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デスクトップ・ファンタジー ~画面の中の彼女たちと挑むゲーム攻略記~  作者: 約谷信太
第五章 ゲーム攻略・合流編【フィッシングゲーム】

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040 【爆釣王】その4 ~マリアの苦悩~

 海は~広いな~大きいな~♪


 脳内にそんなフレーズを流しながら辺りを見回すが、視界は360度、見事なまでの青一色。

 静かに波打つ海面の他には、太陽を除いて雲一つ見当たらない。

 元来た方向に目を向けてみても、常夏のリゾート島はすでに遥か遠く。俺の視力では、もう僅かな影しか見えなくなっていた。


 空を仰げば、鳴き声を上げて舞う海鳥が――全く見えず、輝く海面に目を凝らせば、群れを成して泳ぐ魚の姿が――これまた欠片も見当たらない。

 世界に一人取り残されたような錯覚を覚えながら、水晶()は海面から50cmほどの高さをスイスイと進んでいく。


 周囲に生き物の気配が一切ない空間で、唯一の例外は、水晶に腰かけて海面を進む水着姿の女性だけだった。


「章介様ぁ。周囲に海竜の姿はぁ、確認できませんねぇ」


 水晶()の上で辺りを警戒しているのは、おっとりほんわかした空気と、魔王が裸足で逃げ出す迫力という、相反する属性を併せ持つスーパーメイド――マリアさんだ。


 周囲を射抜く彼女の青い目は完全に『開いて』おり、放たれるプレッシャーで空気が軋んでいるようにさえ感じる。

 言うまでもなく、海から生物の気配が消えたのは彼女の『魔眼』の影響だ。


 ……そして俺も、頭上のマリアさんに視線を向けることができない。

 なぜなら、透明な水晶に押し付けられたマリアさんのお尻が、真下からドアップで映っているからだ。しかも水着で。

 物理的にも、そして理性的にも、視線を向けるわけにはいかなかった。


「……じゃあ、もう少し先に進んでから、ぐるっと回って島へ戻りましょう。ナビをお願いします」


「分かりましたぁ。お任せくださいぃ」


 俺は煩悩を振り払うように、マリアさんを乗せたまま海原を進んでいった。




 ――なぜ、こんな状況になったのか。


 時計の針を、少しだけ前に戻そう。




 ――――――――――――――――――




「それじゃあ、『引き上げ』『足止め』『釣り上げ』の目途はついた。あとは、どうやって海竜をおびき寄せるかだけど……それについては俺に考えがある」


 作戦決行にあたり、最大の問題の一つは、海竜出現のキーとなる『レインボウマグロ』だった。

 もともとマグロ自体が島近海で釣れる確率が低いうえに、その中でも超希少種。

 普通に考えれば、大会期間中に釣り上げるのはほぼ不可能だ。

 だが、俺には秘策があった。


「おびき寄せるって……『レインボウマグロ』が必要なんでしょ? 出現率0.5%の、さらに3%とかいう絶望的なやつ」


「狙って釣るのはまず不可能に近いですけど。何か裏技でも?」


 ティオとソフィーさんの疑問に、俺は頷く。


「ああ。本物を釣るのは諦めて、『代わり』を使う」


「代わり……ですかぁ?」


 三人が首を傾げる。


「そもそも『レインボウマグロ』の由来は、海面近くを泳ぐ際に、太陽光を反射して鱗が虹色に輝くからだ。で、通称『水晶マグロ』。なら、本物の魚じゃなくても、同じように輝く『疑似餌』があればいい。――幸い、ここには大きな『水晶』があるからな」


「えっ!? 水晶を囮にするってこと!?」


 ティオが声を上げ、全員が驚愕に目を見開く。

 だが、理屈は通っているはずだ。


 これほどのサイズの水晶は、本来このゲーム内には存在しない。

 外から持ち込んだ俺たちだからこそ可能な力技だ。

 しかも今の水晶は、俺の意思で自由に移動できる。

 高度は俺の身長程度が限界だが、海上を滑るように動くことなら造作もない。


 海面上で光を反射させながら高速移動すれば、巨大な疑似餌として機能するはずだ。

 海竜が食いつくかは賭けだが、試す価値はある。


「準備ができ次第、俺は近海を一回りしてくる。ティオ、そっちはどれくらいかかる?」


「私は……多めに見積もって一時間あればいけるよ」


「私は特に準備はありませんが、魔法(とっておき)の発動には一分ほど必要です。作戦開始時に、前もって合図があると助かります」


「私も準備は必要ありませんねぇ」


 全員の返事を聞き、俺は頷いた。


「よし。じゃあティオ、釣り竿は預けるぞ。俺はダッシュ移動を使って、沖合5kmくらいまで様子を見てくるよ」


「了解。こっちも急いで改造を終わらせとくよ」


「お願いしますね、章介さん。……懸念があるとすれば、海竜が水晶に釣られた際、マリアの魔眼にどう反応するか、ですね」


「そればかりは、海竜の生物的強度に期待するしかないな」


 俺は桟橋から海上へと進みだす。

 水晶は沈むことなく、海面1mほどの高さでピタリと静止した。

 そしてそのまま島を離れようとした、その時だ。


「章介様ぁ、一つ提案があるのですがぁ。海竜の誘き寄せとぉ、私の魔眼のテスト。同時に解決する方法に心当たりがありましてぇ」


 振り返ると、マリアさんが水晶のすぐ目の前。桟橋の端に移動していた。


「同時に解決する方法ですか?いや、それが出来るなら助かりますけど……」


 俺の言葉にマリアさんはにこやかに笑うと、一言。


「では、章介様ぁ。少々失礼いたしますぅ」


 言うが早いか、彼女はしずしずと水晶の上へ腰を下ろした。

 その瞬間、俺は慌てて視線を逸らす。


 透明な水晶越しに、水着姿のお尻がモニターいっぱいに、ドアップで映し出されたからだ。

 ……やべえ。思いっきり『むにゅ』っていった。これ、上が全く見れねえ。


 そんな俺の動揺など露知らず、マリアさんはいつもの調子で告げた。


「それでは私もご一緒させていただきますねぇ。では、イきましょうかぁ」


「え、あ、はい。……行きますよ?」


 水晶()は島を離れ、沖へと進みだす。

 さっきの衝撃映像のせいで、彼女の『イきましょう』が変な意味に変換されてしまった。

 マズい。煩悩退散。

 下手な想像は命に関わる。

 頭を振り意識を切り替える。


 背後ではティオとソフィーさんが俺達を見送り、にやにやしながら手を振っていた。


「いってらっしゃーい! 章介さんのスケベー!」


「気を付けてくださいねー! 後で詳しく感想聞かせてくださーい!」


 背後から飛んでくるティオとソフィーの茶化す声。

 あいつら、後で覚えてろよ。


 俺は心の中で毒づきながら、海竜を探して大海原へと旅立った。




 ――――――――――――――――――




 それから、約一時間後。

 俺たちは予定通り、沖合5kmの地点にいた。

 未だ海竜の姿はない。


 マリアさんの誘導に従い、弧を描くように島へ戻る進路をとる。

 会話はなく、ただ波の音だけが耳に届く時間が過ぎた。


 そのまま数十分、島まであと2kmほどという距離になった時、マリアさんがポツリと呟いた。


「……申し訳ありません、章介様。私のせいで、このような状態になってしまってぇ」


 驚いて顔を上げそうになり、必死で踏みとどまる。

 そもそも、水晶の上に座っている彼女の表情は見えないやしないが。


 だが、その沈んだ声だけで、彼女がどんな顔をしているかは想像がついた。

 島では多少持ち直したように見えたが、やはり『魔眼』の件を深く引きずっているようだ。


「気にする必要はないですよ。体質なんて、自分でどうにかできるものじゃないですから」


 努めて明るく振る舞ったが、返ってきたのは重苦しい沈黙だった。

 どうやら彼女の悩みは、俺の想像以上に根が深いらしい。

 ティオたちが言葉を選んでいた理由が、今さらながら分かった気がした。

 今の彼女はどこか危うい。このまま海に溶けて消えてしまいそうな、そんな儚さがあった。

 だが、深い事情を知らない俺が何を言っても、薄っぺらな慰めにしかならない。


 俺が言葉を探していると、再びマリアさんが口を開いた。


「……昔からこうなんですぅ。物心がついたときから、私はこの『目』に振り回され続けていましたぁ」


 その声には、底知れない苦しみと、自分自身への憎しみのようなものが混じっていた。


「……章介様、本当のことを言いますとぉ。海に出る際、魔眼の効果を確かめると言ったのはぁ、半分は嘘だったんですぅ」


「……嘘、ですか?」


「ええ。一番の理由は……私の魔眼のせいで迷惑をかけているソフィーリア様やティオ様に、合わせる顔がなくてぇ。逃げ出したようなものなんですぅ」


 その告白に、俺は目を見開いた。

 あの時の同行の申し出には少し強引なところがあったが、そこまで追い詰められていたのか。


「……あいつらは、気にしてないと思いますよ。あなたのこと、姉のような存在だって言っていましたし」


 『……ふふっ』と、短く、自嘲するような笑い声。


「そうですねぇ。あの子たちは本当に優しいですからぁ。普段は好き勝手に迷惑をかけてくるのに、いざとなると、眩しいくらいに……。『気にしないで』と言っていたのはぁ、本当に気にしていないのでしょうねぇ。……でも、だからこそ、辛いこともあるんですぅ」


 それはよく分かる。

 あいつらは散々やらかすが、根底では人を気遣える奴らだ。

 そして親しい相手には、隠し事をせずに本音をぶつける。

 そんな彼女たちが『気にしていない』と言うなら、それは間違いなく真実だろう。

 けれど、今のマリアさんにとっては、その純粋な優しさこそが重荷になっているようだった。


「……章介様、これから少し独り言を呟きますぅ。ただの独り言ですので、気にしないでいただけるとぉ」


 俺は反射的に返事をしそうになったが、思い止まった。彼女が『独り言』と言い張るなら、黙って聞くのが礼儀だろう。

 その気配を察したのか、マリアさんは小声で『ありがとうございますぅ』と呟き、語り始めた。


 『魔眼』のこと。


 そして、ティオとソフィーさん――二人との『出会い』について。

読んでいただきありがとうございます。


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次回投稿は、3月14日(土)20時50分になります。

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