第5回:止まぬ雪
月夏の思考回路がストップする。
「あ、ああ、別に……」
心臓の鼓動が大きくなった。
ばくばくいってる。
それを気づかれないように、ゆっくり雑誌に目を戻す月夏。
「雪、やまないね」
静かにつぶやく冬花の声。
なぜかその言葉が、胸の高鳴りを抑えていった。
鎮静剤を打たれたかのようだった。
「ああ」
と、相打ちをする。
自然に声がもれた。
今朝から雪は降りっぱなし。
天気予報によると、今日はずっと降り続くようだ。
大雪だそうで、朝は月夏たちがいつも乗る電車は一時間以上の遅れ。
それでもぎりぎり、一時間目の授業に間に合った。
だけど、いつも一番に教室に入る月夏たちは一番最後。
こんなことがなければ、二人の登校風景は誰の目にとまることもない。
しかし今日は、教室の窓から二人の登校が丸見えだったし、教室に入るのが同時だったのもみんな見ている。
だから食事中、シュウの口からその話題が出たのだ。
目撃されたのは今日が初めてじゃない。
前になんどか同じ大雪の日があって電車が遅れたことがあった。
二人でいてもはずかしいことはないから、相変わらず二人で登校。
本人たちが気にしていなくても、まわりにはいやでも目に付く。
当たり前だ。
男と女が仲良く登校して来るんだから。
小学生ならありえるけど、中学生以上になれば恋人以外の関係はない。
「家に帰れっかな」
電車は今でも動いているのだろうか。
少なくとも、何分か遅れるに違いない。
ここはまだましだが、電車の向かう先は、雪の多い地方なんだから。
「心配だよね。放課後も図書当番あるんだけど、どうしよっか」
授業終了時間は三時半。
それから掃除で、それが終わればすぐに帰れるけれど、図書当番は夕方の五時まであるのだ。
夏ならいいが、今の季節は真っ暗な時間帯。
気温もぐっと下がる。
「こんなに雪降ってると、外出たくねーよな。」
「そうだね。さすがのあたしにも、傘なしはきついわ。」
「え?」
いまなんつった?
「傘なしはつらいなって」
「……か、かぜでもひいてんのか?」
冬花があっさりと白旗をあげた。
いままで屈伏したことはないのに。
「何いってんのよ。わたしは元気に決まってるじゃない」
「いや、だっていつも傘さけてるから……」
「たまにはこういうこともあるのよ」
知らなかった。
冬花が勝てない雪もあるらしい。
しかし、よく考えてみればそうなんだけど。
でなきゃ、おかしすぎる。
こんなに降ってんのに、傘なしは死ぬだろ。
ますます大降りになってきた雪。
粒の一つ一つが大きくて、水分をたくさん含んだ重い雪。
「そういや部活は? 今日も練習あんのか?」
冬花は吹奏楽部でフルートを吹いている。
放課後の練習は、いつも六時までだ。
「どうだろ。たぶんないんじゃないかな。大雪の日はたいてい休みだから。午後には連絡のメール来ると思う」
と、冬花は自分の携帯を出し、なにかメッセージはないか確認する。
「まだ連絡はないね」
ちなみに月夏は、文芸部。
中学生のときはバスケをやっていたが、今は書くほうが楽しくなってきた。
文芸部の活動は、火曜の放課後の図書館でものミーティングのみ。
ミーティングっていっても、たわいのないおしゃべり。
年二回刊行の部誌は、個人で時間を見つけて書くことになっている。
ほぼ毎日練習がある冬花とは違い、月夏の放課後は楽なもんだ。
登校時間が同じ二人だけど、下校の時間はばらばら。
電車の時間も、同じことはない。
だけど今日は、久しぶりに同じかもしれない。
ふと月夏は思う。
「やめばいいな」
「うん……」




