第70話 スタンピード
バトル開始。
3時間は待っただろうか。
飽きて道端の石の形を氷で造形していたところに声がかかる。
「用意はできてるんだな。」
様子は観察してあり、用意もできていることは確認済み。
返事も待たずに歩きだした。
遅刻に対する寛容さは国によっても違うが、個人的には寛容な方だと思っている。
ただ単に待つ時間が勿体無いと感じた、それだけだ。
さて、ゴブリンその他で栄養補給といきたいところだが、ここで問題が生じる。すなわち、連れている『風の牙』の連中の目だ。多少の潜在的な危険を犯してでも夜間に狩ればよかった。
「そういえば、街の外では食事はどういう風にしているんだ?」
「ん?ああ、もっぱら保存食だな。」
よしよし、やはり獲物が取れないことを考えて保存食にしていたか。
「じゃあ、新しい食料を開拓してやろう。」
人間にとってゲテモノ系に類するものだろうが、関係ない。
誰だって餓えれば草の根を食んででも腹を満たすものだから。
顔に素直に心情が現れる『風の牙』のメンツを尻目に、石で舗装された道を外れて半径2km内の魔素だまりを目指す。生まれたての魔物を狙うのだ。
卑怯かもしれないが、その分能率はかなり上がる。
森のまだ浅い場所。まるでその場所から逃れたいかのように、その空き地を囲む木が歪んで伸びている。
そこに発生する大小の魔物は必然的に外部を目指し、障害物となるその樹木をなぎ倒し、もしくはくぐり抜けて行くのだから、それが原因だろう。
あとは少し待つだけだ。
そうして『風の牙』も追いついて来たのでよっこらと腰を下ろそうとしたその時。
魔力感知に感あり。
再び立ち上がってその方角、魔素だまりのちょうど中心近くに対して気をはる。
「なんだ、ここに何かあるのか?」
「シッ。少し待ってろ。」
そうして1分ほど待つと、高魔素が空中に凝集していく。
・・・おかしい。いつもの魔物が生まれる反応とは違う。
魔物というのは魔素が集まって生まれるものではあるが、魔素だけが構成物質ではない。
魔素は凝集すると同時に空気中や地面の物質も吸い上げ、魔物の肉体を構成していく。
それがないということは、少なくとも通常の魔物は生まれないことを意味する。
「すまないが、当てが外れた。ここから退避しろ。」
「おいおい、何が起こってるのか説明してもらえ…「さっさとここから走れ!!こっちも予想外が発生しているんだ!!」
そう言われてやっと動き始めたが、もう、遅い。
基本的に戦力には数えられない彼らは逃がすに限るのだが、こうなれば仕方ない。生まれて初めての守るための戦闘になるがそれも一興。
そうしている間に集まってきた高魔素の塊は一般的な視覚でも黒い物体とわかるレベルまで大きくなってきている。(色覚がないので光を吸収しているということしかわからないが)
わずかでも生まれるであろう魔物の動きを制限するべく氷属性魔法による檻を作るが、それに使われた魔素さえも吸収されて行ってしまう。
となればできることはもはやない。
少なくとも体の表面に高魔素をまとわせれば即座に奪われてしまうほどの、驚きの吸引力を見せるため、
身体強化を重ね掛けし、また地中にスライムを滑り込ませ、いつでも行動可能なように待機する。
そうして順調に直径2mにまで育っている塊。
この大きさの塊は見たことがない。どんな大物が現れるのだろうか。
そんな未知の領域でも、あるいは実戦経験の豊富であろう、彼らなら。
そう一抹の期待を覚えた自分が馬鹿だったと察するには1秒も要らなかった。
Cランク探索者パーティ『風の牙』は、失神又は放心状態にあり、会話が可能な状態では到底なかったのだ。
まあ良い。
そんな一喜一憂している隙に、塊はさらにその嵩を増し、直径3mにもならんとしている。
だが、その辺縁は黒さを失い、風景に同化しかかっていた。
ーーー来る。
その予感は的中した。
急速にその膨張速度を高め、中心から爆発した塊はその破片を四方八方に撒き散らしたのだ。
作り出した氷の壁でその魔素の爆風に角度をつけつつ防御する。魔法や魔術は高魔素を多く使っているため、生き物の肉壁レベルには少し劣るが魔素の塊を跳ね返す効果がある。
その爆発が通り過ぎたのは一瞬であった。が、氷の壁が半壊するには十分な効果があった。後方にいた『風の牙』も守れるように大きめに壁を作っておいたので安全だとは思うが…やはり敵の様子を見るためにも周囲の確認だ。
魔力感知がうまく作用しないので聴覚を中心に…ダメか、魔素の爆風によるノイズがまだ大きい。
魔素というのは物質であるがゆえに、ある程度速度を出して移動すると空気に乱流が生じる。物質はある速度以上ではその移動した後に真空すら生じるほどなので、決して無視できないファクターである。
そこで魔素のカケラの軌道から撒き散らされた魔素の濃度勾配や、生み出された乱流を概算でシミュレート、それを利用して大まかにだけ周囲の様子を把握することに成功する。言うなればノイズと逆位相の音でノイズをキャンセルした状態だ。
まず最初に感じたのは周囲の音の少なさだ。
それから周囲の様子が3次元的に脳裏に浮かぶ。
囲む木々はまるで存在そのものがなかったかのように影も形もなくなっていた。より捜索範囲を広げて見るも外側に生体反応はなし。いや、微妙に小型の獣なんかは生きている個体もいるようだ。
そして、内側。
生体反応あり。というより生体反応しか見えない。
空気中を浮遊する菌を検知した、というわけでは当然ない。
生き物が魔素の塊のあったところ、そこに生まれたもやからまさしく湯水のごとくあふれてきていた。
魔物が次から次へと生み出されて行く光景には、怯えるでもなく戦意をたぎらせるでもなくシンプルに喉を鳴らす。
ここに湧き出続ける食料の山が。
こんなもの、そのままお預けなんて考えられない。
だが、それを止める懸念材料はまたしても『風の牙』だ。
スキルやレベルという概念があるとはいえ、彼らの手前、『人を超えた行動』は起こすべきではない。
例えば、スライム同士の結合を解いて回避するとか、腕を自分からもぎ取るとかは、多く見積もってもグレーゾーン。
接触した魔物をそのまま食らって倒すのは流石にアウトだろう。
人型の肉体を変形させて虚をつく攻撃や構成するスライムをばらまいてからの包囲殲滅を旨としていただけに、これは痛い。
防衛戦かつ得意分野を潰された状態。それでも、いやそれだからこそ、滾る.
いつでも氷属性魔法を叩き込む準備はできている。
さあ、どのように料理してくれよう?




