りの直剣がひと振り、その右手に収まる。それを見て取ったメイドも虚空より大弓を取り出す。
「いい天気ですね。だがとりあえず死ね」
その言葉がかけられると同時、剣を横にかざした。その次の瞬間。
「―――ッ!???」
「魔王様!!??」
身体ごと持っていかんかという勢いで剣を持つ右手に強い衝撃が加わり、メイドのセリフに口答えする暇もない。
予想以上の衝撃に無表情を一転させて相手を見やり、その表情に頰を引きつらせながらも咄嗟に左手を剣の腹に添えて耐えるが。
突如足元の地面に陥凹が形成される。
地面の方が力負けしたのだ。
それを感じてか、さらに凄惨、獣がよだれを垂らしながら浮かべるような笑みが刻まれるのを見て取り。
―――馬鹿力め。
そうつぶやきを漏らす。MPのほぼすべてを身体強化につぎ込んでいるのであろうが、いくらなんでも物理攻撃に特化しすぎだろう、と。
同じように地に足がついているのに、完全に上を取られてしまっているのも痛い。体重を剣に乗せることができないのだ。
「こん・・・のっ!」
このままでは地面の方が耐えられない。
奥歯を噛みしめながら、押し返そうとすると、予想に反する軽い手応えがかえってきて、勢いのまま剣は振り抜かれた。受ける力に逆らわず後退したのだ。
剣を振り抜いたために生じる一瞬の隙。
それを逃さず、上体を異様なまでに曲げて突っ込んでくる獣のような大女。
魔王の口元にゆるく弧が描かれているのにも気付かず、「・・・キ、・・・・モノ。」などとつぶやきながら突っ込んでくる。
「っ!!今だ!」
合図とともにメイドの手より放たれる一本の矢は、物理則を無視した力を纏ってまっすぐその頭部へと伸び。
獣は同じく魔法の力で形成される氷の塊で弾く、とまではいかないものの、向きをゆがめられた矢は、その髪を数本吹き飛ばしてあらぬ方向へ飛び去った。
しかし。
―――それもブラフだよ
隙を突いた攻撃を防ぐ隙を利用した、溜めを使う追撃。
100年単位で時間を共にしてきた主従による阿吽の呼吸で、魔力を受けて肥大・長大化した直剣を振るう。
距離を詰めてきているとはいえ、それは素手で戦う闖入者からすれば完全にアウトレンジ。
間合いを物理的に排除するその剣は、防ごうとしたその右腕諸共、右切り上げでその胴に食い込み。
―――殺った。
その手応えとともに振り抜くと、
胴で両断された身体、その上半身が宙を舞う。
―――なんだったんだ、この獣は。
その上半身と右手先だけが勢いのままその手前側に落下、下半身は勢いをなくして倒れ込む。
そうあるべきだった。
断面から噴き出す赤い液体、血だと思っていたそれは上下の半身からお互いを求めるようにさまよい、出会う。
それを拠り所として上下半身・右腕ともにその間の距離を埋め、その下半身はさらに踏み込むことでその距離を詰める。
果たして、その上半身が地面に着くより先に上下半身が接合し、元のカタチを取り戻したのだった。
接合した断面の傷は一瞬のうちに塞がってしまう。
それを、ちぎれて途中で裁たれた、汚れた外套の下から見て取り、
「人間か・・・?」
次期魔王はそうつぶやきを漏らした。
よく考えてみると、虐殺(物理)、虐殺(魔法の名を借りた物理)、罠(落とし穴)と最近ファンタジーが息をしていませんね。捕食も物理と言えばそれまでなんですけど。
どうしちゃったんでしょうね。




