044 【爆釣王】その5 ~約束と素の顔~
マリアさんの独り言という名の告白を聞きながら、俺は思った。
(……それは何ともアイツららしいというか、何というか。マリアさんが甘くなるのも分かるな)
昔から変わらない彼女たちの姿が目に浮かび、思わず笑みがこぼれる。
分かっていたことではあるが、マリアさんもまた、彼女たちと深い縁で結ばれていたのだ。
「これは俺の独り言なんですけど、本当に気にすることはないと思いますよ。普段かけられている迷惑料の返済だと思えばいい。その方がアイツらも喜びますって。『いつも迷惑をかけてる姉が、やっと頼ってくれた』って」
俺の言葉に、マリアさんは痛々しい笑みを浮かべた。
「……それでも、です。私の人生は魔眼で始まり、彼女たちに出会うことで一つの区切りを迎えました。けれど、まだ『解決』はしていない。彼女たちは強い、私よりもずっと。でも、私の魔眼がいつかそれさえも飲み込んでしまうのではないかと……私は、それが怖いのです……」
そう言って彼女は俯いた。
魔眼は正真正銘、彼女の心に深く根を張るトラウマなのだろう。
きっと誰が何を言っても、言葉だけでは心の底まで届かない。
彼女自身がいつか乗り越えなければならない壁だ。
それにこんな話、ティオたち本人には決して言えないだろう。
言えば『気にしないで』と笑い飛ばしてくれるだろうが、それでは結局、堂々巡りになるだけだ。
彼女を納得させ、前を向かせるためには、かつてティオたちがしたように『結果』で示すしかない。
「……なら、こうしましょう。俺がその魔眼を無力化する方法を見つけます。信じろ、とは言いません。ただ、もし方法が見つかった時は、もう一歩前へ進んでください」
マリアさんの表情が歪む。
「……章介様、魔眼は貴方が思っている以上に強力です。今まで、どんな文献を探しても解決策はなかった。そんなこと、軽々しく言わないで下さい……」
「言ったでしょ、『信じろ』とは言わない、って。ただの知り合いがバカなことを言ってる、程度に思ってくれればいい。それに俺がゲーム攻略で学んだのは、人間の底力は時として常識を超えるってことだ。さらに言えば、ここはゲームの世界。あの釣竿の性能を見れば分かるだろ? 現実の常識を持ち込んでも始まらない」
「…………」
「とりあえず、この大会をサクッとクリアしよう。そのあと、結果で証明する。……もし駄目だったら、その魔眼で睨みつけながら俺を叱り飛ばしてくれていいから。そうすりゃ、少しは普段のストレス発散になるだろ?」
マリアさんはしばらくの間、無言で水晶を睨みつけていたが、やがて頭を抑えて大きなため息をついた。
「……以前から薄々思っていたけれど、貴方、全然似ていないようで、どこか根本的なところが二人にそっくりよね……」
彼女が自覚しているかは分からない。
けれど、今の言葉遣いは『普段』とも『怒っている時』とも違っていた。
昔語りに出てきた、ティオたちと出会った頃の口調。彼女の本来の素だ。
「……いや、あいつらと似てるって言われるの、結構心外なんだけど」
俺がぼやくように答えると、マリアさんは『ふふふっ』と声を漏らして笑い出した。
「そういうところも、そっくり。……いいわ。もし本当にそんな方法を見つけてくれたら、何でも言うことを聞く。その代わり、見つからなかったらたっぷり私の愚痴に付き合ってもらうわね?」
そう言って笑う彼女の顔は、いつもの微笑ではなく、もっと眩しく、晴れやかなものだった。
「ああ、任せとけ」
気づけば、俺も敬語が抜けていた。
本来、年齢はほぼ同じなのだ。敬語を崩すのはおかしなことじゃない。
今までは、どこか本音を避けて、無意識に壁を作っていただけなのだろう。
今、ようやく本音で話すことで壁を越え、本当の意味で友人になれた気がした。
「……それじゃ、海竜捜索の続きといこうか」
「そうね。……必ず見つけだしてぇ、大会に優勝いたしましょうかぁ」
スイッチが切り替わるように、俺のよく知る『マリアさん』の口調に戻る。
けれど、その声に含まれる温度は、先ほどまでよりもずっと柔らかく感じられた。
そんな会話を交わしながら、出発地点の島まで残り約1.5kmという地点まで戻ってきた時だった。
辺りを警戒していたマリアさんの視線が、後方の海面を鋭く捉えた。
海の底から、巨大な影が急速に浮上してくる。
海面に映し出された黒いシルエットは、徐々にその輪郭を濃くしていった。
――推定、15m級。
「――章介様っ、左へっ!!!」
マリアさんの叫びと同時に、俺の視界にもその異形が映った。
反射的に水晶を左へ旋回させる。
直後。海面から突き出した怪獣の顎が、一瞬前まで俺たちがいた空間を空振った。
激しい水飛沫を上げ、巨体は再び海中へと消えていく。
間一髪、躱すことが出来たが、今のは――――。
「っ! 海竜だ! かかった!!」
マリアさんに落水しないよう指示し、俺は島へ向かって全速力で海面を滑り出した。
一度通り過ぎた影が、水中を滑るように弧を描き、再びこちらへと牙を剥く。
マリアさんの魔眼は完全に開かれているが、海竜の動きに一切の淀みはない。
魔眼の効果は無効化されている。……一つ目の懸念は払拭された。
――作戦続行!
「章介様ぁ! 少しの間、回避をお任せしますぅ! 私は二人に合図を送りますのでぇ!」
マリアさんは髪を留めていたバレッタを外し、その表面に指をかけた。
意匠が外れ、中から現れたのは鏡だ。
「……太陽との角度は……」
空を仰ぎ、鏡の角度を調整したマリアさんが、島へ向けて光を反射させ始めた。
手で覆いを作り、一定の間隔で明滅させる。
モールス信号の要領だ。
「っ!? 危ねえ!!」
再び海中から飛び出した海竜の口を、咄嗟の右旋回でかわす。
背に乗るマリアさんが心配だが、彼女は激しい揺れの中でも動じることなく、黙々と信号を送り続けている。
間もなくして、島の方角からも点滅する光の反射が返ってきた。
「……章介様ぁ! ティオ様たちの準備、すぐに完了するようですぅ! 『先程の桟橋で待つ』と!」
「了解だ!」
叫ぶように答え、最大速度で島へと突き進む。
時速およそ36km。100mを10秒で駆ける計算だ。
残り1km強、2分もかからない!
マリアさんの指示に従い、右へ左へと海竜の猛攻を躱しながら島へ迫る。
すでに肉眼で、岸に立つティオとソフィーさんの姿も確認できた。
――残り200m。
不意に、海面を追っていた海竜の影が視界から消えた。
(……まさか逃げたか!?)
一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。
だが、異変に気づいたマリアさんの視線が、真下へと向けられた。
「っ! 来ます、真下ですっ!!」
反射的に右へと舵を切る。
その直後、水晶の真下から、弾丸のような速度で海竜の巨体が海面を割り、天を突いた。
間一髪。
ギリギリで直撃は免れた。 だが、巨体が巻き上げた凄まじい水飛沫が、俺たちの視界とバランスを容赦なく奪った。
「うわあ!?どうなった!? マリアさん、大丈夫か!? ……マリアさん? ……マリアさんっ!!?」
飛沫が落ち着き、ようやく視界が開ける。だが、マリアさんからの返事がない。
今の衝撃で、彼女は水晶から放り出されてしまったのだ。
慌てて辺りを見回すと、少し離れた海面から人影が顔を出した。
「――ぷはっ!」
「いたっ! マリアさん、無事か!?」
安堵したのも束の間。
彼女のすぐ側に、再びどす黒い海竜の影が迫っていた。
「マリアさん、後ろだ! 海竜が来てる、早く水晶に乗ってくれ!」
救出に向かおうとするが、水晶を執拗に狙う海竜の動きで海面が激しく波打つ。近づけない。
下手に近づけば停止したとろを狙われ、二人とも餌食になる。
焦燥が胸を焼く。
しかし、水面を叩く彼女の鋭い声が、俺の焦りを打ち消した。
「章介様ぁ!私はこのまま泳いで島へ向かいます!その間、海竜を引き付けてくださいっ!」
「……っ!分かった、俺は大回りで島へ向かう!マリアさんも気を付けて!」
一瞬の戸惑いを捨て、彼女の判断を信じる。
島へと泳ぎだしたマリアさんの背中を視界の隅で見送りながら、俺は大きく右へ進路を取った。
海竜は再び、囮である水晶へと狙いを定め、誘導されていく。
海竜の攻撃を紙一重で回避し続けながら時間を稼ぐ。
そして――俺は満を持して、島へと進路を向けた。
いよいよ、爆釣杯優勝への一発逆転劇。
伝説の主を釣り上げる作戦が、幕を開けた。
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次回投稿は、3月28日(土)20時50分になります。




