040 【爆釣王】その4 ~マリアの苦悩~
海は~広いな~大きいな~♪
脳内にそんなフレーズを流しながら辺りを見回すが、視界は360度、見事なまでの青一色。
静かに波打つ海面の他には、太陽を除いて雲一つ見当たらない。
元来た方向に目を向けてみても、常夏のリゾート島はすでに遥か遠く。俺の視力では、もう僅かな影しか見えなくなっていた。
空を仰げば、鳴き声を上げて舞う海鳥が――全く見えず、輝く海面に目を凝らせば、群れを成して泳ぐ魚の姿が――これまた欠片も見当たらない。
世界に一人取り残されたような錯覚を覚えながら、水晶は海面から50cmほどの高さをスイスイと進んでいく。
周囲に生き物の気配が一切ない空間で、唯一の例外は、水晶に腰かけて海面を進む水着姿の女性だけだった。
「章介様ぁ。周囲に海竜の姿はぁ、確認できませんねぇ」
水晶の上で辺りを警戒しているのは、おっとりほんわかした空気と、魔王が裸足で逃げ出す迫力という、相反する属性を併せ持つスーパーメイド――マリアさんだ。
周囲を射抜く彼女の青い目は完全に『開いて』おり、放たれるプレッシャーで空気が軋んでいるようにさえ感じる。
言うまでもなく、海から生物の気配が消えたのは彼女の『魔眼』の影響だ。
……そして俺も、頭上のマリアさんに視線を向けることができない。
なぜなら、透明な水晶に押し付けられたマリアさんのお尻が、真下からドアップで映っているからだ。しかも水着で。
物理的にも、そして理性的にも、視線を向けるわけにはいかなかった。
「……じゃあ、もう少し先に進んでから、ぐるっと回って島へ戻りましょう。ナビをお願いします」
「分かりましたぁ。お任せくださいぃ」
俺は煩悩を振り払うように、マリアさんを乗せたまま海原を進んでいった。
――なぜ、こんな状況になったのか。
時計の針を、少しだけ前に戻そう。
――――――――――――――――――
「それじゃあ、『引き上げ』『足止め』『釣り上げ』の目途はついた。あとは、どうやって海竜をおびき寄せるかだけど……それについては俺に考えがある」
作戦決行にあたり、最大の問題の一つは、海竜出現のキーとなる『レインボウマグロ』だった。
もともとマグロ自体が島近海で釣れる確率が低いうえに、その中でも超希少種。
普通に考えれば、大会期間中に釣り上げるのはほぼ不可能だ。
だが、俺には秘策があった。
「おびき寄せるって……『レインボウマグロ』が必要なんでしょ? 出現率0.5%の、さらに3%とかいう絶望的なやつ」
「狙って釣るのはまず不可能に近いですけど。何か裏技でも?」
ティオとソフィーさんの疑問に、俺は頷く。
「ああ。本物を釣るのは諦めて、『代わり』を使う」
「代わり……ですかぁ?」
三人が首を傾げる。
「そもそも『レインボウマグロ』の由来は、海面近くを泳ぐ際に、太陽光を反射して鱗が虹色に輝くからだ。で、通称『水晶マグロ』。なら、本物の魚じゃなくても、同じように輝く『疑似餌』があればいい。――幸い、ここには大きな『水晶』があるからな」
「えっ!? 水晶を囮にするってこと!?」
ティオが声を上げ、全員が驚愕に目を見開く。
だが、理屈は通っているはずだ。
これほどのサイズの水晶は、本来このゲーム内には存在しない。
外から持ち込んだ俺たちだからこそ可能な力技だ。
しかも今の水晶は、俺の意思で自由に移動できる。
高度は俺の身長程度が限界だが、海上を滑るように動くことなら造作もない。
海面上で光を反射させながら高速移動すれば、巨大な疑似餌として機能するはずだ。
海竜が食いつくかは賭けだが、試す価値はある。
「準備ができ次第、俺は近海を一回りしてくる。ティオ、そっちはどれくらいかかる?」
「私は……多めに見積もって一時間あればいけるよ」
「私は特に準備はありませんが、魔法の発動には一分ほど必要です。作戦開始時に、前もって合図があると助かります」
「私も準備は必要ありませんねぇ」
全員の返事を聞き、俺は頷いた。
「よし。じゃあティオ、釣り竿は預けるぞ。俺はダッシュ移動を使って、沖合5kmくらいまで様子を見てくるよ」
「了解。こっちも急いで改造を終わらせとくよ」
「お願いしますね、章介さん。……懸念があるとすれば、海竜が水晶に釣られた際、マリアの魔眼にどう反応するか、ですね」
「そればかりは、海竜の生物的強度に期待するしかないな」
俺は桟橋から海上へと進みだす。
水晶は沈むことなく、海面1mほどの高さでピタリと静止した。
そしてそのまま島を離れようとした、その時だ。
「章介様ぁ、一つ提案があるのですがぁ。海竜の誘き寄せとぉ、私の魔眼のテスト。同時に解決する方法に心当たりがありましてぇ」
振り返ると、マリアさんが水晶のすぐ目の前。桟橋の端に移動していた。
「同時に解決する方法ですか?いや、それが出来るなら助かりますけど……」
俺の言葉にマリアさんはにこやかに笑うと、一言。
「では、章介様ぁ。少々失礼いたしますぅ」
言うが早いか、彼女はしずしずと水晶の上へ腰を下ろした。
その瞬間、俺は慌てて視線を逸らす。
透明な水晶越しに、水着姿のお尻がモニターいっぱいに、ドアップで映し出されたからだ。
……やべえ。思いっきり『むにゅ』っていった。これ、上が全く見れねえ。
そんな俺の動揺など露知らず、マリアさんはいつもの調子で告げた。
「それでは私もご一緒させていただきますねぇ。では、イきましょうかぁ」
「え、あ、はい。……行きますよ?」
水晶は島を離れ、沖へと進みだす。
さっきの衝撃映像のせいで、彼女の『イきましょう』が変な意味に変換されてしまった。
マズい。煩悩退散。
下手な想像は命に関わる。
頭を振り意識を切り替える。
背後ではティオとソフィーさんが俺達を見送り、にやにやしながら手を振っていた。
「いってらっしゃーい! 章介さんのスケベー!」
「気を付けてくださいねー! 後で詳しく感想聞かせてくださーい!」
背後から飛んでくるティオとソフィーの茶化す声。
あいつら、後で覚えてろよ。
俺は心の中で毒づきながら、海竜を探して大海原へと旅立った。
――――――――――――――――――
それから、約一時間後。
俺たちは予定通り、沖合5kmの地点にいた。
未だ海竜の姿はない。
マリアさんの誘導に従い、弧を描くように島へ戻る進路をとる。
会話はなく、ただ波の音だけが耳に届く時間が過ぎた。
そのまま数十分、島まであと2kmほどという距離になった時、マリアさんがポツリと呟いた。
「……申し訳ありません、章介様。私のせいで、このような状態になってしまってぇ」
驚いて顔を上げそうになり、必死で踏みとどまる。
そもそも、水晶の上に座っている彼女の表情は見えないやしないが。
だが、その沈んだ声だけで、彼女がどんな顔をしているかは想像がついた。
島では多少持ち直したように見えたが、やはり『魔眼』の件を深く引きずっているようだ。
「気にする必要はないですよ。体質なんて、自分でどうにかできるものじゃないですから」
努めて明るく振る舞ったが、返ってきたのは重苦しい沈黙だった。
どうやら彼女の悩みは、俺の想像以上に根が深いらしい。
ティオたちが言葉を選んでいた理由が、今さらながら分かった気がした。
今の彼女はどこか危うい。このまま海に溶けて消えてしまいそうな、そんな儚さがあった。
だが、深い事情を知らない俺が何を言っても、薄っぺらな慰めにしかならない。
俺が言葉を探していると、再びマリアさんが口を開いた。
「……昔からこうなんですぅ。物心がついたときから、私はこの『目』に振り回され続けていましたぁ」
その声には、底知れない苦しみと、自分自身への憎しみのようなものが混じっていた。
「……章介様、本当のことを言いますとぉ。海に出る際、魔眼の効果を確かめると言ったのはぁ、半分は嘘だったんですぅ」
「……嘘、ですか?」
「ええ。一番の理由は……私の魔眼のせいで迷惑をかけているソフィーリア様やティオ様に、合わせる顔がなくてぇ。逃げ出したようなものなんですぅ」
その告白に、俺は目を見開いた。
あの時の同行の申し出には少し強引なところがあったが、そこまで追い詰められていたのか。
「……あいつらは、気にしてないと思いますよ。あなたのこと、姉のような存在だって言っていましたし」
『……ふふっ』と、短く、自嘲するような笑い声。
「そうですねぇ。あの子たちは本当に優しいですからぁ。普段は好き勝手に迷惑をかけてくるのに、いざとなると、眩しいくらいに……。『気にしないで』と言っていたのはぁ、本当に気にしていないのでしょうねぇ。……でも、だからこそ、辛いこともあるんですぅ」
それはよく分かる。
あいつらは散々やらかすが、根底では人を気遣える奴らだ。
そして親しい相手には、隠し事をせずに本音をぶつける。
そんな彼女たちが『気にしていない』と言うなら、それは間違いなく真実だろう。
けれど、今のマリアさんにとっては、その純粋な優しさこそが重荷になっているようだった。
「……章介様、これから少し独り言を呟きますぅ。ただの独り言ですので、気にしないでいただけるとぉ」
俺は反射的に返事をしそうになったが、思い止まった。彼女が『独り言』と言い張るなら、黙って聞くのが礼儀だろう。
その気配を察したのか、マリアさんは小声で『ありがとうございますぅ』と呟き、語り始めた。
『魔眼』のこと。
そして、ティオとソフィーさん――二人との『出会い』について。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は、3月14日(土)20時50分になります。




