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黒衣黒刀の暇つぶし  作者: 月倉悠
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偽物

わたしこと黒辻雪乃は、枯れた砂漠を歩いていた。足を前に踏み出すたびに、ザクザクというような砂の音がする。ちょっと心地の良い音だ。

 西の空に浮かぶ太陽は、目をすがめてしまうほど眩しかった。直視するなんてもっとの他だ。間違いなく、目を悪くしてしまうだろう。

 驚かないんで欲しいのだけれど、今年でわたしは300歳を迎える。自分でも驚きだ。つい昨日までは2000歳気分だったというのに、もう3000歳。時がたつのは早い。私は3000歳。と言っても、見た目は17歳のときと一切変わっていない。本当だ。悔しくて、嘘をついてるわけじゃない。

 私が今いるこの世界は、一度元の世界が滅びて、更新された世界だと聞いている。元の世界は、モンスターとか吸血鬼、超能力者とか腐ったゾンビ、神話に出てくるような怪物はいなかったと聞いているけれど、すごいことに、更新された世界ではそんなのがたくさんいる。

 一応言っておくけど、わたしは人間だ。鋭利な牙だって生えていないし、真っ赤な炎を吐くことだってできない。できることと言ったら、魔法を使ったり、剣を振り回すことぐらいだ。

 話を戻すけど、この世界では人が死なない。決して、寿命で死ぬことはないんだ。病気とか銃で撃たれたりしたら、死んでしまうときもあるけれど、というか死ぬけど、なにがあっても、寿命で死ぬことはない。ただ、それでも人は、100歳を迎えれば赤子に戻ってしまう。お腹の中には戻らない。残念なことに赤子に戻ってしまった人間は、それまでの記憶とか思い出とかが、全部消えてしまらしい。完全デリートだ。でもなにがあったのかは知らないけれど、幸か不幸か、わたしは赤子に戻ることがなかった。というか17歳の身体のままで、それ以上身体が成長してくれない。これは喜ぶべきことなんだろうか? 私にはよくわからないや。

「ふう……」

 私が砂漠を歩いているのには、もちろん理由がある。

1日前ぐらいに、私は、この砂漠からずーと北に行って200キロメートル、その辺にある〈不死の山〉という山にいる、伝説級のモンスターを倒してきて、砂漠を歩いているというのは、その帰りというわけだ。もうヘトヘト。楽をして転移魔法を使っても良かったのだけれど、それじゃあ旅の面白みがなくなってしまう。

ずっと死なずに、17歳の身体のままで生き続けている私は、旅を始める前、毎日が暇で暇でしょうがなかった。暇すぎて死んでしまいそうなほどだ。だからわたしは、旅をすることにしたのだ。目的のない、ただの暇つぶしのための旅。

 わたしは3000年も生きていて、腕っぷしだけは強いから、今までの旅で、危険な目にあったのは数えるほどしかない。3000年の内の1000年は、魔法の訓練と剣の訓練、体術の訓練に明け暮れてたしね。もう赤子に戻ってしまった師匠も、教えるのがうまくて、実力もなかなかのものだった。

「疲れた……」

 わたしは1人で呟く。かれこれ3日以上はぶっ通しで歩いていて、身体はもうヘトヘトだ。足が痛くて両腕も痛い。照り返す太陽はうんざりするほど暑くて、気分はもう最悪。一瞬てんい魔法の誘惑に駆られるが、なんとかして打ち払う。それだけはダメなのだ。わたしは旅を楽しむために、転移魔法は縛っている。

 でもこのままだと、脱水症状を起こしそう。

 どうしよう。

 わたしが八方塞がりの状態で困っていると、

「あ……」

 なんと幸運なことに、前方からトラックがやってきた。こんな砂漠で珍しい。わたしは2日間ぐらい、ずっとこの砂漠歩いているのだけれど、車には一度も会わなかった。まあいい。きっとこのトラックは、神が私にくれたお恵みなのだろう。

 わたしは気分が高まって、まるで通せん坊をするように、トラックの前に踊りでた。危ない行為だと思う。

 トラックはびっくりしたように、キィィと急ブレーキを掛けた。

 砂が舞う。

 トラックの運転席からは、体格の良いおじさんが飛び出してきた。

「おい、危ないじゃねぇか!」とおじさん。怒鳴り散らしている。でもわたしの顔をみた瞬間に、その顔は、水あめのように緩んでいった。

「えと、すみません……」

 わたしは慇懃に頭を下げた。飛び出してしまったのは事実なのだから、相手がどんな人物であろうとも、謝らないわけにはいかないだろう。

「ちゃんと反省してるか?」とおじさんは、わたしに向かって聞いてきた。

「はい、してます……」

 わたしは頷く。本当は、反省なんてしてないのだけれど。

「そうか」とおじさんは、まだ顔を緩ませたままでいる。「なら許してやる。お嬢ちゃん、お姫様みたいな可愛い顔してるからな」

「ありがとうございます」とわたしは、丁寧にお礼を述べた。お姫さまとかは、耳にタコが出来るほど聞かされたことばだけれど、言われて悪い気はしなかった。そう、わたしはお姫さまとか、どっかのお嬢様みたいだとよく言われる。可愛いとも言われる。自分の長く伸ばした、漆黒の髪が原因だろうか? 

「あの、ちょっとお願いがあるんですけど」

 わたしは本題へ入ることにした。

「なんだ?」

 と首を傾けているおじさんにお願いをする。

「あの、良かったら、あなたのトラックに乗せてもらえませんか?」

 運転手は一瞬、戸惑うような素振りを見せたが、

「まあ、いいぜ」

 照れくさそうにしながら、乗せることを承諾してくれた。ラッキー。ここでこの運転手に見捨てられてしまったら、きっと、脱水症状にでもなっていたことだろう。これ以上、この灼熱の砂漠を歩くなんて、わたしにはむり。

「で、どこまで乗っていきたいんだ?」と、運転手は率直に聞いてきた。

 わたしは応える。

「少し遠いですけど、エルムの町まで乗っけていってくれませんか?」

 ――エルムの町。そこは貿易都市だ。エルムの町は、色々な国からたくさんの人が入ったり出て行ったりする。必然的に有益な情報が飛び交うことになり、暇なわたしは、伝説級モンスターの情報でも仕入れようと思ったのだ。

 風が吹いた。私の髪をふわふわと揺らす。

「OK、エルムの町だな?」

「はい」


     ◆


 トラックは、思ったよりもグラグラと揺れた。酔ってしまいそう。

 わたしはおじさんの隣に座っていた。後ろの座席で構わなかったのに、おじさんが隣を勧めてきたので、お言葉に甘えて助手席に座っていた。座席は意外と柔らかかった。トラックの座席といったら硬いイメージがあったのだけれど、どうやらそれは、私の思い込みであったらしい。

 トラックが出発してからは、すでに小1時間ほどが経っていた。目的地のエルムの町には、あと6時間ほどで着けるだろう。

 トラックはまだ砂漠を走っていたが、そろそろ抜けてもおかしくないはずだ。途中で、綺麗なオアシスもあったし小さな集落もあった。どんなバカでも、砂漠の真ん中に集落は作らないだろうと私は考える。

 トラックの運転手は、時折どうでも良い話題を振ってきた。わたしはその話題に、誠意を込めて応えてきた。

「なあ」と運転手が突然声を上げた。

「はい?」

 わたしは運転手のほうを見る。

「そういえば譲ちゃんは、なんで、エルムの町なんかいに行こうと思ったんだ?」

「観光です」とわたしは、当たり障りのない応えかたをした。とてもじゃないけど、伝説級のモンスターの情報を仕入れるためです、なんて言えるわけがない。運転手がびっくりしすぎて、卒倒してしまうだろう。

 ところで伝説級モンスターというのは、世界総連合が、鬼強いモンスターに対して送った名称。どのモンスターも、1匹で都市を壊滅させられるという。その伝説級のモンスターの数は、現在200程度しか登録されていないらしい。

「ふ~ん、観光かぁ」と運転手は、しみじみとした調子で言った。

 私は無言。

 少しの間があって、

「あ、ちょっと忠告なんだが、聞いてくれるか?」

「はい」

 わたしは頷く。忠告とはなんだろう? などと、心の中ではワクワクしている自分がいた。暇つぶしなりそうなことなら良いけど。

 運転手は右へハンドルを切った。

「良かった、実は最近、パルムの町には時折ドラゴンが出るらしいんだ。真っ黒なドラゴンだとさ。暗黒の森から来ているらしい。防御のためにパルムの町では、ある討伐部隊が駐在しているそうなんだが、どうやら歯が立ってないらしいぜ。あ、譲ちゃんもドラゴンぐらいは知ってるよな?」

「知ってます」

 当たり前だ。この世界でモンスターを知らない人など、もはや1人もいないことだろう。ドラゴンはそれほど有名なのだ。上級モンスターの代表格とも言っていい。ほとんどの個体は赤色をしているが、ときどき違う色の個体もいるそうだ。わたしは今までに、赤色の個体は何匹も倒してきたが、黒色の個体を討伐したことはなかった。

「だよな、まあ、やっぱり知ってるよな」と運転手は言った。「けど今回あらわれた黒のドラゴンは、準伝説級モンスター並みの力を持ってるそうだぜ?」

「本当ですか?」

「本当だ」と言った運転手の顔は、嘘をついているようには見えない。わたしは歓喜した。良い暇つぶしが見つかった。伝説級のモンスターとまではいかなくとも、準伝説級のモンスターでも、多少の暇つぶしにはなってくれるだろうから。

 おじさんトラックは、いつの間にか森の中を走っていた。深い森だ。緑の木々が鬱蒼と生えていて、太陽の光が届かない。真っ暗だ。雑草も所狭しと生えていた。たしかこの森の名前は、魔性の森だったと思う。魔物がよく出没するから、その名前を付けられたと聞いている。

「んー」

 わたしは大きく伸びをした。ずっと座席に座っていて、背中のあたりが凝っていたのだ。早くエルムの町で休みたい。

 おじさんは運転を続けていた。ときおり、チラチラと窓の外へ視線を配っている。魔物が出てくることを警戒しているのだろうか?

「お譲ちゃん、ちょっとここらで休憩しないか?」とおじさんは提案した。

 わたしは「いいですよ」とだけ応える。きっとおじさんも疲れてしまったのだろう。休むことなく運転を続けていたのだから、その疲労量はわたしの比ではないはずだ。

 おじさんはブレーキを掛けた。トラックが音を立てて止まり、目の前には澄み切った泉があった。

「お譲ちゃんも、休憩していかねぇか?」とおじさんは、ドアを開けながら言った。軽そうなドアだった。

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 わたしはおじさんと外に出た。

 久しぶりの新鮮な空気。

 ずっとトラックに乗りっぱなしだったので、森の空気は私の心を洗ってくれるようだった。

 地面はなんとなく湿っていた。薄い色のピール苔が生えている。このピール苔は、食べると少しのあいだ身体が麻痺してしまうらしい。魔法書院出版の、コケ大図鑑という本に書いてあった。

 おじさんが前にある泉へ向かっていったので、わたしもつられて付いて行った。水が飲みたかったのだ。砂漠で彷徨っているときに、水筒の水は全部のんでしまった。いまや一滴も残っていない。わたし喉は砂漠のようにカラカラだ。

 泉の場所に着くと、早速わたしは屈んでみて、両手で透き通る水をすくってみた。ひんやりとした感触が心地いい。

 飲んでみた。

 そうしたら、

「あれ……?」

 どうしてだろう、身体が麻酔薬を打たれたように動かない。それでも首だけは動かせたので、わたしはおじさんの方へ向いてみた。

 おじさんは――

 笑っていた。

 口元も濡れていないので、泉の水は飲んでいないのだろう。

「お譲ちゃん、見事に罠に嵌ってくれたね」とおじさんは、品のない笑みを浮かべながら言った。邪悪な笑み。

 わたしは背筋が寒くなった。

「罠とはどういうことですか?」

「そのまんまの意味だよ、お譲ちゃん」

 ――なるほど。

 つまりわたしは、このおじさんに嵌められたという訳か。助け舟だと思って乗ったのに、実は海賊船だったというオチ……。もう何度も経験してしまっていた。仮にもやるんだったら、わたしはもっと工夫して欲しいと思う。

 そんなことを考えていたら、急激に、おじさんの姿が変わり始めた。顔がグニャッと変形する。黒かった瞳は赤くなり、鼻は突き出るように伸びていた。表面は黒い。服もバリバリと破れていって、筋骨隆々の体躯があらわになった。右手には巨大な剣を握っている。変身と同時に、虚空から飛び出してきた剣だった。おじさんは人間ではない。驚くことに、なんとモンスターだったのだ。

「いいぞ、来い!」とおじさんは叫んだ。

 その瞬間、周りの空間が割れた。ガラスの砕けたような音がする。割れた空間からは、多数のモンスターが飛び出してきた。全員、おじさんと似たような形をしている。子供のような奴もいた。

 わたしの知る限りだと、多分コイツらはドルピースだと思う。ドラゴン並みに有名なモンスターだ。主にやることは、人間の姿にばけて、人間を騙してある場所に連れていき、その人間を喰らうこと。聞いたところによると、かなり残虐に喰らうらしい。あえてすぐには殺さずに、食べられているのを実感させながら殺していくのだそうだ。趣味がわるいと思う。

「へへ、最後に何か言うことあるか?」と元おじさんは聞いてきた。周りのドルピースたちは笑っている。今日の夕食はわたしだと思い込んで、さぞ気分が良いことだろう。数分後に、自分達がただの屍になることなど知らないで。

 わたしは元おじさんを見上げる。

「ないけど?」

「そうか……」一拍の間。「じゃあ俺達の食料になりやがれ!」

 元おじさんが走った。周りのドルピースも走り始め、一斉にわたしの方へ向かってくる。ドタドタというような足音が森に響いた。

 わたしは心のなかで詠唱。

 ――断罪の剣よ、愚を貫け。

 悲鳴さえ上がらなかった。

 ドルピース達は全員死んだ。

瞬く間に現れた、闇を帯びた剣によって。


     ◆


周りにはドルピースたちの死体が転がっていた。全員しんぞうの辺りに風穴が開いている。白目を剥いているものもあれば、カニのように泡を吹いているものもいた。無様だと思う。わたしに逆らうからこうなるんだ。

 わたしはこいつらを燃やすことにした。恨みを込めてとかそういうわけではなくて、ただ単に気持ち悪かったからだ。

 ――炎魔法を詠唱。

 直後にドルピースの死体は燃え上がり、灰になってからどこかえ消えた。風に運ばれてしまったのだ。

 わたしは胸中で麻痺解除の魔法を唱え、麻痺から解除されたら立ち上がった。外套に付いた泥を払う。黒い外套だ。首元のほうにフードが付いているが、普段は付けていない。付けてしまうと、どっかの魔女みたいになってしまうからだ。

「どうしよう……」

 わたしは考えあぐねた。森の中に取り残されてしまったのだ。道がわからないわけではないのだが、今から歩くのは億劫だった。疲れちゃう。元おじさんが使っていたトラックが後ろにあるけれど、残念ながら、わたしにトラックの運転はできなかった。

 しょうがない。

 今日はトラックで一夜を過ごして、明日の朝に出発しよう。

 わたしがそう決めて、トラックの方へとぼとぼと歩いていくと、

「よお雪乃!」

「ひっ!」

 いきなり声が降ってきて、わたしは反射的に驚いてしまった。「ひっ」なんて言ったのは何年ぶりだろう。声は上からだった。わたしは頭上を振り仰ぎ、そこには1体のワイバーンが飛んでいた。ウロコのびっしりと生えた身体に、2つの羽が付いている。足はトカゲのように短かった。

 そんなワイバーンの上に、1人の勇ましい男が乗っていた。グラントーレ・ヴァルトさんだ。

「どうした雪乃、そんな可愛い声上げて」

「ヴァルトさんのせいですよ」とわたしは、ヴァルトさんに文句を言ってやる。

 このヴァルトさんという人物は、わたしと同じ組織に属している男の人だ。腕は鬼のように強いと聞いている。というかわたしの属している組織は、メンバー全員が鬼のように強い。組織の名は〈7ノ神〉。リーダーのリルドさんが中二病すぎて、こんな名前になってしまった。

「で、いったい雪乃はなんでこんな所にいるんだ?」とヴァルトさんは、単刀直入に聞いてくる。

 わたしは今までの経緯を話した。軽く伝説級のモンスターを倒し、帰り道に乗ったトラックの運転手が、なんとドルピースだったこと、そしてそのドルピースを、今さっき倒したということ。

 はなしを聞き終えたヴァルトさんは、納得したように頷いていた。

「なるほど、じゃあ雪乃、俺のワイバーンに乗って行くか?」

「え……」とわたしの口から零れ出る。「そんな、良いんですか?」

「ああ、構うもんか」とヴァルトさんは、快活そうな笑みを作った。「だって雪乃は、エルムの町を目指してるんだろ? 丁度おれも、エルムの町を目指してるんだ。――で、雪乃、乗るのか乗らないのか、どっちなんだ?」

「乗ります」

 あそこまで言われれば、もはやわたしに選択肢などないだろう。ヴァルトさんが違うことを言っても、わたしは、ヴァルトさんのワイバーンに乗るつもりだったけれど。


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