009.楽しそうな音色
月曜日の朝は全校集会から始まる。
由緒正しきご子息ご令嬢が通うこの学園だが、全校集会はいたって普通に執り行われている。高等部の全校生徒が休み明けのやや眠たい空気をまといながら、朝の柔らかな光が差し込む大講堂に集まっている。
全校集会の中では球技大会の連絡があったり、ご家庭の都合で辞められる先生のご挨拶があったり、生徒会長様のありがたいお言葉と周りの黄色い声援があったりで、30分という場合によっては長く退屈な時間が、あっという間に過ぎ去っていった。特に生徒会長様に対する女子生徒と一部の男子生徒の勢いが怖かったので、退屈を感じている暇はなかった。
そんな全校集会は1限目の時間を使って行われるため、月曜日は他の曜日より一コマ授業が少ない。
普段に比べて、頭で感じる疲れが少なく、気持ち的にも余裕のある状態で現在は放課後。私たち1-3のメンバーは第二グラウンドのすみっこを陣取り、15人制女子ドッチボールの練習をしていた。
球技大会の開催案内があった翌日から、球技大会の前日までは、授業終了後の30分は練習時間に充てることができるように部活の開始時間も遅らせるように生徒会から要請が出ている。このため、この時間帯に関してはクラスメイトの全員が練習に参加することができ、かつグラウンドも予約さえすれば自由に使えるようになっている。
本日の練習場はドッチボールに出場するメンバーを1チームとし、男子生徒を含めた出場しないメンバーで仮想敵チームを作り、容赦なく攻撃を繰り広げるという、なかなか鬼のような練習だ。
攻防がひと段落するごとにルイ君が軍師のごとく、出場メンバーと弱点とそれに対する対応方法を話し合い、その結果できあがったフォーメーションや対応策を試してみることを何回か繰り返し、終わったころには高々30分の運動なのに、肩で息をするレベルで体力をごっそりと持っていかれていた。
全校集会とは種類が異なるがまた濃い時間だった。頭の疲れに余裕があるとか思ってた30分前の自分にそんな呑気な事言ってられないぞ。と伝えてあげたい。ルイ君にひたすら指示されて、出場チームに対してボールを投げ続けていた男子生徒に至っては、両手両足を大の字に広げ、青く抜ける空を見上げる形で、地面に突っ伏している。うん。お疲れさまでした。
私自身も額にじんわりと浮いた汗をハンドタオルでぬぐい、持参していた水筒の麦茶を口に含む。冷たい麦茶が喉をすっと通り、体温が冷えていくのを感じて、少しだけ体力が回復した気がする。
「やー、ルイは鬼だねぇ」
からりとした声に視線を向けてみれば、ほんの少しだけ汗をにじませて入るものの、この前のミニバスケの時と同様に息が全く乱れていないユウカが楽しそうに笑っていた。
「ユウカがそれを言ったら、ダメだと思う」
「おや」
ユウカが出場する2種目は女子バスケと女子ドッチボールであり、今回はルイ君式トレーニングを受ける対象だった。そして今現在、大の字でグラウンドに転がっている彼が投げるボールをひょいひょいキャッチして、男子顔負けの力で投げ返し、疲弊させた張本人はユウカだ。そしてルイ君が楽しそうに練習の難易度をどんどん上げた元凶も彼女だ。
ちなみに私もドッチボールの出場メンバーのため、そのとばっちりを受けて、もともとの予定よりもかなり体力を消耗している。今日はぐっすりと眠れそうだ。私が疲弊していることに気が付いたのか、ユウカは少しバツが悪そうに笑い、すっと人が集まっている方向に目をそらした。
そのユウカの目線の先を追っていくと、我がクラスのブレーンであるルイ君がいる。理知的な光を宿した瞳で手元のタブレットに視線を落とし、右手を顎に当てて何かを考えている練習
しばらくすると考えていた内容に答えが出たのか、近くにいたドッチボールのチームリーダーに声をかけ、一言二言話した後に頷いて、まばらに散るクラスメイト達に視線を巡らせた。
「そろそろ部活動の方々にグラウンドを譲らなければいけませんし、今日の練習はここまでにしましょう。
細かい調整は明日お伝えするので、解散でお願いします」
ルイ君のれんしゅう終了を告げる言葉にばらばらと「はーい。」という声が上がり、一人またひとりと練習場を後にしていく。その流れの中、少し遠くのほうで別のクラスメイトと話していたアオイがこちらに近づいてきた。
「お疲れ様。ユウカ大活躍だったわね。」
「ありがと。アオイに褒められるとなんか照れる」
「思ったままを言っただけだわ
・・・ちなみに二人はこの後、何か予定はあるの?」
「私は部活見学に行こうかと思ってる」
「あら、ユウカ、先週も行ってなかった?」
「んー・・運動部にはしようと思ってるんだけど、ピンとくるものがないんだよねぇ。」
体験でやってみてもなぜかしっくりこない。とユウカは苦笑いを浮かべる。運動神経を良すぎる彼女にとってはなんでも人並み以上にできるが、それに打ち込むだけの”やりがい”といったものを見つけるのが難しいらしい。
中等部の時も部活選びでそれで悩んでいたような気がする。その時はバスケを選んでいたが、どうせなら高等部では別のことをやってみたいのだというようなことも言っていた。
「そういや、リアは部活どうするの?吹奏楽部入りたいって言ってなかったけ?」
「うん」
会話の矛先がこちらに向く。実力テストが終わった先週については学園の各部活が新入部員獲得のため、部活オリエンテーションが盛んに行われていた。ほとんどの生徒が先週の間に既に入部してしまっており、ややマイナーで新入部員の数が少ない部活動を除き、勧誘活動もいったん落ち着きを見せだしている。
まだ部活動に入っていないのはユウカのように入る部を決めかねている人や、そもそも部活動に参加する気がない人、もしくは私のように球技大会委員になってしまった人たちだ。
そもそも部活動の勧誘が始まった先週の月曜日はどこに入部すると決めるわけではなく、色々な部を全体的に覗いてみて興味がありそうなところを探し、火曜日以降に何箇所かに体験をして、仮入部する部活を決めようと計画立てていたのだ。
それが火曜日の放課後にワタル先生に呼び出され、球技大会委員に任命され、翌日から委員の仕事でそれどころではなくなり、1週間が既に経過してしまっている。部活動を選ぶ側の身からすると完全に出遅れた形となっている。これは完全に学園側のスケジュールミスではないだろうか。
幸いにも先週月曜日に吹奏楽が新入生歓迎のための演奏を行っており、その時に真剣に取り組みながらも楽しくてたまらない。といった感じで演奏をしている部員達の表情が強烈に印象に残っている。だから、第一希望の部活は吹奏楽部と決めているのだ。
テニス部や天文学部などその他にも興味をひかれた部活もあったのだが、今このタイミングとなっては変に期待を持たせる体験入学はやりたくない。というか月曜日しか、体が空いていないので物理的に無理だ。数少ない日にちは本命にあてる。なので、今日の私がとる行動は既に決まっている。
「今から吹奏楽部に仮入部しに行こうと思ってる」
「お。がんばれ。じゃぁ私もいくかなー。今日は剣道部にでもいってみるかね」
「そうね。二人が空いてれば、お茶でも誘おうかと思ってたのだけど、また今度にしましょう」
「あれ?アオイ、部活もう入ってなかったけ?今日はないの?」
「私のところは毎日活動はしてないの。」
「あ、そなの?」
アオイはせっかく由緒正しき子女たちが多く通う学園なのだから、上流階級のことを知りたいとかで家政部に入部したらしい。現在取り組んでいるのはハンカチへの刺繍らしく、家でおこなっても部室でおこなってもいいとのこと。
ただし水曜日だけは全員で集まって、活動することになっているそうだ。なので今日は家で作業するらしい。
「お茶いいねぇ。じゃぁまた今度都合あわせて行こう」
「えぇ。楽しみにしてるわ」
「うん、またね」
ひらりと手を振り、剣道部の活動場所である武芸館へ向かうユウカと別れる。私とアオイは部活動を始める運動部を横目にそのまま更衣室のある本棟まで戻り、着替えを済ませてから「また明日」と別れを済ませた。
先週の新入生歓迎のための演奏の最後に吹奏楽部は確か音楽棟と呼ばれているI棟にて練習を行っていると言っていた。音楽棟は本棟からやや少し離れた場所に位置している。周りを樹木で囲われており、どこかの貴族の別荘のような形をした白亜の外壁が美しい建物だ。
本棟から音楽棟に近づくにつれ、少しずつ楽器の音が耳に届きはじめる。はじめは高めの音が途切れ途切れに聞こえるだけだったものが、徐々に連続した音を奏でて、音楽の形を成していく。その中でもひときわ近いところで聞こえてきたのはクラリネット独特の丸みを帯びた柔らかな音だった。
なめらかに音階を移り行きながら、楽しそうに跳ねるような音。吸い寄せられるようにその音の方向に向かうと一人の男子生徒がブナの林の中で楽譜台を立てて、クラリネットを奏でていた。
木々の間から差し込む光が金属でできているキーに反射しキラキラと輝く。柔らかな音とその演奏している様子がまるで木々のざわめきと一緒に歌っているようでその光景に魅了されそうになる。
ふと演奏していた男子生徒がこちらに気が付き、演奏が止まる。その途端、現実に引き戻され、自然と小さく手を叩いていた。
「拍手ありがとう。…ところで何か用だろうか?」
耳に心地よい低音で優しく問いかけてくる男子生徒のネクタイは3年生を示す濃い赤色だ。
「吹奏楽部に仮入部をさせてもらいたいと思いまして…まだ受付してますか?」
「あぁ、なるほど。もちろん大歓迎だ。楽器は経験者だろうか?」
「ピアノを習っていたことがあるぐらいです。吹奏楽の楽器は初めてです」
「楽譜は読めるってことだな?十分だ。
よし。音楽棟の中に仮入部届が置いてあるから一緒に行こう。
何かやってみたい楽器はあるか?いろいろ見てもらってから決めてもらってもいい」
「クラリネットをやってみたいです」
ほぼ即答をするとその男子生徒は軽く空のような水色の目を見開く。だって決めてしまったのだ。
「先ほどの先輩の演奏を聞いて、あんな風に演奏したい。音を出してみたいって思いました。
だから問題さえなければ是非クラリネットをやらせてください」
まっすぐに瞳を見てそういうとその先輩は少し照れ臭そうに笑いながら目線をそらして、頬を掻く。
「随分と直球だな…。俺はエディ=ジュール。一応吹奏楽部の部長をやっている。
クラリネットパートはちょうどもう少しメンバーが欲しいと思っていたんだ。
よろしく頼む」
「はい!」
差し出された右手に握手を返すとエディ先輩…部長は「うん。」と笑いながら頷いた。
仮入部と言っているが、先ほどの演奏を聴いてしまった後では余程のことがない限り、ほぼ本入部することに私の中では決まっている。
「じゃぁ、とりあえず仮入部届を書きに行くか。こっちだ」
「あ、部長!こちらでしたか!」
「…どうかしたか?」
音楽棟の中から一人の女生徒が走りでてくる。ネクタイの色は私と同じ濃紺だ。ただ部長との気安いやり取りを見る限り、おそらく私とは違って先週の早めのタイミングから仮入部し、既に本入部まで済ましてしまっているのだろうと思われる。
「副部長がお呼びです。購入する備品なんですが、明らかに数がおかしいので発注前に部長に確認してほしいと。」
「…発注書書いたのは…」
「部長ですね」
「…怒ってたか?」
部長を呼びに来た女子生徒は言葉で返事をする変わりにこくりとうなづく。その途端、部長の顔から血の気がさっと引く。
「えぇっと…君!そこのカミラに仮入部届のところまで案内してもらってくれ!」
そう叫ぶや否や、譜面台とクラリネットを持ち、音楽棟の中へ走り去っていく。先ほどまで魅力的な演奏をしていた人とは同一人物とは思えないほどの雰囲気の変わりように、部長をそれだけ焦らせる副部長はどれだけ恐ろしい人なのかと少し興味がわいた。
カミラと言われた女子生徒と二人取り残されので、彼女のほうに視線を向けるとカミラさんはやや釣り気味の茶色の瞳を柔らかく細めて笑う。きれいに微笑む女性だ。
「仮入部希望の人ね?」
「えぇ。」
「こっちよ。ついてきて。」
屋敷のような棟を指さし、カミラさんは可憐に微笑んだ。
こくりとうなづき、歩き出したカミラさんの後を追う。
「えっと…カミラさんは何の楽器をしているの?」
「カミラでいいわ。えっと…」
「あ、ごめんなさい。リア=バゼラードよ。リアで大丈夫」
「そう。リアよろしくね。私はフルートやっているの。
さっき部長を呼び出したのが副部長なんだけど、その副部長がフルートをやってて、同じパートの私がお使いに出されたってわけ。」
「なるほど…。」
部長とまだ見知らぬ副部長そして、目の前のカミラの人間関係図が頭の中に出来上がっていく。
「リアはどのパートにするか希望あるの?」
「うん。さっき部長が演奏しているの聞いて、クラリネットをやりたいな。って思ってる」
「あら、いいじゃない。部長は本当に上手よね」
こちらを振り向きながら、扉のハンドルをつかんでいたカミラの腕に力がかかる。重量感のある扉がゆっくり開いた先には赤い絨毯を引いた床の先には年数のたったオーク材独特の色の手すりを持つ大きな階段が存在していた。
天井は高く、ガラス細工の大きなシャンデリアがつり下がっている。生徒会サロンも洒落た雰囲気の建物だったが、この音楽棟もまた別の良い雰囲気がある。
「仮入部届はサンルームにあるわ。部長たちもこにいるはずだから、すぐ合流できるわね」
階段を右手に見ながらその脇を通り過ぎ、大きなガラス張りの窓が続く廊下をしばらく歩く。廊下に面する一つ一つの扉は閉められているが、扉の奥からはそれぞれ異なる音が漏れ聞こえていて、パート毎にあつまって、部屋の中で練習をしていることが伺えた。
「ここよ」
目の前を歩いていたカミラが立ち止まり、とある一画を示す。先ほどカミラがサンルームと言っていたとおり、四方そして天井もすべて木枠にはまったガラスで構築され、太陽の光が惜しみなく注ぎ込む部屋があった。そこには品よく年数を重ねた色合いの丸い机と籐で編まれた椅子が4脚並べてあった。
ここで楽器の練習をしているととても絵になるだろう。そして部活とは関係ないが、紅茶とお菓子を楽しむお茶の時間をここで過ごせるのであれば、かなりお洒落な時間になるのが間違いない。
実際そのように使われることもあるのか、サンルームに入る一つ手前の部屋には紅茶ポットといくつかのカップとソーサーが棚にしまわれていた。
そんな日当たりの良いサンルームの一角に先ほど見事なクラリネットの音色を奏でていた男子生徒…つまり吹奏楽部部長であるエディ先輩にふんわりと大きくウェーブを描く亜麻色の髪と蜜柑のようなオレンジ色の垂れた瞳を持つ女子生徒が片手にA4サイズの紙を持ちながら詰め寄っていた
「ねぇ、エディもう一度言うわ。
どうしてバルブオイルを1つしか購入しないのに、ティンパニの車輪が10個もいるの?
うちが所有するティンパニで車輪が壊れているのって1つよ?ねぇわかってる?」
「あ…うん、それはだな。バルブオイルと車輪の購入数を入れ替えてしまっててだな…」
「うん。そこはわかってるの。そこはね。
問題はどうしてこれに気付かなかったかっていうところ。
自分で気づけないのは仕方ないとして、誰かに確認してもらった?」
「・・・すまない」
首をうなだれさせて、見るからにしゅんと落ち込む部長。どうやら名前はエディ先輩というらしい。その姿をみておそらく副部長と思われる女生徒は小さく息を吐き、こくりと頷いた。
「あの二人付き合ってるの」とカミラがこっそりと耳打ちしてくれ、なるほどと思う。気を許しているが故の厳しさか。そのまま長く付き合い、結婚したとすると部長はきっと尻にひかれるけど、奥様大好きな旦那になりそうだ。そして奥様も実は旦那様大好きな夫婦になるような気がする。先ほどから副部長の言葉の端々に叱っているはずなのに所々に身内に向ける類の愛情を感じる。
「反省しているならいいわ。次からは私でもいいし、誰かに見てもらってから発注するように気を付けて。これは私のほうで修正しておくわ」
「わかった」
エディ先輩が真剣な顔で頷くと、そのタイミングで私と目があう。
助けが来たといわんばかりに、顔の筋肉がゆるみ、あぁ。という声がエディ先輩から漏れた。
「もう来たのか。アマリア。仮入部希望者だ。」
「…あらやだ。可愛い」
「…。おい。開口一番それか。」
「え。だって可愛くない?」
「顔立ちが整っているのは認めるが、一言目でそれはないだろ」
「自分の素直な感想言って何が悪いの。
さ、こんな部長は放っておいて…こんにちは。
吹奏楽部にようこそ!初心者かしら?」
「そのくだりはもうやった。初心者だが、ピアノをやっていたそうで楽譜は見れるらしい」
そしてクラリネット希望者だ。と部長は補足する。
その補足を聞いて、アマリア先輩の眉間にぐっと皺が寄る。
「エディのところなの?ねぇ、お名前は?」
「リア=バゼラードです」
「そう、リア。私はアマリア。吹奏楽部の副部長をやってます。よろしくね。ねぇあんな奴のところなんてやめて、私のところにこないかな?」
思いっきり可愛がってあげるわよ。と人差し指を唇にあてて、アマリア先輩は白い小さな花がほころぶように可憐にわらった。なんだかとても魅力的なお誘いをいただいているのだが、私はそれに苦笑いで返す。
「先ほどエディ先輩が奏でていたクラリネットの音に一目…一耳?惚れしたので、お誘いは嬉しいのですが、クラリネットで仮入部をさせていただきたいです」
「…あら、卑怯だわ、エディ」
「…その言葉は心外だ」
「先に演奏を聴かせるなんて卑怯以外のなにかしら。
あなたの演奏聞いたら、音楽かじってる人間なら誰でも魅了されるわ。ずるい」
非難されているのか、褒められているのかよくわからないアマリア先輩の言葉にエディ先輩は形容のしがたい表情になる。苦言を漏らせばいいのか喜べばいいのか複雑そうだ。
「まぁでも決めてしまっているなら、仕方ないわね…
ところでリア、少し気になることがあるんだけど」
「はい」
「あなたアレかな。あの生徒会長様が最近、熱を上げているという噂のリアちゃんかな?」
何の遠慮もないアマリア先輩の言葉に自分自身の表情がぴしりと固まった気がした。生徒会長様が”熱をあげている”ってなんだ。
「えっと…いや、たぶんそういうのではないと思うんですけど…」
「え、そうなの…?」
隣にいたカミラがグレーの瞳に驚愕の色を浮かべて、こちらをまじまじとみた。
「違うと思うよ…?」
「…ふぅん。大変そうね」
先ほどの表情は何だったのかと聞きたくなるぐらい、カミラはこちらのことに興味をなくしたようないまいち読めない表情になる。
「あのカイがか」
「そういえばエディは生徒会長様と同じクラスだったっけ」
「まあな…。大変だな、リア」
「いえ、だからそんなものでは…」
なんだか憐れむような視線をエディ先輩に向けられる。生徒会長様にとってそんな存在ではないといった否定の言葉はいまいち届いていないようだ。少なくとも私はそう思いたい。
現実から目をそらしているだけと言われたとしても、私の高等部での目標は平穏に過ごすことなのだ。あの煌びやかな学園の中心にいるといっても過言でもない生徒会長様と関わるなんて、できるかぎり避けたい。そして基本的に必要最低限以外は関わり合いになるつもりはない。
「まぁがんばれ。俺は応援してる」
エディ先輩が引き続き憐れみを含む視線でそういうと、隣にいたアマリア先輩もこくりと頷く。
違う。違うのだ。否定しても言葉は受け取って貰えなかった。だからここで言葉を重ねていってもきっと無駄なのだろう。なんとも言えない気持ちが胸の中に湧き上がってきて、思わず頭を抱えたくなった。
その後、クラリネットパートのメンバーが練習をしている一室に部長に連れて行ってもらい、少しだけクラリネットを吹かせてもらった。その時の感覚がとても楽しいく、もっと吹けるようになりたいと思ったのでその翌日、本入部届をすぐに提出した。
これから3年間の部活動がとても楽しみだ。