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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アジア ノ ココロ

Snow of Baikal

作者: 黄色のえご
掲載日:2016/07/09

 雪が、舞っていた。

いつもと変わらない、冬の光景。

違うとすれば、ここも入植者が増えたぐらいか。

 極寒の冬、町に納める毛皮を捕るために、私は雪の積もる森の中を歩いていた。

新雪に付けられた足跡を目印に、一歩一歩、慎重に私は進む。

 この大きさは、クロテンか。

しかもまだ、この近くにいる。

 耳を澄まし、辺りの物音に注意を払う。

 木立の間を、茶色の物体が忙しなく動いている。

 私は銃を構え、狙いを定めて、引き金を引いた。

 乾いた音が辺りに響き渡り、茶色の物体が雪の上に倒れていた。

「これで、三匹目か」

 私は、クロテンを大事に仕舞うと、さらに森の奥を目指した。


 狩りを終えた私は、家路についていた。

私の一族は、定住をしない。

季節ごと、狩場の状況によって、その居住地を変える。

 それでも、近ごろは定住する者達が増えてきている。

中央の都合とやらと、安定した生活を求める人が増えたからだ。

「今日は、クロテンが三匹と、リスが二匹か」

 思ったより少ない。

それも小型のものばかり。

 だが、クロテンは高値で売れる。

コイツの毛皮は珍重され、人気のものだからだ。

 本来、毛皮は我々の物だった。

 寒い地で生きる、我らが必要なため、それを狩っていた。

 だが、西から来た奴らは、貪欲で、もっと寄越せとばかりに、それらを狩りつくした。

そんな生活が何百年も続き、当然のように、森の動物は数を減らした。

 彼らは、自然への敬意を持ってはいなかった。

 我らのする、供犠を、野蛮の一言で蔑んだ。

旧き風習に囚われた、愚かな民族どもだと、そう言っていた。

 そうこう思いながら、ふと前を見ると、我が家が見えた。

 天幕の前で雪をはたき、扉を開けると、すぐに飛びついてくるものがあった。

「おとうさん、おかえりなさい」

「ただいま」

 私の足に、抱き着いた、小さな娘の顔を撫で、私は目いっぱいの笑顔を彼女に向けた。

「おかえりなさい、あなた」

「ああ、ただいま」

 かまどで、煮炊きをしている妻も、私に笑顔を見せる。

「おや、親父はどこに行った?」

「あのね、じいじ、森に行ってる」

「森?」

「うん、おとうさんの、狩りが、うまくいきますようにって、森にお願いしてる」

「でも、遅くないか?見てくるよ」

 私は獲物と、銃を天幕に置き、再び外へと出た。


 森の中、私はその場所へと向かった。

 私の親父は、シャマンと呼ばれる人だ。

古より続く、シャマンの系譜。私自身は、その系譜から外れてしまったが、

幸いにも、他の兄弟がシャマンの流れを受け継いでいる。

 そして、親父がいつも祈りを捧げる場所が、森の中にあった。

 親父が、聖なる場所と呼ぶ、その場所。

 シャマンの力を発現させた、兄弟が、シャマンの跡取りとして、儀式を行った場所。

力を持たない私でも、空気で分かる、シャマンだけの場所。

 私はそこへ辿り着き、愕然とした。

 親父が、雪の上に倒れていた。

「親父!」

 思わず、駆け寄った。

「親父、どうした、しっかりしろ」

 雪の上に、血が落ちている。

 また、やられたのか。

 私は、直感的に、そう思った。

 気絶している親父を、背負い、私は家へと急いだ。


 親父を背負った私を見て、妻と娘は驚いていた。

「じいじ、ケガしてる」

 娘は、わんわんと泣きだした。

「お義父さん、どうしたの、また、なの?」

 妻も心配そうに、親父を見つめている。

泣きじゃくる娘をなだめ、私は親父の手当をした。

 親父の顔と身体には、以前につけられたアザと、真新しいアザ。

そして、殴られたときに切ったらしき、切り傷がいくつも残っていた。

「くそ、こんなにしやがって」

 年老いた、親父を、こんな目に合わせた奴ら。

 許せない。

 私の心に、小さな炎が灯った。

「うええええん」

 私の感情を読み取ったのか、娘が、一際大声で泣きだした。

「おとうさん、こわい」

 その泣き声に、私は我に返った。

「おかあさん、おかあさあん」

 怯えた娘は、妻にしがみつき、大粒の涙を流していた。

 その様は、シャマンの力を持った、私の兄弟と同じだった。

 娘は、ふくろ子として、この世に産まれた。

胞衣に包まれ、産まれた子供は、長じてシャマンとなる。

人の感情を読み、獣と心を通わせ、自然の精霊と対話をする。

 シャマンの資格を持たない私、その娘が、シャマンとして、神々に選ばれたのだ。

狩人として生きる、私が、次代のシャマンを育てる役目を担っている。

 これは、とても名誉なこと。

 シャマンはこの厳しい地で生きるためには、必要不可欠な存在だからだ。

 親父の手当を終え、私は娘をあやしていた。

「いい子だ、いい子、もう怖くない」

「おとうさん」

 しゃっくりを上げる娘の背中を、優しく撫で、私はそう言った。

「おとうさん、じいじ、たたいたの、こわいひとたち」

 娘の言葉に、私は驚いた。

 私は、妻に、娘は森に行ったのかと問うた。

妻は、ずっと家にいたと答えた。

 娘はさらに言葉を続けた。

「こわいひと、じいじをたたくの、シャマンをやめろって、ずっとたたくの」

 まるで、目の前でそれを見たかのように、娘は語った。

「シャマンは、いんちきだって、うそつきだって、そう言うの」

 いんちきなどではない、シャマンの力は本物だ。

私は親父が目の前で、人々を救うのを見てきた。

 それを、西から来た奴らは否定した。

 我々から土地を取り上げ、動物を隠し、そしてシャマンまでも。

 奴らの野蛮な行為を、幼い娘は、シャマンの眼で見てしまったのか。

「こわい、あのひとたち」

 娘の眼は、常人とは少し違う。

人を見透かし、その背後のものを見る。

この娘も、シャマンとなった時、西の奴らに迫害されるのだろうか。

 その存在を、否定されるのだろうか。

 私は娘を抱きしめた。


 深夜。寝静まった天幕内に、家族の寝息だけが響いていた。

「おい」

 眠る私の肩を、誰かが叩いた。

 親父だった。

 暗闇の中、親父の、シャマンの眼が光っている。

私は、親父を支えて、表へと連れだしていた。

 雪原の中、私と親父は夜空を見上げていた。

満天の星空。分厚い雪雲はその姿を見せない。

 冬にしては、珍しい天気だった。

「息子よ、儂は、もう、長くない」

 親父が、突如、そう言った。

「太鼓を、奴らに奪われた」

 知っていた。

だが、知らない振りをした。

 親父の太鼓、シャマンの太鼓。

各地のシャマンが姿を消すとき、その太鼓は、研究資料だと言われて、西の奴らに奪われた。

 太鼓を失くしたシャマンは、自分の半身を失ったも同然。

力を失くしたシャマンは、シャマンの樹をも失い、やがては、死ぬ。

 私は、認めたくなかった。

「太鼓は、奴らの元にある、儂は、奴らを呪うことにした」

 親父の声。

「孫の顔が、見られなくなるのは、残念だが、あの子には、強い祖霊が付いている」

 娘の才能を、親父は見抜いていた。

「これを、あの子に渡してくれ」

 そう言って、親父は、懐から、水色の物を取りだした。

「もうすぐ、あの子の産まれた日だ、爺からの贈り物だ」

 水色の石。雪を固めたような、不思議な色合いをしている。

 冷たいのに、温かい。

 私は、それを、しっかりと受け取った。

「分かった」

 涙が、頬を伝った。

「泣くな、息子よ、お前は強い子だ」

 皺だらけの親父の顔。

 偉大なる、老シャマンの笑顔。

 私は、久しぶりに、泣いた。


 数日後。私は、親父のために獲物を仕留めるべく、狩りに出かけた。

「野ウサギでも、いればいいが……」

 だが、獲物は一匹も見つからない。

 私は、さらに山の方へと進んだ。

この先には、奴らの鉱山がある。

 警備兵がウヨウヨいるそこを、慎重に探すも、獲物はいなかった。

「戻るか」

 山より流れ出ずる川沿いに、私は、山を下った。

 雪の上、獣の足跡はまったくない。

そうこうしているうちに、川の幅が広がりだしていた。

「このまま進むと、森を外れるな」

 そう思った時、川べりに何か落ちているのに気が付いた。

近づいてみると、それは、人の死体。

もう何日か経っているらしく、大分腐敗が進んでいる。

「可哀想に、山から逃げてきたんだな」

 死体の身に着けている服は、鉱夫特有の、防寒も何もない、粗末な服。

私は彼を丁重に弔ってやると、少しだけ、祈った。

 そして、顔を上げた時、私の目に、見慣れないものが見えた。

 金色の石。

拾い上げると、ずっしりと重く、何やら刻印があるようだった。

 葬った彼のものだったのだろうか。

「売れば、いくらかの金にはなりそうだな」

 私はそれをしまうと、立ち上がった。

 そして家路へとついた。

 その道中、奇跡的に獲物を仕留め、私はなんとか親父のはなむけを手に入れることができた。


 翌日、森へと旅立つ、親父を、私と妻は見送った。

言葉は交わさないが、これが、最期の見送りになる、というのを、妻は感づいていたのか。

涙を流す妻を、そっと抱き、私は森を見つめていた。

 天幕へと戻ると、娘が起きていた。

「おとうさん、じいじは?」

 無邪気な声で、娘はそう言う。

「じいじはな、遠いところに旅に出たんだよ」

「すぐ、帰ってくるの?」

「ちょっと、遅くなる、でも、そのうち帰ってくるからな」

 娘を抱きしめ、私はそう言い聞かせた。

「そうだ、じいじから、お前への贈り物だ」

 私は懐をまさぐると、数日前に親父から渡されたそれを、娘に見せた。

「わあ、きれい」

「じいじがな、お前の誕生日にって、くれたんだぞ」

「ありがとう、おとうさん」

「ああ、いい子だ」

 娘の笑顔に、私は救われた気が、した。

屈託のない、子供らしい笑顔。

親父が見たかった、笑顔だ。

 私は微笑んだ。

 その後、娘の石は、落とすといけないから、と、妻が首から下げられるようにしてくれた。


 それから日が経ち、私は町へと繰り出した。

いつもの毛皮商に、毛皮を卸し、得た金で、妻と娘への土産を買う。

 だが、今回は思ったより安く叩かれてしまった。

これでは、娘の誕生日に何もやることができない。

 思いつめた私は、懐のそれに手をつけることにした。

 古物商にそれを見せ、いくらになる、と問い詰めた。

奴は、これは買い取れない、とそれを突き返してきた。

「何故だ」

 と、私は言った。

「あんた、こんなのを持っていると知られたら、死ぬよ」

 奴は、理由を言わなかった。

 私は買い取ってくれる店を探して、方々を訪ね歩く。

だが、どこもそれは拒否された。

 一軒だけ、買い取ってもいいという店があった。

その代わり、見つけた場所を教えろと迫られた。

 場所と言われても、元は他人の持ち物だったもの。

私は知らないと言い、その話は破断となった。

 せっかくの、娘の誕生日。

私は何も手に入れられなかった。

 町の側、広大な湖に日が傾いている。

せめて、妻に新しい針と糸でも買って行こうか。

 そう思った、時だった。

「動くな」

 背後に、ただならぬ気配。

「お前の持つ、黄金を寄越せ」

 硝煙の臭い。

銃口がこちらを向いている。

「買い取ってくれるのか」

「そんな訳あるか、命が惜しけりゃ、置いて行け」

 振り向いた、その先には、警官ども。

相手はハンドガン、私はライフル。

この距離では、私が圧倒的に不利だ。

「従わなければ、撃つ」

 足元に、煙が立った。

「これは警告だ」

 照準が、私に合わさった。

おそらく、次は。

 閃光が走る。

撃たれた反動で、私の身体はよろめいた。

 熱い血が、流れ出る。

 その時、目の前に、白いものが現れた。

「うわ、な、なんだっ」

 白い、大きな白鳥が、奴らに襲い掛かっていた。

白鳥は瞬く間に、その数を増やし、次々と噛みつき、体当たりをする。

 私は、咄嗟に物陰に隠れると、弾丸を装填し、銃を構えた。

「親父の恨み、晴らさせてもらうぞ」

 その時、何故、私がそう思ったのかは、分からない。

ただ、コイツが親父を傷つけた奴らだ。

そう、確信していた。

 心臓は、限りなく落ち着き、呼吸も、平常通り。手足の震えはない。

狩人は、獲物を捕らえるべく、引き金に指をかけた。

 鈍い銃声が、身体に伝わる。

 一撃。

 奴らの額に、穴が開き、そのままゆっくりと身体が倒れる。

 追撃しようとする、残った警官どもを、白鳥が邪魔をする。

白いその身を、赤く染め、白鳥は、私を助けるように、奴らを阻む。

「ありがとう」

 私は、そう、白鳥に言うと、痛む身体をかばうように、町を後にした。


 家へと辿り着いた私は、天幕の扉を開けた途端、倒れこんだ。

妻の悲鳴が聞こえる。

 横たわる私に、娘が近づいた。

「おとうさん」

 娘の眼が、光った。

「ありがとう」

 娘の声に重なるように、年老いた男の声がした。

「親父」

 シャマンの眼に見つめられ、私は満足気に答えた。

「仇は、とったぞ」

 娘は、うんうんと、うなずいた。

小さな手が、私の頭に触れる。

 娘の小さな手。だが、触れられた感触は、大きな、皺だらけの。


 かつて、親父が、言っていた。

『我らの祖先は、白鳥だ』

 そう言って、私の頭を撫でてくれたのを思いだす。

今日の白鳥は、我らの祖先か、それとも、未来のまだ見ぬ子孫か。

 私には、それは分からない。

だが、娘には、分かるのだろう。

 白鳥と、親父と同じ眼を持つ、娘には。

 目覚めたばかりの、シャマンの娘。

私はこの子を、守り、育てよう。

 それが、私の役目なのだから。



1972年。

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