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誰が為に庭を構築する  作者: 睦月
第一章
8/9

008.本気と娯楽と

「・・・謝罪するわ。正直侮ってた」


「あら。褒めてもらえるなんて意外だわ」


「だけど譲らない・・・!私にだって矜持がある!!」


「えぇ受けてあげる!どこからでもかかって来なさい!」


皆様、こんにちは。リア=バゼラードです。

今、目の前で繰り広げられている「どこのバトル漫画ですか?」といったこの茶番を繰り広げている人物の一方はご存じ、私の腐れ縁ことユウカ=ケプト、対するもう一方は高等部に入って初めて出来た友人アオイ=スペスィメンです。

最近、校内ではほぼずっと一緒に行動しているため、3人セットで見られがちな私たちですが、そんな仲良しメンバーであるそのうちの2人がこのようなバトル漫画的茶番を繰り広げているのには、深いようでとても浅い理由があるのです。


少し聞いていただけますか?


***


始まりはとても些細なことだった。お昼ご飯も食べ終え、窓からの日差しが身体をちょうどいい温度にあたためる午後一番のやや眠たい時間帯。「どうせなら有意義に使いたい。」という担任の鶴の一声で、ちょうど本人が受け持っていた授業のヒトコマを利用して球技大会の出場種目を決めることになった。


「皆さんこちらに注目してくださいー」


前方の教壇から教室全体に行き渡るように大きめの声をだすと明るくざわついていた教室内が徐々に静かになり、私に視線が集まった。いっせいに向けられる多くの目線に少し居心地の悪さを感じながら、その視線から逃れるように手元にある2,3枚の薄い紙束に目を落とす。


よくある材質のそれは球技大会準備委員の本部事務局から手渡されたA4サイズの資料で、同じ内容の紙がクラスのみんなにも配布してある。内容としては今回の球技大会で実施される競技種目とそれに関連する情報が記載されているものだ。

そこに記載されている種目数は約40種類にものぼり、読んでる途中でやや目がチカチカしてくる。さすがに種目数が多すぎやしないだろうかという突っ込みはもっともだし、私も正直、最初はそう思った。しかしこれにも理由があるので、少しお待ちいただきたい。


「これから球技大会での出場種目を決めていきたいと思います。」


配った資料から想像はすでについていただろうが、私の言葉にざわりと教室の空気が揺れた。これが興味や期待であればうれしい。球技大会というそれなりに大きなイベントに少しでも興味を持ってもらえているようで委員側としても少し安心する。私は一呼吸おいて、空気のざわめきが少し収まるのをまって、次の言葉を続けた。


「まず前提としてですが、資料に記載の通り、種目数は全部で40種目です。ただ一人が出場できる種目は二種目だけです。このため、クラスで全ての種目に参加することは出来ません。また各種目はベンチメンバーを含め最低人数が集まらなければクラスとして出場資格を得ることも出来ません。

 そしてここからがさらに重要ですが、各種目によって得点を得ることが出来るのは上位5クラスまでです。」


「えっと・・・ちょっと待って、リア」


「どうぞ?」


球技大会における前提をざっと一気に伝え終わったタイミングで教室の真ん中ぐらいにいるアオイが小さく手を上げた。そのまま先を促すと、アオイは頬に片手を添えながら眉を寄せ、首を少しかしげて見せた。

つい先日ワタル先生に披露いただいたのとは大違いで美少女のそのポーズは大変”サマ”になっており、アオイの近くの生徒何人かは男女問わず、ほぅと息を吐き、やや頬を桃色に染めている。


「それは5クラスしか集まらなければ、たとえ負けたとしても得点が入ると言うことかしら?」


「うん。そう。」


さすがアオイ。高等部からの外部生だけあって賢い。

ちょうどいい感じに話を振ってもらえたのでそのまま説明を続けようと私は口を開いた。


「1クラスのみだとさすがに種目自体が中止になるんだけど、2クラスならそのまま実施するみたい。

 ・・っていうのを念頭において、みなさんもう一度、手元の資料をみてください。種目の横に書いてあるその数字が入賞した時に獲得できる得点です。」


私の言葉に促され、各々が資料に目を走らせると徐々に教室内のざわめきが大きくなる。大会の仕組みとしては、競技人数が多い競技ほど獲得できる得点は高く設定されているのだが、そこにメンバーをさいてしまうと、一人2種目までというルールが邪魔をして、他の種目に十分な数出場することが出来ない。

しかもいくら大人数で得点が高い競技と言っても上位5位以内に入らなければ得点を得ることが出来ないので、出場可能な種目数が少なくなる分、絶対に5位以内に入れるという自信がないかぎり、最終的に得点が伸びなくなる可能性もあるのだ。


つまりこれはただ運動神経がいいクラスが優勝するタイプの球技大会ではない。優勝を狙うためにはどうやって戦うか、情報を集めて作戦を立てなければいけない類のものなのだ。


「勝ちに行くためには情報戦・・・ということですか。」


ぽつりとだれかがつぶやいた言葉はざわめきだっている教室の中でも、クリアに拾えた。

視線が集まる先は、ある程度想像していたが、ルイ=オルレアンその人だった。

いち早く答えにたどり着いた、彼の頭の中ではすでに様々な策略が巡らされているのだろう。

入学式で新入生代表を務めた彼だが、この前のテストでも当然のごとく首席様だったらしい。

さすがです。


「ルイ君が言ったとおり勝つためには他のクラスが何にどれぐらい力を入れてくるのかの情報をつかんだ上で、何の種目に誰が出るかを決めないといけません。…ただそれは勝つことを目標とするのであればの話なので純粋に球技大会を楽しむだけであれば、あまり深く考える必要はありません。皆さんが出たい種目に出ても問題ないです。なので、まずはどっちのスタンスにするかを決めようかと思ってます。」


ルール説明があった委員会の後に装花係だけで集まって打ち合わせと準備をする場があったため、この話題をフィーラ先輩にふってみたところ、例年、純粋に球技大会を楽しむだけのクラスもそれなりの数がいるらしい。その場合はごちゃごちゃ考えずに自分達が出たい種目に出れば良いだけだ。結果としてそういうクラスが得点獲得上位クラスに来ることもあるから、この戦略も悪くはない。とのアドバイスもいただいた。


まとめる側としては純粋に楽しむ方に意見が流れてくれた方が楽ではあるが、さてどうなるか。みんな近くの席の子と楽しむべきだ。勝つべきだ。と互いの意見を言い合ったり、周りの様子をみて口をつぐむ子もいたりと、なかなか結論は出そうにない。ある程度の意見が出て、ざわつきが収まるまでの暇潰しにと教室内に視線をめぐらせていると、ふと隣に人の気配を感じた。そのまま視線をあげるとそこにはワタル先生が何か悪そうな笑顔を浮かべて立っている。え?と思うのもつかの間で、ワタル先生は「ちょっと聞け。」と教室内の注目を無理やり集めた。


「うちの球技大会ってな。いつもこの時期に開催されるんだ。新しいクラスや高等部に上がってすぐのこの時期だ。つまり親交を深めるための位置付けのイベント・・・ある意味、祭りなんだよ」


さきほどまで特に口を挟むことなく様子を眺めていたワタル先生が楽しそうに演説をじみたことを突然始めた。どんな言葉が続くのかとクラスメイト達はいぶかしそう表情で注目しているのが、ここからだとよく見える。ちらちらと私のほうを見てくる子もいるが、私も知らないので勘弁してほしい。どうしようもできません。


「なれ合いでもキャッキャやってればそれなりに楽しいだろうが、絆を深めるならガチで勝ちにいくのがいい。その方が面白いし、本気の結束ができる。クラス対抗のイベントはこれから何回もあることを考えると最初のイベントで結束力高めていた方が後々有利だろ。それに・・・おまえら当然、報酬がある方がやる気がでるよな?俺もそうだ。」


ワタル先生の口の端がにやりと楽しそうな悪戯っ子のように上がる。

一瞬だけ空気が止まる。クラスメイトの視線が自然に集まると、ワタル先生は短く息を吸った。


「もし優勝できればおまえら全員に学食のステーキ定食奢ってやるよ!」


その一言で教室内の空気がピンと張り、それが逆転して徐々に熱をおびてくるのがわかる。あ、これはめんどくさいことになる。と瞬時に悟ってしまった。


「やってやろうじゃないか・・・!」


「要は大人数の競技で確実に勝てばいいんでしょ」


「情報収集は任してくれ。本気じゃないクラスなら簡単に情報集められるだろ」


誰かの一声をきっかけにあちらこちらでやる気に溢れた大きな声が上がる。いくら良家の子女たちが集まっていようと育ち盛りの私たちの年代には肉の効果は抜群だ。しかもこの学園の食堂はそういった子女たちを満足させるため、一流ホテル並みの腕前を持つシェフを多く抱えている。ステーキ定食は”定食”と名をうっているものの、実際は目の前の鉄板でシェフが肉をちょうどいい加減に焼き上げ、目の前でカット、サーブまでしてくれるいわゆる鉄板焼きといわれるスタイルで提供されるのだ。味は当然一品で、噛んだ瞬間にジワリと広がる肉汁と脂の甘みがたまらない…らしい。あいにく私はまだ食べたことがないのだが、噂では絶品とのことなので、私もいつかぜひ味わってみたいと思っていたものだ。


先ほどまで、本気でいくかただ楽しむべきか、どうすべきなのかとクラスとして、どこへ向かうのかわからなくなっていた空気が嘘のようにひとつにまとまっている。これはワタル先生にしてやられた。そして私ものせられた。気持ちとしては勝ちに行きたい。お肉のためにも。


「・・・わざとややこしくしましたね」


教室内の空気の熱さが留まるところをしらない中、ぽつりと隣にいるワタル先生にだけ聞こえるように言うと、ワタル先生はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「俺、祭りすきなんだよ。どうせなら楽しもうぜ」


その表情を見るとこれはきっと何を言っても効果はないのだろう。あがくつもりはもう無いが、あがいたとしてもうまくかわされてしまう。ならば流されてしまった方がきっと楽だ。



そして冒頭に戻るのだ。


突然の出来ごとであったはずなのに、ワタル先生はその日の放課後に第二体育館の一角を確保していた。ご本人曰く、実際に動いているところをみて決めた方が早いだろ。とのこと。最初からこんな結果にすることに決めてたんだと思い知らされ、深くため息をついてしまった私をどうか許してほしい。


ちなみにバトル漫画さながらのセリフが飛び出したのは、現在目の前で繰り広げられているバスケのミニゲームだ。運動神経抜群なユウカが単独でがんがん動き回っているのに対して、アオイはチームメンバーを巧みに指揮し、秀逸なパスを回すことでユウカの猛攻を防ぐというなかなかに白熱したバトルになっている。ユウカは思っていたようにことが運ばない状況から、アオイのことを好敵手とみたようで、自分の実力を思う存分発揮できているのが嬉しいのかユウカの顔はイキイキと輝いていて、かなり楽しそうだ。気持ちが乗ってきたのかどんどん動きに切れがましている。ユウカがフェイントをかけて動くたびに、5月の若葉みたいな色の綺麗な短い髪が揺れ、バッシュと床がすれあう小気味良い音を体育館に響かせている。


「あー・・・これはもうユウカとアオイ組ませたらいいんじゃね?

 アオイにポイントガードやらせてたら、ユウカが勝手に点とってくわ、コレ。」


「私もそう思います」


「…お話し中のところすみません。ワタル先生、リアさん、少しいいですか?」


ワタル先生とアオイとユウカを女子バスケのメンバー表に書き込んでいると、突然背後から声をかけられる。視線を向けるとルイ君が杜若色の瞳を柔らかく細めて、穏やかに微笑んでいた。


「ルイ君どうかしたの?」


「他クラスの出場種目について、ある程度情報が集まったのでちょっとご報告をと思いまして」


「おー。もう集まったのか」


「えぇ。いくつかフェイクや変更が入りそうなものもありますが、純粋に球技大会を楽しむクラスの分はある程度信用がおけるかと。先ほどの球技大会用に設けられた時間で多数決やら挙手やらで決めたところが多いようです。うちのように実際にメンバーの実力を測って決めているクラスは稀みたいですね。もっとも2年生以上は昨年度からのつきあいがあるので今更実力を測らなくて良いというのもありそうですけど」


タブレットを顔の横に掲げながらクスリと微笑む彼に一瞬背筋がぞくりとした。なんだか微笑みの後ろに黒い何かが見えたような気がする、これだけの情報をこの短時間でどうやって集めたのかが非常に気になるが、聞いても教えてくれないだろう。私の情報もリサーチされていたらどうしよう。


「なるほどな。ちなみに現時点でお楽しみモードクラスは全体の何割ぐらいだ?」


「7:3ぐらいでお楽しみモードが優勢ですね。8:2に見せかけて、一部はフェイクとみてます」


「お前自身もだが、お前に情報持ってくるやつも本当に優秀な。俺もその情報屋使いたいわ」


「お褒めにあずかり光栄です。でも情報源は秘密です」


「そうかよ」


ルイ君に人差し指を口元に添えて薄く微笑まれたワタル先生はある程度予想していたのか苦笑いで返す。ただ彼が持ってきた情報はなかなか嬉しい内容だ。思ったより本気で勝ちを狙っているクラスは少ない。そんな状況なのであれば、駆け引きになる要素は少なく、作戦もわりと立てやすい。もっともルイ君が率先して作戦を立ててくれそうなので、私は「そういうことか!」と感心してるだけの未来がくることが濃厚だ。タブレットを見ながら薄く笑う姿はいかにも参謀という感じでとても頼もしいことこの上ない。彼が味方でよかったと心底思う。敵であれば、どれだけ苦労しただろう。


「ワタル先生ー!次、何の競技にする?」


ミニバスケが終わったようでユウカが汗をふきながら、こちらに声をかける。楽しくて仕方がないといった表情のユウカの背景には座り込んで、汗をぬぐうアオイの姿があった。彼女は少し荒い息を吐いている。うん。そういえば中等部のころも体育の時間は最初から最後まで全力で走り回っても、ひたすら楽しそうにしてた体力お化けでしたね、ユウカさん。


「オー元気な。でもユウカは出場するやつもう決まったから、休憩な。そこ座っとけ」


ワタル先生が休憩といった瞬間、ユウカの顔からストンと表情が抜け落ちた。そしてそのすぐ後にぐっと唇を噛んで、わかりやすく残念そうな表情を浮かべる。


そんなにも運動が好きか。いっそのこと私も分も球技大会に出て大活躍してほしい。分かり易すぎるユウカにワタル先生も苦笑いを浮かべていた。



***


「ということがあってですね。」


「ユウカは何も変わってないんだな」


水たまりみたいな薄い水色に淡く白で大きなドットが入っているお気に入りのエプロンをつけて、春キャベツをリズムよく切り刻んでいく。隣では弟のアレクが深めの鍋に水をいれているところだ。本日のメニューは春キャベツとベーコンのパスタ。平日はどうしても、帰宅してからの時間が短くなるので簡単にできるパスタにはよくお世話になる。


「ほんと。どうしてあんなにスポーツが好きなんだろうね…。」


「あぁ…確かごちゃごちゃ考えなくて良いから。って言ってたような気がする」


「あぁ…」 


チーム戦だと周りの動きとかごちゃごちゃ考えなくてはいけない気もするが、ユウカにとってはすべて野生の勘で最適解を導き出すのだろう。つまり本人的にはごちゃごちゃ考えていない。=ただただ楽しい時間のようだ。キャベツを一口サイズにすべて切り終わったので、玉ねぎを手に取り皮をむき始める。玉ねぎは時間との勝負だ。手早く皮をむいて、包丁を握る、その間にアレクはフライパンを私に近い側のコンロにセットを始めた。


「球技大会とか体育祭とかはユウカにしてみたら、待ち望んでるイベントなんだろ…。きっと注目選手になるんじゃないか?うちのクラスはそこまで運動バカ…?はいなさそうだから、緩い感じで楽しむことになりそうだなぁ…。あ、お皿はこれでいい?」


「うん。ぴったし。そかー。楽しむタイプのクラスなんだ。

 アレクは何にでるの?」


「ん?それって情報収集?」


アレクは少し困ったように眉を下げて笑う。玉ねぎをくし形に切り終わった私は、ベーコンを手に取りながら苦笑いを返した。


「無理ならいいよ。楽しむタイプのクラスって言ってたし、問題ないかなと思って。

 あ、もしかしてそれがブラフなの?」


「そういうわけじゃないんだけど…。そもそもブラフならブラフって言わないし。

 んー…でもそうだなぁ…当日のお楽しみっていうことでどう?」


人差し指を口元に持ってきながらアレクはふんわりと花が咲くように微笑む。なんだこの可愛い生物は。


「ソレデイイデス」


「ふふっ。俺もリアが何に出場するのか楽しみにしてる」


テーブルを拭いて、コップやフォークを配膳してからアレクはこちらを振り返る。まるでふわふわとした花が周りに浮かんでいるのが見えてくるようだ。


「でもそのアオイっていう人も面白いね。今度俺もあってみたい」


「うん。ぜひ。今度お昼でも一緒に食べよう。ユウカも会いたいだろうし。アオイに聞いとくね。」


「楽しみにしてる」


アレクはふわりと笑みを深めた。空気がまた暖かくなった気がする。

弟は癒し。お姉ちゃんはとても幸せです。

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