イノセント・フラワー 原文
《プロローグ》
久遠の昔、この世界・ルミナシアは、『創世の女神』アリアによって創り出された。
アリアは、一本の苗木を植え、その樹は、やがってルミナシアの全ての生命を生み出す世界樹となった。
そして、『世界樹』より生み出されし特異な存在、人でありながら人ではなく、全ての生命は原罪を宿しているが、罪の無き存在があり、名を《無原罪者》という。
《原罪者》は、いつか枯れゆく花、しかし、悠久の時を経ても枯れぬ花、その花は、強く美しく咲き誇るであろう。
《芽生え始める花》
声が聞こえる、私を呼ぶ声が。
「フレア……」
優しい声、聞いているだけで心が安らぐ。
「フレア! フレア!」
声が変わった。さっきまでの優しい声とは違い、少し緊迫感があった。
「フレア! 起きないと遅刻するわよ!?」
「あ~、また寝坊しちゃった~……」
私はベッドから起き上がり、私を起こしてくれたママを見た。
「もうちょっと早く起こしてくれてもよかったのに」
「あと五分、あと五分を何度繰り返したと思っているの?」
「そんなの覚えていないよ」
「まったく……」
ママは、呆れた様に額に手を当てた。
「朝ごはんは食べていきなさいよ」
「は~い」
ママは、私の部屋を出て行った。
ママは、エルフという種族で耳が長く、人間と比べると長寿である。
私は部屋を出て顔を洗い、もう一部屋に戻り、制服に着替えた。そして食卓へ向かった。
食卓には、すでにママとお母さんがいた。
お母さんは、コーヒーを飲んでいたカップを机に置いて、口を開いた。
「フレア、今日も寝坊か? まったく……」
「無気力なお母さんに言われたくないよ」
「おいおい、別に無気力じゃないぞ。やる気がないだけで……」
「同じようなものでしょ」
お母さんは、しばらく黙りこみ、頭を抱えた。
「娘もとうとう反抗期になってしまった……」
「仕方ないわよ、フレアはもうすぐ十八歳だから」
「ママもお母さんも黙ってて!」
私は、朝ごはんのパンを食べ始めた。
この世界、ルミナシアでは同性同士での結婚が認められている。女性同士でも子供が生まれるとか……詳しくは知らない。女性の人口は六割で、そのうち八割の女性が同性愛者である。ちなみに私も同性愛者だと思う。恋をしたこともないけど。
それと、男性より女性のほうが強いという。男性が集団で掛かろうが、女性一人にすら勝てないらしい。
女性は、生命の源・マナが男性より綺麗で純粋で、マナから湧き出る魔力による恩恵といえる。
本来、腕力で劣る女性は千年前まで男性に虐げられていた。しかし、千年前に四人の女性たち、四麗華による革命が起きた。
『聖教会』(現在のルミナシア教会)と世界を統べっていた男、ガルガンディア教皇―――彼は、『七大罪の悪魔』二体を体に取り込んでいた。『七大罪の悪魔』は、人の心の穢れにより生まれた存在、『傲慢のルシファー』、『色欲のアスモデウス』を宿していた。『七大罪の悪魔』は体がなく、生物に取り付いて初めて力を発揮する。
その力は人知を超えており、その大罪に従った行動をとることにより、さらに強大さを増す。人々を支配し、多くの女性を陵辱してきた彼を誰も止められることはできないと思われていた。
しかし、『四麗華』―――『桜花』セツナ、『灰の騎士』アリシア、『黒百合の魔女』ユリア、『聖天使』ミカエラたち四人の女性が『聖教会』に反旗を翻し、総勢百万人を超える敵勢力をものともせず、ついに彼女たちはガルガンディアのもとにたどり着き、そして、戦いが始まった。
激戦の末、都市一つが壊滅状態となり、そこに立っていたのは、四人の女性だった。
そして、二体の大罪の悪魔は、この世界の始まりである世界樹のもとに還っていった。
ミカエラを除く『四麗華』は《無原罪者》と呼ばれる存在で、《無原罪者》は、特殊な力を持っており、その力は《無原罪者》によって異なる。
桜吹雪のような風属性の魔法と刀を使い、アリシアは魔法は使えないが光と闇を宿す魔法剣を使い、ユリアは炎・氷・雷属性の魔法と闇属性の魔法を使う。そしてミカエラは、天使の中でも最強の最上位天使で、羽をナイフに変える力と光属性と似て非なる聖属性の魔法を使うという。
そして、《無原罪者》は、人間の身体に作りは似ているが、殆ど飾りのようなものであり、食事をしても全て魔力に変換され、子供は生まれず、名前はあるが苗字がなく、そして何より、十歳で世界に突然出現し、一定の歳になると年を取らなくなる―――つまり不老になるということで、『四麗華』の彼女たちもまだ若い容姿のまま―――、生ける伝説である。
そして《無原罪者》はマナの純粋な女性しかいない。
普通の人間は《原罪者》という。しかし千年前に『大罪の悪魔』が『世界樹』に還った時に放たれた光がすべての女性のマナに眠る魔力を目覚めさせた。それにより魔法は使えずとも、全ての女性は『霊術』を使えるようになった。
『霊術』とは、体の内にある魔力を放出させ、体術や剣術の威力を爆発的に上昇させる能力のことで、千年前から女性の一般教育となった科目である。
私は、つい最近の授業で習ったことを思い出しながら食事をしているとママが話しかけてきた。
「フレア……、ずいぶんとゆっくりしているようだけど、時間は大丈夫……?」
私は、ふと時計を見る。もう八時を過ぎていた。
「な、なんでもっと早く言ってくれなかったの~!?」
「え……? ちょっと、ママのせいにしないでよ?」
私は、学校に行く鞄を持ち玄関で靴を履く。
「と、とにかく、いってきますっ」
「「いってらっしゃい」」
二人の声を背に私は家を飛び出した。
学校は都市の外れにあり、家から森を抜ければ着く。まだ間に合うと思う。私は森の中を駆ける。この森は、まどろみの森という。なんだか眠たくなる名前だね……ね、寝ている場合じゃないけど……。
しばらく走っていると、あたりの異変に気付く。空気が重くて、なにか嫌な感じがする。それでも立ち止まるわけにもいかず、歩き出す、すると男の声が聞こえてきた。
「今日こそ、あの忌まわしき小娘を、あの魔女を捉えてやる……、我々、魔族に歯向かった後悔させてやる、ククク……」
私は、木の後ろに隠れ様子を伺った。黒衣を着た男がいた。フードを被っており、顔は見えない。魔族ってことは、悪魔なの? 魔界に住むあの悪魔? とにかく見つかってはいけない。
フレアは息を殺した。
確かに、人間の女性は男性より強い。しかし、それは人間において話であり、魔物や魔族は別である。性別など関係ない。どちらも凶暴であり、訓練を積んだ兵士でなければ、到底かなわないだろう。
学校の授業で戦闘訓練を受けているが、私は実戦経験は全くない。魔物と鉢合わせたら一目散に逃げているくらいである。とてもではないが、悪魔と戦うなんて無理だ。
黒衣の男に視線を向けると、屈んで地面に手をついていた。
「影に潜む獣よ……今こそ、その飢えを満たすがいい。出でよシャドーウルフッ!」
黒衣の男が詠唱し終えた瞬間に、黒衣の男を中心に黒い魔法陣が展開し、四匹の黒い狼が出現した。
私は驚き、思わず悲鳴を上げそうになった口を必死に抑えた。しかし、少し動いて木の枝を踏んでしまい、パキッという乾いた音が響いた。
「誰だっ!?」
黒衣の男が叫んだ。
「目撃者は始末しろと言われている。丁度いい、お前らも腹が空いているだろう? 骨の一つも残さず喰らうといい」
私は、全身から血の気が引いた。恐怖で体が震える。しかし逃げなければ狼の餌になるのを待つだけ。
私は意を決して走り出した。
黒衣の男は、私に気付き狼に向けて叫ぶ。
「逃がすな、殺しても構わん」
四匹の狼が私に向かって走り出した。
もうどれくらい走ったか分からないぐらい逃げていた。
「はぁ……はぁ……」
私は、息を切らしながら走る。狼達は、まだ私を追ってくる。
私は、逃げ足だけは速かった、しかし、私は、もうそろそろ疲労で限界だった。
私は足がもつれて、派手に地面に倒れこんだ。
「いった~い……」
私は生まれつきのドジだった。でも今回は疲れて転げたのであって、私がドジだからではない……。
そんなことを考えている間も、狼達は私に迫る。
私は足が震え立ち上がることができなかったので、上体だけ起こして後ずさった。しかし、背中が木にぶつかり、私は狼達に囲まれた。
「いや……来ないで……」
私は泣きながらかすた声で言ったが、そんな願いを聞いてくれる筈がなく、一匹の狼が涎をたらしながら近寄ってきた。
私は、こんなところで狼達に食べられて死んでしまうのだろうか? まだ死にたくないっ……。
ふと、遠くの方から草を踏みしめ、こちらへ向かってくる存在がいることに気づいた。
でも、誰かが助けに来てくれたとしても、もう遅い、狼が口を開けて私にかぶりつこうとしてきた。私は目を閉じ、激痛が走るのだろう、きっと痛いのだろうと思った。しかし、いつまで待っても痛みを感じないので、恐る恐る目を開けると――。
一人の少女が狼を一刀両断している光景が目に飛び込んできた。
そして、切られた狼は、霧散した。
少女は、剣を構え直し、目前の魔物を見据えた。
長く、澄んだ空のような碧色のストレートの髪は、煌びやかな流れる水のようだ。右目が髪で隠れミステリアスな雰囲気を醸し出し、左の瞳は紅い月のような輝きを放つ。整った顔立ちは気品を漂わせ、雪のように白い肌は雪国の少女を思わせる。背丈は私より少し高く、華奢ながら豊かな胸が目に付く……じゃなくて!
初対面の人にいやらしい目つきで失礼だよね、うん。
彼女の服装は、黒いジャケットの下に、白いカッターシャツを着ており、下半身は青いフレアスカートを履き、黒いハイソックスに黒いローファーを履いていて、見た感じが学生みたいで、歳も私と同じくらいだろうか。
フレアは彼女が兎に角綺麗で、ただただ見惚れていた。そんなフレアの視線に気づいたのか、少女が振り返り視線が合った。そして少女はフレアに微笑んだ。フレアはドキッとして、自分でも頬が熱くなるのが分かり恥ずかしくて手で顔を覆った。
少女は再び敵に視線を向けた。どうやら黒衣の男も追いついたようだ。シャドーウルフと呼ばれる魔物三匹に囲まれた私、そして私を庇うようにして少女が剣を中段に構えている。
「やっと現れたか“剣の魔女”レイア今日こそ貴様を捕え我々魔族に……」
「御託を並べていないで、早くかかってきたらどう?」
黒衣の男の声を遮るようにして少女が言った。その声は水のように澄んでいたが、氷のように冷たかった。
「クソッ、生意気な小娘め! 捕えて使い物にならない程度になら何をやってもいいと言われている。口の利き方を体に教えてやる」
「下衆の考えそうなことね。やれるものならやってみなさいっ!」
レイアと呼ばれる少女が剣で空を切った。刹那、世界がひび割れ、ガラスのように砕け、視界が一変した。
これは、《無原罪者》のみ使える《断絶された世界》、実際の世界とは違う擬似空間を創り出し、周囲にいる魔力が高い生命体を閉じ込める。この中では、どれだけ地形が変わろうとも、実際の世界には、何の影響もない。ちなみに、《断絶された世界》から出るには、術者が解くか、術者を殺すかのみ。
レイアが目前のシャドーウルフへ一気に間合いを詰め切り裂く。そして闇に溶けた。
近くにいたシャドーウルフは、身の危険を感じたのか後方に下がった。レイアは距離を詰めずに、左手を向けた。
「氷弾」
レイアの声とともに、氷塊が現れ砕け散りシャドーウルフを突き刺した。
残り一匹となったシャドーウルフは走り出し、森の木々に身を隠そうとした。
「無駄よ。氷鎖」
氷の鎖が出現し、シャドーウルフを捕縛した。
「アクアスパイク」
レイアの左手から放たれた水流がシャドーウルフに直撃して、破裂した。そして跡形も無く消えた。
レイアは剣を構え直し黒衣の男に向いた。
「もう終わり? あっけないものね」
「雑魚を片付けたぐらいで調子に乗るなよ、シャドーウルフは下級魔獣だ。次に呼び出す魔獣が貴様を倒す」
「呼ばせるとでも思っているの?」
レイアは地を蹴り黒衣の男に接近しようとしたが、途中で動かなくなった。
「困ったわね……体が動かない……」
彼女の口振りからはあまり困っているようには聞こえなかった。
「愚かな女だ、シャドーウルフに呪術を仕掛けておいたとも知らずに……」
「分かっていたけど、敢えて掛かってあげたのよ?」
「負け惜しみを……。その呪術は、仕掛けた魔獣を殺した者を一分間動けなくする。つまり貴様は四分間動けない、実に滑稽だ」
再び黒衣の男は地に手をつけ詠唱し始めた。
「地獄の番犬よ……、三位一体の獅子となり、全てを喰らい尽くせ。出でよ、ケルベロス!」
現れたのは、三つの首を持つ巨大な犬、さっきのシャドーウルフが可愛く見えるくらい、凶暴な怪物だとすぐに分かった。
「この魔獣、ケルベロスは、上級魔獣だ。恐怖のあまり声も出まい?」
「ええ、ケルベロスを召喚した程度で、勝った気でいるなんて、呆れてものも言えないわ」
「呪術に掛かって動けないくせに口だけはよく動くことだ……ケルベロスよ、その生意気な小娘を黙らしてやれ」
ケルベロスがレイアにゆっくり近寄り、右前足を振りかぶり、動けないレイアの腹部を殴りつけた。レイアは勢いよく後方に飛ばされた。木をへし折りながら飛んでいき、レイアの姿は見えなくなった。
「本当に口程にもない小娘だったな、あの娘は後で回収するとして……」
黒衣の男は、こちらを向きながら口を開く。
「貴様は、どうしてくれよう? 魔力が高いから《無原罪者》のようだな。なかなかの上玉ではないか、連れて帰るとしようか」
黒衣の男が私に近寄っても、足が竦んで立ち上がることすらできない。黒衣の男が私に手を伸ばそうとしたその刹那、凄まじい殺気が《断絶された世界》を包み込んだ。息ができないぐらい重たく、背筋が凍りつく程冷たい、その殺気を放っているのは……。
「汚らわしい手で彼女に触れるな……」
レイアは、ゆっくりとこちらににじり寄る――その眼光は鋭く、黒衣の男を捕えていた。
「そんな馬鹿な……あの攻撃を受けて無傷だと……?」
「そんなことはどうでもいいわ、早くその娘から離れないと殺すわよ……?」
レイアの言葉とともにどこからともなく出現した氷の剣で、一気に黒衣の男に切りかかたった。
しかし、そこに黒衣の男の姿はなく、レイアの剣は空を切っただけだった。
「空間転移の魔法、あなた程度に使える魔法じゃない、ということは、その魔石のちからね……」
レイアは、そう言いながらケルベロスの後ろに瞬間移動した黒衣の男の右手にある、黒い石に視線を向けた。
魔石は、術者の魔力を込め、発動させるときに魔石に魔力を注げば、魔石が反応し、込めていた魔法が使用できる石。
「でも、その魔石にこもっている魔力は、僅かのようね。使えるのはせいぜい二、三回ってところかしら?」
「それまでに貴様を仕留めれば問題ない。行け、ケルベロス!」
「グオオォォッ」
黒衣の男の言葉に答えるように咆哮を上げ、レイアに襲い掛かってきた。
「そうね、そろそろ終わりにさせましょう。少しだけ、私の力を見せてあげる」
レイアは、氷の剣に手をかざし、詠唱し始めた。
「清らかな水よ我が刃に宿れ、水の理力」
レイアの剣が青く輝き、水に包まれた剣を振りかぶり、ケルベロスを迎え撃つ体勢をとる。
ケルベロスは、レイアの目前に迫り、そして、レイアを噛み砕かんと喰らい付こうとする。
対するレイアは、笑みを浮かべ、紅色の瞳が妖しく光り、剣を振り下ろしながら呟いた。
「水に沈みなさい! アクアブラスト」
レイアの剣から放たれた水の衝撃波がケルベロスを呑み込み、木々をなぎ倒していく。そして激しく削られた大地にレイアがたたずんでいた。
「少し、水遊びが過ぎたかしら? それと、そこにいるのは分かっているのよ」
レイアは私の方に剣を向けた。すると黒衣の男が現れ、レイアの剣先が男の首元に向いていた。
「この化け物があぁぁ!」
「五月蠅いわね、でも、すぐに視界から消えるなら逃してあげる……」
「我々、魔族に……」
「聞こえなかったの? 私は逃してあげるって言ったのよ……」
有無を言わさぬ、レイアの迫力に黒衣の男は気圧され、魔石を使い姿を消した。
黒衣の男がいなくなったのを確認すると、レイアは剣を消し、私に歩み寄ってきた。
私は圧倒的なレイアの力を見た後でも、彼女に恐怖せず、むしろ強くて美しい姿に魅入っていた。
気がつくと、レイアは、私の前で方膝をつき、手を差し伸べ、微笑んでいた。
「フレア、怪我はない?」
彼女の声は水のように透き通って美しく、優しく、聞いてるだけで安心する。
私は彼女の手を取り、答えた。
「はい、助けてもらってありがとうございま……す?」
レイアが私の手を取り立ち上がったと思うと、いきなり抱きつかれた。
「あの……レイアさん……?」
「ごめんさない。可愛いらしい花が咲いていたから、触れてみたくなったの」
そう言って彼女は、私の頬を撫でた――その眼差しは、愛おしい人を見るようで、私は目が合うと恥ずかしくてうつむいてしまった。
彼女の温もりに包まれて、体が火照る。私は、そっと、彼女の腰に手を回す。
うつむいていた顔を上げ、レイアと見つめ合う、この時間がいつまでも続けばいいのに、そう思った。しかし、それは叶わなかった。
「フレア、貴女は学校があるのよね?」
私は嫌だった、彼女と別れるのが。そのことが表情に出てしまったのだろう。
「そんな顔しないで。私は魔女よ? 簡単に私を信じちゃだめ。何をされるか分からないわよ
「いいのっ!」
「えっ?」
「貴女になら、何をされてもいいの! 私は貴女の全てを受け入れられるから……」
私は何を言っているのだろう? 出会って間もない少女に。レイアは困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「やっぱりフレアは優しいのね」
違う! 私は貴女のことが……レイアのことが……。なんだろう? こんな気持ち初めてで、分からない。
私は、彼女から離れて泣きながら走り出した。
「待って、フレア」
レイアの呼び止める声が聞こえた。でも、私は走るのを止めない。
「捕まえた」
後ろからレイアに抱きつかれていた。どうやらレイアは凄く速いようだ。
レイアの方を向いた。彼女は涙を拭いてくれた。
「フレア、忘れ物よ」
「忘れ物?」
レイアは、私の頬に口づけをして、お茶目に笑った。
「行ってらっしゃい、フレア」
彼女の言葉を合図に、再び世界が割れ、元の森に戻っていた。そこにレイアの姿はなかった。でも彼女の温もりが残っている、夢ではない。
レイアという少女。強く、美しく、そして優しい少女。どうして私を助けてくれたのか? どうして私の名前を知っていたのか? 分からないことが多い。しかし、彼女の別れの言葉が「行ってらっしゃい」だったから、また会える。
期待を胸に、フレアは、森の中を歩き出した。




