第14話 それぞれの覚悟
成田空港。
李志遠は、カタコトの日本語しか喋れなかった。
佐々木匠弁護士に電話する。
事務所へのアクセスを聞き、スマホで調べながらなんとか事務所に着いた。
「遠いところ、よくお越しくださいました」
佐々木は労いの言葉をかける。
「尚哉は……元気、でしょうか」
「今日聴取前に会いましたが、静かですが元気そうでしたよ」
「そうですか……あ、私、李志遠、李偉の父です」
志遠は一礼をする。
紙袋から土産の包みらしきものを渡す。
「これ佐々木さんへほんの気持ちです」
「誠に申し上げにくいのですが、弁護人の関係者からは物は受け取れません。申し訳ございません」
志遠の顔から笑顔が消えた。
「そうですか……。今日か明日、尚哉に会えますか?」
「あの……申し訳ございません。今は私以外、古川さんと面会できない状態です」
「そうなんですか……」
志遠は、苦しい表情をした。
「あの……。では、この土産を尚哉に渡してもらえないでしょうか。あの子の好物なんです」
「古川さんには差し入れは渡せません」
「そ、そうですか……」
明らかに志遠は落胆した顔色だった。
「ははは。そうなんですね! ちゃんと調べてくれば良かったな」
志遠は作り笑いをしたが、明らかに目は曇っていた。
「しかし、伝言は伝えることはできますよ!」
佐々木がそういうと、志遠の顔はパァッと明るくなった。
「私は尚哉と一緒に戦います。華陽科技の社長、李崇徳と会って来ました。交渉して来ました」
佐々木はメモをとった。
「交渉……ですか?」
「はい」
「詳しくお聞かせ下さい」
志遠は、志遠の会社の技術公開を取引材料として、尚哉から手を引くことを約束させた話をした。
「華陽科技にはデメリットなんですかね?」
「うちの会社は私の不徳で経営破綻寸前でした。崇徳に合併してもらって、助けてもらったんです」
「なるほど」
「合併とは名ばかりでした……。株が全て取られ、経営陣は全て華陽科技の社員に置き換えられました」
「それはひどいですね」
「技術情報ですら、吸い取られそうになったのをわたしがなんとか食い止めました」
佐々木は黙って聞いてメモしている。
「尚哉には留学や就職斡旋をしてくれてたものと思っていたら……。スパイにされていました」
「全て私の不徳の限りです……」
佐々木は、息を吸い込み、吐くようにして話した。
「わかりました。志遠さんは、会社をどうするおつもりですか?」
「社員の生活が守られるなら、明け渡してもいいと思っていますが、悪いことをしたやつだけ甘い汁を吸うのはどうしても許せません。技術情報だけは、懐から離さないつもりです」
「志遠さんのご覚悟は十分わかりました。息子さんには全て伝えてしまってもよろしいですか?」
「はい。お願いします。尚哉と私は……なんていうんですか? 一つの石……ええと、日本では何と言いますか。一枚の板、のようにならないといけない」
志遠は胸の前で塊を持つジェスチャーをする。
「ああ、わかります。大事なことですね」
佐々木は微笑んだ。
「志遠さんはいつまでいらっしゃるんですか?」
「明日まで滞在しようと思っています」
「なら、明日の午前に面会に行くので、午後古川さんの返事をお伝えしましょうか?」
「お願いします」
「では、午後三時はどうですか」
「大丈夫です。宜しくお願いします」
志遠は、頭を下げた。
志遠は事務所を後にすると、深いため息をついた。
「明日の午前中は、あそこを訪ねてみるか……」
人通りの少ない道端で、志遠は電話をかける。
「私は李志遠といいます。明日の午前中、社長様とお会いしたいのですが……」
「少々お待ちください」
数分待つ。
「午前中は朝から会議がありますので、十一時ならお会いできるとのことですが、よろしいでしょうか?」
「わかりました。宜しくお願いします」
「では十一時お待ちしております。失礼致します」
「失礼します」
志遠は、ようやく少し笑みを取り戻して、歩き出した。
◇
尚哉は昨日と同じく、パイプ椅子に座り、下を向いていた。
取調官が入って来た。昨日とは違う人だ。
椅子に座ると持って来たレコーダーのスイッチを入れた。
「今日は昨日より詳しいことを聞きますね」
「はい」
「北京に行ったと言われましたが、誰と会いましたか?」
「恒久動源研究所の張 恒一所長と先輩の陳 宇航博士です」
「どこで会いましたか?」
「先輩とは、持って行ったデータを説明するのにラボで会いました。所長は、所長室に呼ばれて……褒められました。僕は所長を尊敬していました」
「何故、尊敬していたんですか?」
「研究開発、技術開発どちらも長けていて、後輩思いで、志が高いと思っていたからです」
「所長はあなたがスパイ行為をしているのを知っていましたか?」
「はい。最初に情報を取ってくるよう依頼したのが所長でした」
「NESが悪い会社だと言っていたのは誰ですか?」
「所長です」
「具体的にどう悪いと言っていましたか?」
「具体的にはあまり……。経営が怪しいような口ぶりで行っていました」
「では、質問を変えます。スパイ行為と分かったのはいつですか?」
「ドイツのミュンヘンにあるヴァルトナー研究所に行った後、恒久動源研究所に呼び戻された時に、情報の扱い方や、外部に漏らさないための注意点を教えられた時です」
「スパイ行為をさせられるのは分かっていたんですね」
「はい」
「辞めようとは思わなかったんですか?」
「辞めたら……父に迷惑がかかると思っていました」
「田端夏海さんへの接触は、意図があったと言っていましたが、指示されて近づいたということですか?」
「はい」
「どのような指示がありましたか?」
「近づけとは言われましたが、相手をどう思わせるか、どう振る舞うかは、全部、自分で決めました」
「彼女に自分の真実を話そうと思ったことはありましたか?」
「いいえ。話せば傷つけてしまうと思いました。彼女を失うのが怖かったのかもしれません」
「彼女の実家に行った時、何を感じましたか?」
「家族の温かさを感じました。悪いことをしている人とは思えませんでした。真実を感じた時、こんな僕を受け入れてもらえてると錯覚してしまって……泣いてしまいました」
尚哉は思い出したのか、目を伏せた。
「彼女を守ると言ったが、結果的に巻き込んでいると思いますが、自覚はありますか?」
「あります……。今でも彼女の人生に踏み込んでしまったことには申し訳なかったと思います。でも……」
尚哉は、夏海を思い出したのか嗚咽し言葉を続けることができなかった。
「話を変えますが、父親はあなたがスパイ行為をしていることは知っていましたか?」
「最近話しました。それまでは内緒にしていました。父は関係ありません」
「そうですか……。最後の確認です。供述は任意で、強要されていませんね?」
「はい」
「事実と違う点はありませんね?」
「はい」
レコーダーの電子音が鳴り、取調室は静かになった。
尚哉は、言うべきことはすべて言ったのだと、ただそれだけを思っていた。
「今日はここまでにしましょう」
取調官が帰り支度をしていると、尚哉は疲れたような表情でため息をついていた。
◇
「夏海さん」
同僚の佐藤和馬が会議に来ていない夏海を呼びに来た。
夏海はハッと気づいて慌てて会議の部屋に移動する。
「ありがとうございます」
(朝からミスしてばっかりだわ。やばいやばい)
「まだ始まったばかりだから大丈夫」
佐藤は微笑んだ。
例のスパイの件で、取引先への対応やら、クレーム処理が増えていた。要するに、戦略会議だ。
「すみません」
夏海が席につくと、法人営業課、鈴木翔課長が話し始めた。
「集まったな。例のスパイの件で、取引先から問い合わせが殺到している。直接行って問題はないことを説明し、謝罪に行かないといけないが、まだ割り当てとスケジュールを組んでいなかったので、急遽作成した」
鈴木は紙を配りながら続けた。
「電子版はメールしたが、一人十件以上回らないといけない。通常作業とでキツくなるとは思うが、宜しく頼む」
皆、スケジュール表に目を通している。
「俺と佐藤と田端くんは、遠いところを担当する。他の人は近場をお願いしたい」
夏海が何か言いかけるが、鈴木が続けた。
「田端君の担当先について、社長には了承を得てある。というか社長からの頼みだ」
「えっ……」
夏海は思わず声を出してしまった。
「以上だ。今日から頼む。不安な人はいるか?」
「先方には納得してもらえるでしょうか……?」
「マニュアルは作ってある。どうしても不安なら二人で回ることにするから、言ってくれ」
「わかりました」
「じゃ解散!」
「あ、田端くん。田端君は私と回ることになったから。じゃ宜しく」
「……はい」
夏海は少し不安に感じながらも、席に戻る。
(何かしていないと尚哉のことを考えてしまう。多分パパはわかってるんだ……)
夏海は窓から見える隣の研究所の尚哉がよく通っていた階窓を見つめていた。




