053 【英雄天国】その5 ~呪い、借金、進行不能~
「ふう、やっと着いた。ここが第五の町か」
「ええ。思ったより順調に来られましたね」
「やはりぃ、章介様に選んでもらった衣装の効果が大きいですねぇ」
目の前に、今までよりも一回り大きな町が広がっている。
ここは第五の町。章介さんが出勤してから約六時間、私たちは第四の町をクリアし、次の町までたどり着いた。
しかし残念ながら、ここまでツバメさんの情報は全くなかった。
「よし、じゃあまずはツバメさんの目撃情報を聞きこもう。私は向こうから、ソフィーはあっち、マリア姉はそっちからお願い。それで一時間後に……そうだね、そこの服屋の前に集合で――っ?」
「? どうかしましたか? いきなり黙り込んで」
「服屋に何かありましたかぁ?」
私は二人に返事をすることなく、小走りで服屋のショーウィンドウに近づく。ガラスに両手をつき、そこに展示されていたマネキンを凝視した。
そんな私の後を、不思議そうな表情で二人が追いかけてくる。
「いきなり何です? ツバメを見つけました? それとも別の何かが――って、これは!?」
「お二人共ぉ、ガラスに顔をくっつけて何をなさってるのですぅ? ――っ!? まさか……そんな?」
まず私、次いでソフィー、最後にマリア姉。
三人が服屋のショーウィンドウに飾られた服と、そこに記載されている『日本語の説明文』を読んで驚愕の表情を浮かべている。
私は横にチラリと視線を向けると、獲物を狙う鷹のような目をしたソフィーと目が合う。
そしてお互いに力強く頷くと、そのまま服屋の中へと突撃した。
「すみません! あそこに展示してある衣装、試着したいんですけど!」
「私もです! その隣の衣装を試着させてください!」
勢いよく店員に詰め寄る私たち。
驚きに目を見開いた店員だったが、困ったように営業スマイルを浮かべると、申し訳なさそうに告げた。
「あ、あちらはコラボ衣装となっておりまして……一式10万Gとかなり高価になっておりますが、ご予算の方は大丈夫でしょうか?」
「いえ、全く足りないです!」
「5000Gしか持ち合わせていませんが、いずれ購入するときの参考のために試着させていただけませんか!?」
「ええっ……申し訳ありませんが、それではちょっと……」
「「そこをなんとか!」」
困り顔の店員を二人がかりで拝み倒していると、後ろからもう一つの足音が聞こえてきた。
「お二人共ぉ、何をしていらっしゃるのですかぁ?」
「ひっ、マリア姉っ……」
「ひっ、マリアっ……」
その静かな声に、ビクッと肩を跳ねさせる私たち。
しかしマリア姉は私たちを一瞥すると、そのままスッと青い目を店員へと向けた。
「少々お伺いしたいのですがぁ。ショーウィンドウに飾ってある衣装に記載してある説明文はぁ――本当なのでしょうかぁ?」
魔眼の効果が消えているとはいえ、マリア姉から放たれる謎の威圧感に店員が小さく悲鳴を上げる。
「え? は、はいっ。い、衣装の説明は全て事実のみを記載しておりますっ」
その言葉に、マリア姉はカッと目を見開き息をのんだ。そして――。
「あの衣装の試着を、是非させていただけないでしょうかぁ? お願いします……っ!」
もう少しで土下座でもしかねない勢いで、深く頭を下げたのだ。
「ええぇ……?」
普段なら私たちの暴走を止めるはずのマリア姉が、あろうことかこちら側へと寝返った。それを見た私たちは即座に頷き合い、最大のチャンスとばかりにマリア姉の隣へ並び立つ。
その後、三人がかりで試着のお願い(という名の物理的プレッシャー)を浴びせ続けること三十分。
やがて店員は涙目で小さく『……分かりました』と呟いた。
* * * * *
「おおーっ。これぞまさしく『仮面サイダー狼牙』の主人公、大神志狼だ……っ!」
「素晴らしいですっ! この計算されつくしたギリギリを攻めるスカート丈。これこそ『お色気☆ハプニング』半知良学園の制服です!」
「……ああ、逃げない、逃げませんっ。雷狐ちゃんが逃げずに私の足元に……っ!」
「シャーッ!」
「痛っ!」
更衣室のカーテンが開くと、そこには鏡に向かってポーズを決める私、スカート丈を見て興奮するソフィー、そして子狐に手を伸ばしては引っかかれるマリア姉の姿があった。
店員はそれを見て、遠い目をしながら引きつった笑いを浮かべている。
それから五分ほどそうしていただろうか。
衣装を堪能し、気分がある程度落ち着いた私たちは、店員にお礼を言って衣装を脱ごうとし――手が止まった。
正確に言うと、止まらざるをえなかった。
「……あ、あれ? おかしいな、服が脱げないんだけど?」
「……本当ですね、私も脱げません。……マリアはどうですか?」
「……申し訳ございません。……私も同じくですぅ」
段々とヤバいという気持ちが湧いてきた。
これはもしや、ゲームでお馴染みの『呪われた』という状況ではないだろうか?
しかし頭を振ってその考えを打ち消す。街の店で普通に売っている衣装でそれは無いだろう。
必死に頭を回し、今までの状況を整理する。
すると、一つの可能性に辿り着いた。
「……もしかして――」
* * * * *
「――と、いう訳で、これはアレだよ。RPGの装備品って購入しないと装備できないでしょ? だけど今回、試着ってことで購入前に装備しちゃって、挙句の果てに所持金が足りなくて買うこともできなかった。通常の手順を無視したせいで、システムがエラーを起こしたみたいなんだよね」
「……えーと、つまり……?」
俺の目が段々とチベットスナギツネのようになっていくのを見て、ティオは開き直ったようにニッコリと笑った。
「一式三人分、合計30万Gを貯めて衣装を買い取らない限り、『呪われた装備状態』になって脱ぐことができないんだよ。ついでに完済するまで服屋は出禁を食らっちゃった」
「ちなみに現在の所持金は5133Gですね」
「……本当にぃ、申し訳ありません」
「グルルルルル……」
「お前ら、アホかぁあああああ!!!?」
「……やらかした自覚はあるよ」
「……不可抗力って言葉ご存じですか?」
「……本当にぃ、本当に申し開きのしようもございません」
思わず叫んでしまった俺は悪くないと思う。再度頭を抱える。
しかも、小さくなっているマリアさんは兎も角、ティオとソフィーさんの二人には反省の色らしきものが見えないのが腹立つ。
借金なんてシステム、別のゲームだろ。
つうか、それならせめて能力上昇の衣装を着ておけよ。デバフ食らってまで何やってんだ。
この状況をどう打開しようかと考えを巡らせていると、ティオがさらに声をかけてきた。
「……なんだよ。今、この状況をどうするか考えてるんだ。まだ何かあるのか?」
俺のジト目を受けながら、罪悪感一割、開き直り九割の地味にイラっと来る顔でティオは口を開く。
「うん、良い報告と悪い報告があるんだよね」
「……ああ、悪い報告は今聞いたから、あとはいい報告か?」
「いや? 違うけど?」
「……は? 悪い報告って、バグって衣装が脱げなくなったってことじゃないのか?」
「それはただの事後報告」
その言葉に思わず吹き出してしまう。
今までの前代未聞のやらかしバグがただの事後報告? それじゃ一体、悪い報告って何なんだ……?
すでに聞く前から頭痛がしてきた俺は一旦深呼吸すると、まずは精神安定のために良い報告から聞くことにした。現実逃避ともいう。
「……取り敢えずは、いい報告から聞かせてもらえるか?」
「わかったよ」
そう言うとティオは、今までのポンコツ具合が嘘のように真面目な表情をつくった。
「……この町でやっと、ツバメさんの目撃情報が手に入ったんだ」
「っ!? 本当か!?」
それはこれ以上ない良い報告だ。やっと彼女の足取りがつかめた。
はやる気持ちを抑えるように、次の言葉を待つ。
「うん、本当。三日前に、この町の病院に長身で騎士鎧の黒髪の女性が運び込まれたらしい。ちなみに『目を見ると会話が出来る、妖怪の一種かも』って言ってた」
「そりゃ間違いなくツバメさんだな」
そんな特殊な人間が二人といるわけがない。
ゲームの更新日時で無事らしいということまでは分かっていたが、実際に足取りが掴めると、肩の荷が一つ降りたような感覚になる。
だが、それだけではまだ安心しきれない。
「で、彼女の消息は分かってるのか?」
「ええ。その日のうちに全快したツバメはしばらくこの町で情報収集をしたあと、北の国境にある関所を越えて、昨日のうちに次の町へと発ったみたいです」
俺の問いにソフィーさんが答えるが、残念ながら彼女はすでに旅立ってしまっていたようだった。
そしてツバメさんが三日前に病院に運び込まれたと聞いて、俺は彼女が一人先行しているバグの理由に思い至った。
ティオに視線を向けると彼女も軽く頷いた。どうやら同じ結論に至っているらしい。
「つまり、ツバメさんが女神の神殿を経由しないで一人先行してるのは、彼女がドラゴン戦で意識がなかったせいか……」
「多分ね。その状態で【英雄天国】に送り込まれたから、システムが『新規登録の主人公』じゃなく、モンスターとの戦闘で『戦闘不能になった主人公』扱いになったんだと思う。このゲーム、HPが0になると『死亡』じゃなくて『戦闘不能』になるからね。だから『PT全滅』扱いとして、病院へ転送されたんだね」
ツバメさん先行バグの正体が分かり、息を吐き出す。
これについては確かにいい報告だ。
バグではあるが、むしろ今回はプラスに働いている。
全滅すると謎の力で病院に強制転送され所持金が半分になるが、一瞬で怪我が全快するうえ、元々の所持金が0だったならそれ以上減ることもない。
つまりツバメさんは、1Gも払うことなくドラゴン戦での怪我が完全に癒えたことになる。
「あとツバメさんがこの町の病院に転送された理由は、多分この町の服屋で『騎士シリーズ』が売っていたから。最低でも第五の町まで攻略が進んでるとシステムに判断されたんだと思う。ツバメさん、ドラゴン戦の直後でフル装備状態だったしね」
「……なるほどなぁ」
俺は椅子にもたれかかり、ギシリと背もたれを鳴らした。
今回のツバメさんの件は、色々な条件が重なったせいでシステムがエラーを起こした結果だったようだ。
ならば、次にするべき優先順位は一つ。
衣装が脱げないことは非常に頭が痛いが、金策の手がないわけではない。方法は一つ思い浮かんでいる。
だから、まずはツバメさんに追いつき合流する。これだ。
「じゃあ、まずやることは決まったな。ツバメさんを追いかけよう。この町のクエストは終わってるのか?」
ティオに問いかけると、彼女は困ったように眉をひそめた。
それを見た俺の背筋に、再度嫌な予感が走る。
「……もしかして……デバフがかかりすぎて、クエストをクリアできない……とか?」
おそるおそる問いかけるが、彼女は首を振る。
「いや、クエスト自体はクリアしてあるよ。……ただ、クリアしたのは私たちじゃない。ツバメさんだよ。……ただそこで、さっきの話に戻るんだ。――悪い話、ってやつ」
「この町のクエストは『峠に住み着いた盗賊の討伐』ではないですか。それで討伐と引き換えに関所の『通行証』を町長に発行してもらうというものです。それをツバメがクリアしてしまったせいで……」
そこまで聞き、彼女達の言う『悪い報告』の内容に思い当たってしまう。
再び背中に嫌な汗が流れるのが分かった。
「……もしかして」
ティオが少し遠い目をして答えた。
「『通行証発行クエスト』が消失したおかげで、通行証が入手出来ないんだよ。だからツバメさんを追いかけることが出来なくて、ここで足止めを食らっていたんだ。所謂、『詰んだ』ってやつ?」
「……次はそうきたか……」
ティオと合流した一本目から、一度たりともすんなりと進行させてもらえない。
何かの呪いというレベルで、次から次へと想定外の事態が起きやがる。
どうするかと頭を抱えていると、そう言えばさっきから一言もしゃべっていない人物がいることに気付いた。
ふと、そちらへと視線を向けてみる。
「マリアさぁーーーーんっ!!!?」
俺の叫び声にティオとソフィーさんが驚いて、俺の視線の先へと顔を向ける。
そして。
「マリア姉ぇーーーーっ!!!?」
「マリアァーーーーっ!!!?」
大きく目を見開いた二人の叫び声が、重なるように響き渡った。
そこには、雷狐に手を伸ばしては引っかかれ、地味にダメージを蓄積した結果HPが0になり、床に倒れこむマリアさんの姿があった。
俺はすぐに指示を出し、二人にマリアさんを担いで病院まで走ってもらうことになった。
そんな慌てる俺たちとは裏腹に、気絶しているマリアさんの表情はどこか嬉しそうなままだった。
【PTメンバー戦闘不能のため、病院へ搬送されました】
――そして所持金は、半分の『2567G』に減った。
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次回投稿は、5月9日(土)20時50分になります。




