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黒衣黒刀の暇つぶし  作者: 月倉悠
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雪山


「剣の都市まで、ですか?」

「はい」

 わたしが、さっき名前を出した剣の都市・シュペルツルムソードルスは、歴史に名の残るような名剣を、何千も生み出している工業都市だ。旅人の行き来も多い。情報だって盛んに流れていると聞く。わたしが、まだ一度も足を運んでいない工業都市でもある。名の知れ渡った、有名都市だというのに。

 女の人は、優しく慣れた手つきで馬を撫でていた。

「わかりました、けどちょっとこちらからもお願いがあるんですけど、いいですか?」

「なんでしょう?」

 わたしは、剣の都市まで乗せていってくれるということに感謝しながら、首を少しほど傾げてみせた。

「剣の都市まで行く道に、スカティッシュの村という、人口800人ほどの小さな村があるのですけど、その村に、いちど立ち寄ってもいいですか? この――」女の人は、馬に積んである荷物を指差して、「食料や備品などを、村で待っている人達に届けないといけないので」

「もちろんいいですよ」

 だって断る理由が見つからない。

「元はと言えば、いきなり乗せてくれと言ったわたしが悪いんですし……」

「いえいえ」女の人は頭を振った。「それでは、すぐに出発しますか? それとも、何か準備などがあるようでしたら、わたしは、ここで待ってますよ。そこまで急いでいるわけでもないんで……」

「いえ、今すぐに出発してもらってもいいですか?」

 わたしも急いでいる訳でもない。わたしの旅はゆっくり旅だ。でも準備したいことなどはなかったので、1秒でも早く出発してしまいたかった。

「わかりました。ではえ~と、すみません名前を教えてもらってもいいですか?」女の人はすまなさそうに言った。「ちなみに私の名前は、エリア・カーディナスといいます。エリアと呼んでくださって結構です」

「エリアさんですね、わかりました。――え~と」わたしは自分の名前を思い出し、「わたしの名前は、黒辻雪乃です。雪乃って呼んでください」

「なるほど、雪乃さんですね。ではこれから、よろしくお願いします」

 と言って、エリアさんはわたしに右手を差し伸べてきた。よろしくの握手をするのだろう。

わたしも右手を差し出した。わたしとエリアさんは、ガッチリと温かな握手を交わす。

 それからわたしは、エリアさんの馬に乗せてもらい、2日間ほど滞在したエルムの町を発っていく。


     ◆


 わたしは山を登っていた。ただその山は、山といっても普通の山ではない。吹雪が年がら年中吹き荒れている、スノーマウンテンという名の雪山だ。標高は、10000メートルを裕に超えている12000メートル。更新される前の世界からあった雪山であり、その歴史は、穴よりも深い。準伝説級のモンスターが出没するとも言われている。アイスドランゴンやスノーウルフ、その他のモンスターは実際に出没するらしいが、今の所わたしたちは襲われていない。毎年20000~26000の被害が出るらしいが、わたしの目が黒い内は大丈夫だろう。すべて返り討ちにしてやる。

 辺りを見回すと、そこは一面の銀世界で、白くなっていない場所を探すほうが難しい。生えている木も雪化粧をしていて、突き出した岩も雪化粧をしている。

馬の蹄には、対雪加工をした器具を装着しているらしい。それを付けることで、馬の蹄が、雪に沈まなくなるというのだ。仮にもしていなかったら、今頃わたしたちの跨っている馬は、真っ白い雪の中に埋もれてしまっていただろう、積もる雪の深さは、それぐらいある。

 すでに、エルムの町を発ってから2日は経過していた。

 わたしはあまりの寒さに身震いをする。

 くしゃみも出た。この寒い世界を外套1枚で凌ぐには、いささか無理がったのかもしれない。

 わたしはエルムの町を出る時に、上着を買わなかったのを心から後悔した。

「あの、大丈夫ですか?」と、わたしの横を行くエリアさんが、振り向いてわたしの体調を気に掛けてくれた。優しい。

3頭の毛並みがいい馬たちは、2頭はわたしとエリアさんが乗っていて、一頭には食料などの荷物が積まれていた。わたしの馬が右端で、エリアさんの馬が左端、真ん中には荷物運びの馬、という風に、わたしたちの馬は横一列になっている。

 わたしは正直に言った。

「いえ、本音を言うと、眠くなるほど寒いです……」

「じゃあ――」

 と言って、エリアさんは、真ん中の馬に縛られている白い箱を物色し始めた。なんだろう? わたしが疑問に思っていると、やがて、エリアさんは1つの衣服を取り出した。温かそうな上着だ!

「この上着を、良かったら羽織ってください」

 温かそうな上着が投げ渡された。わたしはそれをキャッチする。分厚い上着だ。モコモコがたくさん付いていて、温かそうなフードも付いている。身に着けると、一気に体温が上がってくれそうだ。

「でも、いいんですか?」

「いいですよ。その上着は、わたしのお古なのですけどね」

「ありがとうございます」

 とわたしはお礼を述べてから、好意に甘えて上着を羽織った。温かい。ついさっきまで身体が寒かったのに、みるみる内に、身体の芯まで温まってくる気がする。わたしはぎゅっとその上着を掴んだ。

「どういたしまして」

 エルムさんはにっこりした。

「あの、いきなりなんですけど、ちょっといいですか?」

 わたしはちょっと気になることがあった。

「どうぞ」

「いまエリアさんが向かっているスカティッシュの村は、一体どんな村なんですか?」

 情けないことに、わたしは3000年も生きてきたというのに、スカティッシュの村という場所を一度も聞いたことがなかった。噂で耳に挟んだことすらない。……まあ、私が聞いたこともない村なんて、他にも山ほどあるのだろうけど……。下手をすれば、町や都市だって、まだわたしが見たこともないような場所は、少なからずあるのかもしれない。

 エリアさんは微笑んだ。

「スカティッシュの村は、機械類がほとんど見つからないような、自然に溢れた場所ですよ。このスノーマウンテンを越えて、1日ほど歩いたところにあります」

「なるほど」とわたしは頷いた。「度々の質問すみませんなんですけど、エリアさんはその、スカティッシュの村には何回ぐらいが行ったことがあるんですか?」

「はい!」

 とエリアさんは突然おおきな声を出す。

 なぜに?

 新手の運動かなにかだろうか?

「私はスカティッシュの村には、20回ほど行ったことがあります。その度に、村人のみなさまは、わたしを温かく迎えてくださいました」

「優しい人たちですね」

 依然として雪山は、猛々しい吹雪が吹きつけていたが、わたしは、エルムさんが渡してくれた上着のおかげで、そこまで寒い思いをせずに済んでいた。けど普通の上着では、ここまでの防寒は得られなかったことだろう。恐らく、エリアさんが渡してくれた上着には、何らかの魔法が掛けられていたと思われる。

 わたしは手綱をキツク握った。

「はい、優しい人たちです、前わたしが出向いたときには、目を瞠るようなごちそうだって用意してくれました。夜眠る場所だって用意してくれました。しかもあの人達は地味にお金持ちなので、いつもたくさんの商品を買ってくれます。おかげでわたしのお財布は、あの村に行くたびに、わたしのお肌のように潤います。うへぇへぇ!」

「そ、そうなんですか……」

 わたしはいまになって気付いた。このエリアさんという行商人、並みの変態以上に癖がある! 根は優しい人なんだろうけれど、あたまのネジが1本だけ外れてしまっているんだ。――いや、100本? ……やめよう、これ以上いくと、エリアさんに対しての罵倒になってしまいそうだ。

 わたしは、馬を操ることだけに全神経を集中させて、ひたすらに前を向き続けることにしたのだった。


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