ママが浮遊していた
夏の音は、いつだって平穏の裏返しだ。
風鈴の涼やかなチリンという音、庭の木々から響くセミの大合唱。聞き慣れたはずの「夏の音」が、もしも別の「ナニカ」の言葉に変わってしまったら――。
これは、ある夏の日、不気味なノイズに侵食されていく青年の記録。
耳を塞いでも逃げられない恐怖を、どうぞご堪能ください。
セミの鳴き声が、どこかおかしい。
「ジー、ジー」といういつもの羽音が、じっと耳を澄ませると「マ…マ…」という濁った掠れ声に聞こえるのだ。旧家の縁側で風鈴を眺めていた僕は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。チリン、と澄んだ音を立てるはずの風鈴までが、風に揺れて重く湿った声を漏らす。
「ママ、が……ふ、きゅう……」
音は庭の木々から、空から、そして足元から這い上がってくる。かつて村から消えた母の影が、夏が連れてくるすべての音を乗っ取っていくようだった。恐怖で耳を塞いでも、鼓膜の奥で直接その声が響き続ける。
ノイズに満ちた熱帯夜、僕は二度と静寂が訪れないことを悟った。
本編をお読みいただき、誠にありがとうございました。
本作は「聞き慣れた夏の音」が持つ爽やかさと、それがふとした瞬間に不気味なノイズへと変わる恐怖の対比を描いた作品です。
風鈴の音やセミのシグレが、もし人間以外の「ナニカ」の蠢く声だったら――そんな日常の裏側に潜む違和感を楽しんでいただけたなら幸いです。
作品を最後まで見守ってくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。また次の物語でお会いしましょう。




