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誰が為に庭を構築する  作者: 睦月
第一章
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004.ふんわり砂糖菓子

クラス全員の自己紹介も終わり、明日からの予定をワタル先生に簡単に説明してもらっているタイミングで教室前方のドアがかちゃりと音を立てて開いた。


「ワタルちゃんいるー?」


扉が開くと同時に妙に色っぽい声が教室内に響く。

声の先を追っていくと、漆黒の髪の男性がザクロのように赤い瞳を楽しげに細めながら、

前方の扉にもたれかかっていた。


「レイヴン…お前、自分のクラスはどうした。」


「んー?気になることができたから、

 ちょっと抜け出してきちゃった」


ワタル先生のあきれを隠さない声の質問に

前髪をかき上げながらお茶目なセリフを返すその人は

ちょっとおかしいんじゃないか。と思うぐらいの大人の色気があふれる美形だ。

ワタル先生といい、このレイヴン先生といい、

この学園高等部の教師は採用条件に容姿の美醜が含まれているのだろうか。

中等部はここまでではなかったような気がするのだが…。


「用件終わったら、さっさと帰れよ。」


「はいはい。わかってるって。」


「で、何しに来たんだ。」


「バゼラードいるか?」


自分のファミリーネームを呼ばれ、ピクリと肩が動く。

先ほどの自己紹介を聞いていると、このクラスにバゼラードは一人しかいない。

つまりレイヴン先生の探し人は私だ。私に用ってなんだ。

そんな私の心境など知るはずもないレイヴン先生は教室内にぐるりと視線を巡らせる。

今この状況で目線をそらせると逆に悪目立をしてしまうので、

なんでもない風を必死に装い、教室前方のレイヴン先生に視線を向けた。


「あぁ、左から2列目、前から4番目の水色の髪がリア=バゼラードだ。

 ほら、そこ」


ワタル先生がすいと人差し指で私を指さす。

人のこと指さしちゃダメって、教わりませんでしたっけ。

というかそのややこしそうな人に巻き込まれないように庇ってほしかったです。

お行儀の悪いワタル先生の仕草に導かれ、レイヴン先生の色気をたっぷりの瞳が私の方にを向く。

私の視線と重なった途端に彼の唇が柔らかく弧を描いた。

周りで小さな黄色い声が上がが、それとほぼ同時にざわりと何かが背筋を這い上がる。

いくら美形と言えども、こんなにも怪しそうな大人の色気を持つ彼に

蠱惑的な笑みを浮かべられると喜ぶとかそういう以前についつい構えてしまうのは仕方ないだろう。


レイヴン先生は無遠慮に私の顔を一通り眺めた後、楽しそうに目を細めた。


「あんま似てないのな」


「…」


ポツリと放たれたその一言で大体の事情を察知する。

頭に浮かんだのは常に柔らかい雰囲気をまとう、月のような銀色の髪の人物だ。


「いるんだったらいいわ。邪魔したな。」


「いや、お前、わりと本気で何しに来たんだ。」


ひらりと手を振り、今にも教室を出ていこうとするレイヴン先生に

ワタル先生は耐えきれないとでもいうようにケタケタと楽しそうに笑い出す。

その笑い声にレイヴン先生はくるりと向き直り、ワタル先生に流し目を送りながらうっそりと笑みを浮かべる。


「あえて言うならワタルちゃんに会いにかな」


「鳥肌たつからやめろっ!しかも明らかに違うだろ!」


ワタル先生が自分自身を抱きかかえるようにして腕をさすり、嫌そうに顔をしかめる。

その態度に満足そうに笑みを深めてから、今度こそとでもいうようにレイヴン先生は私たちの教室から出ていった。


目に見えて憔悴しているワタル先生は、彼の姿が完全に扉の向こうへ消えたのを確認し、

視線を教室内へと戻した。


「よーし・・続き説明するぞー・・・」


教室に入ってきた時の声のハリなんてものはありやしない。


(ご愁傷様です。)


そんな言葉が頭に浮かんだ。











****







「ちょっと、アレク!!」


「あ、リア。ちゃんと間に合ったんだな。」


私の声に、月のような銀色の髪を持つ男子生徒はバス停でスマフォをいじっていた指を止めて、

ゆるりと視線をこちらに向けた。

どのクラスも同じようなタイミングでホームルームが終わったようで、整然と並んでいるバス待ちの列は楽しそうな生徒と親の組み合わせが多い。

もっとも、ちらほら見受けられる男子生徒については、反抗期真っ只中の時期からか、先ほど私が呼び止めた人物・・・アレクと同じように1人しずかにもしくあ友達同士2,3人で和気あいあいと並んでいる姿が多かった。


「なんなの!あのレイヴン先生!」


「いや、それは悪かったと思ってるんだけど、あの人話聞かないんだよ。」


開口一番にそう言われて、何のことか理解できるのは彼もまずいと思うところがあったのだろう。

そんなアレクの返答につい先ほどの場面を思い出す。

ワタル先生が憔悴していたあの感じからして、一筋縄ではいかない人物なのはよくわかる。

話を聞かない人と言われれば、あぁ、確かにそうだろうな。と納得してしまうような人だった。


「自己紹介で「双子の姉が寝坊したので家においてきたんですが、ちゃんと来てるかが心配です。」

 ってネタでいったら、『じゃぁ、見てきてやるよ』ってさ。

 俺はちゃんと止めたからね」


…ネタにするにしても、もう少し何かあっただろう。

じとりと視線を向けてみるとアレクは苦笑いを浮かべ、人差し指で頬を掻く。


「まぁ入学式で返事してたの聞いてたから、来てるのは知ってたんだけどね」


「それって確信犯よね。」


「違うって。まさか入学式初日のホームルームで担任の教師が教室出ていくなんて思わないだろ。」


「むぅ…」


弟のいう事も尤もであるため、次の言葉を言いよどむ。

まさか教師が興味ごときで入学式が終わってすぐのホームルームを実施している教室を飛び出していく。

そんなことするなんて、普通思わない。

ちらりと窺うように視線を向けてみると、弟は眉尻を下げて更に困ったように笑みを浮かべた。


「ごめんて。男女の双子が珍しかったんだって。」


「…仕方ないから許す」


「ありがと」


私の言葉に安心するかのように胸に手をあてて、息を吐き、アレクは無邪気に笑みを深める。

昔からこの笑顔にはなぜだか逆らえない。


「なんかずるい」


何を言っているのか。とアレクは困ったように私を見ながら眉根を寄せて、苦笑をもらす。

それを受けて、私は小さく頬を膨らませた。


「アレクにゴリ押しされると勝てる気がしない」


「そんな可愛い顔してないで。

 まぁお姉ちゃんだから、俺には甘いのかもしれないけど」


苦笑交じりに言われたその言葉はまったくもってその通りな気がする。

ほんの少しとはいえ、私がお姉ちゃんなんだから守ってあげなきゃいけない。

そんな風に考えるようになったのはいつからか。

物心ついたときにはそんな風に考えて育ってきたような気がする。


ちらりと視線を向けるとアレクは困ったような笑みを続ける。

その姿を見ているとなんだか私が悪いわけではないのに、

まるでいじめているかのような気分になってきた。


「んー・・・もういいや。」


「…そう。」


もう何度目かになるか。

弟がまた困ったように眉尻を下げたところで、

朝乗って来たものと同じ色彩のバスが一つ手前の角を曲がってくるのが見えた。


「あ、そうだ。ちょっと寄りたい所があるの。」


「ん?」


「夕飯の買い出し。」


「玉ねぎと・・・何か残ってなかったけ?」


とんとんと人差し指で顎をたたきながら目線を上げて、

弟は冷蔵庫の中身を思い出そうとする。

記憶をたどる弟をの都合等お構いなしに、バスはすぐに目の前まで到着して扉が開いた。

バス停に並んでいた人影が順序良く車内に吸い込まれていき、私たちもそれに続く。


私の一つ前に並んでいた弟はバスのステップを上がる順番が回ってくると自然な動作で少し端により、右腕でバスの中を示して私を先へと促した。


小さく「ありがとう」と述べると、「いーえ」と柔らかい笑みを携えた返事をもらう。

ちょうど空いていた二人掛けの席に腰を落ち着かせるとバスの中は後1,2人で満席になる程度だった。

朝は寝坊したからそこまで席は埋まっていなかったが、帰宅時間が重なっている帰りの方が乗車率はやや高めのようだ。

やはり満席にならないのはありがたい。

たとえ短い距離であっても、座れるのと座れないのとでは気分的には大違いになる。


運転手さんは乗客が全員着席したのを確認すると静かにバスを発進させる。

窓の景色が流れ出してから、相変わらず隣でうんうん悩んでいる人物に目を向けた。


「あと牛肉が残ってるけど、さすがにそれだけじゃね・・・」


「え。なんで。牛丼できるじゃん。」


「お姉ちゃんはもう少し野菜も食べたいです」


弟の料理は決して不味くない。

むしろ味としては美味しい方なのだけど、気が向かない時は単純で豪快な料理がおおい。

こちらとしてはもう少し色々な種類の栄養が取りたいと思うことがよくあるので、補填するかのようにメニューを追加するのは私の重要な役目だ。


「まー。リアに任しとけば大丈夫だろうし、いいよ。メニューはまかせる。

 買い物いこう。荷物持ちぐらいならするし」


「その働きに期待してる」


ふわりと微笑んで見せると、弟もふんわりと花がほころぶように笑う。

なんだかいいもの見た気分。

つくづく甘いと思うが弟は可愛い。


「お姉ちゃん頑張ります」


胸の前で小さく拳を握って見せると、弟は小さく笑い、私の動きを真似してみせた。

なにそれ可愛い。







********



私たちがいつも利用しているスーパーは自宅からはバスで2つ離れた場所にある。

自宅からはわりと近場に類するため、休日はそれこそ自転車に乗って行くが学校帰りにも寄れるところが気に入っている点のひとつでもある。


売り場の敷地面積はそれなりに広くて、品ぞろえは庶民派からやや高級志向のものまで幅広い。

ディスプレイも安っぽくなく、それでいてこだわりすぎていない親しみが持てるもので、人の動線もよく考えられているため、買い物をしていると少し楽しくなってきて、テンションがあがる。

個人的には店内の窯で焼いているらしいパンコーナーが一押しだ。

そばを通るときにふわりと焼き立てのにおいが香りをかぐと、ついつい品ぞろえ豊富なパンの中を目で物色してしまうのがいつものお決まりだ。


そんな使い勝手が良いスーパーなので、今日も例にもれずとても繁盛している。

牛乳がなくなりそうだとか、この前テレビでやっていた新商品が食べたいだとかアレクと他愛もない話をしながらスーパーの中を練り歩く。

気が付けばかごの中にはそれなりの量の商品が入っていて、これ以上無駄遣いをする前にとレジへと足を進めた。


アレクと私、それぞれ一つずつ買い物袋をぶら下げて、先ほど降りたバス停への道を戻る。

荷物持ちならするといったアレクにはもちろん牛乳とか重たいものが入った袋を持ってもらっている。

手元の時計を見てみると、大体30分毎に運行しているバスの到着までは少し時間がありそうだった。

何も考える必要がない時間ができると目の前のこととは違うとこに意識がいく。

時間としては正午を少し過ぎたころ。そうなると考えることは自然と限られてくる。


「お腹すいたねぇ」


「だなぁ・・・とっ、すみません」


私の方を見てふわふわと微笑みながら返事を返していたアレクは、逆方向から歩いて来ていた人物と軽くぶつかり、謝罪の言葉をかける。

ぶつかった相手の目線は地面の方を向いていて、アレクがこちらを向いていたのを考えるとぶつかったことは当然と思われた。

相手はちょうど私たちと同じぐらいの年頃のオレンジ色の髪の男の子で、少し埃っぽく見える制服はうちの高校のものではない。ただ何度か見たことある制服なので、おそらく近くの高校の生徒だろう。


「や、こちらこそぼーとしてて、すみま・・」


地面に沈んでいた目線を上げて、アレクの姿を認めた途端、突然彼の言葉が途切れる。

あまりに不自然な動作にアレクは不思議そうな顔をして、小さく首をかしげた。


「どうかした?」


「あっ、いや・・・そのっ・・し、知り合いにちょっと似てて」


「?そう・・・なのか?

 あ、これ良かったら使ってよ。」


目線をこちらからそらしながら、そわそわと落ち着きなく答える彼に、アレクはカバンからごそごそと何かを取り出して手渡した。


「ここ傷できてるから」


アレクが自分の右頬を人差し指でポンポンと叩いて見せる。

その動作に導かれるように、彼の顔を見てみると少しやんちゃそうな顔には確かに擦り傷のような真新しい傷が頬についていた。

そしてアレクが渡したものはどうやら絆創膏らしい。


「え・・・あ、ありがと」


「うん。どういたしまして。」


彼は自分の右頬に手のひらを軽く添わせながらお礼を言い、アレクからおとなしく絆創膏を受けとったと思えば、そのままそそくさとスーパーの更に向こうの方へ歩いて行った。

歩く姿はどこかぎごちなく、まるで左足をかばっているようで、きっと頬以外にもどこか怪我をしているのだろう。なんだか手負いの猫のようだ。


「なんだったんだろうね。」


「さぁ?喧嘩でもしたのかな。」


「んー…こんな新学期早々?」


「新学期早々だからかもしれないけどね。」


クラス替えで嫌な奴と同じクラスになったとか。

中学の時の因縁の奴と同じ高校になったとか。


弟があげる例になるほど。とうなづいてみるも、新学期もしくは新生活初日にいきなり場を乱すなんてある意味すごいと思う。

1日目なんて、ほとんど全員が相手を探り探りの場の中である。

喧嘩の当事者でなくても、喧嘩等というものが起これは自らと相手との間の壁を高く構築してしまうものだ。

あえてそれを狙ってというのであれば、さらにすごいと思うが、私であれば御免こうむりたい。

平和に高校生活を過ごすことが私の目下の目標である。


「高校にもなるといろんな人がいるのね」


「ん?え、あぁ、そうだね」


再び弟がふんわりと春の空気みたいに笑う。

その姿がまるで砂糖菓子のように甘く可愛い。

うん。うちの弟は下手したら私より女子力が高いと思う。

かっこよさを目指している本人に言えば悲しみそうなので、私はひっそりと心の中でそう呟いた。


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