終わりと始まり
小さい小さい溜息が口から洩れた。
これで終わり。これが最後。
もう、悲しいと思う感情すら俺にはないらしい。
ポストに投函した手紙には別れの言葉。
もう俺は二度とお前に会わない。
お前と俺はやっぱり釣り合わなかったんだ。
お前の好きという言葉にどれだけ歓喜しただろう。
お前に抱き締められてどれだけ幸せだったろう。
でも、それはもう昔の話。
お前には俺よりも似合う相手がいるよ。ううん、もういるんだな。
お前の目が俺に向かなくなって、俺の言葉がお前に届かなくなって。
今はもう、何もない。
さよなら愛した人。
どうか幸せに。
俺はきっとお前以外を愛することはないだろうけれど。
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俺が高校を中退し、今のコンビニでバイトを始めてからもう5年。
今じゃ古参のバイトとして重宝されている。
店長は気のいいおじさんだし、俺以外は店長の奥さんと店長の娘さん(高校生)と奥さんの友達のおばさんが二人。
店長の娘さんは早苗ちゃんといって外見も中身も大人しい子だ。
漫画を描いたりしてるらしい。
まったりとして穏やかな生活に俺は満足していた。
友人と呼べる人間は早苗ちゃんしかいないし、家族もいないけど。
ただ、おじさんたちは俺を養子にしたいとまで言ってくれる。
おばさんに至っては
「健吾君が早苗と結婚してくれたら嬉しいんだけどねぇ」
なんて言い出す始末。
残念ながら早苗ちゃんには既に恋人がいるのでその話は立ち消えたけれど。
傷ついた心と体を癒すにはここは最適だった。
当てもなく彷徨う俺を拾ってくれたおじさんたちには感謝してもしきれない。
せめて仕事だけでも手助けになれればいいと思う。
早苗ちゃんが描いた漫画を読む。
早苗ちゃんは中身と外見にそぐわず、意外にも少年漫画を描いていた。
落ちこぼれの剣士見習いの少年が魔法の才能を開花させ、悪と戦う話を。
絵が綺麗で読みやすいんだけど…どうしてこう、少年と幼馴染の剣士の関係がいかがわしげなんだ?
最近の流行りか?
一種のヤンデレタイプだぞ、この剣士。
少年の未来が心配だ。
「どう?面白い?神楽君に見せたら、面白いねって言ってくれたんだけど、神楽君いつも肯定しかしないから不安なんだよね」
「神楽君、早苗ちゃんにめろめろだからねぇ。そりゃ仕方がないんじゃないかな。…俺は嫌いじゃないよ。そんなに漫画詳しいわけじゃないけど」
「いいのよ。真剣な批評が聞きたいんじゃなくて人が読めるレベルか知りたかっただけだから」
俺が原稿を返すと俺の感想に満足したのか早苗ちゃんがうふふ、と笑った。
平凡顔だけど可愛いなぁ早苗ちゃんは。
こういう妹欲しかった。
「それで、それ投稿とかするの?雑誌とかに」
「う~ん、やっぱり憧れはジャン○なんだけど、画風とか作風とかだとスクエ○かなぁとも思うんだよね」
「スク○ア…あ、ドラ○エ出してるとこでしょ?」
「一般人の認識はその程度よね」
「え、違った?」
「違わないけど違う。漫画雑誌とかも出してるの」
へぇ、知らなかった。早苗ちゃんが言うには、ガン○ンとか出てるらしい。
ハガ○ンとか出してんだ、へー。
早苗ちゃんと仲良くなってから漫画とかゲームとかの知識がつくなぁ。
幼いころに親を亡くし、施設で育った後は全寮制の男子校で生活していた俺はそういうものに疎かった。
勉強とか家事なら得意なんだけど。
今じゃたまに少女漫画も読む。好きなのは夏目○人帳とか。
いそいそと原稿を紙袋に戻した早苗ちゃんは思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。健吾さんって私立英仙学園にいたんですよね?確か」
びくり、一瞬身体が跳ね上がった。
どうして早苗ちゃんがその名前を口にするんだ?
忘れていたものが込み上げてくる。
吐き気すら催しそうなほどの気持ち悪さを懸命に飲み込んで、俺は早苗ちゃんに笑って見せた。
「中退だけどね。でもそれがどうしたの?」
「ほら、神楽君今T大の理Ⅲ狙ってるでしょ?それでおじさんが知り合いの人に頼んで家庭教師してもらうんだって。その人が英仙の出身なんだって。現役T大医学部で今21歳だって言うから、健吾さん知ってるかなと思って」
俺と同い年の英仙の出身者?
医学部、ということは彼らのうちの誰かではないはずだ。
彼らは皆継ぐべき家を持っていたから。
けれど、あの頃学園で俺を知らぬものはいなかったはずで。
出来るならば会いたくはない。
いいや、絶対に会いたくはない。
転校生を陥れようとし、会長を誑かした悪。
そう呼ばれていたあの頃を、思い出したくなどないから。
「広い学校だから、多分知らない人だろうけど…神楽君に俺の事言わないでって言っておいて?ほら、俺中退だし。あそこを中退するのって不名誉だろ?」
俺の言葉にしっかりと頷いてくれた早苗ちゃんを見て、ほっと息を吐いた。
その時俺は気付いていなかったんだ。
コンビニからそう遠くはないマンションに住む神楽君。
その神楽君のもとに通う家庭教師。
マンションから駅までの間にはここしかコンビニがないということ。
出会うはずはなかったんだ。
二度と交わることのない道のはずだった。
今更、そう今更。
けれど運命は残酷に俺を玩ぶ。
脳内妄想を吐き出すために始めました。
小松未歩の曲を聴きながら考えました。好きです。