苦渋の決断
ディウスさん曰く、車はエンジンがやられてしまったらしい。出発することは不可能だそうだ。ただ〈ラスリス〉には自慢のエンジニアがいるようで、その人が、1日あれば車を直せるのだそうだ。感心ものだ。しかしわたしには時間がない。1分1時間だって無駄にできる時というものはなかった。
1日となれば尚更で、急ぐわたしはディウスさんに話しかけた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「どうした? あとそこに腰を降ろせ」
「わかりました」
ディウスさんは地べたで胡坐をかいている。わたしはその隣で正座をした。両腕は太ももの辺りに置いておく。
真上に浮かぶ太陽は傾きにはじめていた。
「で、なんのようなんだ?」
瞳を見つめてくるディウスさんに対し、わたしは率直に用件を伝えることにする。
「今すぐに〈イーディー〉のアジトがある場所を教えて欲しいんです」
車で当てもなく彷徨っていたわけではないだろうから、アジトの在り処は掌握していることだろう。
「急いでいるからか?」
「そうです」
わたしは今すぐにでも出発したい。
「そうか、でも〈イーディー〉のアジトの在り処を教えることはできないぞ」
……なぜ?
わたしの頭にはその言葉だけが思い浮かんだ。絶対にアジトの在り処を教えてくれると思っていたのに。
もちろん、拒否したディウスさんにだって正当な理由があるのだろう。だがそうとわかっていても、わたしは、裏切られたような気持ちを払拭することはできそうになかった。
「なんで教えてくれないんですか?」
自然と語気も荒くなってきている気がする。
「上からの命令だからだ」
「どんな命令ですか?」
「隊長よりも遥かに偉い人から、アジトを壊滅させるまでは、決して、アジトの情報を漏らさないようにと言われてるんだよ」
「なぜ漏らしてはいけないんですか?」
間髪に入れずにわたしは問う。
「さあな、それは俺にもわからない。ただ例えわからなかったとしても、上からの命令には、忠実に従うのが軍人というものだ。この信念は曲げてはいけないものだし、俺は曲げたくもない」
「じゃあ絶対、わたしがどんなことをしようとも、アジトの在り処は教えられないんですね?」
「そうだ」
ディウスさんは力強く頷いた。決意の強さがこっちにまで伝わってくる。――しょうがない。頼みこんでアジトの場所を吐かせるのは諦めよう。
その代わり――
「それじゃあわたしは、力ずくでアジトの場所が載っている地図を奪います」
本当はこんな物騒なことしたくない。けどやらなければ、どんどん時間というものは過ぎていく。
ディウスさんの目つきはガラリと変わった。威圧するようなその目つき。
わたしは刀を素早く抜いた。
「ふざけるな!」
鬼気迫る勢いで叫んだディウスさん。弾かれたように飛び出し、右手で電熱ソードを素早く抜いた。心臓めがけて突き出してくる。
――遅い。
わたしは刀を真上に振り上げ、赤くなった電熱ソードの腹を叩く。至極あっけなかった。黒刀の一撃を喰らった電熱ソードは真っ二つに折れ、破片を辺りに撒き散らしたのだ。
ガラスのように脆い。
対してわたしの刀はまったくの無傷。
こうなっては、誰もが諦観の念を抱いて、戦意を大きく喪失するものなのだが――〈ラスリス〉の副隊長ディウスは違った。
折れた電熱ソードを投げ捨てて、膝を狙った渾身の蹴りを放ってきたのだ。空気を切るような音がする。亜音速並みの重い蹴りだ。
――でも、
そんなものではこのわたしは倒せない。
スピードが遅すぎるのだ。
「――――」
向かってくる鋭い右足。わたしはその甲を左足の裏で押し返す。
続いてカウンター。
がら空きになっているディウスさんの首筋へ、手加減入った剣腹の一撃を見舞った。みねうちである。
勝負はあった。
首筋への一撃を喰らったディウスさんは崩れ、何も声を発することなく、ただ地面の上に倒れこんでいく。
「ごめんなさい」
わたしは蚊の泣くような声でそう呟き、手に持っていた黒刀を素早く鞘へ戻したのだった。




