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第20話 三冊の重み

 夏海がファミレスの入り口に目をやると、親友の遠藤薫がキョロキョロ中を見回していた。

 夏海が薫に手を挙げて合図すると気がついたようだ。 

 

「遅れてごめん。最近浮気疑われちゃってさ」

「マジ? 何したの?」

 夏海が驚いて聞いた。


「男友達の相談聞くのに飲みに行ったらさ……って、うちの話はいいねん」

「聞きたいけど?」

 そう言って夏海は笑った。


「まあ、その話は落ち着いたからまた今度ね。それより夏海の話よ」

「先に何か頼まない?」

「んじゃ、あたしホットコーヒー」

「私は紅茶にしようかな。もう少ししたらランチ頼もうね」

 夏海はタブレットで注文した。


「会ってみた感想は?」

「お髭が伸びててさ……疲れてる感じした」

「表情はどんな感じ? 怒ってる風とか、悲しい感じとか」

「ん……無表情だったかな。私よりずっと冷静だった」

「冷静か……」

 薫は何やら考えている。

 

「冷静な顔で、最後にしようって言ったんだよねえ? 少なくとも事前に考えて言ってるわね」 


「なら、……本心?」

 問いかけながら夏海は薫の表情を食い入る様に見つめた。


 すると、ホットコーヒーと紅茶が運ばれてきた。


 薫がコーヒーを口に持っていきながら言った。

「どうなのかな……」


 薫がコーヒーを置きながら言う。

「最初電話番号教えてくれないって言ってたじゃない? あれずっと引っ掛かってたのよ」


 夏海の表情が暗くなっていく。

 それに気づいて慌てて薫はフォローする。

 

「ああ、ごめん、ごめん。あくまで客観的な話をするとね、面会の時に目を合わせなかったんだよね?」

「うん。そう」


「目を合わせないって言うのは、自分の罪の意識からくるものなのか、それとも夏海に対して嘘を言ってるからなのか、今の状況だとどっちか判断つかないわ」

「そっか……」


「一つ引っかかるのが、本のリストを夏海に頼んだんだよねえ? 父親でもいいわけじゃん? なんで夏海なのか……」

「そうだよね!」

 夏海は両手を重ね合わせて顔の前に持ってきて身を乗り出す。

 

「総合して考えると……。いや、無責任なこと言えないわ。夏海はもしさ、本当に尚哉くんが夏海に何も好意がなかったとしたら、何年も待てるの? 振られる可能性あるのよ?」


 夏海は両手をテーブルに下ろした。

「うん……。考えとかないといけないよね……」


「そう。時間かかってもいいから現実を受け止めないといけないかもしれない。夏海はあたしにとって大事だから、傷つくのは見たくない」


「薫……。ありがとう」

「ううん。あたしのためでもあるんだよ。夏海のこと好きだからさ。変な意味でなくて。ずるいこと言っちゃうかもしれないけれど、夏海には選択権があるのよ。尚哉くんをこのまま好きでもいいし、いつでもフェイドアウトして行ってもいい。そう考えると楽にならない?」


「なるほど。そういう考え方もあるのね」

「夏海が好きで居続ける義務はないのよ。それだけはわかって」


「わかった。ありがとう」

 夏海が微笑むのを見ると、薫の心も温かくなった。

 

「ランチ何にする?」

 薫がタブレットを夏海に向ける。

 

「スイーツ付きの欲張りセットなんでどう?」

「美味しそうだけど太りそうだよ!」

 夏海がそう言って笑うと、薫も笑った。


 ◇


 志遠は、日本に来ていた。今は定期的に日本に来ている。

 今回は、設計詰めから施工まで関わるため、長期で滞在中だ。

 

 今日は真一郎と、都内近郊の県境にあるNES私有地を訪問していた。

 工場の設計が終わり、建設工事が急ピッチで行われていた。

 志遠は、自ら設計に携わっており、現場監督総責任者となっていた。

 志遠と真一郎は、ヘルメットを被り、作業服を着て、設計図を広げている。 

 

「田端社長、この工場はパワー半導体とも違う、最先端の次世代バッテリー半導体工場になります」

「売りはなんだ?」


 志遠が設計図を指差しながら説明する。

「ここは、バッテリー管理ICの超精密ライン。バッテリーの各セル(電池の最小単位)の電圧を1ミリボルト単位で監視する、脳にあたる半導体を作るラインです。精密さは世界でもトップクラスです」

 真一郎は、熱心に聞き入っている。

 

 志遠は、また別の場所を指差す。 

「シリコンカーバイド、SICの熱処理工程はかなり難しい工程です。炉の温度は、千五百から二千度。普通のシリコン半導体だと千から千百度くらいですね」

「そんなに違うのか」

 真一郎は驚いていた。


「鉄さえ溶ける温度で焼き、ウェハの表面にガスを吹き付けて、原子を一段ずつ積み上げていく。この熱に耐えて結晶が整った時、初めて最強の半導体としての骨格ができあがる。しかし、失敗すれば、ダイヤモンドの次に硬い《ゴミ》が出来てしまう。だからこそ、精度が求められます」


 真一郎が顎に手を当てて考える。

「しかし、この一つの炉を動かすだけで、どれだけの電力を食うと思っている。効率が悪すぎないか?」


 志遠が、遠くを見つめながら答えた。

「今は非効率ですね。でも、ここで『熱』を味方につけたこのチップが、将来、EVの航続距離を数百キロ延ばし、世界中のエネルギー損失をゼロにする。……田端社長、あなたが投資してるのは『電気代』じゃない。次の時代の『標準』ですよ」


「なるほど。日本ではまだこれほど新しい工場がない。楽しみだな」

「はい」

 志遠が微笑んだ。

 遠くで建設機械の唸る音が聞こえた。


 ◇


 夏海は外回りの帰り、葛飾区小菅に寄った。

 尚哉に頼まれた次世代バッテリーの技術書のリストと本三冊を携えて。

 

「よっこいしょ」

 夏海は拘置所の窓口のカウンターに本の入ったトートバッグを乗せた。

「本の受け渡し申請をしたいのですが……」

「差し入れね。ではこちらに記入をお願いします」


 夏海は重いバッグを引きずりつつ、申請書に記入した。

(『全固体電池の最新動向 2025』、『次世代全固体電池の材料開発と評価』、『全固体電池の安全性と規格』っと)

 

 再度列に並ぶ。

 しばらく待つと、夏海の番が回ってきた。

「よっこいしょ」

 カウンターに分厚い本が並んだ。


「重いのに、お疲れ様です」

 窓口の女性に言われて夏海は少し赤くなった。

「よろしくお願いします」


 尚哉の受け取った時の表情を想像して、夏海の顔には自然に笑みが溢れた。


 ◇


 その頃、尚哉は佐々木弁護士と面会していた。

  

「古川さんは、正直に全て警察に話している。しかも、指示を受けていた証拠も揃っている。情状酌量を受けて執行猶予は余裕で狙えるはず」

 佐々木は、余裕の表情で尚哉に説明した。

 

 ――が、尚哉は正反対の意味合いのことを話す。

「佐々木先生、僕は執行猶予は望みません」

「えっ? 無罪となると……かなり厳しいが……」

「いえ、実刑でお願いします」

「はっ? 何を言って……刑務所に行きたいんですか?」

「はい。先生には申し訳ないのですが」

 尚哉は俯いて呟いた。


「自己懲罰したい気持ちもわかりますが、刑務所で何年も暮らすのは、きついですよ」

「承知の上で、です」

「理由を聞いてもいいですか?」

「執行猶予になっても、僕の《前科》は変わらない。夏海が来たら、揺らいでしまいそうで……。自信がありません」

 

「それなら、普通に生活しながらでも、住居を秘匿にして、私が仲介を出来ますから、問題はないですよ」

「いや、自分を止める自信がないんです……。それにもう決めています」

 

「そうですか……」 

 そう言って、佐々木は深いため息をついた。

 (なんのために争うんだ……)


「先生は、事実だけをお願いします」

「……わかりました。しかし、私にも仕事としてのプライドがありますので、仕事は全うさせていただきますね」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 尚哉は深く頭を下げた。

 その姿を見て、佐々木はこう思った。

 (本当にこの人は……)

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