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第10話 境界線

 朝、真一郎は社長室で、探偵の影山から報告書を受け取った。

 真一郎は報告書を読み進め、指を止めた。


「……これは……」


 一致項目の欄に並ぶ文字を見て、思わず息を止める。


 ――装置条件、圧力設定、材料配合比、測定ロジック。

 

 いずれも、社内の研究開発データと一致していた。

 偶然で済ませられる数ではなかった。

 

「ありがとう。引き続き調査の方、宜しく頼む」

「承知致しました」


 探偵が部屋を出ていく。

 真一郎は、鳴川にため息をつきながらこう言った。

 

「十時から役員会を開くから各役員に声をかけといてくれ」

「承知致しました」

 

「あ、その前に情シスの田中を呼んでくれ」

「かしこまりました」

 鳴川はお辞儀をして部屋を出ていった。

 

 真一郎は、万年筆の頭を額に当てていた。

 彼がいつも深く考える時の仕草だった。

「華陽科技か……」

 

 ◇


 社内メールで情報漏洩の注意喚起がなされ、セキュリティチームからメールが配布された。


 朝から各フロアではザワザワしていた。

 どこからか情報漏洩した話は、噂となって広まっていた。


 田辺が尚哉に話しかけた。

「かなりヤバいことになってないか? 古川。どーすんだよ」

「なんで俺? 関係ないって」

「俺にはわかってんだよ! 会社が潰れたらお前のせいだぞ!」

 田辺が尚哉の胸ぐらを掴む。


「まあまあ……」

 村田が間に入る。

「まだ、何も情報が出ていないのに変に勘繰るのは良くない。犯人の思う壺だ」

 村田がとりなすと、「チッ」と田辺が舌打ちした。


 ある女子社員が独り言のように呟いた。

「発表があるまで作業中止ってかなりのことよね?」

「そうだな……」

 村田が答えた。


 ◇


 役員会には取締役、情シス関係者、外部セキュリティチーム、会社の中枢メンバーが顔を揃えていた。

 

「――以上だ」

 ザワザワする。

 

「犯人は見つけられているのか、一人か?」

 取締役の男が質問した。

 

「一人は捕捉している。もう一人はまだ捕捉できていない。相手はプロだ――簡単にはできん。逃げられるだろう」


「スパイの元締め会社にはどう対応する?」

 別の取締役の女性が質問した。

「とりあえずは、証拠集めで対応する」

 ザワザワ……。


「マスコミ対応は大丈夫なのか? 株価暴落なんてあったらたまらんよ」

「そこは裏から手を回そうと考えています。容疑者は見つけ次第解雇後、法的措置を……」


「グズグスしてたら逃げられるんじゃないか? 早く捕まえてくれ」

「社長の進退の話は、まだ出ていないのか?」 


「今回のことは、誠に申し訳ない……」

 真一郎が頭を下げた。


 取締役の女性が庇う。

「真一郎さんのせいではないわ。みんなでなんとか乗り越えましょうよ」

「そうだな。乗り越えよう!」


 最後は皆で握手をして会を閉じた。

 古参の取締役が言った。

「真一郎、なんかあればすぐみんな呼んでくれよ!」

「ありがとうございます!」

 

「うちの家内の実家、中国系に強いから調べとくよ」

 男性が真一郎の腕をポンポンと叩きながら言った。

「ありがとう」


 ◇


 夏海は真理子に電話していた。

「ママ、大丈夫なの? パパは忙しいと思って電話してない」

『大丈夫よ。そんなにやわな会社じゃないわ。それに真一郎はヘマはしない』

「なら、安心した。私もできることする」

『あなたは平静保ってればいいわ。気持ちだけ貰っとくわね』

「わかった」

 

 夏海は尚哉にラインした。

『今どうしてる? 大丈夫?』

『今デスクで指示待ちしてるよ。夏海こそ、大丈夫? バタバタしてない?』

『大丈夫。なんもしてないよ。しばらくは会えないかもしれない……』

『こんな時だから仕方ないさ……。夏海は家のことだけ考えてあげて』

『パパは、きっと大丈夫。みんなついてるから』

『なら、安心だね』

 尚哉は自分の孤独さに胸が痛んだ。

『また合間に連絡する。またね♡』

『またね』

 今更になって夏海に対して裏切っていることを思うと涙が出そうになる。


 セキュリティチームからメールが届いた。

 『フロア移動する際は、逐一上司に報告すること』とのことだった。


 女子社員は安堵の声を上げた。 

「なーんだ。もっと厳しいこと言われるのかと思った」

 

 それぞれが作業場に移動していく。

 尚哉も移動しようとした時、情シスの女性から声をかけられた。

「古川くんね? 会議室に来いとのことだよ。案内するね」

「ああ、わかった」

 尚哉は、ペンとノートとスマホを持つと彼女の後をついていった。


 六階の情報システム部の会議室。

 ――そこには、情シスの部長、室長、そして真一郎がいた。


 真一郎が口火を切った。

「呼ばれている理由はわかっているだろう。できるなら、自分から全部知っていること、やったことを話してほしい」

 

 しばらく尚哉は沈黙していたが、やがて話し始めた。

 

「僕は、中国の華陽科技の研究所に頼まれて……」


 尚哉は唇を噛み、視線を落とした。

「技術開発の実験結果データを渡しました……」

 

「何回やったの?」

 情シス室長の浅井涼子が聞いた。

 

「実験データ合計四回分です。手渡し一回、アップロード一回です……」

「詳しい内容は後で聞かせてね」

 浅井の優しい口調が余計に尚哉の胸を締め付けた。


「古川君、気づいていると思うけど、情報漏洩したのは君が持ち出した情報だけではない。心当たりある?」

 情シス部長の田中将之が聞いた。


「わかりません……」

「君は田辺君の端末使ったよね? アクセスログが操作されてたんだけど、身に覚えある?」

「マルウェアを使いました。それかもしれません」

「キーロガーじゃなくて、ネットワークログを触るのは権限がないとできないのね。君、権限ないでしょ? なんかやった?」

「いえ、ネットワークには触っていません」

 情シスの二人は顔を見合わせた。


 真一郎の口調が強くなる。

「君の証拠を消そうとした奴がいる。仲間じゃないのか?」

「僕には仲間はいません」

「思い当たる奴もいない?」

「……わかりません」

 尚哉は口を押さえた。


 真一郎は冷ややかに言った。

「村田じゃないのか?」

「えっ? 村田さんはこの前飲みに連れていってくれましたし、いろいろ教えてくれた方です。でも――」

 

「僕が田辺のパソコンを使ってデータを抜く前に、帰ろうとする村田さんに声をかけられました。飲みに行った時にその口止めを頼んだのですが、僕のことを怪しむ様子がないのは少し違和感がありました」

 

「古川君、協力してくれるか? 君には拒否権はほぼないが――」


「まず、家のパソコンを持ってきてもらう。送迎する。そして、スマホとパソコンをフォレンジックにかける」

「はい」

「君がいつ誰と接触し、どのルートでなんのデータを送ったのか、協力者は誰か、連絡先も含めて書き出せ」

 

「すべて正直に話せば、刑事告訴の際に『自発的な協力があった』と情状酌量を求める余地はある」

 

「夏海とは会うな。この件についてはなんも言うな」


「謝って済む問題ではありませんが……」

 尚哉は土下座して謝った。

 

「申し訳ございませんでした」

 尚哉の頬は濡れていた。


 ◇


 自宅への送迎に車を用意してくれた。

 車の中で尚哉は真一郎との会話を思い出していた。


『村田を罠にかける。村田がいない時に罠を張っておく。その後、自席のパソコンがフォレンジックにかけられると村田に泣きつけ。わかったな?』

『お前がうちに夕食に来た態度は、普通の青年に見えていたよ』

『僕は、アップロードした次の日消そうとしました。間に合いませんでした。もう自白することはその日に決めていました』

『夏海のことは考えなかったのか? そもそも本気だったのか?』

『夏海さんに対する気持ちは嘘偽りはありませんでした』

『そうか……』


 自宅に着き、パソコンを持って再び車に戻る。

「これで全部?」

「はい」


 ◇


 尚哉はそのまま六階情シスの会議室に戻った。

 しばらくすると室長の浅井が戻ってきた。

 尚哉は、会社用と個人のスマホとノートパソコンを渡す。

「スマホは多分今日中に返せると思うわ」

「ありがとうございます。宜しくお願いします」

「村田さんが退勤したら、内線のここに連絡して。多分それまでにはスマホ返せるとは思うけどね」

 尚哉は浅井の優しさに胸が詰まる。


 尚哉は一礼して六階の技術開発の席に戻った。

 時刻は昼前だった。


 ◇


 社長室。

 真一郎は窓の外を眺めながら、先代の言葉を思い出していた。

『今に足元掬われるぞ。冷徹になれ』

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