3. 珍事件のち運命の出会い
3.珍事件のち運命の出会い
町の中に入った私の目に飛び込んできたのは、多くの人々がひしめき合う光景だった。門の前でも結構な数の人が居たけど、それなんか全然目じゃないくらいの人数がいる。
「すっごーい……!天上界でこんなの見たこと無いよ……」
有事の時には天使が沢山生み出されるけど、こんな風に一箇所に固まる光景は見たこと無かった。まあ一瞬しか見てないからあったのかもしれないけど……私は見てないから知らない。
それにしてもすごい人の数だ。まずはジェリーおじさんに教えてもらった冒険者ギルドと言う所に行ってみようと思ってたんだけど全く見えない。人が多いのもあるけど、それ以上に私の背丈が低すぎるのだ。目の前に大人の人が一人立っただけで何にも見えなくなる。
「う~……!っでも、町の中心にあるって言ってたからこのまま真っ直ぐ行けば着けるかな?」
背伸びしたりぴょんぴょん跳ねたりしても何も変わらないことに辟易しながら、ジェリーおじさんが丁寧に教えてくれたことを思いだした。ならここでじっとしているより動いた方が早い!私は町の中心、というより入ってきた門から真っ直ぐの道をただひたすら真っ直ぐ進むことにした。
が、当然これだけ人が居れば歩くだけでも困難で、何度も人にぶつかったり踏まれそうになる。幸運にも踏み潰されることは無かったが、歩き始めて10分程……こんな珍事件があった。
「ふう、歩くだけでもたいへ……ひゃんっ!」
突然お尻をなでられた感触がして変な声を上げてしまう。周りを見回すも誰も自分を見ていなかった……いや、何人かチラッと見ているけど遠くなので違うだろう。もしかしたらただ手がぶつかっちゃっただけかもしれない……そう気を取り直して再び前進をしようと前を向く。しかし数歩歩いたところで……
さわさわ……っ
「ひぃんッ!!や、やっぱり勘違いじゃなくって触られてるぅ~!」
ばっとお尻を手で庇いながら再び背後を見やる、がすぐに手は離れてどこから伸びていたのか全くわからなくなった。私が涙目で周りとむ~と睨みつけながら見回しても、犯人が名乗り出てくるわけでも無いので状況はかわらない。
悔しい思いをしながら前を向くと、再三に渡ってお尻が撫でられた。
「うう~っ、もうやあああ~~~!!」
私は泣きながらそこから……正面の人混みに向かって逃げ出した。後ろからぎょっとする気配を感じたが気にしていられない。私は小さい身体を上手く利用し、人と人の僅かな隙間を瞬時に見極めながらそこから全速力で駆け抜けた。え~ん、これが創造神様が気をつけろって言ってた痴漢だったんだー!
今更人込みに入る際の注意事項として創造神様に言われていたことを思い出したが遅かった。そのまま私は人混みから抜け出るまで夢中で走り続けた。……ちなみにその間誰一人にもぶつかることは無かった。うう、初めからこうすればよかった……。
ようやく人混みを抜け、目の前にベンチを見つけたのでへろへろとそこに座り込んだ。身体はそんなに疲れてないんだけど、精神的に疲れて呼吸が粗くなっていた。
「はふぅ……ううぅ、いきなり痴漢に遭うなんてぇ……!しかも夢中で走ってたから道がわかんなくなっちゃった……」
無我夢中で人ごみの中を縦横無尽に走り抜けたので、町の中心がどこなのかわからなくなってしまった。今座っている場所は小さな広場らしく、小さな噴水が設置されていた。よく見てみると、その周りにベンチがいくつか置かれているようだった。あまり人がいないので休憩場所にはもってこいの場所なんだけど……
「冒険者ギルド……どこなんだろう……はあ」
唯一の手がかりの町の中心というのが分からなくなってしまった以上、このまま闇雲に歩き回っても見つけるのにはかなりの時間が掛かるだろう。誰かに聞こうかとも考えたが、先ほどの件でちょっと人に声を掛けるのが怖くなってる。
「ねえねえ、泣いていたようだけど何かあったの?」
そんな風に困り果てていると、いつの間にか前に人が立っていて声を掛けられた。思わずびくっと身体を震わせてしまったが、その人の顔を見上げると優しそうなお姉さんだった。明るいオレンジ色のふんわりセミロングヘアに、温かみのあるブラウンの瞳が印象的だった。腰には剣を下げているので剣士さんだろうか?それにしても……とても素敵な人だった。
「え、あっ……えとっ?」
「もしかして迷子かなぉ?お父さんかお母さんとはぐれちゃったの?お姉ちゃんが一緒に探してあげるよ!」
「あ、あの……?わぁ!」
私がお姉さんに見惚れていると突然手を握られてベンチから立ち上がらされる。そのまま手を繋ぎなおすと、お姉さんはにこっと可愛らしい笑みを浮かべた。
「さあ、行こう?でもこの中から人探しするのは大変だから、まずは冒険者ギルドに行って魔法で町中に声を掛けてもらおうね」
「あ……はい」
つい返事をしてしまったが内容は全く耳に入ってきていない。ただ握られた手がとっても柔らかくて温かい……そんな事しか考えられなかった。だからお姉さんに促されるまま、いつの間に自分が歩き出していたのかすらわかっていなかった。
……お姉さんすごく素敵……!キレイで優しくって……でも笑顔はとっても可愛くって……!思わずうっとりと見惚れてしまっていた……。
「ねね、君の名前はな~に?」
「……ふぇっ!?」
声を掛けられて夢心地から正気に戻る。いつの間に噴水広場から離れていてびっくりしたが、お姉さんが顔を目の間に近づけているのに気付いて更にどきっとする。
「あ、ごめんね~、名前を聞くならまずは自分からだよねっ!私はクリス。この町で冒険者をやってるんだ~」
「クリスさん……素敵な名前……!」
「え、ええっ?あ、あっははは!そう言われると恥ずかしいけど……ありがとっ、嬉しいよ♪」
思わず漏れた私の言葉にクリスさんは照れくさそうにしながらも笑ってくれた。その微笑がまた素敵で……おっとと、いけないいけない!またボーっとしちゃうところだった。
「わ、私はファムって言います!その、この町には先ほど来たばかりで……」
「ファムちゃんって言うんだ?可愛い名前だね~♪そっか、それで人とはぐれちゃってあそこで泣いてたんだね?」
そう言ってよしよし、と頭を撫でてくれるクリスさんに思わずほにゃ~としてしまうが、言われたことを思い出して慌てて修正する。
「あ、あの!私、一人で町に来たんです。それで色々しているうちに迷子になっちゃって……」
「一人でこの町まで?それに来たってことは外から一人で……ええっ!?そんな危ないよぉ、外には魔物だっているのに……」
「魔物ですか?」
連れがいないことを話すと、とても驚いたようでそんなことを言った。それに魔物という言葉にぴくっと反応する。
「知らない?前々から少数の魔物は生息してたんだけど、数年前からこの町の周辺でも多くの魔物が出るようになったんだよ。だからこの町は今冒険者達で溢れかえってるんだ。それなのに女の子一人で外から来たなんて……」
「そうだったんだ……」
だからあの時私とすれ違った人達は驚いたような顔をしていたんだ。でも背中に剣は背負ってるんだけどなぁ?そうお姉さんに言ってみても、「なおさらだよ!」と言われてしまった。
「君みたいな女の子が剣持ってたって誰も使いこなせるなんて思わないよ!それどころか家族で暮らせなくなったから、食い扶持を減らす為に武器だけ持たせて子供を追い出したんじゃないか?って思う人が大半だよ……私だってそう思ったし……」
「えっ、私そんな風に思われてたの?だから皆親切にしてくれたんだぁ……なんだか悪い事しちゃったなぁ」
ジェリーおじさんと門でチェックを担当していた人の言葉を思い出して罪悪感を感じる。今更もう遅いけど、今度会えたらちゃんとお礼をお返ししないと。
「それで、そうまでしてこの町に来たのはどうして?」
「えっと、たまたま近くに……じゃなくって、許可証がいらなくて入れる町でここが一番近かったからです。さっき親切なおじさんに、身分証明証代わりになるから冒険者ギルドで登録した方が良いよって言われたんです」
「なるほど……それで門からそのままギルドに行こうとして、人混みに流されて迷子になっちゃったんだね?」
「うう……そ、そんなところです……」
痴漢に遭って全速力で逃げたから!とは言えず、クリスさんの言葉に頷く。迷子は間違っていないので嘘では無いはずだ。するとクリスさんは笑顔に戻って両手で私の手を握る。
「じゃ、私が案内してあげるよ!元々冒険者ギルドに君の連れに魔法で呼びかけてもらおうと思ってたんだし……あ、ごめんね?勝手に決めちゃったけど良いかな?」
「い、いいえ、嬉しいですっ!でも、クリスさんの予定は……?」
「だいじょーぶっ!いっつも暇だからさ。それに可愛い女の子を一人にして痴漢なんかに遭わせちゃったらそっちのほうが大変だしっ!」
「うっ!」
あっはっは~と笑いながら言うクリスさんの言葉に私は思わず呻く……ごめんなさい、既に被害者です……。
「ん?どうしたの?」
「い、いえなんでもないです……そ、それじゃギルドまでお願いしても良いですか?」
「まっかせて~!……あ、それと敬語は使わなくて良いよ~!なんだか使われ慣れてないし、普通の方が嬉しいから!」
「あ、わかりまし……わかったよ!改めてよろしくね、クリスさん♪」
「よっろしく~!ふふっ、やっぱりそっちの方がかわいいね~♪」
何となく敬語にしていたのを普段の喋り方の戻すと、クリスさんは嬉しそうな笑みを浮かべてそう言った。そんなクリスさんのほうが可愛いと思う……私は心の中で言い返しておいた。
その後二人で並んで冒険者ギルドへ向かってしばらく歩いていた。傍から見れば歳の離れたお姉ちゃんに手を繋がれている妹にでも見えているのだろうか、周りの人の視線がとっても温かい。だけど、幼い子供になったような気分でちょっぴり恥ずかしい。いや、実際にそうなんだけどね?
それにしても自然に人混みに入っちゃったけど、さっき痴漢に遭ったせいで植えつけられた苦手意識が全く無くなっていた。恐らくクリスさんが手を握っていてくれているからだろう。とっても頼りがいがあって自然とうきうきしてくる。
「あはは、なんだかご機嫌になってるね?さっきまで泣いてたのが嘘みたいだよ~」
「ふえ、そうかなぁ?きっとクリスさんが手を握っててくれるからかなぁ?」
「お役に立てて何より♪……っと冒険者ギルドが見えてきたよ」
「え、どれどれ?……わあ、あの大きな建物かな?」
クリスさん言われてぴょんぴょん跳ねて前を見てみると、そこには大きな建物がど~んと建っていた。明らかに他の建物とは規模が違う大きさで、町の中心に立っているに相応しい物となっていた。ふへーと思っていると、クリスさんが慌てて私を抑える。ん?どうしたんだろう?
「だ、だめだよファムちゃんそんなに跳ねたら!ぱ、パンツ見えちゃってたよ!」
「ええっ!?ご、ごめんクリスさん……ありがとぅ……はっ!」
しまった、つい冒険者ギルドが気になるあまりそこまで気が回らなかった。ん?そういえば門から入ったすぐに私ジャンプしてたような……?
「はうあっ!?」
そうか、だから痴漢に遭ったんだ!その人は偶然私のパンツが見えちゃって、それで我慢できなくなってあんな行動に……!ううぅ、私の自己責任だったんじゃない!
「ど、どうしたの?そんなに恥ずかしかったの?」
「ううぅ……自分の浅はかな行動への自己嫌悪ですぅ……」
「んん?どういう事?」
意味がわからないと首を傾げるクリスさんだったが、「気にしないで……」と声を掛けると戸惑いながらも頷いてくれた。あーもー恥ずかしい!創造神様ったら何でこんなひらひらな服を用意したんだか……まさかとは思うけどこれが狙いって訳じゃないよね?そうだとしたら天上界に戻ったときにたっぷりお仕置きしなくては……!
「さ、ファムちゃん到着だよ~。人が多かったから少し時間が掛かっちゃったけど、疲れてない?」
「うん、大丈夫!クリスさんありがとう、忙しいのに付き合ってもらっちゃって」
「あはは良いんだよ~。暇なのは本当だし、予定も特に無いしね~。そーだ、折角だから登録まで付き合ってあげる!」
「ええっ?でもそれはさすがに悪いような……」
「いいからいいから!さあレッツゴ~♪」
そう言いながらクリスさんは開け放たれたままのギルドの入り口に、私をぐいぐい引っ張って連れて行く。うれしいけど、本当に良いのかな……?でもクリスさんが良いって言うんだから言葉に甘えようかな?私はそう考えながら置いていかれないように小走りで追いかけていった。
中に入ってみると、そこはとても広い空間が広がっていた。ドーム上の円形で、入り口から真正面に受付らしきものがずらっと並んでいる。そこから右手には看板みたいなのがいくつか立っていて紙が張ってあった。武器とか鎧を身につけた人達がそこでなにやら悩んでいるのが多く見えた。左手にはテーブルや椅子が置いてあり、奥にはバーカウンターのようなものが設置してあった。どうやら飲み物を提供しているらしく、冒険者がそこで話をしたりくつろいだりする場所のようだ。
「ほあ~……」
「ここが冒険者ギルドだよ。私みたいな冒険者がここでいろんな依頼を受けたり、報告したりする場所なんだ。まあファムちゃんには関係ないかもしれないけど、詳しい話は受付で教えてもらえるからまずは登録に行ってみようか」
「?あ、は~い」
私には関係ないってどういうことなんだろう?と思ったけど、とりあえずクリスさんに付いていくことにする。周りの人から多くの視線を向けられてちょっと萎縮するが、冒険者が多く集まるこの場所に小さな子供がいることに驚いているんだろう。それは自覚できるのでそこまであまり怖く感じなかった。それに隣にクリスさんがいてくれているのだから怖がる必要なんか全くないのだ。
「お、ちょうど受付が開いてるね。新規登録する人はもう大分減ってるから当たり前かぁ。さ、行くよ~」
「うんっ!」
クリスさんが指差した受付に向かって歩みを進める。受付の人に向かってクリスさんが声を掛ける。
「こんにちは~!新規登録お願いしたいんですけどー」
「こ、こんにちはっ!……ってクリスさんじゃないですかっ!もう、いくらあたしが暇そうにしてるからってそんな悪戯しなくてもいいじゃないですかぁ」
受付のお姉さんはそう言ってぶ~っと唇を尖らせる。どうやら他の受付と違ってがらがらなので気を抜いているところに声を掛けられたから悪戯だと勘違いしたみたいだ。
「別にそういうわけじゃないよ。ほら、新しく冒険者登録したいっていう子を連れてきたんだよ~」
「はじめまして、こんにちはーっ!」
「ええっ、そうだったの?……わあ、可愛い~~~!!こんにちはぁ♪ちょっとお姉さんと遊びませんかぁ?べ、別に変なことしないから、少し触らせてくれればぁ……!!」
「ふぇっ!?」
私が挨拶をすると、さっきまで文句を言っていた顔をガラッと一転させ、受付から飛び出してきそうなくらい身を乗り出すお姉さん。両手をぐいーっと伸ばして私に触れようとしていた。私は思わず寒気がしてクリスさんに抱きつく。
「こらっ!!ファムちゃんが怯えてるじゃない、いい加減その癖止めてよねっ!!」
「ハアハア……はっ!?ご、ごごご、ごめんなさいぃ!!つい可愛い女の子を見ると抱き締めずにはいられなくってぇ……!!」
「は、はあ……」
謝りながらもなにやら危ないことを口走っているお姉さん。この人……創造神様と同じ趣味をしているのか……要注意だ。
「それでファムちゃん、かな?新規登録するのですかぁ?」
「はい、あの……身分証明証を持ってないからそれを込みで登録しようと思って……」
「なるほど、それなら納得ですぅっ!それじゃちょっと待っててくださいねぇ~」
そう言って受付のお姉さんは受付の奥に一度引っ込んだ。それなら納得ってどうしてだろう?さっきのクリスさんの言葉といい、なんだか引っかかった……。
ここまで呼んでくださりありがとうございました!次回も楽しみにしてくださると嬉しいです!