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第2回:呼び名

第2回

「またそれかよ。男子で雪原冬花を名前で呼び捨てるやつなんて、お前だけだぜ?」

 シュウはちらりと教室の一番後ろにいる女子の集団に目をやる。

 弁当を口にする七人グループの中に、冬花はいた。

 

 月夏たちがいる席は一番前。

 冬花とはちょうど対角線上になっていた。

 かなり離れている。

 当然月夏たちの会話は、向こうまでは届かない。


「呼びたきゃいやあいいじゃん、“冬花”って」

「んな簡単なことかよ」

 パン部分だけ全部食べ終わり、残ったクリームコロッケを、シュウはいっきに口の中に押し込んだ。

 口をもごもごさせながら、シュウは紙パック入りの牛乳を飲みほす。

 そんで、ばしっと空になったパックを机においた。


「雪原冬花を名前で呼べるやつはなあ、お前しかいないんだ」

 シュウはいう。


“雪原冬花を名前で呼んでいるやつは月夏しかいない”


 それは月夏自身も、自覚していた。

 だけど、それがなんだというのだ。

 小さいころに知り合えば、互いを名前で呼ぶのは当たり前だろ?

 普通だろ? 幼稚園の子どもが遊び友だちを苗字で呼ぶなんて、聞いたことがない。


『……やっぱおれって、特別な存在なのかな』


 シュウがほしいのはこういう言葉だったが、月夏はそんなことを思っちゃいない。

 シュウが頭に描いたシナリオとは、まったく別のことを返してくる。

「なんだ、冬花に気があるのか?」

 調子がくるうシュウ。

 だけど、気を取り戻す。


「あのなあ、オレの好きなやつ知ってくるくせに、そういうこというかあ?」

 シュウが隣のクラスの女の子に片思いしていることは、前に教えてもらった。

 だから知ってる。

 それをわかってて聞いたのだ。


「オレがいいたいのはだなあ……」

 シュウは改めて姿勢を整える。


「クラスのみんながお前らを公認しているっていうのに、本人たちはわかってねえってことだ」


「……なんだそれ」

 それでも平然としている月夏に対し、シュウは「あ゛〜」と頭を抱える。

「じれったいんだよ」


 雪原冬花は、まれにみる不思議少女だ。

 女子にだって男子だって、みんなと仲はいいけど、特別特定のグループにいすわることはない。

 誰とでも話しをし、誰とでもお昼をともにする。

 今日いる輪は、きのうと同じじゃないのだ。

 一人が好きなんじゃないのか?

 っていう人もいるが、たいてい誰かと話しているので孤独主義でもない。

 クラスの女子は、誰もが“グループ”に所属しているものの、冬花はそのどこにでも属していない。

 でも、どこにでも属しているという感じでもあった。


 シュウが“じれったい”というのには、もう一つ理由がある。

 冬花は、月夏以外の友だちを、名前で呼ばない。

 月夏の前に座っているシュウは、“秋山くん”。

 隣の席の加藤奈々は“加藤さん”。

 今食事をともにしている女子も、“高橋さん”とか“上村さん”とか“遠藤さん”とか、みんな苗字に“さん”づけなのだ。


 それなのに、月夏だけは“岩下くん”ではなく、“月夏”なのだ。

 気づいてはいるが、月夏は深く考えたことはない。


 自分のことを名前で呼ぶのは幼なじみだからとして、ほかを名前で呼ばないのはなぜか?

 冬花は誰とでも気軽に話すから、呼び方も統一しているのだろう。

 平等にってやつ。

 名前を呼ぶってことは、ほかの人よりは仲がいいってことだし。

 自分だって、シュウとほか数人の友だち意外、名前では呼ばない。

“くん”はつけないが、苗字の呼び捨てだ。


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