終わり
「……なんで?」
振り下ろそうとした黒刀が、まるで誰かに押さえつけられているように動かない。いくら力を入れようとしてもダメだ。黒刀はその場から一歩も動こうとしなかった。
なんで……?
わたしは心の底から疑問に思った。だがこの疑問は、いきなりわたしの耳に入った一声が解決してくれた。
「どう? 天才な僕のみが持つ能力――〈グラビティポイント〉のお味は?」
なるほど。
わたしの黒刀が動かせないのは、後ろにいる人物のおかげだったということだ。より正確に言うのならば、後ろにいる人物の能力のおかげか。
わたしは、自分の黒刀から両手を潔く離した。
そして後ろに顔を向ける。
「はは、中々にお美しい顔をお持ちではないか、真っ黒装備のお嬢さん」
後ろに立っていたのは剣をも持った男の人だった。いや、この人を男の人と呼んでいいのだろうか? どちらかというと、生意気な男の子といった感じである。
身長は150も行っていなさそうだし、顔もかなりの童顔だ。美形と言ってもいいかもしれない。白くて華奢な身体には真っ赤な服を羽織っていた。その服の上に絡まっているものは、鎖かなにかだろうか? 銀色に鈍く光っていた。
「ねぇ、あんたが反政府組織〈イーディー〉のリーダーなんでしょ? 名前は確か……そう、アウル」
わたしはさっきアウルの言った褒め言葉を無視して、仮面の男が完全に気絶したのを確認しながら、単刀直入にそう問うた。
「そうだけど?」
アウルは拍子抜けするほどにあっさりと頷いた。
「へぇ~、じゃあ早く、あんたたちが攫っていったエリアさんを返してくれない? 返してくれないのなら、あんたを殺してでも、わたしはエリアさんを奪還するから」
「なに、脅しのつもりかな?」
「そう、あんたみたいなお子ちゃまが、おしっこを漏らして逃げ出すように脅してるの」
「ふ~ん、そうなんだ。だけど僕は、その君が言ったエリアさんという人は返さないよ。君には組織をめちゃくちゃにされた恨みもあるしね」
そう言いながら、お子ちゃまアウルは辺り一面を睥睨して、
「ほら、見てみなよ。君のせいでここは血の海だ。昨日まで一緒にお酒を飲んでいた仲間もいるんだぞ」
「あっそ」とわたしは事もなげに吐き捨てて、「とりあえずあんたは、エリアさんを返すつもりはないと言ってるのね」
「まあそうなるのかな?」
「わかった――」
数秒のうちにケリをつけてやる。
わたしは両手で2丁の拳銃を抜き、アウルのこめかみへ一気に標準。連続してトリガーを引いた。
銀色に光る弾がアウルの元へ殺到する。
だがその弾は、アウルの元へ届く前に、見えない槌にでも叩かれたように地面へ落下した。全ての弾だ。
これがアウルの力。――〈グラビティポイント〉。
並み大抵の攻撃は重力場に阻まれてしまうということか。面倒で厄介な能力である。しかし、さっきまで固定されたように動かなかった黒刀が、とつぜん戒めが解けたように地面に落ちた。
わたしはその刀を片手で拾う。
どうやらアウルの〈グラビティポイント〉という能力は、広範囲に効果が及ぶような能力ではないらしい。だから多分、まだ歴然とした確証があるわけではないが、アウルは便利すぎる重力の力を、攻撃と防御両方に使うことはできないのではないか? つまり、アウルがわたしの近くに重力場を発生させたら、自分の近くには発生させることができないということだ。
わたしは内心二ヤリと微笑んだ。
「ねぇアウルさんとやら、この戦い素直に諦めたら?」
「どうしてかな?」
「わたしがあんたの弱点を見抜いたから――」
とわたしが口から声を出した瞬間だった。
「けど君が思っているその弱点は、案外僕にとっては弱点ではないかもしれないよ?」
アウルの後ろにある屋敷が浮いた。
わたしの元に長い影か落ちてくる。
中空に浮かぶ屋敷の姿は圧倒的すぎた。
アウルがその細い腕を振るう。
すると、
「やっぱり……」
屋敷はわたしに向かって落ちてきた。空気を切り裂くような音がする。正直わたしもこれには心から驚かされたが、すぐに乱れた自分を打ち倒し、黒刀を構えていつもの自分を取り戻す。
すでに巨大な屋敷はわたしの眼前。
――危険領域。
だがそれは、わたしこと黒辻雪乃が操る黒刀の射程内でもあった。
刀身が獲物を求めるように黒く輝く。
「はっ!」
わたしは一歩前へ踏み込んだ。黒刀は大上段から振り下ろし、屋敷の壁を確実に捉えていた。
荒れ狂う激流のように打ち砕く。
屋敷はわたしがインパクトをかました場所を中心に、まるでガラスが割れるようにヒビ割れていき、やがて完膚なきまでに砕け散った。
わたしの視界は砂のようなもので埋まる。そう、砂のようなもの。厳かな屋敷は砕けて砂のようになってしまっていた。
――よし。
わたしは自分の力を改めて思い知り、少々悦に入ってしまったのだが――
それがいけなかったのだろう。
「終わりだよ!」
超至近距離まで入ってくるアウルの姿に気付かなかった。
でも――
それがどうしたというのだ。
わたしはこの世で一番強い旅人。
多少の不意を打たれたところで焦ることは皆目ない。
袖からナイフを取り出す。
わたしはそれをアウルに投げつけて、そのナイフは気持ちいほど綺麗にアウルの喉元に入った。
完全な不意打ちだったのでアウルも反応できなかったのだろう。
この勝負わたしの勝ちだ。
◆
その後わたしは、森の中で静かに眠っていたエリアさんを発見した。そして少しだけからかった。
旅の再開はまた明日である。




