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5話 一撃必殺な風前の灯火

 

 終わりの見えない最下部まで続くコメント。まだほんの一部しかないコメント。

 

あの後にも終わりがあるのかと言えるほど綴られていた訳だが、あの量の中から先ほどの『無断絶の刃』の持ち主のように、装備を得ている人を捜すのは一苦労だ。数からしてみれば外野が8割持ち主が2割あれば良い方だろう。そんな確率の中から必要な情報をまとめるなどと言うのは、ノウハウの分からない素人には出来る仕業ではない。

 故に探すことを諦めることで、掲示板での必要最低限の確認を終わらせた。

 

 それと同時に画面が消えた。

 

 そこから俺の視界は先の見えない暗闇へと変わる。いや戻ったという表現の方が正しいのかもしれない。先ほどまで出していた画面は幸いにも明るかった事で、周りの状況や暗さに目がいくことはなく、体の負担なんて頭から消してくれていたのだ。

 では、ずっと立ち続けることというのはどうなのだろう。足に負担を掛けすぎるのは如何なものか。ここまでの行動を振り返ると俺はふっと思ったのだ。このボス部屋に入ること早1時間。逃げ延びた先から一歩も動いていなかったことに。





「足がパンパンだな。とりあえず動きたくなってきたし。あ、でもだからと言ってボスとの鬼ごっこはいやだけどな。……はぁ、てか何独り言してんだ。俺」

 


 関節へと繋がった青い血管。

 軋む音を発てながら曲がる膝が血管の中を流れる血液を締め付け、一段と膨れ上がらせる。俺の皮膚は以外と分厚いと医者が言っていたのだが、1時間の直立不動は流石に血液が保たなかったようで皮膚を透けさせて自己主張していた。

 

 足に溜まった血が頭に回らず、狂ってしまったのか。俺は独り言を標準な声の高さで話していた。

 誰もいないからこそ恥ずかしさが込み上げてくる。人前でするときもだが、独り言をすると何かしら感じる羞恥が、心を埋め尽くしてしまう。恥ずかしいと気づくのはそのせいなのかもしれない。


 そろそろ体のことも考えて打開策を考えた方が良いかもしれないようだ。このまま何もしなくても変わらないのなら行動に移した方が良いに決まっている。小心者な俺がこんな所にずっと居たなら、心の病にかかりそうだ。

 


 しかし、だからといってこの不利な状況から打開する方法は一つしかない。ほぼ博打と言っても過言じゃない方法だが。


 


 俺の左に被さっている黒いグローブ。どの角度から見ても、アイテム覧から説明を復唱しても、強さのメカニズムが伝わってこない。それどころか代償のない『無断絶の刃』なんて代物を聞かされると、一段と明確な強さと言うのが分からなくなってくる。HPを削る程の代償と引き替えに、与えるダメージは、それに見合ったものなのか。

 この支給された欠陥品のグローブが、最後に残された博打の駒。言うなれば俺の命を賭ける相棒だった。命を棒に振るつもりはない。ここから生き延びて第一層の街でアルバイトからスタートするためにも、生き残らなければならないんだ。死んでたまるか。




「絶対に生き残ってやる…」

 支給された『BCグローブ』をタッチする。中指の根本辺りからレーザーが放たれ、画面を作り出す。チャージのやり方など知らない。だが、グローブの上に手を添えていると力が抜けている気がした。これでHPを流せていると気づくのに時間など掛からなかった。

 画面中央にあった0という数字が変動し続け、ドクドクと血が騒ぎ立てることで力とHPが抜けているのを感じ取ったからだ。

 命が削られることが伝わり、風呂上がりに起きる立ちくらみのような眩暈が襲う。ボス部屋という前提がなければ、盛大に倒れていただろう。

 

 必死に体勢を立て直し、HPを確認すると僅かに残った1という数字が、グローブに力を授けたことを告げているように感じた。代わりにグローブの数字が1499で止まり、静止していた。


 予測できたその事態にパスを取り出し、アイテム覧から初期ポーションAを取り出す。

 支えるのに必死なその体で、ポーションを口元まで運び、咽へと通した。その直後、温かな淡い光りが体を包み、不安定だったいくつかの体の部位に、力が戻っていく不思議な感覚を体感させた。今光る、苦みもうま味も感じられない無味な液体は、異世界の産物だと言うことを実感させるのに理由など要らないほどだった。




 画面を切り替え、HPを再度確認すると元の1500に戻っていたことを知り安心した。だが、それだけではあのボスのHPを0にすることは出来ない事を雰囲気で感じ取ってもいた。

 


 諦めることなくもう一度グローブにHPをそそぎ込む。先ほど感じていたものと似た感覚に襲われる。二度目だからだろうか、苦しみが軽く感じられた。しかし直ぐにHPは底をつくと1へと戻っていく。それと共に来る疲労感と眩暈が真也を苦しめる。その代わりに、命を代償に与えている力は何倍も膨れ上がっている……気がした。



 死にものぐるいに、初期ポーションが切れるまで続けられたこの作業は、裕に二時間を越えていただろう。それでも、足りないダメージ量に俺は、さらに一時間手を添え続けた。何もしていない時にHPは回復する。それも知っていたわけではない。第六感に伝えられた感というやつが、俺の体を誘導させたのだ。お陰で、回復されるはずのHPが永遠とグローブに流れていき、苦しみの中を耐えるほか無いままグローブの数字は大きく膨れ上がっていった。


 それから三時間もの長い時間をかけて溜められた『BCグローブ』内の数値は、一発であたえられるダメージとは思えないほど凄まじくなった。これだけの総ダメージ量をぶつけられたなら、勝てるのではないか。そう思ってもおかしくはない数字だったからだ。


 無茶をした体がギシギシと軋む。これまでの時間俺は立ち続けていた事で体は悲鳴をあげだす。その疲労も加算され、自分の体を支えることが出来無くなり始めた。涸渇寸前の状態に陥ってしまった以上、勝負は今しかないと悟った。


 


 画面に表示されていた爆弾生成ボタンを力無く押すことで、グローブの下にある手のひらに伝わるほどに、凄まじい量の密度の熱が収束していく。

 長い時間を掛けてため込んだ集大成は、ものの数秒で完成を遂げた。丸みを帯びたそれは、どことなくアニメの世界を想像させる物だった。持つだけで分かる危ない重みに手が微動だに震える。

 

 叫びたくなるような緊張感に逃げ出したくなる。それでも逃げ場のない空間に居るのだから、仕方がないと自分を納得させることで、自我を保った。





「……絶対に倒してやる」

 左手に乗る爆弾をしっかりと掴み、掠れる声の意気込みと共に震える足を一歩前に出した。動かないかと思った足はこの時を待っていたかのように、思い切りゼンマイを回したロボットの如く、関節をぎこちなく曲げさせることで踏み出していた。




 さっきまで感じられなかった異様な雰囲気が皮膚を撫でる。

 

 コツンと地面に靴が当たると、周りを囲むように配置された松明が順を追って灯り始めた。ここに来てからは見慣れた光景であったのだが、火が全てに灯り終わるのが長く感じた気がしする。

 

 最後の一本にようやく火が灯ると、トカゲ野郎を包んでいた殻に皹が入り、光りで出来ていた殻が瞬時に消えた。トカゲ野郎は最初と同じようにゆったりと立ち上がり、辺りを見渡している。侵入者に反応するようになっているボスは、そこから動きはしないが首を左右に振り、目をギョロリとちらつかせるのが基本の動作のようで何度も繰り返していた。俺はその間に動くことはしない。チャンスを待つためだ。殻に戻る瞬間に隙が生まれる。そこしかチャンスはない。それが俺の命を賭ける作戦だ。


 トカゲ野郎は未だ人影を探していた。何度も見せられている半径2メートルほどをウロウロと歩き回るでかいトカゲの姿。次の動きは分かっているのに、心がざわつく。死ぬ状況を考えてはならないと知っていても考えてしまう。もはや負の連鎖にはまってしまっていた。

 そんな悩みを抱えているときも敵は着実とシナリオを埋めていき、怖さを消すよりも早くに元の位置へと戻っていた。

 トカゲ野郎はその場に立つと動かなくなり殻が包むのを待つ体勢に入った。真下から少しずつ光りが集まっていく。その時にトカゲ野郎は動かない。いや動けないのだろう。これが俺の言っていたチャンスだった。

 弱り切った俺でも、しっかりとそのことだけは覚えていた。


 トカゲの体が半分ほど包まれた時だ、俺は一歩だけもう一度足を精一杯に前に出した。それに気づいたトカゲ野郎はピクッと体を震わせた。やっと目で俺の姿を捉えれたようだ。半分まで殻で覆われた体が殻に固定されて動かないのか、強引に暴れ出した。包み込む作業は一時停止したが、それだけだった。消えて無くなる訳でもなく、壊れるわけでもない。それは単純にボスを生け捕りにしているようだった。



「この時が……やっと……きた」

 真也はふらつきながら壁にやっとの事でもたれると、爆弾を強く握りしめた。

 へらへらとしていた半面で俺は最初から結構動揺していた。入ってすぐに殺されかけたのだから、当然なのだが。元々恐がりな俺には荷が重すぎたんだ。

 早く此処から出て一番弱いところで、邪魔にならないように生き残る。だからこそ絶対にここから出てやる。





「これで俺は自由だぁぁぁぁぁ!」

 

 左手にあった爆弾を右手に持ち替え、肩に力の入らない腕を下から前へと振り抜いた。その時に手の中にあった爆弾を遠心力に任せ、放り投げる。角度も高さも狙ったように良いコースへと放たれた爆弾は、宙を舞いながら落下していく。落ちる場所は当然ボスの真上だ。

 HPをたらふく喰らった爆弾の危機を感じとったのか、トカゲ野郎は更に激しく暴れ始めた。それでも光りで出来た殻の拘束具はトカゲ野郎を掴んで離さない。ボス級でも壊せない程頑丈なようだ。





「グギュァァァァァァ……」

刻、一刻と落下は続く。その最中にボスであるはずの敵が恐怖からか、泣き叫ぶように一心不乱にもがきだした。だが両手は殻の中に埋まっていて足掻こうにも足掻きれない。そして、爆弾は何にも阻害されることなくボスの眉間に収まった。

 


 その次の瞬間、言葉で表しきれない爆音が中央で解き放たれた。込めた量が量なだけに、熱風が更に広がりを見せ始めていった。

 俺は爆弾の威力を軽視していた。これほどまでに広範囲になると誰が良そう出来ようか。これではまるで至近距離で原爆を落とされたようなものじゃないか。

  

 小さく鳴いた瞬間には、トカゲ野郎の体は爆風に飲み込まれていくのがみえた。





「はは……、あ、もうだめだ……動けない」

 俺の目の前にも爆風は迫っていた。だが目の前に迫ったと同時に俺は涸渇した体力に潰されて瞼を落とし、身体を倒してしまった。

 

 その小さな空白の間に俺は脳内で奇怪な電子音を耳にした気がする。眠気と体力の限界で開かなくなった視界の内側にいた俺には、その音が夢の合図に感じた。音の理由など知らぬままに真也は深い眠りの世界へと落ちていった。皮肉にも最後に頭に浮かんだのは秋隆でもなく、家族でもなく、あの怪しい男の意味深な表情であった……。



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