[TS]片頭痛女の憂鬱[試作]
TSもう一本書いてます。
が、その前に試しでまったく別のストーリーをすらっと書いてみました。
内容はないよう。
私は、生まれながらの頭痛持ちだ。
手足がにょきにょきと幼女から少女へと成長するさ中にも、それは起きた。
「痛い」
とにかく、痛いのだ。
骨が伸びると片足が軋むが、頭も大変な鈍痛である。
何故にこんな目に遭うのか。分からない。
また、私に合う薬がないのも辛い。生理痛、でないのは小さな頃から苛まれてるからして判明している。いったいぜんたい、何が私をここまで苦しめるのか。あれか、脳みその血管が細いのか。生まれながらにしてか繊細なのだろうか……とはいえ、ここにはCTスキャンなんて高度なものはないし、ましてや開頭手術なんて。死にたいのか、といわんばかりの医療技術でしかない。
私は、とにかくまたやってきた迫りくる囲い込むかのようにじんわりとした痛みの波に怯え、親がくつろぐ居間へと入るやいなや口を開く。
「……癒しの魔法師様のところへ参ります」
玄関を開けて、門を抜ける。
ここは、貴族の住宅地だ。なだらかな丘の上に建てられている密集地帯なため、それぞれ特徴的な門構えで華美を誇張している。家紋も付されていて、お盆時に巡るお墓のように普段は私の目を楽しませる。
が、今はそれどころじゃない。
「いてて……」
この迫りくる頭痛をどうにかせねば。
緩やかな丘をフラフラとした足取りでくだると、一般家庭が立ち並ぶ一般の人々のための一般住宅街に入ることになる。
現在、不調によって振り返ることはできないが、見事な白亜のお城が見栄え良くその存在感を威圧しているはずである。また、太陽とよく似合う黄金屋根なので、朝と夕方になると、大層ドラマチックな絵になる。配下にあたる貴族たちのお屋敷もそこそこ見栄えのする家々のため、お城の足元で群れるその有様は、それはそれはため息をつきたくなるほどである。大人気スポットは、あの一般住宅地から離れたでっかい高台からの風景であって非常に見晴らし良く、吹き抜ける風も心地良いものであって……おっと。目的地を過ぎるところであった。
頭痛をやり過ごすには、こういったとりとめのない考えに頭を支配させることに限る。
理由はわからないが、痛みを一時的にも忘れることができる。無論、それは本格的にやってくるであろう頭痛には効かないものだが、やらないよりはやった方が良い。私は空想の永住者。異論は認められる。
ドアノックをするため、鉄製のそれに指を絡める。
魔法師様のそれは、手の形をしている。非常に珍しい型だ。銅色で硬い。
三回叩きつけると、ドアの奥から人がうごめく気配がした。
ひょっこり顔を覗かせるものは、馴染みある者である。
「や、これはこれは。レイリ男爵のお嬢様」
「お忙しいところ、申し訳ございません」
「なぁに。ちょうど暇だったところですよ」
魔法師様は、かつては良いお育ちのお方であったであろう柔和な笑みをしてみせる、壮年の男性だ。
外国の、とある国の貴族だったのではないか、なんて噂があるのだ。よくある金髪に、珍しい褐色。そう、この肌色がエキゾチックで魅力的なのだ。それでいて、伏せた目がことさらに優しくて。
「ささ、どうぞ。お入りください」
こうして、れでぃふぁーすと、を示してくれるあたり、そんなよもやま話がまことしやかにささやかれるのは当然かもしれない。ここは、一般住宅街。近場にある市場での騒々しい人々のありさまは、私にとって親しみ深い、ごくごく普通の値下げ交渉や、楽しげな会話でとんでもなく溢れている。今は、私の頭痛を倍にして痛めつけるのにことさらつぶさに買っているが、普段であらばそういった普通の平凡生活に、私は憧憬の念を抱いていた。いや、抱かざるを得ない、といったところか。
行きも帰りも馬車に乗らず、通り過ぎる一般人のごとく隙間を縫うようにして歩く貴族らしくない私を、魔法師様は、目を細めて見つめていたことがある。振り返れば、彼は片手を振って返事をしてみせてくれるが。
だから私は、どこか妙なのかもしれない。
レイリ男爵家は、貴族だ。
代々男爵家を継ぐ、ごくごく一般的な。無論、貴族という意味で。
家族仲は悪くない。ただ貴族的気高さ、とかいったものよりも……、両親の話を聞く限りでは、どうや下っ端貴族らしく生きることに終始しているだけのようだ。貴族のごく普通のご家庭、というか。
強き者になびき時勢を読んで味方する。ただそれだけのことのよう。だからこそ今まで生き延びてこれた。数合わせのひとつ、ともいえるが、その他、に含まれる多数決の内のひとつ。
それが、我がレイリ男爵家の生き方である。
であるからこそ、ここまで生き延びてこれたし、私もその恩恵を受けてなんとかやってこれたのである。
一応貴族だけれども、男爵家という、食べていける程度の収入がある家に生まれたのだから、何とかギリギリ、対面を保つ程度には高額な魔法師様の施術を受けることが可能となっているわけである。この国の骨である貴族制度に足を向けて寝られないであろう貧弱な私。もし私のような軟弱な体を持つ者が、一般家庭に生まれたら……、いやいや、やめよう。そんな恐ろしいこと。
市場を覗けば、たくさんの輸入食料が並べたてられている。だから、豊かではある。仕事も。
けれども、その仕事が大変なのだ。力のない人間は、淘汰される。そういった風情のある国、ではあるのだ。力仕事が多い。機械化されていないのだ。ゆったりとした時間といったものはない。上の人間は手厳しい。無力な輩はそのまま死ぬ。掟。病における防疫なんて考えはない。一応清潔を大事に、なんてお触れを毎回出さずにいられぬ程度には、小汚いところがある。なんというか、元、日本人からしてみれば、まだまだ、といった清潔レベルなのだ。たとえ話をすると、そう、トイレに大をしても手を洗わないのが普通、といったレベルか。実に汚い話をして申し訳ない。申し訳ないが、ウイルスに対する認識がないのだ。汚いものはそのままにする。蓋をする。
つまりは、文化体系は貴族や王族という貴族階級があるおかげで、国としてはまとまりがあり、一般庶民はある程度生きていけるのであるが、そう、中世、といえばいいのか。
イメージとしては、日本人がイメージする中世、というか。
綺麗な装飾が施された布がかぶせられた、丸いテーブル。
その手前に座る私。立ったまま、私の背後で、何やらブツブツと呟いている魔法師様。異国の言葉。不思議と、落ち着く。彼の、男性の低い声が心地良い。水に一滴、垂らしていくかのようなそのような静けさ。
窓辺から差し込む日差しは夕暮れのよう。まだ日は高いけれど、この部屋は薄暗くってなんともいいようがないのだけれど、傍らで立ち昇るお線香の煙もまた気持ちを穏やかにさせる。なんだか懐かしい。
(嗚呼……)
私の前髪をさらっと巻き上げ、額から眉間へと、指の腹を這わせられる。
ごつごつとした人差し指の太さが、彼が男であると認識させられる。陰影に寄り添うように目を閉じていると、かつて住んでいた日本を思い出す。
「……さぁ、終わりましたよ」
衣ずれの音がして、背後の魔法師様が離れる。
ふぅ、と嘆息する。
頭がすっきりして、気持ちも軽くなっている。
椅子から立ち上がり後ろを振り返ると、にっこりとほほ笑んでいる魔法師様。
「……ありがとうございます」
頭を下げ、これでなんとか、しばらく頭痛から逃れられるのだと向き直って安堵した。
玄関へと誘導する彼のうしろをついて歩けば、魔法師様は快く扉を開けてくれた途端、入り込む匂いによって、細々と宙を舞い充満していたお香の匂いが気にならなくなっていたのを想い知る。外気はたくさんの人の気配が色濃く染め抜かれていたから。鼻が違和感を覚えて仕方ない。
「では、また……頭痛が起きましたら、お願いします」
「ええ。いつでも。お待ちしておりますよ、お嬢様」
片手をひらひらと振る、彼の。その妙齢なのにわざとらしい茶目っ気に、思わず私は笑みがこぼれた。
ガラガラと石畳を叩きつける馬車の車輪音が響いている。
私は、彼にまた礼をしその場を後にした。
貴族の住宅地へと徒歩でいく女、というものは、私ぐらいであろう。下級貴族でも、一応未婚の女性は体裁を繕う。歩くのは良いものだ。体中で体験できるのだ、この異世界を。
「ふぅ」
ひくひくと吸い込む外気の匂い。
歩くと、異界の靴音がする。
とこどどころ欠けた石畳の隙間をあっさりと踏みつけ、進んでいく。
一般国民も、誰もかれもが綺麗な服装を、というわけじゃない。
職業によって棲み分けされている、この国。
その狭間……とびっきりではないが、小奇麗な服を身にまとう私。
本当は帽子を被り、最上級のスカートを身につけてしずしずと歩かねばならない。
背筋をぴんとし。宝石を胸につけ。艶やかな化粧をして。できれば誰かと居なきゃいけない。
でもそれは、自分が明らかに貴族である、と主張をしているようで、あんまりしたくない恰好だ。
それに。スリ、という問題にも出くわす。
元々多かったが、それでもここ最近大きな問題となっている。私なんて、耳飾りを引っ張られ、抱えていた小銭が地面にばらまかれた際、ああ、なんてとんでもない国に生まれついたんだろう、一人出歩くこともままならないなんて、と落ち込んだ。
レイリ男爵家よりも遥かに離れた橋の端までおっかなびっくり逃げおおせた辺り、この国の治安を嘆いたものだ。
だが、そうじゃない。そうじゃなかった。
私の恰好がいけなかったのだ。魔法師様から教わった。
それは、貴族の見目をした女性だったからいけなかったのだと。
なるほど、と。目から鱗が落ちた。
確かに、あのとき危険な体感をした限りでは、彼らは小さな集団で、金目のものだけを狙っていた。それも、呑気そうなお坊ちゃまお嬢様みたいな金持ち貴族を。服装からして、魔法師様のところへ赴くにしては、やってはいけないことだったのだ。郷に入っては郷に従えを実践しなかったほうが悪い。
それに、殺されはしなかった。
なかなかに怖い思いはしたが、よくよく考えてみるとこの国は貴族への権力構造が集中している。事実、殺されるとかそういった物騒な事件は未だにないし、治安は悪いといえば年々悪くはなってはいるものの、貴族を真の敵にしたら徹底的にしてやられるのは理解しているのだろう。
女の足で逃げた私に追い打ちをかけるような後追いはされなかった。三つも四つも橋を渡りきったとき、誰もついてこないと確信したときの安堵ときたら……。
第一、貴族らしい見目は、まるで襲ってくださいといっているようなものだった。馬車で移動するのもいけない。目立つ行為だ、魔法師様にも迷惑をかけてしまうだろう。貴族の支払った金があると自白しているようなものだ、せっかくの頭痛がなんとかなる機会なのだ、失いたくない。
だから、一般女性を装うことにした。ただでさえ私への医療費が家計を圧迫しているのだ、歩いていける近場なのだから徒歩で毎回診療願いに行く! 健康にも良い! ついでに治る見込みがあるかもしれない!
両親の譲歩は大変だったが、さすがは貴族だと思った。せめて通いの教師のような小奇麗な恰好に終始しろと、外見を繕うことにかけては、ちゃんと線引きを約束させられたのだから。
確かに、我が道を歩く娘、変人だとレッテルを張られてはいるのだが、そこそこ妥協を許してくれているあたり、愛はあるのだろう。どこか、違和感を感じてはいるのだろうけれど。
「戻って参りました」
「お帰りなさい」
両親のいる居間に行き、今回の頭痛への経過報告をする。
「そう、治ればよいのだけれど」
心配そうに私の頭に触れるお母様。
「まあ気長に、とのことだ、魔法師様の見立てだ、間違いはあるまい」
憮然としながらも、お母様を宥めるお父様。もやしのような体格だけれど、貴族同士の弁舌には決して負けはしないというレイリ男爵特有の強かさを持ち合わせている。のだけれども、さすがに私の、この度重なる突発的な頭痛には、なんとも手の施しようがないと匙を投げている様子。
実際、これだけは専門の手の者にしか扱えない領域である。医療ばかりは、医術の使い手の腕前による。仕方のないことである。それに。
「そうですわね。
民間医療とはいえ、やっと見つけた治療法なのですから……」
お母様はそう言い、私の背中を優しく撫でた。
家族の団らんを過ごし、ふんわりとしたベッドの上に座り込む。そうして、ばたりと倒れた。
心地よい肌触り。まるでお姫様のような天蓋ベッド。たらされている布が綺麗な色で薄い。外からの風に揺られ、気持ちの良い空気を室内に循環させている。
ぼうっと、していた。
気付けば夕方は過ぎて夜。
メイドがあれこれ紅茶を持ってきてくれたけれど、飲む気にもなれず。
ぼんやりとして。
立ち上がった時には窓辺にお星さまが煌めいていた。
冷えた夜空の空気は美味しい。さめた紅茶をじわじわと飲み、そうして。
異界の空を眺める。北極星はないが、似た星はある。赤く、光っている……今にも爆発しそうな、輝きであった。
ただ、この世界ではまだ工場のようなものは確立されていないようでスモッグはなく、天上はどこもかしこも、夜空の晴天で眩しいほどだった。
唇からこぼれる白い息。それだけが現実のようで、寂しい心に支配される。
「お母……、お……と、……、
……、……さん……」
しばらく、そんな暮らしが続いた。
貴族らしく何もしない生活。といっても、私の場合この厄介な頭痛があるおかげで、貴族令嬢らしい振る舞いなど大概のことは免除されていた。一人娘でもあった。ずいぶんと甘えさせてもらっている、のは自覚していた。
ただ、社交界デビュー、というものがある。
とうとう、私も。
そのデビューとやらを妙齢すぎるけれど、果たすこととなった。
それは、魔法師様から薬をもらったお蔭でもある。成人する証だ、いずれにせよやらねばならない。体調の良い時期を見計らい、処方される。
「これを飲めば、一時的に頭痛から解放されます」
副作用も告げられる。
「本当に、一時的なものです。
かえって頭痛がひどくなる可能性があります」
そんな、と呟く私。
これ以上、頭痛がひどくなるなんて。響くように酷くなる痛み。正直、立っているのも辛い時もある。
けれど……。
私は、ぎゅっとスカートを握りしめる。
この世界の両親。貴族だ。下級貴族の男爵だけれど、とても良い人たちだった。もうこれ以上、先延ばししていてはいけないのだけは、私だって理解している。そう、婚約。家と家のつながりである。
レイリ男爵家は、そうやって息次いで来た一族。
……そこそこの生き方を、これからもこなしていかねば。
それほど美麗といって差し支えの無い顔であれば、ベッドで寝たきりだってでも良いという人だっているかもしれない。レイリ男爵家が、すさまじい大金持ちならば、まあ良いといってくれる人だっていうかもしれない。でも、そうじゃない。現実は、貴族だって生き延びなければ路頭に迷う程度のものなのだ、一般人が身一つでどこにだって生きていけるというのに、貴族は、政治に携わるおかげで、一家すべてが首を晒されるという緊張感がある。
無論、それはよっぽどのこと。
だけども、万が一を廃絶せねば。でないと、お隣さんのように、一家追放の憂き目にあいかねない。お隣さんは王族の不興を買い、隣国へ追放されたのだった。彼らは果たして、生き延びられたのだろうか。それは、分からない。……その日、お隣さんは騒々しかった。嫌だと泣き叫ぶ女性の声と、無理やり連れ立たせようとする屈強な騎士たち。それでいて、悲しそうにその美しい瞳を揺らす伯爵令嬢。彼らは財産を没収された。その身ひとつで、隣国に叩き出されたのだ。蛮族と称される美しい国に。
貴族の末は、悲劇でしかない。
それこそ、数えきれないほどの物語として劇場で上演されたりしている。悲喜こもごも、けれど。
大体のことは察せられる。
「綺麗だわ……、
さすがは我が娘」
正直、ここまで高いドレスをと思わんでもなかった。だいぶ奮発したらしかった。
「初めてのデビューですもの!」
「お母様……」
母は、結婚して持ち越してきていた宝石をいくつか手放したらしい。
それほどまでに気合を入れ、一人娘である私のために、この煌びやかな、そう、まるであのときみた夜空の、宝石をばらまいたかのごとき高級ドレスを作り上げた。
「なんでも、立派な王子様がやってこられるとか……!」
なんでも、って。初耳です、お母様。
「どうしましょう、我がレイリ男爵家に……!」
「いえさすがにそれはないと思いますよ、お母様」
興奮状態を抑えきれないお母様……。
でも、夢を見るのは良いことだと思う。
王子様、かぁ。
噂では、このドレスのように、豪華絢爛な見た目をした殿方であるらしい。異国の王女様の血を引き、あらゆる財産を持つんだとか。文武両道で、それでいて民に優しい、なんてどれだけ完璧なのかを地で行く。
……私だって、それぐらいの噂をメイドから耳にするぐらいには、伝手はある。
まあ、気になって聞いただけだけれど。そりゃあ、私だって、女の子ですもの。
夢を見る程度は、タダです。タダ。
お母様がメイドにあれこれ言っている間に、こっそりと手を宙に伸ばす。
見たことはないけれど、男性にしては端正な面立ちの王子様が私を見初め、踊りに誘う。
そうして、中央にて、周りの嫉妬や羨望を集めて美しく回る。輝かしいダンスホールの中央。
音楽は生演奏。体中が喜びで溢れ、しびれるような時間を味わう。
嗚呼、なんて貴族らしいストーリー。
……なんて、儚い物語。
「さあ、忘れずにお薬、飲みましょうね」
現実は薬に手を伸ばし、さらりと飲み干す。
無味蒙昧な味わい。ごくりと冷えた水をするりと喉の奥へと押し込む。
苦い感情も呑み込んだ。
さ、行かなければ。
お母様の笑顔を、失いたくはない。失望されたくもない。
レイリ男爵家を継がせるための目利きはできないが、それでも。お披露目を。
つい、と、ドレスの端をつまむ。
キラキラ。キラキラ。
まるで星のように。いずれは消える運命であるが、その道筋は綺麗に残さねばならない。
これが、私の、この世界における生き方。
レイリ男爵!
ラッパの音色と門番の大声を伴い、私は王宮へと足を踏み入れた。
「わあ……」
さすが、王族主催。さすが、宮殿。
どこもかしこも眩しい。
人も、天井も、給仕する人も。食べ物も。飲み物もキラキラとしたガラスに入っていて、美しい。
私がいつも身にまとっている薬の匂いじゃない、庶民的な匂いでもない。
車輪の音もせず、騒がしい子供の声もしない。
ただただ、貴族の……、あれこれよもやま話をそこかしこで花開かせている。
背筋をぴっと真っ直ぐにしないといけないところだ。どこもかしこも、くすくすとした忍び笑いがする。
下町のように、大声で笑うなんて場所じゃない。なんだか、待ちぼうけをくらった気分だ。
私だけ、異質のようだった。初めはそうでもなかったのだけれど、少し、緊張する。我慢していたら。
横をみると、見覚えのある貴族がいた。
私は父と伴って、この場所へとやってきていた。さっそくの挨拶をせねばならない。
主に、父が、だけれど。
私は、ただ黙って、にこやかにしていれば良い。
その貴族の隣には、若い男性がいた。息子だろう。若手騎士の恰好をしている。
そう、彼もまた、私と同じで、こういう場に引き立てられたのだろう。
なんとはなしに、強張った顔をしている。そう、そう、私と同じ。一緒。
そばかすが目につくけれど、悪い顔立ちじゃない。決して美麗じゃないけれど、でも。
優しげな緑の瞳をしていた。
ほう、と。
あちこちからため息がこぼれる。
確かに、螺旋階段から現れた王子様は、美形の塊だった。噂通りである。
まるで想像した姿がそのまま現したかのような出来栄え。そんな完璧な存在に高台から見下ろされた際、ふいに視線がぶつかり合う、なんて。ドキドキと胸が高鳴る。はは、まさか。私の周りは数多の人で溢れかえっている。当然のことながら、王子様はただ見渡しただけなのだ。いったいどんな臣下がいるか、なんて有力者以外記憶にもないはずである。こんなにも貴族って数の暴力があるんだから。すごいよね、我が国は。三分の一の富を握っている貴族の、さらなる下っ端メンバーに入ってる私があれこれ言うことはないのだけれど。
なんて思っていた、その矢先。
王子様の後ろから、すっと女性が現れたではないか。これまた、趣の違う美女。ざわ、と辺りがざわめく。彼女は王子様と自然な動作で腕を組み、すらりと螺旋階段を下りてきた。
すごい。あんな美形に美形がくっついてる。ちら、と下々で群れている貴族群を見て美女は微笑みを浮かべた。
嘆息する。
まあ、そりゃそうか。
あんなにも綺麗な人たちだもの、貴族のトップだもの。
婚約者ぐらいいるだろう。それも、あれほどまでに相思相愛な感じ。羨ましい限りである。
互いに互いを見つめあい、笑い合っている。ちら、と周囲をみやると、男性陣はタジタジのようだ。いまだ美女な婚約者に心奪われた人が多い様子。緑の瞳の若手騎士な彼もまた、頬を赤く染めている。夢見がちなのは、何も私だけじゃないようで安堵した。空想の世界で踊りを賜ったのは、何も私だけじゃなさそうである。ざわざわとしたざわめきが、耳の中で残響のように木霊になって離れない。
「……」
再び、彼ら国家の頂点を見守る。
いいなあ。どこまでも幸せオーラを振り撒き、私たちにさえも柔らかな視線を注いでいる。
……しっかし。夢は、所詮幻だったな。
想像した、ひとつぽっきりの夢想は、あっという間に瓦解した。
……正味な話、あんな美形な王子様にそもそも釣り合うはずもないし、国の王妃なんて。国母なんて。
あらゆるプレッシャーが半端ないだろう。
よくよく考えてみると、なんておっかない話だ。身震いすら生ぬるい。
冷静になればなるほど、なんと、もの悲しいこと。
「ふ……」
とはいえ。本当に、切ない夢だった。
私を、誰かが、ここから連れて行ってくれて、守ってくれる。
その先で、幸せになるなんてこと。
知り合った緑の瞳の優しげな彼と踊り、妹を紹介される。同じく優しげな面立ちのご令嬢。
彼女もまた、私と同じ。等しく緊張していた。だから積極的に話しかけた。彼女もまた私と同等の男爵令嬢で、でもまあ年齢は若い。私は遅咲きだから、と慰めたくなる程度にはちょっとだけ年齢差があった。 ちょっとだけ。ね。
……ま、仕方ない。私には、この頭痛というお付き合いがあるのだから。
薬を飲まねばならぬほどには、走ることは難しい。
でも、楽しかった。
副作用を気にならないぐらい、初対面なのに彼女とは話のうまがあったのだから。
兄譲りの優しげな瞳で、
「えへへ、私も。そうでなんです。
あの王子様と、一回だけ、踊ってくれたらなあ、なんて……」
可愛らしい人でした。
アルコールが少しだけ入った飲み物を拝借し、彼女と一緒に、庭に出た。涼もうとして。
「けど、やっぱり、ですよね」
「……そうね」
彼女の場合、一目みたときから、好きだった。
数年前の社交界デビューの時からの、邂逅。
初恋だったらしい。でも。
「お似合いでした……」
遠目からだった。
あんなに派手で綺麗な人たちを、国主に抱く。それはとても、幸せなことだと彼女はかみしめるようにして話してくれた。少し涙目なのが、こちらとしても悲しいけれど。
良いんじゃないか、って思う。こうした話をすることや、友達ができたってこと。
私の、唯一の友達。社交界デビューは、この初めての友達の話で盛り上がりをみせるだけで終わったけれど、とても楽しかった。幸せだった。喜びだった。
にっこりとほほ笑むと、返してくれる人がいる。
「では、ごきげんよう」
彼女と別れ、そうして、背後にいる彼女の兄である彼とも別れを告げる。
「ではまた。レイリ男爵の……」
緑の瞳の、優しげな彼。友達になった妹と同じ色の。
父がこっそりと教えてくれたことだけれど、彼が私の婚約者候補なのだという。
もちろん、相手にとっても、そう。互いに候補なのだ。これが上手くいけば、この縁談はつながるだろう。片手を差し出される。私もまた差し出す。怖い。でも。
触れた感触からは、悪い気がしなかった。馬車に乗り込み、彼が遠のいていくのを見守る。
「どうだった?」
「楽しかったわ、お父様」
宮殿では物珍しい他国の料理が所狭しとあちこちに配膳され、美しい貴婦人が遥か遠い場所で生産されたお酒を口にして美味しいと顔を赤くさせて。輸入した宝石を首や頭に飾り、自慢し合い。
どれだけの人脈が築けたか、競いあい。情報を交換し。平然と笑いあい、ざわめくさざ波のように、貴族たちは蠢いていた。誰々と誰々とがこうだ、ああだ。孤を描く真っ赤な口紅が艶やかで。香水の重なる匂いも、移民たちがあれこれと各地で仕事を奪っていると。王が王妃と倦厭の仲になっていると。
残照のように、記憶に残った。
ぐるぐるとめぐっては過ぎていく、貴族のお屋敷の灯り。
私は、アルコールの滲む息をほっと吐き出す。
そう、それで。
そう……、私は。
唐突だった。
嵐のように、奴らはやってきた。
彼らは、たくさんの手下をこの国に放ち、
「どうして……、こんなことに」
何もかもが、焼き尽くされた貴族の屋敷。蹂躙された骸ばかり。
「お、父様……、」
呼びかけても、目を覚まさない。
「お母様……?」
いつも優しく、私を撫でてくれた。
それなのに。
喪われた。何も、かも。
指が。動かない。
「う……ぅ……」
こみ上げてくるのは、涙ばかり。
潰れそうになる胸の痛み。そして、頭の苦しみ。痛み。壮絶なものだった。
思わず頭を両手で抱え、廃墟の中で丸まっていると誰かが背後で立ち尽くしていた。
落ちてきた影の正体を探ろうと、ゆっくりと見上げようとしたが唐突に顎を掴まれる。
「ひ」
「お、これは女か」
「貴族だな……」
男たちが居た。
彼らは、どれもこれも粗野な恰好をしていた。
私の、かつての小奇麗な恰好なんて比較にならないぐらい、彼らは貧相な姿形をしていた。
「ははは……、どれ、楽しむか」
「逃げ遅れがいたとはな」
視界が、緩む。
酷い匂いだ。どこも、かしこも。気付けば、そうだった。
下種な笑いが響く。貴族を囲う建物がなくなったからか。反響するものがなくて、響き渡るのだ。建物が燃え落ちる音も、誰かのうめき声も、泣き声も。暴れる音も、ひきつくような声も。
そう。
この声は、私だ。私だった。潰れた生き物の恐怖。
私が、泣いている。情けないほどに、号泣している。
「お父様、お母様」
お父様は、にっこり。
お母様も。にっこり。
でも良く見ると、お母様の瞳は、無かった。空っぽだった。あのときと同じ。
怖い。でも。彼らは遠くにいる。
「お父様、お母様」
呼びかけないといけなかった。
私はひとりでは生きていけない。貴族は、貴族以外の生き方ができない。してはならないのだ。
手を伸ばそうとした。
途端、目を。
私の両の目を、誰かの手の平で覆われた。
急に、世界が暗くなる。
「レイリ男爵の、お嬢様」
この声。穏やかな、彼。
「もう、俺を、わたしを見てはくれないのですか?」
魔法師様の、声だ。
すぐ、後ろにいる。
「……殿下が、いらっしゃっていますよ。
貴方を、ひとりにはしないと」
殿下?
それは、誰?
誰の事なの。
「貴方と同じ……、私の家族です」
すっと、密着していた両の手が離れた。武骨だけれど、ゆっくりとした動き。
その優しいその仕草は、お母さんと同じ。
そうやって、私の眉間をほぐす動きも。
前世と、変わらない。
「おかあ、さん?」
告げると、魔法師様は、うっすらとほほ笑む。
大きな庭に、綺麗な鳥がいる。
白鳥のようだった。この世界の鳥の図鑑を見ても、やっぱり白鳥にしか思えないから、もしかしたら、私と同じで異世界からの旅人なのかもしれない。外見と中身が別であれば、だけれど。
「レイリ様」
呼ばれ、ふと顔を上げると女官長がいる。
「国王陛下が、来られるとのことです」
私の名前は、レイリになった。
レイリとは、滅びた国の元男爵家の家名。でも、呼ばれて悪い気はしなかった。かつての両親の。私の。
私の本当の名前で呼ばれる予定だったけれど、それはやめてほしいと、母と父に告げた。何故。そういぶかしがる魔法師様と、優しげな緑の瞳を揺らす滅びた国の元男爵家の貴族。
私はもう、別の人間なの。前世の記憶がある。ちゃんとあるの。でも、お父さん、お母さん。
私、そこまで哀しくもなかったよ。辛くもなかった。だから。レイリと。
レイリと、呼んで。
かつて旧国の男爵家の家名。風が吹けばなびく、ただそれだけの貴族名。ただ、それだけの家。木端微塵にするのがたやすい。そうでしょ。良いでしょ、お母さん、ね。前世の私、死んだのよ。
ね。
昔は、たくさんの悲しいことがあったね。辛いことも、あったね。
突然で、ひどい目に、あったね。あのとき。どうしようもないことだった。
でもいいんだよ。もう、苦しいことに、囚われなくていいんだよ。
そういって、魔法師様の背中に手を伸ばし、ぽんぽんと叩く。肩を震わせ、すすり泣く声がした。
羽交い絞めにされ、力強く抱きしめられる。
「レイリ」
魔法師様の声。
彼は、かつての魔法師らしい衣装ではなく。
野蛮だなんだと毛嫌いされていた敵対する国王の衣装をまとっていた。
褐色の肌。エキゾチックな顔立ち。私の国では当たり前の金髪。
どう見たって、彼は立派な男だった。壮年の男性だった。どこからどう眺めても、彼が彼女だって言い張ることは難しい。喉仏だって立派に覗ける。
でも。
柔和な笑みは、かつての母と同様で……。
「レイリ、ごめんね。
ちょっと、仕事が立て続けにきちゃって」
「ううん」
首を振ると、ほっとした顔になる。彼。
そっと、こぼれるガラスを集めるようにして、私の眉間に指を這わせる。
子どもの頃から、ずっと。私にしてきた、彼女の仕草だった。
今は、男で。私のすべてを焼き払った王だけど。でも、私の母。前世の優しい母だった。
「お母さん……」
「なあに?」
言うと、しっかりとした男性の声で返ってくる。
彼の背後には、どこまでも続く青い空が広がっていた。
ぷかりぷかりと浮かぶ白い雲。たなびいている。どこまでも、どこまでも。
どこまでも……風が吹いていて。心地よい空間が、作られていた。
爽やかな匂い。死ぬために眠り続ける私の前でずっと祈ってた、母の、匂い。
優しげな緑の瞳を持つ貴族位の父は、記憶を持っていた。
だからか、この国に偵察がてらスパイ仕事をしている母を一目で把握したらしい。
高名な癒しの魔法師。毛嫌いされていた国の人間。果たして、その実態は。
敵国の王。
王は、どうしても手に入れたいものがあると、前世の夫であった父に明かした。
父は若手の男爵貴族の生まれだった。
母もまた記憶もち。前世の記憶を有効活用して、這いあがってきた王である。
かつて夫婦であったとはいえ、この生まれた国を、前世のために、かつての妻のために捨てることができるだろうか。自問自答した。でも。
不幸な死に方をした、我が子の所在を知った時。お父さんは、決めたらしい。
全てを捨てることを。裏切ることを。
お父さんもまた、私と同じく、違和感を覚えて生き続けてきた。
異世界の空気を吸って、旧態依然としかいいようのない生き方をせねばならないと考えていた。若い体を使って、無茶をしようとも考えたようだけど、生まれた家のためにと諦めもあったようだった。
今の家族は、貴族らしい貴族だったから。三番目だった父は、どこぞの婿にでもと考えていたようだったから。別に、今の家族は嫌いでもなかった。育ててもらった恩ぐらい、返そうと思っていたようだった。それに、貴族の生き方は、レールに敷かれたものらしく、沿っていくのはたやすくて気楽だった。
そう、娘である私と同じこと、考えていたようだった。
さすがは親子。生まれ変わっても、同じだったなんて。ね。
でも、考えを翻した。それは、敵国の王として生まれ変わった母と出会ったから。
そして、前世の子供、不幸な死を遂げてしまった私を見つけたから。
それは、何もかも投げ捨てても良いと思ってしまうほどの、ことだった、と。
私は、泣いた。泣いたよ。
「どうして……私に、話をしてくれなかったの……」
ごめんね。
何度も何度も謝ってくれる、お父さん。
腰には、剣がある。腕もあったそう。だから、国王の側近として生きることを決めたんだとか。故国を裏切った貴族として、あらぬそしりをたくさん受けるだろう。それも、覚悟の上で。何もかも。捨て去ったのだ。あんなにも親しげに。私と、王子様の話をしていたのは。覚悟を決めるため、だったのかな。
穏やかな男爵令嬢としての生き方を、私は。捨てさせてしまったのか。
緑の瞳を優しげに揺らす彼女。兄と同じ、優しげな眼差し。
「二回目、ですね」
「……ええ」
そう、瞳を和ませる彼。
彼は、滅びた国の王子。自国を裏切った王太子だ。
私は、緩慢とした目線で彼を眺めた。美麗なる顔立ち。
「けれど、こうして貴女に会えて……、
僕は、嬉しいよ」
王である母には子供はいない。母曰く、私と義理の息子で十分だという。
彼は、人質として利用され続けた敵国王女の血を引く王子でもあり。
婚約者であった美女は、長い付き合いのある若手騎士と駆け落ちしたんだとか。
優しげな緑の瞳を持つ、そばかすの頬で微笑んでいた彼。私の婚約者候補の姿は消えてしまったが、男爵令嬢である妹(お父さん)の兄は、今頃どこで何をしているのだろう。
剣の腕は妹と同じく上々だそうだから、美しき王女様と人生を謳歌してくれると嬉しい。敵国の王の近衛となった女性騎士、彼女は私を見つけるといつも優しくて。敵国の王は穏やかな目でそんな私たちを見守っていて。
この端麗なる王子様は。かつて、私の。
引きつくような息を呑みこみ、私は、手を差し伸べる。無視されても、構わなかった。
けれど、残念なこと、なのか。宙に留まるばかりにはならず。彼は綺麗な所作で、私の指を絡め取り、口づける。
怖い。
何もかも、怖くって。
震えそうになるのを堪える。
お父さんも、お母さんも。
私が幸せに暮らしてくれることを望んでいた。
ならば、そうするよりほかはない。
でも。
あのとき。
お父様、お母様。
今世の両親である彼らが、死んだのは。
優しげだったはずの緑の瞳の彼女が、怖い顔でお父様へ剣を振るい。
短剣に滴る血を、散らばっていたお母様の服で拭う魔法師様の憎しみのこもった表情は。
本当のところは、どう思っていたんだろう。
……思い出せない。頭が痛くって。
ズキズキと、軋む。
私の生まれたこの貴族階級に支配された国は、すでに傾いていた。
だからどちらにせよ、破滅は近いものだった。
物はたくさん溢れていた。人も。でも。
それは敵国から無理やりにも流されたものばかりで。
強烈な寡占を引き起こさせ。誘導し。生活基盤を支配し。
魔法師と呼ばれる敵国特有の、地位の高い職業のみならず、たくさんの移民を配置させ。
どちらを優先させるべきかと国家を煽り、敵対させた。
文明も文化も違う、主義主張が異なる彼らを、この国の人々は困惑し、次第に国を疲弊させていく彼らを持て余していた。安い賃金でこき使うにしては、数が多すぎたのだ。
それに。頭が良い集団だった。どういう身の振り方をすれば美味い生活にありつけるか。あえて、そういう人々が上澄みにいて、そういった彼らを、私のお母さん、いえ、敵国の王が、ひっそりと指導したのかもしれない。
……いずれにせよ、詮無きこと。
それから先の未来を、母が何を思い、示していこうと思っていたのか。分からない。
でも、豪華絢爛の社交界ばかりが開かれる世界ではなくなった、のは理解できる。
辟易としていたようだったから。
亡国の美しき王子様は、今生の花嫁に語る。
「レイリ。
僕は……、ただひとりの婚約者を助けることができなかった。
後悔ばかりだった。
君がいなくなる前から、ずっと。
力がない、察知する能力がない、先々を考えない自分に絶望していたよ。
我儘で、ヒステリーを起こしてばかり。
前世での君を、いつも困らせていた。泣いて、すがってさ。
情けない醜態ばかり晒して。そのたび、君の目が私に向っているのを、喜んだよ。
しょうもない我儘をいつも受け入れてくれて。嬉しかった。
嗚呼、私のこと。認めてくれてるんだって。
夜、いつも。公園で、車から降りて、見上げていたね。
寒かった。あのときの温もりが、忘れられない。
それが、消えてしまった絶望は、立っていられなかった。
君は、青白い顔だけしててさ。はは。笑ってもくれない。冷たくって。
紫色の唇をしてさ。どうして、私の名前を呼んでくれないんだろうって思ったんだ。
頭の中じゃ、何度も私の名前を呼んでくれたのに。耳に入らないのが、
こんなにも……忘れそうになるなんて。
でも、今は違う。
この体には、両国の血が入っている。頭には前世の記憶が。
そうして、君……、
レイリ。
僕のかわいいただひとりの、人。
もう、どこにもいかせない。いかせないよ、今も。
たったひとりの、花婿」
あらすじにTS×4
ありますが、4人TSしちゃってるって意味です。まんまです。
※追記(作者も忘れそうになるので記載)
主人公(レイリ男爵家令嬢)TS一人目。
前世、男でした。婚約者がいましたが、不幸にもお亡くなりに。
長く病院に意識不明で入院していましたが、そのまま儚くなりました。
甲斐甲斐しくお見舞いをしていた両親と婚約者の嘆きは凄まじいものでありました。
レイリ男爵家のお父様とお母様
主人公の不幸に前世関わりがあったのかもしれないし、そうではないのかもしれません。
ただ、前世によって不幸にはなりました。
魔法師様(敵国の王)TS二人目。
前世の我が息子に執着した母。男になって生まれ変わっていても強烈に覚えていて、記憶にある前世の我が子を発見したあと、ずーっと見守っていた。他国を滅ぼすほどに、あのレイリ男爵家を疎ましく思ってしまった。辣腕な王様。
緑の瞳を持つ男爵家の令嬢 TS三人目。
兄と同じ瞳の色を持つ、剣の腕もあるご令嬢。前世は男で主人公の父。
敵国の王とはいえかつては夫婦だった妻を諌めようとしたが、たったひとりの我が子の死を今世でも思っていたので、結局、自国を裏切ることに了承した。兄(主人公の婚約者候補)に相思相愛のお姫様、がいるということもその後押ししたのかも。
亡国の王子様 TS四人目。
前世は女。かつて愛した婚約者が不幸な終わりをしてしまったので、それで強烈に執着している。
我儘で前世の主人公を振り回していた女王様タイプだったが、仕方ないなーと愛し合って構ってくれていたかつての相思相愛婚約者だった主人公が忘れられずにいたところ、敵国の王と偶然にも知り合いになってこんな結果に。
なので、花婿、と。前世をなぞるような言い方をしています。