001.出会いの朝
(しくった。)
まだ少し肌寒いけれど、日差しはもう春の陽気となっている朝。
大きな門構えの家が立ち並ぶ閑静な住宅街の出口付近のバス停で、
バスを待ちながら頭に浮かんだのはその4文字だった。
「ねー。つまんないことフケてさー。俺らと遊ばない?」
「そーそ。俺ら楽しい所知ってるんだけどさ、ぜひ君と一緒に行きたいなって。」
どこのテンプレートを持ってきたのだ。と問いかけたくなるほどのお決まりの台詞。
それを口にしてるのは、辺りの風景には似つかわしくない、というか場違いな、如何にも遊びなれしていますと主張するように着崩された制服と高校生らしくない髪型の男子生徒3名だ。
まるでちゃらり。という効果音が聞こえてきそうな、そんな気さえするその風貌。
私はそんな人たちに現在、絶賛絡まれ中なのである。
面倒なことになったと心の中で盛大にため息をつく。
そもそも何故こんなことになったのか。
本来であればこんな輩には絡まれることなどなかったはずなのだ。
(どうして入学式の日に限って寝坊するかなぁ、私。)
今日は幼稚舎からずっと通っている学園の高等部の入学式に当たる日だ。
中等部から高等部にあがっただけといえども、今日から新しい同級生が増えることもあって、
楽しみと緊張でなかなか寝付けなかった。
簡単に言えば、寝坊の原因はそういうことなのだけれど。
しかし起きない私を起こさず、さっさと先に行ってしまったあいつも悪い。
完全なる八つ当たりとわかってはいるものの、なんだかあいつにムカついてきた。
「ねー?きーてるー?」
違う方向に向かいかけていた意識が、どこか甘さを滲ませた男子生徒の声で現実に戻る。
下心を一切隠そうとしない。
それはそれである意味、尊敬には値するが当然ながら迷惑さの方が大半をしめるため
気持ちがげんなりとしていくのが隠せそうもない。
良く良く見てみれば、三人ともそれなりに整った顔立ちをしており、
私からすれば完全アウトなこの方法でも恐らく『お誘い』に成功した事があるのだろう。
波風立てるのも面倒なので、適当にあしらおうかと口を開きかけたその瞬間、
なにやら鈍い音が耳に届いた。
「はぁい」
またまた「ちゃらり」という効果音がつくのではないか。と疑うほど、軽い台詞。
似たようなやつがまた増えたのかと眉をしかめかけたその時、鈍い音が聞こえたすぐ後、
目のはしを結構なスピードで何かが通りすぎた。
その通りすぎた・・・いや吹っ飛んでいったといったほうがしっくりくる物体を目でおってみると、
それは先ほどまで私に絡んできていた男子高校生の三人のうちの1人が地面に倒れていた。
なんどか瞬きをして、よくよくその物体を見てみるがやはり間違いはない。
吹っ飛ばされた衝撃で軽く意識がとんでいるのか、それはぴくりともしていない。
「僕の学校の子に手を出すのやめてくれる?」
高くもなく低くもない耳に心地よい声が気障なセリフを発する。
その声のする方に視線を向けてみる眩いほどの金色の髪とどこまでも深い緑の瞳を持つ、中性的な顔の男性がいた。
自分と同じ高校の男子用制服を身にまとっており、言葉の通り同校生なのだと認識する。
体制が蹴りを繰り出した形で止まっており、先ほどの軽い台詞を放ったのはどうやらこの人のようだと認識する。
「げ」
その人の顔を見た途端、元々いた方の男子高校生の一人がくぐもった声をだし、
じりじりとその人から距離をとるように後退りを始めた。
「くっそ・・・!!
なんでお前がここにいるんだよ!」
如何にも三下。
そんな捨て台詞と共に彼らは後から来た男子生徒を最大限警戒しながら、その場から逃げるように駆け出す。
その際には気絶していたもう1人を二人で抱えて逃げており、そこだけはなんだか感心してしまった。
小さくなっていく彼らの姿を見送ったあと、助けてくれたのであろう金髪のその人に視線をむける。
「あの、ありがとうござ・・・」
お礼を述べようとしたのだけども、そこで思わず固まる。
台風のような一連の流れの後、今、ようやく改めてちゃんとこの人の顔をちゃんと見たわけなのだけど。
なに。この美形。
例えるならば絵画のような、彫刻のような。
ある意味、人間味を失ったような美しさ。
中性的な容姿も相まって、美しさがさらに際立っているのだろうか。
そんな人がいた。
その彼がふわりととろけるような笑顔を浮かべて、こちらに目線を合わせる。
「どーいたしま・・・」
なぜか先ほどの私と同じような動き。
言葉の途中で彼の動きが一瞬止まり、深い緑の奥がわずかに揺れる。
「どうかしましたか?」
「え、あ・・・あぁ」
まるで動揺は気のせいだったかと思わせるかのように、彼はまたすぐに元のとろけるような笑顔に戻る。
それは心なしか先ほどより色気をプラスして、瞳も熱を帯びていた。
「いや・・・君があまりに僕のどストライクだったものだから」
(あ、駄目だ。
この人、さっきのと同類だ。)
先ほどまでは感謝の気持ちや少しばかり芽生えていた憧憬の気持ちが一気に冷めていくのを感じた。
せっかく助かったと思ったのに、これでは振り出しに戻っているのではないだろうか。
「んー・・と君は新入生だね。」
引いてることを隠しもせずに表情に出したのだから、相手もそれをわかっているだろうに、
そんな私のことは一切無視して、話を進めはじめる。
胸あたりに目線を感じ、いやらしいと更に引きそうになるが、
続いた言葉に学年別に分けられているネクタイの色を確認したのかと納得する。
それ以外には目的はないはず。そう思いたい。
紺色のネクタイもしくはリボンは今年の新入生の色だ。
対する彼のネクタイは赤色であり、最上級生つまり3年を意味するものである。
「・・・はい。そうです。」
「だよね。僕がこんなに可愛い子見落とすわけないしね。」
「・・・。」
ぱちりと片目をつむってみせるその気障なポーズはとても似合っているのだけど、
なんというか先ほどまでの言動を知っているこちらとしてはとても鬱陶しいものとしか映らなかった。
失礼とわかりつつも眉根を寄せて嫌そうな表情を返すと彼はクスりと小さく笑みをもらした。
「いいねー。その反応。僕のまわりにいないタイプだ。
さて・・・ところで。」
形のいい唇がきれいに弧を描き、一先ずと言葉をきる。
そして目線を私の後ろのほうにやってから、再びこちらへ戻した。
「バスがもうすぐ到着するのだけど、
それに乗らないと入学式に間に合いません。」
人差し指を立てての突然の説明口調。
いや、それは知ってる。だからこそ先ほど焦っていたのだ。
「絡まれてたから仕方ないとはいえ、入学式に遅れるのはあまりよくないからね。
ということで、急いでこれに乗ってくださーい」
彼の言葉のすぐ後に私の斜め後ろから空気が抜ける音がした。
そのすぐ後に金属同士が勢いよく離れて嵌りあう音。
そちらに目線を向けると、すでに開いているバスの扉があった。
一連のやり取りに気を取られすぎて、気が付かなかったがいつの間にかバスが近づいていたらしい。
「ほら。いってらっしゃい。」
両手で肩を優しく包まれ、くるりと反転させられる。
その反転した勢いを使い、そのまま背を押される形で私は軽くよろめきながら車内にすべり込んだ。
「じゃあねー。」
「え?あなたは?」
ひらりと右手を振りながら言われた彼の言葉に驚きを感じて、思わず目を見開く。
同じ制服という事は同じ学校。
そして、今から執り行われる予定の入学式には上級生も参加すると聞いている。
つまり彼も参加するはずだ。
なのに今この状況は、彼はこのバスには乗らないということを示している。
「僕はもう少し見回りしてからいきますー。運転手さん出しちゃって」
「かしこまりました。」
彼の言葉を受けて、バスの運転手が頭を下げながら恭しく返事をする。
それを聞き遂げると何がそんなに楽しいのかわからないが、彼は笑みを深めながら
バスが通ってきた道、つまり学校とは逆の方向へと歩き出した。
「え、ちょっと・・!」
一応助けてくれたのだから、中途半端になっていた御礼をせめてちゃんと言いたいと手を伸ばそうとしたが
それはタイミングよくバスの扉に阻まれる。
「・・・。」
出勤時間帯だというのに、相も変わらず静かな住宅街に消えていく彼の姿と
行き場を無くした自分の指先を交互に眺め、
先ほどの状況はいったい何であったのかと頭の中で自問する。
「ねぇ、あちらの方はカイ様じゃない?」
少し離れた席から女性の少し熱を持った声が聞こえ、指先からそちらに意識が向いた。
視線を向けてみると、二人掛けシートの窓際に座った女性が窓の外をうっとりとした瞳で見ている。
服装は私と同じ。つまり同校生だ。
彼女に声をかけられた隣に座っている女性も同じ服装。
興味深げに窓の外を見る彼女の瞳の表情が何なのか、私は知っている。
手の届かない、例えば憧れの芸能人を見るときのそれだ。
「あら、本当だわ。今日も一段と麗しいわね・・・」
ほぅと上気した頬に手を当てて、
半分目をとろけさせている女性の視線の先は予想通り先ほどの金髪の彼だ。
あの外見であればまぁ納得なのだが、どうやら彼はわが校のアイドル的な存在らしい。
(・・・よし。近づかないようにしよう。)
お礼を言わなければと思ったその直ぐあとだけども、そう固く決意する。
あの人に関わると面倒にまきこまれるのを避けれそうにない。
私は平穏な高校生活が送りたい。
ならばああいう人種には近づかない方が良い。
そのことは身に染みて、理解しているつもりだ。