変人
まだ平原は続いている。景色はまったくと言っていいほど変わっていない。ドラゴンと遭遇いこう、他のモンスターなどには接触していなかった。1人、目の細い老人に出会ったが、あの人は、人畜無害な農家の人だ。
スカティッシュの村まではどれぐらいだろうか?
わたしはエリアさんに向かって聞いてみた。
「あの、スカティッシュの村までは、あとどれぐらいなんですか?」
「あと、2時間ぐらいで着くとは思いますよ」
「あとちょっとですね」
「そうですね」
なんだ、この綿菓子のような会話は。気持ち悪くなるほどフワ~ンとしている。わたしは違うことについて聞いてみることにした。というかよくよく考えてみたら、この質問の方が重要かもしれない。
「はなしが少し変わるんですけど、エリアさん、さっきのアレは何だったんですか!」
わたしは身を乗りだして聞いていた。
「アレというと?」
「つまりですね、わたしはエリアさんの正体が知りたいということです!」
自分でも恥ずかしいと思うのだけれど、わたしは、こういう話になるとテンションがハイになってしまう。直そうと思っても直せないクセだ。
エリアさんは修道女のような笑みを作り、
「といっても、わたしはただの行商人ですよ。どこにでもいる行商人です。強いて特徴を挙げるとすれば、このお美しい顔でしょうか?」
「え、自分で言っちゃいます?」
確かに、エリアさんの顔は万人が振り返るほど美しい。でも、それを自分で言ってはイケナイと思う。醸し出される魅力が台なしだ。
「だって、お美しいものはお美しいでしょう?」
「まあ、そうですけど……――って」
わたしは、はぐらされていたことを知った。
「そんなことはどうでもいいんで、お願いですから、わたしの質問に答えてください! 切実にエリアさんの正体が知りたいんです!」
「と、言ってもね……」とエリアさん。「あまり面白いものでもないですよ?」
「大丈夫です!」
わたしの声は依然として大きい。右横に畑がある。そこで、1人の男の人が働いていたのだけれど、わたしの声に驚いたのだろう、首をこちらに向けていた。農作具が宙で止まってしまっている。わたしは『すみません』という念を込めて、その男の人へ、軽く会釈をしてみせた。男の人は赤くなる。
「わかりました、じゃあ言わせていただきます。わたしの正体はですね――」……ゴクンっ。わたしは固唾を呑んで見守った。「なんと! あの大陸中に名を馳せた賞金稼ぎ、『ブラック・ザ・仮面』! 準伝説級モンスターをも狩り倒し、ある討伐連合会と協力した末には、伝説級モンスターをも狩ってしまったその人です! あ、ちなみに、倒した伝説級モンスターというのは、当時、アルティクスナルタ共和国、ディーネ連合国などを苦しめてきた、暗黒暴竜・ダークロードディノニクスです。けどもう『ブラック・ザ・仮面』は引退して、今ではこの通り、ただの行商人なるものをやっています」
「なるほど……」
あの経歴はすごいのだろうか? わたしにはよくわからなかったので、とりあえず、頷くだけしておいた。
「あの、ちなみに、雪乃さんは私のこと知っていました? 『ブラック・ザ・仮面』という名を……」
「いえ、全然」
容赦なく、わたしは首を横に振った。本当は、『ブラック・ザ・仮面』という名を知っていたというのに。あれは10年前ぐらいことだろうか? 当時、『ブラック・ザ・仮面』の名は、並みのアイドルたちよりも知れ渡っていた。ブロマイドなども販売されていた気がする。偽物も現れ、そこら中に仮面を付けた人達が溢れていた。しかしわたしは、そんなことを知っておきながらも、名を知っているかと聞かれたら、首を振らないとダメなような気がしたのだ。一種の義務感のようなものに駆られたのだ。
「知らないですって!」とエリアさんは、笑うおやじ顔負けの大声で、驚いたような声を上げていた。
わたしはなんとなく可哀に思ったので、
「いえ、すみません、本当は知っていました」
「それが事実なのですね!」
「はい」
「では、わたしのファンだったというのも事実なのですね!」
「いいえ」