第59話 化け物の戦い、その1
年内に人里に出すのは無理ですた
右腕を掴まれている。
そう認識した瞬間、前に跳んで転がり、次の攻撃を避ける。
腕は振りほどいたりしない。
ではどうするのか。
所詮人体を模しているに過ぎず、スライムが骨にくっついてできた腕に血管が通っているわけでもない。
ただ、その腕の肘から先を間接で分離すれば良い。
それだけで身体は離れ、自由な行動が可能となる。
そのまま前回り受け身の要領で8メートルほど先の地面に着地、そして自然、頭が後方を向いた瞬間。
見る。そのかなりの割合で敵であろう者を。
それは人型であり、頭一つか二つ分ほど身長が低い。
幽霊のように輪郭がぼやけ、魔力感知でも反応がない。
しかしながら音の反響などからしても存在していると確信できる。
奇妙なモノだった。
ソレは、逃れた本体に対して追撃を放つことなく、その手に残る、右腕前腕部を見つめている。
輪郭がぼやけて、筋肉の動きもあまり分からず、そもそもこれまでの人型魔物のように身体の構成が人と同じであるという保証もない。
認識がしにくい時点でかなり心理的にもしんどいので、十分認識する方法を得たら帰ってもいいかなあ。
と、思考を打ち切り、受け身の動きの反動で立ち上がり反転、体勢を整える。
少しの間を置いて、彼(もしくは彼女?)が口を開く。
{そうか、貴様は人間ではないのだな。}
断面から血が出ないので当たり前に分かることである。そもそも(たぶん)普通の人間は腕を切り離すという考え自体ないだろう。認識できない存在の手から脱出することを優先し、相手にヒントいや、もはや答えを与えてしまった形だ。後悔はないけれど。
{貴様はこの行いの意味をわかってやっているのか?}
…?どういうことなのかさっぱりだ。
「いや全く」
{なるほど。つまり、条約も知らない…それでは聞くが、
どうして人間を避けようとした?《・・・・・・・・・・・・・・・》}
どういうことだろうか。コイツの観測域内で自分が知らぬうちに活動していたという場合は十分に考えられる。問題はその内容。人間など生きた状態で遭遇したことはないし、轢殺した時にも避ける、というモーションはなかった。
認識の齟齬が生じている。
・・・いや、一回だけなくもない。人型魔物を探していた時だった。結構直近。
あの、魔力感知に引っかからないという点でも一致するため、恐らくコレと同格や、同質な存在だろう。
あの時は・・・
「ただ単に人だとも分からない、魔力感知にも引っかからないものに喧嘩をわざわざ売りたくなかっただけだ。」
ただでさえ少なくなっている感情をさらに押し殺した言葉。当然利害などを前面に押し出されるために相手を納得させやすい。それが、たとえ異種族であったとしても。
{・・・それならば、貴様は害悪として排除せねばなるまい。}
あれ、言葉の選択を間違えただろうか。
とりあえずは置いておこう、それよりも。
何かが来る。
その感覚に従い、ある術式を起動させる。同時に身体強化をさらに重ねがけする。
先方の動きに合わせることすらしない。というか、それをできるという自信が持てないから合わせようとも思わない。
体感では1秒ほど経っただろうか、実際には恐らくもっともっと短い時間であろうが、その時に、ことは動いた。
その瞬間、後ろに飛び退ると同時、術式を発動。
その手にあった右腕が爆発四散した。
起動したのは金属製の骨を変形させる術式。
熱魔力変換装置から発せられる冷気で2次的に取り出される水、加えて単純な火属性魔法のコンボ。すなわち、誰にでもできる水蒸気爆発だ。
さらにそれらをベースに金属製の骨を変形させることでその破片が魔素とともに飛び散るタイプの簡易的な手榴弾を作り出した。
そもそも、魔物に過ぎない私を見て「そうか。・・・」とか言うのだとすればそれは元々魔物だと言うことに気づいていなかった公算が高いことになる。そして、魔力を持つ生命体の、魔力の流れなどは明らかに普通の生命体のそれとは異なっているのだから、爆弾を食らったあいつはその流れを検知することはできない、もしくは注意を払っていないと言う仮説が立てられる。
その言葉遣いも思考誘導ですー、とかあっても、そもそもあの腕のパーツはあいつの手に収まり、自由に動かすことができない。失っても困らない、と言うやつだ。
この破片手榴弾とは、鋭い破片を飛ばすことによるダメージを期待するのであり、
爆風による圧殺とは違い、目に見えるし、何より爆発などの波による攻撃と違って点での攻撃であるため可能性として偶然避けられる可能性がないでもない。
ただ、基本どのようなものにでも通用することがある。それは目くらましだ。
爆発による波は時として空気の濃度を瞬間的に変化させ、光はそこで屈折される。その圧力が目に伝わった場合、失明もあり得るのだが、破片による目潰しはそれとはまた異なる。破片による直接的な破壊により目潰しとしての効果が現れるのであり、それは動く破片というものを介在する。
たとえ爆発に耐えうるだけのステータスと、スパコン以上の頭脳を持っていて、空気の濃度変化を瞬時に計算、光の屈折を逆算して正しい視覚映像を得ることができたとしても。破片の軌道を瞬時に計算して、避けるだけの能力を持っていたとしても。
光は屈折でもない限り直進し、そして破片で遮られた部分はどう頑張っても見えない。
その死角においてて一緒に吹き飛んだスライムにより発動された、さらなる術式も魔素という名のチャフで見えない。
音は、言うまでもなく音速で届くためにそもそも、データ分析に必要なレベルのデータ量が発動直後では集まらない。
これが五感の全てを活動させないままに相手を倒すための方法。
即席なので粗はあるだろうが、あの思考時間ではこれが限界だった。
ところが。
目を向けていたが、突然姿がかき消えた。爆発するとほぼ同時だ。
爆発による風が肌を撫で、破片が散らばる。
その中、忍び寄る影が一つ。
気づいた時にはもう遅い。
長剣でそのまま背中から突き刺された。
チャフというのは、熱源に反応する兵器に対し使われ、見失わせる効果があります。




