041 回想・マリアメアside ~私が見た光 前編~
『化け物の子』
おそらく、私が子供の頃に最も聞き慣れた言葉だ。
物心ついた時、私は孤児院にいた。両親の記憶はない。
生後間もなく孤児院の前に置き去りにされていたという話は、嫌というほど耳に入っていた。
理由は、想像できる。
きっと私のこの『目』が原因だろう。
私には、友人と呼べる存在が一人もいなかった。
皆、私を恐れて近寄ってこないのだ。
どうやら『威圧の魔眼』と呼ばれる私の目の効果らしく、目が合った子は例外なく、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
そんな状態ではあったが、孤児院を追い出されなかっただけマシだったのかもしれない。
私はただ一人、離れの部屋でポツンと暮らしていた。
話しかける相手は誰もいない。
子供たちは当然として、動物や虫といった生物全般が私を避けていくからだ。
幸いだったのは、嫌がらせの類がほとんどなかったこと。
私に悪意を向けようとした者も、私の目を見た瞬間、恐怖に震えて逃げ出してしまう。
それだけはこの目があって良かったと思う。
……もっとも、この目がなければ、こんな境遇にはなっていなかったのだけれど。
そして月日は流れ、十一歳になった頃。
私は魔眼について、一つの事実を知ることとなった。
文献によれば、『魔眼とは相手に作用する幻覚魔法の一種であり、魔力抵抗が高い──即ち魔力保有量が多い人間には効きづらい』という。
それを読んだ私は、暗闇の中にわずかな光を見た気がした。
────王立魔法学院。
国中から集められた魔法のエリートたちが通う、最高峰の学院。
そこになら、私の魔眼を跳ね返せる人たちがいるはずだ。
もしかしたら、魔眼を封じ込める方法だって見つかるかもしれない。
私は、学院に関するありとあらゆる情報を集め始めた。
入学条件、そして何より、学費の問題。
孤児院が金を出してくれるはずもない。
普通に考えれば、私の境遇で入学など夢のまた夢だ。
しかし、一つだけ特例を見つけた。
『特待生制度』──。
王立魔法学院の試験において、主席合格者の学費を全額免除するというもの。
入学年齢は十三歳。まだ二年の猶予がある。
その日から私は、必要と思われる全ての知識と技術を吸収するために動き出した。
孤児院の数少ない書物を読み漁っての猛勉強。
体力作りから、近接格闘。
その他、あらゆる自己研鑽。
それまで部屋の隅で過ごしていたから気づけなかったが、どうやら私は『天才』と呼ばれる類の人間だったらしい。
身に付けようとしたものは、全て砂が水を吸い込むように覚えていった。
何よりも『魔法を操る才能』が飛び抜けていた。
誰に教わることもなく、たった一度で魔法を発動させる。
それは客観的に見ても異常な才能だった。
一年が過ぎる頃、私はほぼ全てにおいて『完璧』となっていた。
魔法の操作精度は、目をつぶりながら針の穴を通すレベルにまで仕上がった。
ただ、一つだけ懸念があった。
私は、初級魔法を二発以上、続けて発動することができなかったのだ。
だが、学院の実技試験で重視されるのは『精密な制御』だ。魔力量は関係ない。
「大丈夫、上手くやれるはず」
そう心に誓い、私はさらなる努力を積み上げていった。
この時、私は決定的なことを見落としていた。
孤児院の子供たちが私を避けていたせいで、変化に気づけなかったのだ。
彼らの視線が、かつてよりさらに重く──まるで、正体不明の怪物に怯えるようなものに変質していたことに。
―――――――――――――――――――――
十三歳の春。
私は講堂の壇上に立ち、整列した二百人の新入生を前に目を伏せていた。
主席合格者による、代表挨拶のためだ。
私は無事、過去最高得点を塗り替える成績で、主席の座を掴み取っていた。
目の前にいるのは、王国中のエリート。
つまり、この国で最も魔力に優れた者たちだ。
学院の制服に身を包み、私は期待に胸を膨らませていた。
(やっと、ここまで来た。これでやっと、私の手を取ってくれる人に出会える……)
私はただ、友達が欲しかった。
話しかければ笑顔を返してくれて、手を取ってくれる。
そんな誰かに出会うために、血の滲むような努力をしてきたのだ。
大きく息を吐き、私は伏せていた視線を上げた。 講堂の皆を見据えて──。
────そして、希望は絶望へと変わった。
私と目が合った全ての新入生の顔に、『恐怖』が張り付いていた。
この国のトップクラスをもってしても、私の魔眼は無効化できなかったのだ。
後で知ったことだが、魔眼とは『掛け算』なのだという。
例えば『魅了の魔眼』の持ち主がいたとする。
本人の魅力が『10』なら、魔眼の補正で『20』になる。 だが、本人の魅力が『100』なら、その効果は『200』へと跳ね上がる。
私の『威圧の魔眼』が増幅させるのは、私に対する『恐れ』だ。
あらゆる事柄を完璧にこなし、歴代最高得点で入学した少女は、彼らの目に『得体の知れない人物』として映った。
さらに、孤独な環境で育った私の目つきと空気は、知らず知らずのうちに刃の様に鋭くなっていた。
何より、私の魔眼は通常とは桁が違う『特級』クラスの代物。
歴史上、類を見ない倍率を持つ魔眼が、歴代最高レベルの天才に備わってしまったのだ。
仮に『1000』に『1000』の補正が入ったとすれば?
それはもはや、『災害』。
子供の頃とは、すでに別の次元へと変貌していた。
皮肉にも、魔眼の耐性持ちと出会うために重ねた努力が、魔眼の効果を遥かに強力にしてしまうという、残酷な矛盾を生み出していたのだ。
────私は、学院に入学した意味を見失った。
―――――――――――――――――――――
それからの私は、心を閉ざした二年前の状態に逆戻りしていた。
いや、中途半端に希望を抱いた分、当時よりも酷かったかもしれない。
瞳はさらに濁り、表情は険しくなっていく。
入学してひと月も経つと、私の『魔力量が極めて少ない』という事実が広まった。
そうなれば当然、そんな者が主席にいる状況に不満を持つ人間が現れる。
向けられる悪意。
だが、誰かが敵意を向けるたび、私の魔眼はそれに反応して威力を増す。 最悪の負のループ。
いつしか私は、『触れてはならない怪物』と呼ばれるようになった。
全てに絶望した私は、惰性で学院に通いながら、心が冷たく凍りついていくのを感じていた。
ある日、人の視線に耐えきれなくなった私は、王都の外れにある森へと足を運んだ。
誰の視線もなく、何の気配もしない静寂。
森の生き物たちは私の気配に怯えて逃げ出し、正真正銘、私一人きりだ。
(……静かね。誰も、近寄ってこない……誰一人として……)
もしかしたらこの時、死に場所を探していたのかもしれない。
それほどまでに心は折れかかっていた。
森を彷徨っていると、廃墟のような粗末な小屋が現れた。かつての管理小屋だろうか。
ぼーっとそれを眺めていると、中から声が聞こえた気がした。
(……こんなボロボロの小屋から人の声?)
不審人物かと思ったが、よく聞けば子供の声のようだ。
『こんな場所は危ない』と声をかけようとしたが、すぐに思い直す。
私が近づく方が、子供にとってはよほど恐怖だろう。
立ち去ろうと、踵を返したその時。
──ドォォォォォン!!
小屋の中で爆発音が響いた。
驚いて振り返ると、二人の子供が文字通り『転がり出てくる』のが見えた。
私より四、五歳下だろうか。地面に倒れたまま動かない。
(まさか、大怪我を?)
私は魔眼のことなど忘れ、咄嗟に駆け寄ろうとした。
しかし、足を踏み出すより早く、子供たちは勢いよく跳ね起き、そして、互いの胸ぐらを掴んで喧嘩を始めたのだ。
「ちょっと!?貴方の作った魔道具、魔力を込めたら爆発したじゃないですか!?私を殺す気ですか!?」
「私は未完成だからやめろって言ったでしょ!試作品を壊しておいてその言い草は何!?」
掴み合い、地面を転げ回りながら怒鳴り合う、青色の髪と栗色の髪の子供。
いきなりの光景に、私は手を伸ばしたまま立ち尽くす。
すると、子供たちは私の存在に気づき、顔をこちらに向けた。
じっと、目と目が合う。
そして数秒の沈黙。
だが、子供たちはすぐに視線を外すと──何事もなかったかのように喧嘩を再開した。
「ほらぁ!貴方のせいで知らないお姉さんに、みっともないところを見られたじゃないですか!」
「人のせいにしないでよ!あなたがみっともないのは普段通りじゃない!」
「えっ、えっ?」
ほっぺたを引っ張り合う二人。
私はどうすればいいか分からず、右往左往してしまう。
人との関わり方は一度も経験したことがなかった。
天才と呼ばれようと、知らないことは出来ないのだ。
混乱する頭で、私はある『重大な事実』を失念していた。
この子供たちが、至近距離で私の『目』を見つめながら、平然としていたこと。
学院のエリートたちが屈した魔眼を、無反応で受け流したこと。
それが何を意味するか。
もし、彼女らが学院の生徒すら及ばない──規格外の魔力の持ち主だったなら。
マリアメア、誕生日を過ぎ十四歳。
この日、私は長く深い付き合いとなる、おかしな二人の子供と出会った。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は明日、3月15日(日)20時50分になります。




