009 ティオside ドラゴン襲来その1 ~厄災の始まり~
その日、私は日課となっている異世界人・武田章介さんとの通信のため、根城である第一魔導研究室へと向かっていた。
彼とは一年ほど前、私の研究成果を通じて知り合ったのだが、これ以上ないほど気が合った。
私はフランクな性格を自認してはいるが、実は気を許せる人間が極めて少ない。片手の指で足りるほどだ。
だが、彼はそんな数少ない例外の一人。親友のソフィーと並ぶほど気が合い、今では心を許している。
異世界の話は興味が尽きない。中でもサブカルチャー、特に『特撮』は私の魂の一部と言っても過言ではない。
以前、その情熱をソフィーに一時間ほどぶつけたところ、彼女はにっこり微笑んで『ティオは本当アホですね』と一言で切り捨てた。
お返しとばかりに、彼女から一時間も聞かされた猥談を引き合いに出し、『ソフィーのドスケベよりはマシでしょ』と返して言い争いになったこともある。
だが、それほど遠慮なく言い合える関係を、章介さんとも築けているつもりだ。だからこそ、彼との会話は今、私にとって一番の楽しみだった。
いずれ次元間転移の研究が形になったら、彼に直接会いに行きたいと思う。
次元を開くための魔力量と安定性に難があり、未だ拳大の物を転移させるのが限界だが、順調にいけば数年以内には目途が立ちそうだ。
研究室に辿り着き、扉に手をかけたところでソフィーに声をかけられた。
珍しく真面目な『王女』としてのソフィーリアに。
彼女は普段とても真面目なのだが、私と二人きりの時は気を緩めすぎて、お世辞にも王女らしくは振る舞わないため、その表情を見るのは久しぶりだった。
ただならぬ気配を察した私は、彼女を研究室の中へと招き入れた。
「はあ、この中はやっぱり落ち着きますね。自室よりも寛げます」
部屋に入りざま、彼女は私の椅子を引き出して勝手に座った。
いつも私が使っている私用の椅子だ。本当に、私に対してだけは一切の遠慮がない。
今更それを指摘しても始まらないので、私は予備の椅子を対面に引き寄せて座った。
「こんな雑多な部屋よりゆっくり落ち着ける造りじゃん、ソフィーの部屋」
「広すぎるんですよ、あそこは。何よりお付きの者たちの目があって気が休まりません。マリアやツバメだけならいいのですが……」
溜息をつく姿を見て、『この子も本来は活発だから、窮屈なんだろうな』と同情する。
「で? 世間話をしに来たわけじゃないんでしょ。そんな真面目な顔、久しぶりに見たよ」
「失礼ですね。緊急かつ重要な話なのは確かですが、私は普段から真面目です」
私が鼻で笑うと、ソフィーは僅かに眉を上げた。
「……まあいいです。言いたいことは山ほどありますが、話を戻しましょう」
ソフィーの眼差しが鋭くなる。私もまた、真剣に聞く態勢を整えた。
しかし、語られた言葉は私の想像を遥かに絶するものだった。
「実は一週間ほど前、北の火山帯に向かった調査隊から先ほど通信が入りました。……『ドラゴンの動きに異常あり。南下を開始。速やかな避難と、迎撃体制の構築を求む』と」
「はああ!!?」
思わず立ち上がろうとした私を片手で制し、再び座るのを見届けてから、ソフィーは言葉を継いだ。
「詳しく説明しますね。先月頃から火山帯の麓にある村で、温泉が湧かなくなったという報告がありました。そこで城から地質の専門家を募り、調査隊を向かわせたのです。それくらいの噂は、耳に入っているでしょう?」
「それは知ってる。護衛で第二騎士団の一部が出払ってるし」
「ええ。調査の結果、どうやら火山活動が休止に向かっているようだったのですが……」
「……それで、火山帯奥地に棲むドラゴンの生態環境まで変化した、ってこと?」
ソフィーが重々しく頷く。嫌な予感が胸をよぎり、顔が自然と顰められた。
「溶岩の中に棲む『フレイムドラゴン』が、火山の異変により巣を離れ、這い出てきたところで騎士団を含む調査隊と遭遇。襲撃を受けたとのことです」
「てことは、調査隊は……」
「緊急用に持たせた魔導通信機で報を届けた直後、音信が途絶えました。おそらくは……」
ソフィーが沈痛な面持ちで俯く。
『おそらく』と言ってはいるが、生存は絶望的だろう。
「ドラゴンなんて、国の一つや二つは滅ぼしかねない脅威でしょ?精強な第二騎士団といえど、無事じゃ済まないだろうね」
「さらに、遭遇のタイミングが最悪でした。異変を感じて巣から出た直後に見つけたのが、装備を固めた騎士団だったのですから」
「……ドラゴンからすれば人間が、異変を起こした原因に見えた、か」
「その通りです。ただ、不幸中の幸いもありました。ティオ、あなたが開発した魔導通信機のおかげで、住民の避難と迎撃の準備を整える猶予が生まれた。これがなければ、襲来を直前まで知ることさえ出来ませんでしたから」
ソフィーは、私の机の上に置かれた魔道具に目を向けた。
円筒形の基部に白銀と黄金の部品を組み合わせた台座。その上に、直径20cmほどの水晶が鎮座している。
「互いに周波数を合わせた水晶を通じ、声と映像を送る。これのおかげで、遠方との情報伝達は劇的に効率化されました」
「これの功績だけで第一魔導研究室の室長になれたようなもんだからね。……本来の目的は違ったけど」
「次元間転移、ですか。相変わらず研究は周囲に秘匿しているのですね。他の成果でカモフラージュしているのでしょう?」
「……これは万が一悪用されたら、かなりマズイ事態を引き起こしかねないからね。公表するかの判断は慎重にするよ。……こっそり研究してるから、進捗は遅いけど」
その言葉に、ソフィーはくすりと笑った。
「進捗が悪いのは、章介さんと毎日お喋りしているせいではありませんか? 研究時間が減っていますよね?」
「いいでしょ、別に。あれはあれで研究のモチベーションになってるんだから」
「ふふ、そうですね。私も期待していますよ。いつか完成した暁には、私も章介さんにお会いしたいですから」
お互いに笑い合う。
そしてひとしきり笑い合った後、ソフィーはその日一番の真剣な顔を向け私に告げた。
「予測では、ドラゴンが王都に到達するのは最短で明後日の正午頃。……切り札として、『例の兵器』を使うことになります。あなたが開発した『貫通炸裂式魔導砲』を」
「……やっぱり、そうなるよね。使用する機会が来ないことを祈ってたけど、そもそもこういう事態のための備えだ」
――貫通炸裂式魔導砲――
それは私が室長に就任した際、国からの要請でいざという時の備えとして開発した開発した決戦兵器だ。
魔導金属ミスリルを主材とし、無数の術式を刻んだ全長2mの槍状弾を、同じくミスリル製の砲台に斥力と引力の術式を刻み込み、亜音速まで加速・回転させながら放つ、貫通力に特化した戦略兵器である。
堅牢な砦ですら正面から一直線に穿つ威力。さらに対象を貫通する際、魔力の微粒子を付着させ、それらが内側から連鎖爆発を起こす仕組みだ。
つまり貫通軌道上の物体が内側から大爆発を起こし、あらゆるものを灰塵と化す射程1000m程の戦略兵器である。
「国すら滅ぼすドラゴンをも屠る威力の兵器……。そんな意味を込めて『竜を屠る兵器』なんて名前を付けたけど。本当にドラゴンに対して使う日が来るなんてね……」
私が眉間を揉みながら答えると、ソフィーは苦笑した。
「ドラゴンが住処を離れるなんて、ここ百年は無かったことです。それに、本音を言えば私もこれを使いたくはありませんし」
「ああ。……威力もだけど、それ以前にコストがシャレにならないからね、この弾」
「一発で王国の国家予算の半分ですからね。国家防衛の切り札とはいえ、よく予算が通りましたよね」
「自分で開発しといてなんだけど、それだけの価値があったんだろうね。……一発しか製造されなかったけど」
「正真正銘、王国の命運を懸けた一発になりますね」
その時、研究室のドアが激しく叩かれた。伝令役の騎士が、息を切らせて駆け込んでくる。
「報告します! 騎士団及び魔法師団は、ここより北に30kmの地点、ヴァルワー砦に陣を敷きフレイムドラゴンを迎撃する! 会敵予想は明後日正午! 各員、指示に従い至急準備に取り掛かれ、とのことです!」
伝令はそれだけ叫ぶと、再び嵐のように走り去っていった。
遠ざかる足音を聞きながら、ソフィーがぽつりと零す。
「……ティオ、あなたはどこへ配属されると思いますか?」
「私は色々な魔道具の開発者だからね。貫通炸裂式魔導砲の調整要員として砦に駆り出されるか、もしくは魔導通信機の調整要員として城の作戦指揮所あたりになるか」
私は立ち上がり、部屋の隅にあるガラクタの山――不用品や失敗作が積まれた棚を漁り始めた。
私の答えに、ソフィーは悲しげな笑みを浮かべて息を吐く。
「……非常事態に不謹慎ですが、やはり親友が危険な最前線に送られるのは見たくありません」
「そもそも、私が戦場に出たところで大して役には立たないだろうしね」
「そうですね。ティオは学院時代の魔法実技、常に赤点でしたから」
あえておどけて見せると、ソフィーの表情に少しだけ明るさが戻った。
「魔力量だけは学院史上最高って言われてたけど、それを魔法に変換する才能は、学院史上最低の落ちこぼれだったからね。卒業できたのだって、魔道具製作の功績でゴリ押しした結果だし」
「それで室長にまでなったのは、実際、偉業ですけれどね。……本当に才能が偏っていますね、貴方は」
「ホントそれね。魔力量の調整だけなら得意なんだけど、変換だけはどうしようもない。……でも、緊急事態にそんな言い訳は通用しないからね」
棚の奥から目的の物を発掘し、それを引きずり出した私は、ソフィーを真っ直ぐに見据えた。
「それじゃあ、私は魔道具保管庫へ行って引き渡しの立ち合いをしてくる。ソフィーも、万が一の時は必ず逃げて。私も、親友が死ぬなんて真っ平ごめんだから」
「ええ。お互いに」
頷き合い、私は部屋を飛び出した。
その背中には、学院の実技試験以来、数年ぶりに手にした魔法の杖を背負って。
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