第103話 先ず隗より始めよ
扉をくぐって抜ける。
踏み出すと、扉の開閉に合わせて蝶番がきぃ、と存外大きな音を立て、カウンターに何やら集まっている人だかりが一気にこちらを振り返った。
これは邪魔してしまったか?
カウンター台の上。
行儀悪くもそこで探索者たちと思われる人たちに向かって演説をぶっている男は、カウンターの位置の関係上、体の向きが出入り口の方を向いていた。
そして、聴衆の目が自分に向けられていないことに気づいた彼はその目線の先を追って…
私と目が合う。
「よぅ」
「…誰だ」
行儀悪い男、ヴァルテルが応える。
捕縛して街まで連れ歩くことまでしているのに、顔を忘れる…ありえないことではないが考えにくい。とぼけたかったのか、なんなのか。
「で、何の集会?」
「あん?」
「隣町の近くまで行ってきたけど、何もなかったぞ?」
「…は?」
瞬間、場の空気が凍り付いた。
「隣町とをつなぐ街道は一本しかないから、結局このままだと干上がってしまうだろ?」
人だかりの中でも隅っこにいた男が言う。
うん?確かにこの街には隣町とをつなぐ一本しか整備されていない僻地に近い立地だが、
関係ないだろう。しかし、言いたいことはそれとは関係ない。微塵も。
「街道には脅威となりそうな魔物自体がいなかったと言ってるんだが?」
「おいおいお嬢ちゃん、あの咆哮を聴かなかったのかい?」
わかりやすく疑問符が頭に浮かんだような顔をしている人間が多い中、もはやおっさんな男が猫なで声で話しかけてくる。
というか猫なで声で話しかける文化は異世界でも変わらないのか。
ところで。
「咆哮とは?」
ここまでその威力について噂される『咆哮』というものに興味が湧いたのだ。
「昨晩のアレを感じないってなると…お嬢ちゃン素人か?」
素人・・・素人か。
「確かに素人だとも」
人間の価値判断においては。
「なら、素人が口を出すなや」
そういっておっさんが歯茎を見せつけるようにして凄んでくるが、いかんせん私の方が頭一つ分も高い。
結果、その歯が汚れていたのもあって締まらない。
「いや、実力は全くないわけではないが?」
舐められること自体は別に大したことでもないけれど、それに乗じてピーチクパーチク囀られるのも面倒だ。
「ねえ、バックグラウンドに控えている組合長さん?」
きちんと、突然難聴になってしまっても聞こえるように、十分な声量で。
果たして、組合長が通常と比べても格段にゆっくりとした足取りで出てきた。
「何やら緊急事態っぽいが、状況説明するから通常業務をお願いしたい」
ギブアンドテイク。
「それで構わん」
言いながら片手を差し出してくる。
「情報提供、とは?」
「あぁ、昨晩に『咆哮』らしき振動を感じて飛び起き。それは隣町の方角から出ていた、という話のようだが」
そう言葉を切りながら肩に掛けていた、ゴブリンの耳の束を渡す。
「あぁ、合っている」
「それを発するような、大魔力の持ち主は、見当たらなかった」
「それを信用しろ、と?」
信用ときたか。
「無条件で信用してくれ、などという虫のいいことは言わない。ただ、何が襲ってくるのか確認すらしないのは不味いんじゃないか、って話だよ」
幽霊の正体見たり枯れ尾花、ということわざが示すように、恐慌状態となっているときほど状況判断が重要となってくる。
翌朝にはこの恐慌だ、何が起きているのか把握する余裕なんてないだろう。
ハッタリ込みで微笑を浮かべると、静かにビキリ、と青筋を浮かべる組合長の姿を幻視した。
「そうだな、確かに状況確認ができていなかったのはその通り」
係員であろう女性の持ってたトレイにゴブリンの耳を置きながら答える。
やはり。
「通常状況確認を行ってくれるようなランク帯の奴らは逃げたんだが」
うん?そりゃみんなで震えあがっているような相手に単独で突っ込むのは荷が重かろう。
「って、低ランクに任せてたのか」
組合のランク付けは基本的に本人のレベルによって行われているという説明がされていた。
それはつまり、低ランクは実戦経験も乏しく、またレベル自体も低い。
そんな人間を脅威のもとに追いやるなんてその脅威に殺させに行くようなものだ。
行く方もただの自殺だし、勧めている方は自殺ほう助なんてものよりもたちが悪い。
人的資源の浪費以外の何物でもない無駄っぷりに非難を込めた目線で軽く睨んでみるも、
軽く肩を震わせるばかりであまり効果はないようだ。
「じゃあ、慣例に則って」
おや?なにやら雲行きが怪しくなってきた。
知らない”慣例”なんて出されても、その真偽自体が新参者の私には判別しようがない。
「言い出しっぺにやってもらわないとなぁ?」
なぜだ、という疑問はすぐに解けた。
鬱陶しいコイツを黙らせ、状況確認を行うためには誰かがいかなければいけないのだが、
自分が行きたくないから人柱を立てようとしているのだ。
何ともシンプルな集団理論。
だが外様も外様、見知った人間もほとんどいないこの状況では、仕方のないことだ。
それに、これでは反論しようとしてもすぐに言葉の量、という暴力で潰されてしまうのだろう。
ペンは剣よりも強し、という言葉があるが、ペンは多数のペンに勝つことはそうそうあり得ない。
私にできる抵抗は一つだけ。
「で、≪信用のおけない≫私の報告なんて聞きもしないだろう?誰か他の人間も寄越せ」
「うむ、となると、じゃあヴァルテル」
「は?なんで俺たちが」
「仕方ないだろ、一番格付けで高いんだ。それにお前たちならきっと生き残ってくれる」
相当嫌なのだろう、ヴァルテルが必死に意見するも、取り合ってもらえず、そのまま出立の流れとなった。
半日程度でつく距離ということで食糧も持たされず、また、相当に嫌なのだろう、パーティメンバーのぶつくさ垂れる文句をBGMとすることを強制させられながら、街の外へと踏み出す。
言い出しっぺが一番とばっちりを食らうケース。
田舎でガラパゴス化した組織、多数派の意見で自分の意見が封殺…ウッ頭が