043 回想・マリアメアside ~私が見た光 後編~
『……申し訳ありませんが、私達はもう、ここへ来ることができません』
その言葉を聞いた瞬間、足元から世界が崩れ去るような錯覚に陥った。
「……え……?」
いつもの小屋で、いつものようにお菓子を食べ、いつものように語らう。
そんな温かな日常が、ずっと続くと思っていたのに。
今ではすっかり細めるのが癖になっていた目を見開き、私は激しく動揺した。
(……もう来られない? これでお別れ? ……どうして。まだ、何も恩を返せていないのに……?)
どん底だった学院生活が劇的に変わったのは、彼女たちが私の手を取ってくれたからだ。
それなのに、一つとして恩を返せていない。
いや、それ以上に――私はただ、彼女たちと離れたくなかった。
呆然とする私を、彼女たちは優しく椅子へと座らせる。
そして二人は顔を見合わせ、一つのお願いを口にした。
「マリア姉。明後日の正午、王城前の広場に来てくれない?」
その日、自分がどうやって寮まで帰ったのか、記憶はどこにも残っていなかった。
――――――――――――――――――
二日後。重い足取りで向かった広場は、溢れんばかりの人、人、人の波だった。
皆が王城を見上げ、熱狂に包まれている。
(……そういえば、今日は第一王女の初お披露目だったっけ……)
回らない頭で、そんな行事を思い出すが、あまりの混雑に、これ以上は進めない。
そもそも、あの日、広場の『どこ』に行けばいいのかすら聞きそびれていた。
人波に逆らって立ち尽くしていると、不意に袖を引かれた。
振り返れば、人の波に飲まれかけているティオちゃんの姿があった。
どうやらあの日、待ち合わせの場所を話していたらしいが、私が聞き逃していたようだった。
そのことを謝ると、ティオちゃんは『それは後でいいからこっち来て!』と私の腕を引っ張り、人の波をかき分けていく。
辿り着いたのは、喧騒が嘘のように静まり返った一角。
そこには豪奢な身なりの貴族たちが佇んでいた。
(ここって……貴賓席?)
警護の騎士たちが道を塞ごうとするが、ティオちゃんが何かを囁くと、彼らは即座に直立不動で道を開けた。
……その身なりから予感はしていた。彼女たちはきっと、身分の高い――貴族の子なのだ。
一般人――それも孤児である私など、本来なら足を踏み入れることすら許されない場所。
けれどティオちゃんはそんなこと気にも留めず、私を隅っこへと連れて行き、ようやく息を吐いた。
「ふー。ここまで来れば一息つけるかな」
「……あの、ティオちゃん……いえ、ティオ様。私を呼んだ理由を、お聞かせいただけますかぁ?」
いつも通りに言いかけ、反射的に敬称を使うと、ティオちゃんは『うわっ』という顔をして眉を寄せた。
「……マリア姉に『様』付けされるの、背中がムズムズするんだけど。……まあ、いいや。理由だよね。それは――」
その時、正午を告げる鐘の音が響き渡った。
地を揺らすような歓声。
視線の先、王城のテラスに『彼女』が現れる。 本日、十歳を迎える、栗色の髪をしたブラウバルト王国第一王女。
私は、完全に固まった。
そこにいたのは。
柔らかな笑みを浮かべ、民衆を見つめていたのは。
――よく見知った、ソフィーちゃんの姿だった。
――――――――――――――――――
彼女たちが言いたかったことは、すぐに理解できた。
お披露目を終えれば、もうかつてのように城外を歩き回ることはできない。
……いや、今まで王城から抜け出していたこと自体、異常すぎる事態なのだけれど。
家名を名乗らなかった理由も、初対面の警戒心も――――そこまで警戒していたっけ?……のも合点がいく。
ただ、今までの彼女達の行動力を見るに、きっと許可なく王城を抜け出していたのだろうけど。
追手がいままでいなかったことを考えると、城内に協力者がいるのは間違いない。
もともと身分が違いすぎたのだ。
二度と会うことはない。
そう自分に言い聞かせても、足は無意識にあの小屋へと向かっていた。
もう会えないと分かっているのに、何故かそこに行けば彼女達がいるような気がして――――。
「あ、マリア姉。やっと来た」
「遅いですよ。何をしていたのですか」
――――なんか、いた。
「…………はぇ?」
人生で一番間抜けな声が出た。
幻覚かと思い、頬を抓るが消える様子はない。
目を見開いて凝視するが、逃げ出す様子もない。
間違いなく本人たちだ。
「いや……え……なんでここに?…… もう来られないんじゃ……あれ……?」
呆然と立ち尽くす私に、二人はニヤリと笑う。
「いや、確かに私『たち』とは言ったけど、来れないのはソフィーだけで、私は今まで通り来られるし」
「さすがに私は今後来れませんが、今回だけは大事な話があったので、王城の外壁を乗り越えて脱走してきました」
「あー……それならば……え!?脱走!?今、王城から脱走って言いました!!?」
それは間違いなく城中が大騒ぎになっているはずだ。
なのに何でそんな風に笑っていられるのか全く理解が出来ない。
「ええ、二度目はないでしょうが、今回だけは見逃してもらいましょう。大丈夫ですよ。城へ戻った後、半日ほどお説教を受ければ済む話ですから」
「そうそう、月に一度の恒例行事みたいなものだから」
「…………ええー」
正直少し引いた。
この子本当に、昨日王城のテラスで見たあの王女様と同一人物?
あのときの姿は、まさに清楚で気品あふれる、王女の鏡のようだったのに。
もしかして、あれは私の魔眼が生み出した幻だったのだろうか?
「ま、それは本当にどうでもいいのです。以前からティオと話し合ってはいたのですが――」
「まどろっこしいのは好きじゃないから単刀直入に言うよ?――マリア姉、ソフィー付きのメイドになってくれない?」
「…………はい?」
思考が停止した。
どうやら私の耳は馬鹿になったらしい。
魔法学院に通う孤児の私が、王城勤め――しかも王女付きのメイドになってくれなんて――。
「……ふふ、すみません。ちょっと耳の調子が悪いようでぇ。……もう一度仰っていただけますかぁ?」
「ですから、私のメイドになってくださいって話です」
「聞き間違いじゃなかった!?」
大声を出す私に、『そりゃ、そうなるよね』と頷いた二人は、詳しい説明をしてくれた。
「実はソフィー付きのメイドのおばあさんが、二年後に退職する予定なんだよ。で、その後釜を見つけなければいけないんだけど……」
「今まで私がこうやって、ある程度自由に行動出来ていたのは、その方がこっそりと私の味方をしていてくれたからなのですが。……ほら、昨日のお披露目を見ていたら分かると思いますが、普段の私との差が凄かったでしょう?」
「普通の感性のメイドだと、ソフィーの突発的な行動で精神をやられそうだしね。なにより、これからソフィーはどんどん自由がなくなる。その時、ソフィーの素を知ったうえで、味方をしてくれる人がいると助かるんだ」
それを聞いて納得をしてしまった私がいた。
仕えるべき王女が忽然と姿を消したら、普通のメイドなら血の気が引くどころの騒ぎではないはずだ。
しかもそれを頻繁にとなると、それは精神を病んでもおかしくない。
ソフィーちゃんを見るに、説教も全く堪えていない様子だったし。
ただ一つだけ、最も疑問に思うことがある。
―――それは。
「…………何故、私なのですか?確かに私はソフィーリア様の、外での姿を知っていますが……それでも、王城には大勢のメイドがいるはずです。一人ぐらいは、条件に合う人がいるのでは……?」
その問いに、二人は声を揃えて答えた。
「そんなの、マリア姉よりふさわしい人がいないからだよ」
「そんなの、マリアのお姉さんよりふさわしい人がいないからですよ」
呼吸が止まる。
「それにお姉さんの様子を見ていると、まだまだ一人にはさせられませんからね。だから私達が傍にいてあげます。その代わり、私達のことを支えてください。――結構切実に!」
「こう言っちゃなんだけど、ソフィーを一人にしておくと城の騒ぎが凄いことになるよ?私だと、余計に被害が悪化するかもしれないし。寧ろ、私のこともついでに助けてほしい!」
能力を、そして『私』という人間を必要としてくれる言葉。
そもそも私は、この王都へ友人を探しにやってきたのだ。
そして、そのために能力を磨いてきた。
――その結果、友人が出来ないという悪循環に陥ったわけだが。
しかし、その磨いてきた私の能力が、彼女達の役に立つのならば――少しでも恩を返せるのなら。
そう答えようと、口を開きかけた瞬間、二枚の紙が突きつけられた。
「はい、これ。王立メイド訓練校の入学届けと、魔法学院の退学届け……あ、詳しく聞いたことなかったけど、この辺で会うってことは、マリア姉、魔法学院の学生だよね?これであってるよね?」
「さあ、さっさとサインしてください。帰りがけに提出してきますから」
「は、はいぃ!!?」
返事をする前に入学・退学の手続きを済ませようとする暴挙。
二人は『ハリー、ハリー!』と煽ってくる。
ここまでくるともはや乾いた笑いしか出てこない。
確かにこれは、まともな神経のメイドでは務まらない。
……本当に貴方達は、誰より思いやりがあるのに、誰よりも勝手で。
でもこれが彼女達らしいと言えば、彼女達らしい。
だって、そんな貴方達だからこそ私は救われたんです。
私は笑みを浮かべた。
(……望むところです。あいにく私自身――まともな神経とは言い難いので)
「……分かりましたぁ。その話、謹んでお受けいたしますぅ」
その返事に諸手を上げて、彼女達は喜びの表情を浮かべる。
私は彼女達に急かされて、運命の書類にペンを走らせた。
もうこれで、私の道は完全に決まった。
後悔はない
そんな中、ソフィーちゃんが思い出したとばかりの表情してこちらへと振り返る。
「あ、そうでした。一つ言い忘れたのですけど、いきなり私付きのメイドとなると周りが煩いです。なので、メイド訓練校を首席で卒業してください。結果で黙らせるんです。そうすれば後は私がごり押しでねじ込みます」
それは普通、サインをしてから言うセリフではないですね。
……まあ、問題ありませんが。
「あ、それとマリア姉、学費のことなんだけど――――」
「問題ありません。特待生で入学して、主席で卒業すればいいだけですのでぇ」
私の言葉に、二人は目を丸くする。
そしてそのあと、満面の笑みを浮かべた。
――二年後の春。王城。
「マリアメア=シルヴァランスと申します。よろしくお願いいたします。ソフィーリア様」
メイド服に身を包んだ私を見て、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「こちらこそよろしくお願いします。――マリア」
こうして私は、再び運命と再会した。
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次回投稿は明日、3月22日(日)20時50分になります。




