第69話 交渉以前
次からようやくバトルパート再開です。
シンプルに言おう。あの人型、組合長というらしい禿頭の男にまあまあ怒られた。
だが、それだけ。
探索者としてきたわけでもない、身分を証明するものがない私に借金を課したところで逃げられてしまえばそれでおしまい。一文無しであることも手伝って、返済能力のないことが証明されたのだ。
そこで、私の代わりに身分のしっかりしている『風の牙』のパーティに白羽の矢が立った。
隠すようなことでもないので、襲われ、撃退・捕縛した事情を話したのも原因の一端だろう。
曰く、「襲った、襲っていないにかかわらず、身柄を拘束されるようなら奴隷と同じ」だそうで。
奴隷制はこの国では幸い導入されていないようで、奴隷の「輸入」もなされていないものの、
外国では身柄を拘束し、荷物を奪い生殺与奪も握ってしまえば奴隷として売り払うこともあるのだそう。
修羅の世界だ。
閑話休題。
『風の牙』の今回のクエスト収入でなんとか賄える額であったらしく、完済済みである。さすがCランク、収入が全然違うらしい。
あの襲いかかってきた、『バレッツ』だったか、は脳震盪二名、腕の傷一名で治療院にひとまず一日入院したそうだが、後遺症の類はないらしい。
そうして突然の借金も容易に完済し、縄を解いた『風の牙』と私は明朝門の前で待ち合わせすることになった。宿に戻って得物の整備や体力回復をしたいのだそうで、部屋で一旦休んでいる。そろそろ魔物を狩って栄養補給といきたいところだが、ここは人間の休憩を優先することにした。欲を出して道中倒れられたら目も当てられない。
それまでの間、街の地理や露店を見て回ることにした。飢餓感があるとはいえ、まだ、耐えることは可能だ。
街全体として感知領域内に完全に収まっているため、見るべき、というものはそうそうないのだが、食指を動かされるものがいくつかあった。
素材のわからない金属で出来た武器・防具や、かつて交通事故で手に入れることになった魔銃と同じ機構を利用しているらしき飛び道具。感知に特別大きな反応のあるよくわからない道具など、実際に足を運んで調べて見たい、という思いがあった。
だが、いきなり高価であろう武器・防具を、所持金もなしにウインドウショッピングするのも失礼。
好奇の目etc.に晒されながら進み、少し路地を入った所の露店をまずは覗くことに。
「こんにちは。儲かってるかい?」
「なんだお前」
まあまあ酷い。ま、大阪の「もうかりまっか」なんて、もはや死語だから、仕方ないのかもしれない。
「 余所者だから、どんなモノを扱ってるのか気になったんだ。金銭は手元にはないけど…」
そう言いかけているのを聞きつけるや否や、主人は広げた商品を片付け始めた。
何をミスったのだろう?
その後、露店をいくつか覗いたが、金銭の話を始めると口をきかなくなったり、露店自体を片付け、その場から立ち去ったりと、全く商品を見せてもらえさえしなかった。
しまいには向かった先の露店が着く前に店じまいする始末。
日も暮れ、一般の店も店じまいを始める様子。さすがに意気消沈して夜を明かす場所を探す。
幸い城壁の脇にある茂みに革鎧を外すと腰を落ち着けることができた。
茂みは高さは膝までほどしかないものの、十分広く、寝転ぶことで周囲から完全に隠れることができる。
さて、
どうして交渉以前に商品すら見せてもらえなかったのだろうか。
見た目がボロい?金銭を持っていないことから客だと認識されなかった?言葉遣いなどがここらの言い方と合わなかった?
全部が要因の一端を担っている気もする。
が、当人ではない自分には、推測はできても特定はできない。
とりあえずは、金銭を手にして、身なりを多少整えた後でトライするとしよう。
こちらの身なりばかり気になって顔貌などは気にされなかったと思われるので、それぐらいで十分だろう。
多少の諦めを含んだ結論をさておいて、周囲を警戒しつつ、体内の金属製フレームをさらに加工したフレームに取り替えて行く。これまでに加工していた部分に加工を加えて、より細かに、より外力に耐えられるように。
AI技術などがあれば演算を駆使して外力に耐える最適解を導き出せるのだろうが、
あいにく成型技術はあっても演算能力が足りない。フレームの素材となる新たな種類の金属もそうだが、半導体が欲しい。
ついでに体内の補修を。やはり足首の部分は摩耗が激しいため、予備として持って来ていた合金でスペアに取り替えてしまう。
体の表面全てがスライムで覆われているため、一応全ての摩耗した金属片は探せば見つかる。それでも見つからないほどの細かい破片もあるので、その分は予備で補って。
約3時間。
夜半を回った頃に補修が完了した。
試行錯誤で行なっていたため、失敗作は山のように出来たのだが、それらはすぐに金属塊に戻され、再度原料として使用された。
魔術回路との兼ね合いも考えて、術式面を内部に作る二重構造。複雑化を極めて行くであろう、この肉体に少しでも適応するため発展の余地も残す。
次に改造する時は新素材を手に入れた時。
そう決めて主たる意識を外界に向け、知覚のノウハウをフィードバックする作業に移る。ここまで動くものが多数、近くにいる状況はそうそうなかった。
ここにこんなに餌が、ああいや、これは餌とするには集団で固まりすぎている。
距離的に固まっているのではなく、心理的に「人類」という塊で自己同一性を形作る集団だ。
ただのオークやゴブリンの群れとはそこで一線を画す。
情報伝達手段も優れているから、一度人間を倒し始めれば、完全に目をつけられる。
理論でなんとか理性を保つ。栄養をあまり摂取できなかったツケがまわったか。
道中は連中の食事を分けてもらっていたがそれで足りるはずがない。
エネルギー消費を避けるため多くのスライムを休眠状態に移行させてはいるが、それでも結局基礎代謝が減り、使える能力・出せる筋力の上限が下がっただけで重量は変わらず、何か行動を起こす際の仕事量には変化がないのだ。こうなると自重をさらに抑えるためには魔法を習得するか、進化その他の肉体改造で根本から変化させるかぐらいしかない。
別口で地下に潜ませた分体により継続的に魔物を狩ってはいるが、エネルギー収支がこの人体を含めるとマイナスになってしまうのはむべなるかな、といったところか。
じっとカロリー(?)消費を抑え、時間の経過を待つ。
この肉体の最大の特長の一つである、「スライムという単体が構成体である」ことを捨てるべきなのかもしれない。思考実験をしてみるが、そもそも魔法などという都合のいい存在がない世界の常識では、血管などの物質運搬もなしに1m以上の身長を持つ生物が生存すること自体考えられないのだ。
魔術回路?あれは外部の攻撃用の「道具」に過ぎない。
そうこうしているうちに夜が明け、太陽は壁に囲まれて見えないが、空が白んでくる。
茂みから身を起こし、革鎧をまといなおす。そこらで人の活動が盛んになってきているらしい。
田舎の朝は早い。そんな言葉を思い浮かべつつ、まさに開かんとしている門へと向かう。
さて、あと何時間待つのだろう。




