第119話 戦場へ
人によってはグロ描写かも。
一番戦闘の荒々しく、人がバタバタ死んで、平和な街から来たアリスがたまたま入り込んだら死んでしまいそうなところ。
最も血みどろに塗れた悲惨な戦場、ワイマールに赴いていた。
血とか肉とかが染み込み、血中の塩分だけでも塩害が発生しそうなほど。
魔素もごく高濃度で滞留しているためスライムをはじめとする魔物もポンポン生まれているようだ。
そんなうまみもなく危険な土地、地鎮祭でどうにかなりそうな面積でもないので私なら謹んでお断りな土地なのだが、その土地をめぐってグレイツモルゲンとグレイツデスペシアの二国が争っていた。2国に分かれた由来を考えるともしかしたら領土欲しさというより相手憎しなのかもしれない。
人種にもそれほど差がなく、文化すらも元々1国だった関係か違いはほとんど見られない。話し合いで解決できそうなものを。相手のことをなまじっか理解しているからこその憎さなどの複雑な心情によるものなのかもしれないが、真意は不明だ。
それはともかく。
グレイツデスペシア側についた傭兵団が張っているテント近くで人員募集に来たと告げるや否や、早速多対一で面接を受ける運びとなった。敵国のスパイが紛れ込むことで生じ得る損失は計り知れないから最前線に立たされる者でも一応注意を払っておこう、という腹だろうか。
筋骨隆々、上裸を見せつける暑苦しい恰好の男に革鎧姿の男数名、そして全身鎧数名が一つのテントの下私に目を向けてくる。残念ながら女性はいない。テント内どころかこの傭兵団すべて見渡しても女性はいなかった。
なぜこちらかと言えば、劣勢になっているからだ。劣勢なればこそ、どんどん抜けていく穴を埋めるための人材を欲している。負ければ情報の混乱度合いは増すだろうという目算だ。
さらに言ってしまうと負け戦と感じた傭兵は敵側に着くようになるのでそれを引き留めるべく高給が約束されるのもポイントだ。給料の中抜きや給料の未払いなんてものが起こっていれば話も違ってくるが、それは勝ち戦の陣営でもままある事。差異とはならない。
やはりというべきか、私のようなニュービーは侮られる。誰だって筋骨隆々、レベルは50をはるかに超えるオッサンなら圧迫面接もないだろうに。
「お前みたいな覚悟のない奴は要らん!」
「無ければないで肉壁にでもすればいいだろう?」
最初にそこらにいる奴らに話しかけた時に難色を示された時から薄々察してはいたが、否定的なニュアンスを隠しもしない。
「レベルの低い女がこっちに関わってくると犬死ににしかならないと言っているんだ」
「ふん、自殺なら他所でやれ、これは俺たちの戦争だ」
旗色が悪い。大概の攻撃では私を殺すには至らないことは知っているが、それをわざわざ見せて行くのは話が別だ。腕自慢なんてもっての他。なんせ女で低レベルの私がメンツをつぶしにいっているのと同義だ。最悪最後の一人になるまでバトルロワイアルなんて面倒なこともあり得る。
強硬手段をとるわけにもいかず、しかし相手のフィールドで寡兵という劣勢状態。
「こいつなら、体もでかいし、良い盾になり得るんじゃないか?最前線で、盛大に擦り潰れてもらおうじゃないか。なあ、ひよっこ?」
鶴の一声。
張られたテントの奥から聞こえる声で旗色が変わったことを察する。
全身鎧の男だ。
はっ。
「ほざけ。図体が大きいだけの低レベルだと勘違いしてもらっては困る」
「ほう、よく吼える。ところで家族は?ウチでは遺族に金一封送ることにしておる」
ふうん、大見得切った挙句にそんなセリフを吐かれるとは、ずいぶんと舐められたものだ。
私のどういう部分に反応しているのかは正確には不明だが、相当な言われようだからあまり長居はしない方がいいのかもしれない。
「なに、死んだところで悼んでくれる人もいないのでな」
お前らもそうだろ?
目線を合わせにいくと、真正面から見返してくる者はむしろ少数だ。
否定はしないがそのことに対して全く吹っ切れていない、といったところか。
やはりというべきか、奴隷傭兵を問わずこの戦争では主に身寄りのない人間が参加しているのだ。
戦争は様々な外交手段のひとつでしかない。逆に言えば戦争を回避しなかったということにはそれなりの理由が要る。例えば首脳が情弱(情報弱者の略)とか。
今回の場合、というかここらの紛争地帯での戦闘の原因は、宗教や金属工業の利権もあるが一番は未だかつてない人口増加がある。
魔銃の登場により安全に魔物を狩れるようになったのもあるが、それを加味してもなおなぜか人が死なず、どんどん成人になっていくためだ。
都市周辺に作られる畑も拡大を続けてはいるものの、魔物が畑を襲うのだから余裕があるとは言えない。
畑を継ぐ人数も限られているため、自動的にあぶれた人間は“衣食足りて礼節を知る”を逆に証明するかのように都市部や国境地帯でいざこざを起こした、ということが発端らしい。
要するに何が言いたいのかと言うと。
この戦争、多大な費用を投じた“口減らし”の側面もあると言うことだ。
まあ、そうでなくては精強な兵を温存するために傭兵の肉壁を作る必要性も生まれないのだから納得できる話ではある。
戦争で一番犠牲を少なく切り抜けるには、戦況を一人で変えうるほどの高レベルな兵を代理に立てた決闘が最適解と言えるのだから。
口減らしに遭った次男三男や女性は傭兵に、奴隷になって自分の食い扶持を稼ぐべく命を最前線ですり潰す、というわけだ。当然家族に見放された人間ばかりで構成されているのに彼らが死んで悼む家族なんてあろうはずもない。せいぜい戦友がいいところだろう。
だから、自殺志願者しか見えない私でも、いやだからこそ前線では必要とされる。
どうせ最前線では敵も味方も入り混じるのだから変装した敵を警戒する必要性は薄い。
彼らが気にしているのはこちらの戦意だろう。無能な味方は有能な敵よりもタチが悪い、とは使い古されたセリフだが、だからこそ真実を言い当てているとも言える。
肉壁が増えて自分の生存確率が上昇するのは喜ばしい…しかしすぐに負傷されて無能な味方になられるのはもっと困る。
彼らが考えているのはそういう戦力の皮算用だ。
武装も見えるのは数打ち物の武器が多数、何の成果も上げていない小娘に、わざわざ心を開いてくる奴もいない。
「ふん、とりあえず明日だ。明日生き残れば考えてやらんこともない」
妙に上から目線だ。私が軍に求めるものなどないのに。
「了解」
「寝床まで案内してやれ、おい、マティアス。案内してやれ」
「おーけい、5番テントでいいか?」
「あぁ、それでいい。ついでに迂回して見せてやれ、戦場の現実ってやつを」
「チッ、了解だ」
少なくとも前線にいる人間よりかは後方で戦争の顔を知っているハズなのだが、それを言うのは野暮か。
マティアスにつれられテントの間を進むと、1つ大きなテントが開いて、人が見えた。
「あぁ、アレらは見ない方がいい」
マティアスは嫌悪感を隠そうともしない。
「いいのか?戦友だろう」
「アレは見ていると病気が感染るからな」
コレこそがリアルとでもいいたいのか。わざとらしい。
視線の先には傷病兵、つまり怪我を負った兵士・傭兵が一つのテントの下でまとめられていた。
腕が肩から斬り落とされ、ピンク色の断面と白い骨、黄色の脂肪を覗かせる者、
頭部が半ばほど破壊され、脳が少し見えてしまっている者、
溢れた腸を手で腹に押し込めたまま待っている者。
明らかな欠損だけでも両手の数ではとても収まりきらない。
集団の外れで蹲る、鼻が腐り落ちている男もいた。性感染症のひとつ、梅毒でもその様な症状が出ると小耳に挟んだことがあるが、それ以上罹った事情を考えてもキリがない。
彼も胸を押さえて脂汗を流しているあたり、尋常ではないが、誰も助けてくれない。
みんなみんな、普通は死んでいるはずなのにレベルの恩恵だろうか生かされている。
全て、回復魔法で治るのかもしれないが、明らかに人手が足りていない状態だ。
蛆がのたくりハエやらが飛び交い、糞尿の処理すらできない状態では、傷口からの感染症で死ぬのだろう。
生前なら考えようもない、クリミアの天使がベッドを投げつけるレベルの泥臭く汚い戦場。
次の日には敵になっていることさえある傭兵に対する信用は薄く、傭兵である私の施しなど彼らは望まない。
私が行動しても何も生みはしないのだ。
私ができるのはせいぜいが課せられた仕事を果たし、肉壁としてその肉を有効活用することだけ。
だから、何も言わず、ただ俯いて引かれるままに歩いて行くのみ。
まるで囚人のように。
というわけで棄民の話でした。
クリミアの天使といえばナイチンゲール。
文章見直していると表現の揺らぎ多数で顔から火が出そう