32. ドラゴンさんの事情。
32. ドラゴンさんの事情。
渾身の蹴りと共に地面に叩きつけられたドラゴン。武器となる爪や尻尾を失い、飛行する為の翼も穴を空けられているので満足に逃げることも出来ない。それなのに……
「グ……ガアアァァァ……!!まだ、だ……我は、倒れるわけには……行かぬっ!!」
「……」
そんなボロボロのドラゴンを、素早く足を引き抜いて離れていた所から私は見ていた。……何故離れていたのかは、切り落とした尻尾を回収しに行ってたからだ。……べ、別にがめつくないもん!エインとの約束だし……ね?
それにしても……この絶対に引かないとばかりに、気迫を叩きつけてくるこのドラゴンさんは一体なんなのだろう?どうもただ単にライム町を襲ったようには思えないんだよね……暴れる気力も減ったみたいだし、そろそろ話を聞けるかな?
「ねえ、どうしてそんなにボロボロになってまで私に向かってくるの?そもそも敵わないって解ってたよね?」
「……貴様のような子供には……到底、わかるまい……っ!愛し子を奪われた、親の気持ちなど……」
「愛し子って……どういうこと?」
身体中から血を噴出し、掠れるような声でドラゴンは憎悪を含んだ言葉を発する。
「……我ら……貴様ら人間にはドラゴンと呼ばれている、我等は……生涯に一度、卵を産むのだ……そして卵が孵化するまでの百年余り、棲み処と決めた場所に居を構え……孵化するその日までを眠るように過ごすのだ」
ぐぐぐっと身体を起こそうとして……そこで脱力したのか再び地面に伏せるドラゴンさんは、搾り出すようにそう話す。
「そして……待ちに待った、孵化の時期になって我が目を覚ましたが……ガアアアッ!!」
そこまで話した所で、突如咆哮をあげる。当時のことを思い出したのか、その叫びには激しい怒りと悔しさが篭められていた。
「まさか……あなたの卵に何かあったの?」
途中で話が途切れてしまったものの、そこまで聞いた私はその内容を察した。つまり、何者かの手によって卵が盗まれたか破壊されてしまったのだ。そして、ドラゴンさんの言葉からすると、その何者かは人間である可能性が高い。
それを肯定するように、ドラゴンは私を鋭く睨みながら僅かに頭を縦に振る。
「そうだ……っ!貴様ら、人間が……我愛し子を、奪ったのだ……っ!……我らにとって子を産むことは、生涯に一度だけ……この一度の間に何かがあれば……二度とは、産めないのだ……人間とは違い、つがいの存在しない我らには……子が全て、なのだ……」
「あ……」
そこまで言い切ったドラゴンさんの目から、一筋の涙が流れた。……ドラゴンさんは長い年月の間、ずっと孤独だったんじゃないだろうか?話の中に出てきただけでも、少なくても百年以上はずっと。どうも家族や仲間と言った群れは居ないみたいだし、きっとそうに違いない……。
「それで、どうしてこの町に?……卵はどうなっちゃったの?」
「……我愛し子の卵は……破壊された形跡はなかった……だから、何者かに盗まれたのだと思い、山を出て探しに出たのだ……我と愛し子には、我らにしか見えない絆があるからな……それを頼りに、捜索を続けたのだ。そして……」
「その子の反応が、このライム町で見つかった?」
「……そうだ。そして、今も……ある」
ドラゴンさんの卵が壊されていなかったことに安堵したが、町を襲撃した理由を知って私は少し落ち込む。だって、町を壊したり人々を傷つけられたりしたけど……そもそもはドラゴンさんの卵に手を出した人間の責任じゃないか。
「どうして早く言ってくれなかったの?」
ドラゴンさんに手が触れられる位置まで近づきながら私は問い掛ける。そんな私に威嚇するような視線を向けてくるが、気にせず近づいてそっと頭に触れる。事情を知ってれば、こんなにボロボロになるまで攻撃しなかったのに……クリスさんの分で少しは叩いたりしたかもしれないけど。
そんな私の行動に困惑しながらも、ドラゴンさんは理由を告げた。
「言っただろう……卵を盗んだのは、人間だと……その人間であるキサマに……そなたに言って、何が変わるというのだ……?よもや、同じ人間を裏切って……我愛し子を取り戻してくれるとでも言うのか……っ!?」
「うん」
初めから話してくれてればもっと早く行動できたのに……全くもう。そもそもドラゴンさんの卵を探すなのになんで人間を裏切るとかになってるんだろ?
「な、なん……だと?……何を、言っておるのだ……?」
「だから、卵を取り戻してきてあげるって言ってるの。ねえ、卵の特徴を教えて?」
驚きに眼を瞬かせているドラゴンさんの頭を優しく撫でながら私は問い掛ける。私は気付いていなかったけど、手から白い光が発せられている。
「本気……なのか……?我はそなたの仲間を……傷つけたのだぞ……?」
「それは……もう、お返しは済んだから気にしてないよ……うん、ちっとも。ホント、それはもう」
「……本当か?言葉に棘があるように感じるのだが……?」
おっと、ちょっぴり本音が漏れかけちゃった。確かにクリスさんのことはまだ怒ってるけど、今は置いておいて。私がこくんと頷くとドラゴンさんは戸惑いながらその特徴を口にした。……少しは信用してくれたのか、敵意はもう感じない。
「……我愛し子は……我と同じ力の色を発している……解るか?」
「力の色……あ、何となく解るかも」
気配を察する時と同じように集中してみると、ドラゴンさんからは赤い色をぼんやりと感じ取ることが出来た。それなら解るかな?と思ったけど、何となくと言ったのが不安だったのか、更に助言をくれた。
「解りにくければ、我の鱗を持っていくといい……身体の一部なら、どんなに小さなものでも色を発しているからな」
「良いの?それじゃ一枚貰うね……あ、ホントだ。赤い色の光をぼんやり感じる」
念には念を入れたいし、遠慮せずに剥がれ掛けていた物を選んで一枚手に取る。すると、ほんのりと温かいそれは、ドラゴンさん本人と同じように赤い色の気配を感じ取れた。
「……もう一度聞く……そなたは、何故……?」
鱗を手にして戻ってきた私に、ドラゴンさんは躊躇いながら再び尋ねた。
「んー……簡単に言えば、ドラゴンさんに手を出したのが同じ人間だからかな?だったら責任を取るもの同じ人間の役割だしね。後は……個人的なことになるけど、今のドラゴンさんが少し前の私と同じに見えたから、かな?」
咄嗟に思いついた理由と、本心からの気持ちを告げる。すると
「……そう、か……そなたは、変わっておるな……あれだけの力を持ちながら、溺れてもおらず……他の人間が持ち得ない、温かな心を持っている…………そうか、その羽の意味するものは……慈愛の……」
「それじゃ行って来るね?誰も来ないとは思うけど……なるべく早く帰ってくるから、気をつけて待ってて!」
ドラゴンさんが独り言のように何かを呟いていたが、独り言のようだったのでスルーして卵を探す為にライム町へと駆けて行った……その後には、小さな女神の背中を苦笑しながら見送るドラゴンが残された。
「全く……動けない身体でどう気をつけろというのだ……?……む、これは……っ!」
急いで町の中に戻った私は、ドラゴンさんから貰った鱗から発する赤い力の色を頼りに駆ける。目的地は冒険者ギルドだ。……あ、そうそう。背中の羽はこのまま行ったらまずいかな~と悩んでいたらぱっと消えてしまったので問題ない。
確認のために頭でイメージすると再びポンと出てくれたので、必要な時に出せることが解った。ちなみに天上界では私の身体の一部だったわけだし、そんなことは出来なかったんだけど転生したことで何か変わったのかな?……っと、それはさておき今は急がないと。
「ただ闇雲に探しても時間掛かるし……怪しい人や、大きな荷物を抱えた人が居なかったか聞いてみよう」
確認事項を思い浮かべつつギルドに到着すると、飛び出して行った時同様にバンッ!と扉を開けて中に入る。扉の近くに居た人達を驚かせてしまったので、軽く謝罪をしておく。
ミーナさんと別れたときと同じく多くの人でごった返していたが、間をすり抜けるようにして目的の受付まで問題なく到着する。えーっとミーナさんは……いない。
「すみませーんっ!!」
仕方ないので空っぽの受付の窓口から、奥で忙しなく動いている職員の人に声を掛ける。
「なんだっ!!今はやつの迎撃の準備で忙しいんだっ!!それ以外は後に……おおっ、お嬢ちゃんじゃねえかっ!!」
怒鳴り声を返しながら向かってきた大柄の男性だったが、私を見るなり一転して態度が変わった。あ、この人は……
「ギルドマスターさん!ごめんなさい、忙しい時に声を掛けちゃって……」
「いや、俺の方こそ悪かった!ついドラゴンのせいでぴりぴりしちまっててな……ん?そういやファムのお嬢ちゃん、ドラゴンの所に行ったんじゃなかったのか?確かミーナの奴がやけに慌てて俺に報告に来たんだが……」
「違うのか?」と、首を傾げながらそう聞いてきた。飛び出した私の後を追ってミーナさんが追いかけてこなかったことに安堵しつつ、私は頷きながら用件を伝える。
「そうなんですけど……ちょっと聞きたいことがありまして」
「マジで行ってきたのか!?……まあ、こうして無事に帰ってきたなら良いんだが……それで、聞きたいことってなんだ?」
さらっと問い掛けに肯定を返す私に驚きながらも、すぐに落ち着きを取り戻したギルマスさんが続きを促す。
「その……ドラゴンさんがこの町を襲ってくる前後に、大きな荷物を持った人を見ませんでしたか?」
「大きな荷物を抱えたやつ、か。そうは言われても、ここに避難してくるときに家財を抱えて持ち込む者も多いからな、細かくは把握出来ないが……一体、何を探してるんだ?」
「実は……」
私は周りの人たちに聞こえないように声を潜めると、そっとギルマスさんに耳打ちする……ドラゴンさんと戦ったと言ったところで、大声を上げそうになっていたが、慌てて口を抑えて事なきを得た。ちょっと周りから変な目で見られたけど、それだけだったので多分大丈夫だろう。それからドラゴンさんの卵の件を告げると、「なるほどな……」と腕を組んで唸り出した。
「……つまりこの現状を引き起こしたのは、どっかの馬鹿がドラゴンの卵に手を出したからだったんだな……全く傍迷惑な野郎だな」
顔も知らぬ相手に毒づきながらも、さすが冒険者達を纏めるギルドの長である彼は冷静だった。……ちょっとドス黒いオーラを放ってるけど、ね。
「それで急いで探しているんですけど……心当たりはありませんか?」
「ドラゴンの卵って言うくらいだからかなりの大きさだし、目立つとは思うんだが……荷物に紛れていたらさすがに見分けが……いや、待てよ……?」
すまない、と言って首を振ろうとしたギルマスさんだったが、不意に何か引っかかることがあるのか言葉を切った。
「何か気になることありました?」
「ああ、怪しい……って位の事だが、それでも良いか?」
「お願いしますっ!」
全くの情報無しよりに比べたら良いに決まってるので、教えてくれるように頼むと「わかった」と言って話してくれた。
「ドラゴンの襲撃があり、町の連中をギルドに避難を始めた時だったか……小汚ねぇ布切れで顔を隠した、見慣れない三人組が駆け込んできたんだ」
「見慣れない三人組、ですか?」
「ああそうだ。それだけならただの余所者とも思ったんだがな?ギルドの中に入ってくるなり、何で門が開いてないんだっ!俺達をこの町から出せっ!!とか騒ぎやがったから、一発くれてやったんだ」
わおっ、最初から武力行使なんだね。さすが冒険者ギルドのマスター……まあ大変な時だったんだから仕方ないとは思うけど。
「そしたら黙るどころか更に暴れだしやがって、散々喚き散らしてギルドから飛び出して行きやがった……ったく、周りの状況を考えろってんだ……っとすまん、愚痴が混ざったな。それからは町民の避難やら高ランクの冒険者を掻き集めるだで今の今まで忘れていたんだが……お嬢ちゃんの話を聞いて、その一人が馬鹿でかい荷物を抱えてたのを思い出したんだ」
「それって……!マスターさん、その人達がどこに行ったかわかりませんかっ?」
他所から来た三人組が持っていた大きな荷物……間違いない、きっとドラゴンさんの卵だ!そう結論付けて、私はギルマスさんにくっ付く勢いで詰め寄った。
「待て待て、落ち着けって……話した通り、あの後はごたごたでそれ所じゃなかったからな、悪いが詳しい行き先は不明なんだ」
「そう、ですか……」
「だが町の門の閉鎖はあれからまだ一度も解いてないからな。運良くドラゴンの攻撃に巻き込まれていなければ、恐らく門の近くにでもたむろしてるんじゃないか?」
「あ……確かに!」
そうだ、門は閉めっぱなしだからこの町から出れるわけないんだから、きっとこの町のどこかに居るに違いない。そして町から出たい!と言ってるんだから、諦めきれずにそこに居る可能性は極めて高いはずだ。……よしっ!
「ありがとうマスターさんっ!早速門の近くを探してみるねっ!」
「おう、気をつけてなっ!ま、ドラゴンと戦えるんなら危険は無いとは思うがな……ん?そういやお嬢ちゃんはさっきここに来たんだろ?どうやって町の中に入ってきたんだ?」
「飛び越えただけっ!それじゃ行って来ますー!!」
「はあっ!?飛び越えたって、んな馬鹿な……っ」
素っ頓狂な声を上げるギルマスさんに振り返らず、私は再び冒険者ギルドから飛び出した。
「門の近くに、居てくれると良いんだけど……あっ」
穴だらけになった大通りを駆けていくと、そこには三人の男達が居た。ギルマスさんが教えてくれた特徴のボロボロの布で顔を隠していて、そのうちの一人が布で包んだ何か大きなものを背中に背負っている。……間違いない、この三人だ。
その男達は、固く閉じられた門の扉をガンガンと殴りつけながら怒鳴っていた。
「ちくしょう、やっぱり開かねえっ!!」
「魔道具で開閉されているようでビクともしません……人間の手じゃどう考えても無理っすよ」
「……くそっ!!」
三人の中で一際大柄の男は、一緒になって門を開けようとしていた男の言葉に悪態を吐き捨てる。
「どうします、親分?もう一度あそこに戻って開けさせますか?」
更にもう一人の男がそう提案するも、すぐに否定の言葉が飛んだ。
「いやいや、あの様子じゃどう考えても無理だろ!俺達の話なんて全く聞いちゃくれなかったじゃねえかっ!!……それにあの男、かなりやばそうなやつだったぜ?」
「そうも、そうだな……それに、お前の背負ってるそいつに突っ込まれたら一巻の終わりだから、何度も人の多い所に行くリスクは避けねえと……」
咄嗟の思いつきで言った言葉だったのか、男がすぐに撤回すると二人してがっくりと肩を落として無言になる。万策尽きたか……と言った空気が流れる。
そう項垂れる二人に、さっき門を殴っていた親分と言われた男が怒鳴り散らす。
「お前らガタガタいってんじゃねえ!!弱気になってる暇があったら、何とかする方法を考えろ!!」
「親分……」
「で、でも……」
「だからしょぼくれてんじゃねえ!!」
門から手を離すと、二人に向かって手を伸ばした。殴るのか……と思ったら、ガシッ!と二人の頭を掴んだだけだった。そのまま二人をぐいっと引き寄せると、親分は言い聞かせるように話し始めた。
「いいかっ!!確かに今はヘマを打ってやべえけどな……ここを乗り越えれば、俺達には一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぞっ!?だから暗くなるんじゃねえ。こっから先にある明るい未来を掴み取る為に精一杯足掻くんだ!!」
「「お、親分……っ!!」」
その言葉に、絶望の淵に立たされていた二人の顔が一気に明るくなる。まるで天からのお告げを聞いたかのように、不安などは消えてとっても晴れやかだった。
「わかったなっ!?」
「はいっ、親分!!」
「俺達一生、親分に付いて行きますっ!!」
「よしっ!!それでこそ俺の可愛い部下……いや子分達だっ!!ぐはははははははっ!!」
大声で笑う親分に敬愛の目名指しを向ける二人の子分達。三人の間に、更に深い絆が結ばれた瞬間だった……。
「……えーと、これなに……?」
その様子を呆然と見つめていた私は、ボソッと呟く。本人達にとっては美しい友情劇なのかもしれないけど、残念ながら私はちっともそう思わなかった。だって、あの三人……見覚えあるんだもん、悪い意味で。
そこに居た三人組は、前に門で衛兵のお姉さんを襲っていた荒くれ者たちだったのだ。顔は布で隠しているようだけど、親分とか言い合う話し方に覚えがあった。あれから町中で姿を見かけたことは無かったので、一度は放り出されたようだったが……どうやら再びこの町に来ていたようだ。
「……大きな迷惑事を持って、ね……」
はああ~っと大きい溜息を吐く。心の中で、さてこの人達どうお仕置きしてあげようかなぁ?とちょっぴり物騒なことを考えながら……。
ここまで読んで下さりありがとうございます!