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理系スライムは汚物の海から這い上がる  作者: 愚痴氏
第二章 現地種族との接触
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第86話 黒幕(末端)

ブクマありがとうございます。

とある、街でも一番高い建物の最上階。装飾過多気味の部屋だが、掃除は行き届いている。

高級ホテルでもなんでもなく、ただ単に住人の趣味で弄られた部屋は、魔力を用いた灯りを受けて、窓の外へと光を漏らしている。


そんな一室で一人、ワイングラスを傾ける男。しかしその味を楽しむためではなく、アルコールによるストレス発散を目的としたもののため、まさしくガバガバと杯を空にして、満たす作業を繰り返している。

ひときわ大きな音を立て、ワイングラスを半ば叩きつけるようにして机に置く。


「おのれ小娘がっ」

彼はヨスター。暴力沙汰を起こして衛兵に捕らえられたものの、前組合長であり、領主とのコネを使って冷たい牢屋から脱出できたところだ。


ヨスターは飲み干したワイングラスを握りしめる。

すると、ピキリ、という音と共にヒビが入った。


「まあまあ。そんな怒る事でもないでしょう」

すると、本来いないはずの他の人間の声が聞こえてきた。しかしヨスターの目に映る光景はいつもと変わらず、誰の姿も写さない。

「は。怒っているだけじゃないわい。低レベルであの身体能力、危機感知能力は特筆に値する」

しかし、ヨスターはそれに驚いた様子もない。数十年の付き合いのあると言っても過言でもない彼の現れ方はもう熟知していた。


「それで?わざわざ連絡を寄越して、どうした?」

そもそも連絡がきていたから、という理由のほうが大きいが。


彼は、影すらも見せない代わりか、抑揚をつけた声で切り出す。

「えぇ。それについてなのですが。


単刀直入に言います。彼女(・・)をこちらに引き渡す手引きをしてもらいたい。


いつも通りの報酬は用意します」


ヨスターは眉をピクリ、と動かすと、ワインをグラスに注いだ。

「ほう、アレにそんな価値が?」

椅子に座りなおして質問で返す。組合に登録したばかりの彼女だが、それを組合、それどころかこの街に足を踏み入れたことすらない彼が知っている、という事実は軽く流した。いつものことだからだ。()組合長ということで、どこからその情報が漏れたか、なんてことを調べようとするほど職務意識にあふれた人間ではない。


・・・もっとも、この様子では、現役時代がどんなものだったのかうかがい知れよう。



「もちろん。あの身体能力であのレベル、何かからくりがある。その手法をこちらでブラッシュアップすることで、人間どもへ真正面から戦えることになるかもしれない」

「ふむ、矛を交える時はとりあえず私の命だけは保証してもらいたいものだな」

「もちろんですとも」


「それで、どこで引き渡せばいい?最近は衛兵共に睨まれがちでな、いつもの場所での引き渡しは少々難しいやもしれん」

「そうですか。では、偽の依頼を用意してもらう、というのはどうでしょう」

彼も誰のせいだよ、なんて言葉はさしはさまない。

「というと?」


「偽の依頼を使って南の大森林に誘きよせていただければ、あとは私どものほうで回収(・・)させていただきます」

この街の南。奥まったところには手つかずの森林が広がっている。ここに罠を仕掛けているのかもしれない。

「ほう。わざわざ回収に赴くほどか」

これまでは組合の地下の一室で意識を奪っておいた人間を彼が転移魔法を使って回収するという手はずだった。

当然どちらかと言えば、隠蔽などを含めてヨスターの方が仕事の比重としては大きい。

しかし今回は、意識のある状態の彼女を依頼に赴かせるという。それはおびき出す場所にもよるが、最低でも彼の仕事量が単純に倍以上になる。


これまでにない行動。それに食指を動かされた結果、何とはなしに話した言葉。

「えぇ。ですので、『確実に』送り届けてくださいね」

それに対する(いら)えは、言葉だけ見ればただの念押しだが、そこに込められたイントネーションがそれ以上の会話を拒絶する。

同時に降り注ぐ殺気(オーラ)の大瀑布。


「・・・ッ!!」

それはヨスターの心臓を一瞬だけ止めるには十分だった。


「おや、調子が悪そうですねえ?そろそろ解析に出していた結果も出るようですし、お暇させていただきますね。


くれぐれも、失敗することもないように。


期待していますよ?」



シャーッ。

その声と共に、木枠の窓のそば、閉じられていたカーテンが大きく音を立て、開かれた。

余りにも会話が終わるのが唐突でしかも気配というものを全く感じさせないため、いつ会話を打ちきり帰っていったのかわからなかった事例から、ヨスターが彼に付けた条件だ。

帰る際、閉めたカーテンを開いてから帰ること。


帰ったことを確認し、早鐘を打ったように鼓動をバクバクと開始した心臓を確かめながら椅子に深く掛けなおす。

見れば、ワイングラスのワインはほとんど減っていなかった。


汗が噴き出したせいで背中にシャツが張り付き、ひどく気持ちが悪い。

つい先ほどの発言を振り返る。

どこに気に障る箇所があった?

いや、そんなものは存在しない。


『ほう。わざわざ回収に赴くほどか』

このセリフに恣意的な何かなどない。

ということは、何らしか、彼女に干渉されたくない、という可能性が高いか。

要するに彼は彼女の捕獲に焦っているのだろう。


どうしてわざわざ登録して間もない、しかもランクはFしかない探索者を?

顔面はかなり小ぎれいだったが胸が真っ平な彼女のどこが良いのかは知らないが。

ヨスターは巨乳派。残念ながら貧乳はお断りなのだ。


ともかく、あの行動は異常というほかない。つまり、彼女を調べていくことでこちらが付け込む隙を見つけられるかもしれないということだ。

暴力沙汰を起こした以上、ヨスター本人が彼女に直接接触するのは不味いというのは火を見るより明らか。

子飼いにしている部下の中で、手すきの者に調べさせるしかあるまいと、ヨスターは人選を考えることにした。


相手は人間ではない。羽虫を殺すように簡単に、こちらを害することが実際可能なのだから、念には念を入れなければならない。



~~~~~

「ひとまずこれで良し、と」

頭からヘッドセットを外しながら女は呟く。

「No.1253はこれでおびき寄せられるかしら」


それにしても、と女は考え込む。

好奇心の塊のような男が被検体No.1253に興味を持つような言い草をしたのを見てうっかり、殺気を放って牽制してしまった。

アレでは逆にこちらに何かある、と言っているに等しい。


好奇心は猫をも殺すというが、変に好奇心を抱いてこちらに深く入りすぎた場合、処理(・・)しなければならない。

個人としての戦力差を分かってわきまえているのだろう、近年まれにみる、善良なタイプのスパイだったのでできるだけ活かしたいところなのだが。


ひとまずおびき出すことができれば、そこから少数精鋭でこちらに引き込めないか交渉してみることにしよう。

人型で、かつ女性型をした上位の魔物は少ないので、増えてくれると女としても喜ばしいことなのだ。

真の意味での無能って、どんな世の中でも存在しないんですよね。方向性が違うだけで。

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