第125話 やりますねえ!
ブクマ、評価ありがとうございます。
説明回、と呼ぶべきか、どうどう回、というべきか。ptが1234と並んだのがうれしい(数字好き感)
程なくして下男が降りてきて、私たちは2階の執務室へと案内された。
ノックして返答を待たずに中に入ると、中央のテーブルには間違いなく貴重だと言える紙がサラで無造作に置かれているようなので、ある程度経済的な余裕があるようだ。
見た目女性と小男のペア、旅人としては余りに不用心な組み合わせなそれでも一応警戒してか、下男が扉の近くで待機したのを確認した。
「お互い時間も有限なので固い挨拶は抜きでいきましょう」
不調法にわずかに顔をしかめているのをよそに先手を打つ。
「儲け話と聞いたから会ってやるつもりだったが、なんだこの小娘は」
おそらく本心からであろう、これみよがしに侮る台詞が飛び出た。
「そうですね、初対面ですから守るべき体裁もない。早速本題に入りませんか?」
「お前のような詐欺師に割く時間なーーー
「ちょうど157日前!」
強引に話を進めるべく舵を切ったが通じなかったので、早速切り札の一つを切る。
放ったそこそこの胴間声は窓の外、街にまで広がり、話を一方的に進めるのをぶった切った。
「ちょうど157日前、あなたはある資料を見ていたはずです。この商会の存続に関わるレベルの、大きな問題のはずだ」
驚いたらしく、目を見開いた男に配慮する様に声のトーンは大幅に落とす。
「どうします、この情報、人払いしたほうが良くないですか?」
これまで一度も浮かべなかったような満面の笑みを浮かべて、囁く。
「ふん、お前の言うデタラメなど信用できるか。それにそこの男は私の甥だ」
「おーけいおーけい、では、話を進めましょう。ところで、座ってもよろしいですか?」
「好きにしろ」
「では、お言葉に甘えて。お前、座っておけ」
同意が得られたのでモーリスに座るよう、顎で指示を出して話を続ける。
「つい先日、オプス商会から一族郎党死罪になった商家がありましたね?そのことに関して少々情報を得ましてね。なんなら時系列順、死罪で火刑に処された順番や彼らの持っていた資産情報まで言えますが、要りますか?」
「くっ、誰がいるかそんな物」
死罪、のくだりで腰を浮かせかけた男をどうどう、といなしながら話は続く。
「まあまあ、そう言わずに。本題に進みますが、商会の顧客の広さを見込んでの話です。とある場所へ彼を連れて行ってもらいたい。私共では位置がよくわからないところでもあなた方商人なら顧客リストとして載っていて、実際に行ったことがあるのでは、と考えましてね」
どうでしょう?話をさらに聞く気になりましたか?
ガワだけ見れば商人に圧倒的に有利に見える交渉。
されど流石に商人として何年も生きてきただけあってか、洞察力が鋭い。
「おまえら、脱走奴隷だろう。悪いことは言わん、帰んな。でなきゃ衛兵を呼ばなきゃならん」
奴隷、というワードにモーリスの肩が揺れる。
…もう少し踏み込んで欲しいところだが滅茶苦茶に外れているわけではないな。
「残念ながら私は田舎者ですが、奴隷だったこともありません。奴隷だったのはーーー」
言葉を切って二つ目の交渉カード。モーリスのフードを取る。すると、正面の店長と背後の下男、両方からあっと声が上がる。
「ーーー彼だ。わかりにくくするため、両耳を削いではいますが一応エルフですよ」
モーリスの顔を無遠慮に至近距離でためつすがめつしながらも商人は懐疑的な姿勢を崩さない。
「ーーーーーーエルフかも知れんが、耳が切れているとわからんな。すると、行きたい場所というのは?」
だが、確かに食いついた。
「お察しの通り、エルフの森です」
「……どこから顧客リストが漏れた?」
「ということは顧客リストにエルフの国はあるのですね?」
「質問を質問で返すな!」
ガツンとテーブルに拳をぶつける音。手首の骨をぶつけたらしい。痛そうだ。
「ああ、単純な推理ですよ。要りますか?」
「……バカにしやがって…!」
「要らないのなら次の話に移りましょう」
「くそが……チッ、二の轍を踏まないためにも頼む」
では。
「あなた方のお仲間が処刑されてる時の人々が話していたのですが、オプス商会は他の塩を取り扱う商会と提携して、国を越えた超巨大な塩商人となって塩の値段を自由に操れるようになろうという動きがあったと聞きました。国民を苦しめるそんな行為を企てたバチが当たったのだとね。
塩山を持ち国内の塩を操ることにほとんど成功していたオプス商会といえど流石に凄腕の傭兵を常に雇って置けるほどの金銭的余裕はない。国から自衛できないのにも関わらず、目をつけられるそんなことをしでかした理由としては国外に更なる版図を広げようとしていたと見て間違いないでしょう。
では、提携することで岩塩を安く売る約束をする見返りにオプス商会が求めたものは何なのか?
それは相手の商会の顧客リスト、もしくはその一部。それぐらいでないと割りに合いませんよね。内需が小さいとはいえどわざわざオプスの塩山の余裕を削るわけですし。
しかも情報だから金と違って隠すのが容易い。なんせ暗号技術は幾つもありますからね。01から始まりエニグマなんかが有名な例ですがあれは画期的で…げふん。
そうやって契約書を交わすと同時に入手した、相手商会からすれば比較的お得意さんでもない顧客のリスト。
もしかしたら国交封鎖状態のエルフの国もあればいいなと思ってカマをかけてみたのですが、当たりでしたね」
「では、質問はありますか?」
「ちょっと待て。カマをかけるのはわかるがエルフをわざわざ見せたのは何故だ?奴隷に再び堕とすとは思わなかったのか?」
「その時は、私があなた方を殺して奪い取りますよ。それに、私はここの衛兵の方とも少々仲良くさせていただいている。その程度のツテはあるのでね」
またモーリスの肩が揺れるのを頭に手を置いて大人しくさせ、脅して相手を黙らせる。
「話は戻りますが、いつごろ出られますか?」
沈黙した相手を置いておいて、逸れた話を戻す。エルフなんぞと旅を楽しむ趣味もないのだ。
「……行くとは言ってないが?」
尚も食い下がる。次から次へと飛び出る商人を半ば無視した話に苦虫を噛み潰したような顔だ。
「おや、いいのですか?言ったでしょう、大きな問題について知っている、と」
そう言葉を切って三つ目の交渉カードを切る。
「ここにあるのでしょう?処刑されたあなたのお仲間の、薬物の混じった塩が」
薬物と言ってもアスピリンなどと言った比較的安全なお薬ではない。
時には毒物の一種すらも混じっていることのある、まごうことなき麻薬だ。
戦争に麻薬は付きものとはいえ、麻薬の濫用は当然禁止されている。
もちろん社会情勢がさらに不安定になるためであり、その罰則も死罪だけではない。所有財産を全て差し押さえるのだ。
所有権云々の判定は警察能力が低いためにユルユル、やろうと思えばいくらでも都合のいいように解釈できてしまう。そこに戦争という経済負担が拍車をかけた。
頼みの政府は財産権をガン無視して資産を接収すべく動いている中売り物の塩に麻薬を混ぜるなんて自殺行為をなぜ起こしたのか。その事情は時系列上私がばら撒かれる前からの出来事のため察するしかできない。
それに、事情云々は交渉には直接関わりはないのだ。
「はいストップ」
反論を紡ごうとした男の口元に立てた人差し指を当てる。
「何もね、私は脅しに来たわけじゃない。商談になると考えて来たのですよ。貴方の身には何も起きなかった。不幸にも随分前に仲違いした貴方の家族は土の下だけど、貴方が死んだわけじゃない。それでいいじゃありませんか」
「・・・こちらの事情を察しているのなら話は早い。エルフの森にまで行くなど、危険すぎる。私たちの信用はガタ落ちだ、冒険をするにはもはや手遅れだ」
「信用?信用ですか?薬物に汚れた塩の何が問題だと?」
「どう見たって大問題ではないかね?」
それなら逆に利用すればよさそうなものを。まあいい。
「塩はどうしたって生活必需品だ、そのシェアを争った結果薬物の混じった塩があなた方の店から出てしまい、信用はガタ落ち。それでもそう、例えば違う言語圏で新しく商売を始めることもできるはずだ」
商人は沈黙を返す。
そこでもう一押し。
「さっきエルフの食習慣について話していたのだが、生血を啜る文化があるらしいですよ?」
生き血を啜ることは生理的嫌悪を催すものだが、果実などのビタミンCが摂れない場合、また鉄分、塩分が不足する事情において生き延びるために必要だ。
寄生虫という概念があるかはわからないが、生の血を飲んだことで感染する病気なんていくつもある。
それなのに生き血を飲む文化があるということはすなわちそれを凌駕するメリットがあるということ。
文化的な理由でなければ、それは必要に迫られた、という一言になるだろう。
必要は発明の母とはいうが、存在しないものを創り出すことは核の世界。おおよそ物理に反する。現場でモノをやりくりする方がコスト的にもよい。
と、なれば向こうには塩分摂取の手段が相当制限されていると考えられる。
これは一種の賭けだ。
塩分不足が本当に発生しているののか否か、岩塩がエルフに受け入れられるか否か。
吉と出るか凶と出るか、どちらにせよ身内の起こした事件による風評被害で塩商人には未来がない。
さあ、私の持てる情報はすべてさらした。
目算こそあれド後は運の世界。
リスクを取って大勝負に出るか、それとも風評被害に苦しみながら商売を続けるか。
選べ。
嗜虐性を孕んだ私の視線に気づいたか、仰け反りながら首肯する様子を見せた商人は続ける。
「胡散臭い女だよ、全く。クソ、文字は読めないんだよな?」
「私も文字位は書けますよ」
なんなら契約として書いておきましょうか?
そんなことを付け加えて答えると商人は頬を軽く引きつらせながら頷いた。
能力がそれほど高くない私は、初等教育に始まる教育を受けていなければここまでの発想に至っていない自信があるのだが、もしかすると教育を受けずに商人をだまし切るなどできる猛者がいたのだろうか?
もしいたのだとすれば…恐ろしい話だ。専門家をその道で騙し切る素人など専門家の面目が丸つぶれだ。
閑話休題。
中央のテーブルに置かれた紙を無造作に取り上げ指を滑らせて文字を焼いて刻んでいく。
「では、契約条項を確認していくとしましょうか。まずはエルフの国までモーリスに同行すること。そしてモーリスには伝手としてエルフの国に貴商会の保有する岩塩を売り込むよう最大限配慮してもらう。ここまではいいですね?」
モーリスと商人が頷くのを確認して続ける。
「そうですね、それに付け加えて商会は彼が奴隷としてさらわれないように配慮するのはどうでしょう?その見返りとして人間以外の魔物などの敵に対しては彼も共に戦う、ということでいいですね?」
エルフといえば奴隷という認識に否やはないようで双方が首肯。
「あとは、そう、契約不履行の場合の話ですか。商人が契約不履行となる場合は商人がモーリスを奴隷商人に売り渡すことや商売の道中でこの街に逃げ帰ることぐらいですが、エルフの方では最大限の配慮、や魔物との交戦ではぐれる、など色々考えられますね……」
「まあエルフには故郷に帰らなければいけない理由があり、商会にも新規販路の開拓という一か八かの賭けに出ているんですから、違約金云々は抜きにしましょうか」
でも、と続ける。
「私から商会にこれだけ資金を渡しておきましょう」
少ないかもしれないが、旅の旅費として先立つ物が必要でしょうから、と懐から取り出したのは先の奴隷売買で入手した金の全てだ。
違約金云々がないのだから拘束力も必要ない。
最後に3つほど文章を追加で羅列した紙を商人に見せる。
じっくり3度ほど条項を確認したあとぎょっとした顔でこちらを見返したので、ウインクで返した。
「いや、足りないものが一つある」
おや、抜けはなかったはずだが。
「以前エルフの国に塩を売りつけに行った時は護衛を何人も連れて国をいくつか越える必要があった。お前は私達を殺そうとできるだけの実力があるのだろう?護衛としてついてきてもらおうか」
条項に私を組み込んでいないことに気づかれたか。
では、お代は?
「もちろん、タダ働きだよ」
我が意を得たとばかりににやつく商人。
…それぐらい自力で雇えという気分になったものの、金銭的に余裕がないことは私がわざわざ指摘しに行ったことだ。多少の不自由は甘受するほかなかった。ここでもしてやられた。
オプスおじさん「お金いっぱい欲しいんだったらさ、一つの国だけあてにしちゃダメじゃない。自己防衛、投資、あと国脱出だよね。国なんてあてにしちゃダメよ」
内容にあまりにもぴったりすぎた。
自分で完全に考えてきたことってこれまでないんですよね。全て何らしか影響を受けたという意味ではオマージュ。つまり私の性格の悪さも誰かに教育を受けたk……(文章はここで途切れている