第116話 武器付きの実戦
居場所を失った私は街を出ることになった。犯人として嫌疑がかかる前に出てしまえば街の外では領主のしく法律は意味をなさない。
これらの手引きはヨスターの息子だが、クーデターを起こし、父殺しの実行犯だったことを考えれば、その処置はむしろ寛大であるとさえいえるだろう。
「こんな結果になってしまって申し訳ないな。こちらでも忙しくて手が回らないうちにコレだ」
甘い言葉を垂れ流しつつも、『また戻ってこい』なんて言葉が出てこないあたり自分の人徳が透けて見える。
事実、私のやってきた行いは反社会的に過ぎた。
と、まあ、それはそれ、これはこれ。
反社会的人間であるところの私をわざわざ見送りに来た組合長の肩を掴んで引き寄せ、耳元でささやく。
「心配するな、私は言われずともここらには近づかないさ」
表情は変わらないものの耳に血流が増えるのを見て、意図が伝わったと掴んでいた手を離した。
「これまで短い間だったが、ありがとう」
組合長の手は固く握りしめられていた。
わかりやすいな。
こちらの仕返しとして十分な結果が出た。
振り返ると私を私刑にでもかける算段でも付いたか、妙にぎらついた眼付をした傭兵。
それでもおそらく私を殺すには遠い。
そのまま振り返ることなく、件の魔物事件のせいで人通りのない街道を沿って歩みを進める。
なぜか私と同道することになった傭兵と、次の目的地を話し合いながら。
一体たどり着くのは人間何体分だろうなぁ。
何キロほどか歩いたか、街が見えなくなるところまで来たところで私の方から口を開く。
「アイツから金を受け取ってるんだろ?」
まるで何もありませんでしたよ、とでも言いたげな表情。
しかし、私は実際にそれを聞いたのだ。
「なに、私がこの地方から離れればいいんだ。手前らが付きまとう必要もないだろ」
語気が荒くなっていることを自覚しながら言葉を切った。
てめえ、なんて言葉を使ったのはいつぶりだろうか。
「ちょうどいい、お前にはみんないら立ってたんだ」
そうかい、そんな言葉をもごもごと口の中で呟き、
―――いっそ殺すか?
物騒なアイデアが脳裏をいくつも過る。
それらを取捨選択しながら、私は久しぶりに”楽しさ”を感じていた。
そこそこの敵で、しかも相手をおもんばかるのは最小限でいい。
”不快”という感情で訴えかけられたのだから、”鬱陶しいから潰しておこう”という感情で相対してもバチは当たるまい。
そうして私は魔法を使う。
瞬時に展開された魔法は氷属性。
自分の足元という、他人からの干渉も受けにくい場所で創り出したのは地中深くまで根を下ろしたカタパルトだ。
これまでとは違う、全力を込めて斜めに蹴りだせば、壊れながらもその機能を十分果たしてくれた。
反作用で身体はこれまでになく速度を上げ、私は右端から3人目―――ちょうど意識がよそに向かっていた傭兵―――の肩に体当たりして粉砕させる。
肩をほとんど磨り潰しつつぶつかった反動で私の動きがわずかに鈍る。
だが関係ない。
足に生やした氷のスパイクで踏みとどまり、振り向きながら背中に背負ったハルバード。
2mほどの長さを誇るその峰で横から叩きつけるように薙ぐと、後方に位置していた二人にクリーンヒット。
幸いと言っていいのかハルバードの柄が大きくしなり、与えられた衝撃力はそこまで大きくない。
それでも十分な手ごたえと飛距離は、戦闘不能を確信させるには十分だ。
魔法を使うには至近距離と判断したか、杖を構えていた男は棍棒に持ち替えようと動いている。
判断は正しい。
けれど装備変更をわざわざ待つ必要もなく、振り抜いた姿勢から腕の力で投げつけ、棍棒を手からはたき落とす。
そして腰からナイフを引き抜き、太腿に差し込めば立っていることなどできるはずもない。
遅れて剣士が放つ真っ向正面、上段からの振り下ろしをスウェイで避け、剣先を足で抑えてハイキックをがら空きの上体に叩き込んで戦闘不能に。
蹴り終えて無防備な瞬間。
狙われたその隙を見逃してくれるわけもなく棍棒がガードした腕の上から私の後頭部に叩きつけられた。
続く二撃目にはさすがに手が回らず、もろに食らう。
歪む視界。
ごきり、と嫌な音が体内に響き首が傾くのを感じていても私が選ぶのはさらなる攻撃の一手。
それは棍棒に絡まる髪だ。
まだ触手としての本来の姿をあらわにこそしないが、叩きつけられた棍棒を離さないように一時的に抑えるだけでも十分。
完全にぽっかり空いた隙に体幹を生かして空中で一回転、さらなる追撃を振り払い態勢を低くした状態で着地。
続いて超接近戦で沈めればもう一方も沈めるのは容易い。
一撃でオトし、両手でしっかり曲がった首を調整する。
「ば、化け物が!」
身勝手な言葉、だが心情は察する。
首を棍棒で殴って曲げたのに生きているバケモノが出ては、生理的恐怖が勝るのは納得がいく。
だけどさ。
「それを知らなかったとはいえ、喧嘩を売ってきたのはお前らだろ」
なら、やり返しても文句は言われまい?
人類最古の法と言われているハムラビ法典(実際にはより古いのはあるらしいが)にも書いている。
目には目を、歯には歯を。
だから、首を折られたら、相手の頸を折り返しても問題ないだろ?
ただ、それをすれば大体人は死ぬ。
過剰攻撃を戒める言葉に則ってどこまでやり返すべきか。
足元に転がったハルバードを足で跳ね上げ、手に握るや足裏に生やしたスパイクを活用してトップスピードに至る。
胸部に掌底を食らわせ、吐しゃ物を撒き散らしながら地面と平行に飛んでいく姿を尻目にハルバードを振るう。
返ってきたのは硬い感触。
肩ぐらいは斬り落とそうと思っていたが、咄嗟に剣で受け止められたか。
スパイクに絡まる土くれを足を振り上げる動きで顔面目掛け飛ばし、防いだ左腕にナイフを突き立てる。
突き立てた刃をひねり、傷口を広げると共に走行する血管に傷をつける。
ナイフの柄は砕け、刃も歪むが、問題ない。どうせ安物だ。
だが、感触がちょっと妙だ。
気味の悪さを覚え、痛みに呻きながらも攻撃を敢行しようとする、勇気ある傭兵の胴を蹴ってよろめかせたところにハルバードの一撃を叩き込む。
ガードに使われた左腕ごと胴体を少し切り開いてやる。
同時に私は戦慄していた。
部位欠損すらもいとわない防御というのは生まれて初めて経験したものだったからだ。
即死にさえすれば関係ないが、腕がもげたり、脚を貫かれようとも止まらない戦意は少なくとも、私の知る人間が発していいものではない。
現代医療においては治療する前に失血死で命を失うような攻撃は、この世界でも致命傷だが、致命足りえないことがある。それが、回復魔法の存在だ。
私が存在から、”数多く存在できる”比較的希少種であったから何とかできたゾンビアタックを、回復魔法で使えてしまうあたり、ムリヤリ感は否めないが、有効な手法と言えるだろう。
私も散々やってきたゾンビアタックが、やられると面倒とは。私も自分勝手なものだと自嘲する。
ははは。
「いいカンジじゃないか?」
バケモノの器じゃないニンゲンにしては。
回復魔法を他人に頼っている時点でダメダメと言っていいと思うが。
塞がりつつある腹をそのままにこちらへ向かってくる盾役の出鼻を投げナイフでくじき、
その脇を通りながら追撃のハルバードで肩を完全に壊す。
金属鎧をひしゃげさせ、肩を粉砕させてしまったが、誤差の範囲だろう。
あくまでついで、本命は。
後方で悠長に回復魔法で継続回復している男。
顔面をナイフで狙う、と見せかけて足払いで地面に引き倒した勢いを活かして後頭部を強打。
気丈にも抵抗しようとする男の胸ぐらをつかみ、背後を襲い掛かろうとした盾役にぶつける。
無情にも回復役を避けたが、攻撃のテンポは遅れる。
その隙を活かしてローキック。
無言で迫る背後からの攻撃をハルバードで逸らして避けつつ、その接触によりスキル【毒精製】で生み出した毒を仕込む。
本来なら回復役から即座に状態異常回復でもかけられるだろうが、回復役の行動を封じたこの瞬間は何もできまい。
低くした態勢。ローキックの軸足と片手で地面を前に蹴りだし、背後の敵に体当たりすると共に態勢を崩した盾役にナイフを投擲、体幹部に命中させる。
少しでも時間を稼げば十分だ。
上から手を回して背後の男の頸を掴む。
抵抗を受けるが恵まれた体躯で片手で遠ざければ手足は届かない。
そのまま頸動脈を探り当て圧迫して…1、2,3,4、5。
抵抗力が失われた肉塊は手を離せばそのまま重力にひかれ倒れ込んだ。
継続回復が切れているのか、乱雑に引き抜いた傷口から腸が少し見えてしまっているのだが、それでも威勢のいいその目線には敬意すら覚える。
さらには正常に戻ってきた回復役も杖を構え、回復させようとする。
千日手。
そこで私はホルスターから拳銃を抜き、回復役の男に1発。左爪先を撃ち抜いた。
私の両手が塞がったのを見て、軽はずみに突っ込んでくる男を態勢を屈めて避けながら心臓の真上、胸骨をハルバードの石突で叩き、折る。
心臓が一時的にだが止まり、倒れ込む盾役の首を踏み付けて、再び拳銃を回復役の男に構える。
これは牽制。
四肢の先を狙って撃ち抜けるのなら、心臓の真上を突けるのなら頭部なんて狙いあやまつことはない、という。
「この程度?」
「悪かった、俺達が」
最後まで言わせない。耳をかすめるように銃弾を地面にめり込ませる。
「御託はいい。どこから来て、アイツから雇われ、どのような命令を受けたか。全て、洗いざらい、吐け」
前回と違うのは、彼らには後ろ盾がない、ということ。クーデターはもう済んでいる以上、雇用契約は終わっているのだから。
つまり私と彼らの直接交渉。私は被雇用者としてではなく、ただの傭兵としての彼らから情報収集をすることができるわけだ。
今この瞬間命が失われてもおかしくない回復役の男は口を割ることがない。
まあ、傭兵というからには戦場で身を立ててきただろうから、この程度の苦境はあったのかもしれない。
そもそも、時間は彼らに味方するのだから。
銃弾を1発、倒れている男のすぐ脇に放つ。
意識をオトしたが、早くも起き出して動き始めたのでその牽制だ。
時間は味方する、私ではなく傭兵に。
それを分かっているのだ。
予想よりもはるかに早い回復に臍を噛む思いを殺し、ふと天啓が浮かぶ。
「なあ、お前、腕とかぶった切れても治せるよな?」
仲間の復活に緩んだ頬を引き締めなおしながら、あいまいに頷いた。
条件は良好。一度やってみたかった実験でもしてみようか?
丁度起き出していることだし、情報の聞き出しを兼ねての実験におあつらえ向きじゃないか。