第102話 街の崩壊
頭の中身を覗き込んだ瞬間。【深淵】をみた・・・気がした。
言語で表現するには情報量が多すぎ、デフォルメなしには表現すらできない【深淵】は、しかし染み込むように脳裏に入っていく。
もとより人間の精神・頭脳な私は本来、デジタルな計算よりもこういった曖昧模糊とした情報の集合体を理解することに長けているのだから当たり前か。
本来の目的であった様子の【転移魔法】に加えて質量そのものが空間を歪めるためか、高重量の私には【重力魔法】までもがおまけとしてついてきたが。
自らの感覚を拡張したように【転移】の仕方や、重力魔法の扱いまでが分かるので、もちろん早くも群衆としての特性を生かし、MPを大量に消費して【転移魔法】と【重力魔法】をスキルレベルMAXに仕上げてしまう。
新たな“眼”を得たかのような今までにない、重力自体を感じる感覚が同時に出来上がっているのは奇妙なものだが、その違和感もすぐになくなった。感覚の統合により適応したのだ。
女に対して向き直ると、状況を全く飲み込めていないようで、表情は変わっていないが眼とその動きが物語っている。
普通は記憶の抽出は本人が抵抗すればするほど、精神的苦痛を伴うものなのだが、あくまでも外部からの観測がメインの、侵襲性の少ないこの方法においてはそのロジックが通用せず、基本的にはダメージを負うことはない。
魔力泉とやらは、結局魔素だまりのことらしいが、その情報も手に入ったし、正直に言って銃でさんざん撃たれてきたから銃の扱い方をトレースすることもできた。
よって女が講習と言っていた内容は大まかには履修して、この女にはもう用はないと言えるのだが・・・
静かに混乱の最中にある女と、気絶させたメイド。しかも女の方は魔素を大量に撃ち込まれた影響で体内の魔力動態が乱れ、魔力消費の一切がいつも通りにはできない状態。
この女・・・は次の魔王としての地位を確立しているらしいので、人間の味方をしているのでもない私は下手に殺してしまうわけにも、そのまま放置していくというわけにもいかず。
「おい、もう終わったぞ」
声をかけながらメイドに軽く治療を施す。
昏倒したメイドを治すには至極簡単、極々低濃度の魔力しか含まなくなった大量の魔素を抜きながら、高い魔力を含む魔素、高魔素を体内に取り込ませれば、適正基準に戻る。
魔力感知で様子を見て、気配がおおよそ元に戻るまで調整した。
あとは彼女自身でいつも生成する魔力で考えれば、時間もほぼかからず目を覚ますはず。
頭も強く打っているかもしれないが、エコーロケーションで見る限りは問題なく、そのまま放置することに。
「ちょっ、お前何をしている?!!」
現実に立ち返ったかと思えばそれか。
たしかに状況を鑑みればそう言う反応をされていても仕方ない。
恩をあだで返された、という突発的な感情を自業自得という言葉でくるみながら、
「後遺症はなさそうだな」
とだけ返す。
「……こいつ!」
「講習とか言いながら殺しに来た奴が何を言う」
負けじと言い返しながら、女の魔力を見る。
まだ乱れが残っているが、メイドがもうすぐ起きてくるだろうから問題はなかろう。
魔力を使えなくしておいてよかった、と内心安堵しながら私は虚空へと消えた。
【転移魔法】を実用レベルまで無理矢理に引き上げた代償としてMPの枯渇と神経的な疲労を抱え、荷物を回収し街の内部へと転移で戻ることに成功したが、街の様子がおかしい。
まず宿屋と思しき、いくつもの部屋を抱えた建物から人がごっそりいなくなっており、人口にして1割強。それだけの人間がいなくなっていた。
何やら、荷物を取りまとめる人々、壁の補修にとりかかる衛兵。
召使を怒鳴りつけ、荷造りを急かしている商人、所在なく道端で座り込んでいる、身なりのよろしくない老人。エトセトラ。
端的に表現するなら、物々しい。
感知域を拡大してみると、私が来た方向と全くの反対側に多くの人・馬・荷車。
逃れようとしているらしい。
本来街道が整備されていないところに踏み込んでまで…とはちょっと何をやっているのかわけがわからない。
でも、何から?
向こうにいた時には、脅威となりえそうなものは・・・二人だけいたな。
しかし、魔族とやらは私から見てほとんど人間と変わらないように思えたのだが、彼らは何を検知して逃げ出そうとし始めたのだろう?
意を決して慌ただしく作業をしている衛兵に、話しかけることにした。
「この騒ぎは?」
「あぁ?見りゃわかんだろうよ。避難勧告がなされて、住民や非戦闘員の衛兵なんかを逃がしている最中だ。昨日の晩の重く響き渡るような咆哮で、みんな目が覚めちまったからな」
……咆哮?
あの二人は咆哮を上げるような戦闘の仕方を、わざわざ人里の近くで行うような愚策はするまい。
・・・もっとも、こちらには記憶がないので確証もないが。
「お前さんは起きなかったクチかい?今朝からこの街に入るときには必ずその説明がされるはずだ」
下手なことを訊いて藪蛇にするわけにもいかず、
黙っていると、逆に怪しむような表情でそう告げられた。
というか、緊急事態にもかかわらずそういった情報を集め、相手の情報をくみ取れる、というのは相当に頭がいいと思われる。
会話はキャッチボールと言われるが、実際には方向が明後日の方角を向くこともあるのでイメージとしては複数人による連想ゲームに近い。
ボロを出す前に、切り上げようか。
兎に角黙っていた方が藪蛇だったようだ。
そんなことを考えていると、
「あぁ、半分徹夜した後で野宿したからな。ついさっき起きたところだったんだ」
「荷物もないようだけど、盗まれたか?」
さらなる蛇をつつく結果となった。
「丸裸にしやがった野郎の顔と居場所はわかってるがな」
そう答えると、納得と、哀れみとを混ぜ合わせた顔で
「ま、頑張れよ」
そう告げられ、ついでに手のひらに小銭を落とされる羽目になった。
そうか。
情報を統合して考えると、
表面上襤褸布しか身にまとっていない私は『徹夜に近い状態で仲間に身ぐるみほとんど引っぺがされ』『仕方ないので野宿していたところに避難勧告が出されてその仲間がどこにいるかもわからない』ということになるのだ。
本当に親身にしてもらってありがたい限りなのだが、あいにくと後ろめたさしかない。
変に衛兵としての警察業務に干渉しないように、注意した発言が予想もつかない結果になってしまったことに混乱を覚えつつも、
「いいや、この金は返すよ。これは自己責任だからな、気持ちだけもらっておく」
施しは受けない、と暗に示して会話を切り上げ、そのまま立ち去ってしまうことにした。
とはいえ行く当ても何もあったものじゃない。
なにせ自動化などが行われていない時代において、非戦闘員から出ていっているということは買い物に始まる生活の基盤がなくなっているということに等しい。
人間の衣服も、住居もいらず、食物さえも魔物を狩って自給できてしまっているから必要ないのは事実なのだが、『ニンゲンに擬態する』関係上においては必要だ。
昨日の今日という行動力で出ていく街の住民はしばらくは戻ってこないだろうから、1つの目的を覗いてこの街に最早用はない。
いやはや、“彼ら”がこの街でも有力なパーティで助かった。
そう思いながら潜ったのは探検者の組合の建物の扉。
彼らはそこにいた。
民間による戦力として、最低限は必要とされるのだろうが、存外大人数が集まっていたのだ
後ろめたいことあるときに、頭のいいひとから質問形式で糾弾受けるとかなり詰みますよね。




