第73話 ロックオン
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転移門。
転移魔法の技術を応用し生み出された、魔王軍の最新の発明の一つである。魔力供給に魔素だまりを利用でき、維持に人手を要さなくなったことでその費用対効果は大きく上昇することとなった。
魔素だまりは現地で自然発生したゴブリンを巣ごといくつも壊滅させることなどで人工的に生成できるため、森などの目立ちにくい場所を選ぶことでゲリラ的な活動がより活発に行えるであろう、というのが開発班の見解である。
もちろんこの新たな輸送手段も存在が知られ、広まってしまえば効果は減ずる。よってこれまでの実験的な運用で人間にその情報が渡らないよう、細心の注意が払われてきた。
具体的には見敵必殺だが。
その計画が大きくゆがむ事案が発生した。
とある城内、その一角で一組の男女がテーブルを囲んで話していた。
「むう、まさかゲート解放時に人間がい合わせるとはな」
こめかみのあたりを揉みながら男がうめく。
「いやいや、街のすぐ近くに目標地点を設定した時点で予想できたでしょうに」
対する女は嘆いていても始まらないとばかりにサバサバと受け流す。
「確かに。だが、ここまでの強力な魔法使いだとは予想していなかった、だろう?」
「ええ。あの魔力の量・濃度・技術は明らかに人間業では考えられない」
それがここで話されている、先遣部隊の全滅という失態である。
10年ほど前までは人間のレベルは平均が8、中央値でいえば5程度であったが、今代勇者の発明により、急速に人間の平均レベルは上昇し、現在15程度まで上昇していると考えられる。
定期的に魔物の出現するダンジョン周辺においては、想像するだに恐ろしい。
人間にとっては恐ろしい、魔物の軍勢といえど、所詮その頭数の8割以上がゴブリンなどからなる烏合の衆であるから、ちょっと人間の平均レベルが増加しただけでも戦線に影響が出かねないし、実際その影響は大きかった。そんな現状を打開するにはゲリラ戦法による各々の都市・国家間における連携の悪化が良策と判断された。
先遣部隊を倒した敵に対しては魔力感知の通じない肉片だらけの地面に潜まれたため、合成獣の巨人を足す際に得られる経験値を横取りするという妨害しかできなかった。
そのまま逃走を許したのは、仕方のない話だ。
なにしろ魔法の一発で殺しつくせるような規格外、英雄と呼ばれることすらあるかもしれない人間を相手どることができるような編成などできない。
高レベル者の死因のトップが過労死だなんて、嗤えたものじゃない。
それでも事情を知らない魔王などの上層部は、
「想定に入れて、万全を期した態勢を全ての部隊に望む」というのだから、本当に業が深い。
「して、あの人間、どう見る?」
「やっぱり、英雄クラス候補としてみてよいのではないかしら?」
「あの魔法、か」
男が居住まいをただす。
「えぇ、あれは魔族でもできないでしょう」
人間とかいう生き物は、魔法を覚えて、魔力でその効力を拡張できると知るとすぐにそのかさを増すことに使い始めたが、未だその真価の一部、つまり密度を上げることによる貫通力の強化にまでは思い至っていない、というのがこの数百年間前線で人間の軍隊を観察してきて得た知見だ。
当然ながら探索者に始まる一般人の魔法は―個体差こそ大きいものの―軍隊のソレのダウングレード版でしかない。
それゆえに上級の探索者の指標である高い魔力を帯びた装備も持たず、むしろ文明が人間に全体的に劣っている魔物社会から見ても襤褸でしかないものしか纏わない浮浪者がいとも簡単に斥候部隊を一つの魔法のみで屠ったのが脅威に映ったのだ。
さらに言えば、氷の魔法というのは固体を生成する魔法のため、さらに氷を生やしたり、一気に溶かして消滅させることはできても形状変化は不可能であった。それこそ魔物でも行えるものはいないであろう。
それをあの浮浪者は、いとも簡単に、同時に何十もの操作を行って見せた。
これまでの観測でもたびたび見られた、外れ個体。特異な能力を与えられた、魔物における魔族に等しい存在、英雄。
それが人間社会で受け入れられるかどうかは五分五分、といったところ。人のレベルを超えた能力は、人の世から遠ざけられるのが常だ。
「それでは仮称”No.1253”として経過を観察するということで、いいな?」
居住まいをただした男は、書類を作成しながら最終確認を取る。
「賛成。それで、接触を取らせてもらってもいいかしら?」
「・・・あの魔法、戦力だからな」
男の眼の色が変わる。
この魔法の術理はどんなものなのか、研究者魂に火が付いたのだろう。
また、人の世から遠ざけられた人間が、人ならざる者の社会でうまくやっていけるかはわからないが、魔法の研究者として同じ心境であり、リスクがそれほど高くないとなれば、接触して取り込まない理由がない。
インキュバスなどによる色仕掛けを使ってでも、金銭で取り込んでもいい。
その術理を学ぶことで自らの魔法に磨きがかかる。魔王軍には新たな英雄が誕生する。そう信じて。
「ところで、魔力パターンは?」
自然に放出される魔力にはパターンで種族に差があり、それで種族を抑えたり、どの民族出身かも見当を付けることができる。
「ちょっと待ってね…解析は完了したわ。これは・・・ヒトというよりもスライムのソレに近いわ」
「つまり?」
「もしかしたら、No.1253は魔物より、それも弱い魔物よりかもしれない」
楽観はできないけど、と釘を刺す。
「ほう!!」
人の姿をした魔物、というのは何体もいるが、それは大規模な魔法の残滓から発生した強大な魔物である場合やドッペルゲンガーなどの特殊な方法で生まれた魔物や、経年により変化の類の魔法を覚えたものなどで、たいていは弱くない。あの大規模な魔法を使っているのに弱いなんてことはあり得ないが、それは魔法攻撃にめっぽう弱い、スライムの様な弱い魔物の魔力パターンと食い違う。
「それはそれは!いい生体検体が取れそうだ!!これは一層取り込みに力を入れねばならんな!」
「・・・そうね」浮かない様子だが、それもそのはず。相当な乗り気を見せた彼がいるとろくなことにならないということを知っているからだ。
そういえば、と女がこぼす。
「今回の先遣部隊全滅の件、報告書作成は済ませてあるのかしら?」
途端に男が固まる。
「やってないのなら、早めに作成しておいてね」
意気消沈した男を見ながら止めをさすように告げる。
出鼻をくじいてやれば余計なことはしない。
この男の扱い方を数十年の付き合いで心得ていたのだった。
男が書類作成に小部屋を去り、一人だけとなった部屋。
「特徴的すぎるこのパターンは、特異な能力を持つ個体というだけでは説明できない」
指向性をもって魔力パターンを検知することのできないこの計器で、軍隊のソレを測ったことがある。男を余計に興奮させるだけの情報なので発言を控えていたが、そのパターンと非常に類似していたのだ。
「とりあえず、このパターンを持つ生物が現れたら、知らせるように伝えておかないとね」
口元に軽く弧を浮かべながら呟くあたり、女も男と同じ穴の狢ということだろう。




