039 【爆釣王】その3 ~作戦会議、伝説の主~
「なあ、みんな。『海竜』って知ってるか?」
俺の問いかけに全員が首を傾げるなか、一人だけ反応したヤツがいた。
「海竜?……それってリバイアサン――じゃなくて、章介さんの世界でいう『海竜』のこと?」
ティオだ。
これまで蓄えてきた異世界の知識から、見事にヒットしたらしい。
さすがの記憶力。やはり覚えていたか。
「そう。正確には『エラスモサウルス科』に属する一種だ」
「……えーっと確か、一億五十万年から六千六百万年ほど前の白亜紀後期に存在した、巨大な水棲爬虫類……だったっけ?」
「その通り、さすがだな。そいつの亜種で、名前は『バクチョウサウルス』。この海一帯を統べる『主』の正体だ。体長15メートル超――まあ、首の長い海のドラゴンだと思ってくれ」
「……その海竜なら、マリアの魔眼を無効化できると?」
「正直、確証はない。けど、太古から生き延びている怪獣だ。可能性はあると思う」
俺の言葉に、皆の瞳に光が宿る。
絶体絶命の状況を覆す一手の出現に、微かな希望を見出したのだろう。
……もっとも、そう簡単な話ではないのだが。
「……で? 今まで話題に出なかったってことは、何かあるんでしょ? 普通じゃ釣り上げられない理由が」
ティオの鋭い指摘に、俺は苦笑交じりに頷いた。
「ああ。簡潔に言うと、時間が全く足りない。こいつは元々『フリーモード』で、何日、何週間……場合によっては数ヶ月かけて狙う、このゲーム最大の獲物なんだ」
「数ヶ月!?大会は四時間制……残り二時間ちょっとですよ? ……そんなに時間がかかる理由は、一体なんなのですか?」
「理由は『運』だ。この島周辺で釣りをすると、0.5%の確率でマグロが釣れる。そこからさらに3%の確率で変異種の【レインボウマグロ】が釣れるんだが、こいつが海竜の好物でな。釣りあげてから5%の確率で、ようやく海竜が姿を現す」
「……ちょっと待ってください。0.5%の、3%の、5%? ……それ、本当に釣れる数字なのですか?」
ソフィーさんがこめかみに指を当てて計算を試みたが、あまりに低すぎる確率に眉を寄せた。
ちなみに計算は途中で諦めたようだ。
その気持ちはよく分かる。どう考えても大会で狙う数字じゃない。
だが、困難な理由はまだ他にもある。
「はっきり言って、『大会モード』では不可能だ。本来なら『フリーモード』でクルーザーで沖に出て、期待値を上げてから腰を据えて挑む相手だからな。しかも、だ。運良く食いつかせたとしても、こいつには体力ゲージがある。何度も食いつかせて体力を削る必要があって、釣り上げるまでに平均30回はヒットさせなきゃならない」
「……そこからさらに30回。気が遠くなりますね」
自分で説明していて、改めて絶望的な気分になってくる。
それでも、今の状況で逆転を狙うなら、この『主』を仕留める他に道はない。
たとえ天文学的な確率だとしても。
それに、今まで俺は見てきた。
システム上の『不可能』を、彼女たちの底力が幾度も覆してきたのを。
プログラムとしての数値ではなく、生きている人間の力は、必ずゲームの枠を超える。
俺一人では無理でも、彼女たちとなら。
「正直に言う。俺一人じゃ、海竜を釣る方法は思いつかない。だから、みんなの知恵を貸してほしい」
ティオとソフィーさんが力強く頷く。
――マリアさんだけは迷うそぶりを見せていたが、最後に小さく頷いてくれた。
ならば作戦会議だ。
ゲームの限界を超えるため、問題を一つずつ潰していく。
「まず第一の問題。推定体重10トン以上の巨体を『どうやって一度で釣り上げるか』。しかもルール上、マリアさん以外が竿に触れればポイントは失効になる」
これだけで本来は詰みだ。
正規の方法なら釣竿を固定し、クルーザーで引き寄せるレベルの獲物を、人力で、しかも一人でこなさなければならない。
さすがに無理か――そう考えたとき、顎に手を当てていたマリアさんが口を開いた。
「……その前に確認したいことがありますぅ。そもそも、その重量に耐えられる釣り竿なんてぇ、存在するのですかぁ?」
「ああ、そこは大丈夫。このゲームの竿と糸は『切れず、折れず、曲がらない』。10トンの負荷がかかろうと物理法則を無視する『不壊のアイテム』だから」
「……なにそれ。現実世界に喧嘩を売ってるような性能じゃん。……マジで元の世界に持って帰れないかな?」
「無人島ならともかく、現実世界には無理だろうな。……まあ、その話は後だ。竿の強度は保証されている。問題は『引き』だ」
現実ではありえない釣り竿の超性能に、ティオが呆れた顔をする。
ゲームでは気にしたことなかったけど、改めて聞くと狂ったようなアイテムだ。
――だからこそ、問題の一つが解決しているわけだが。
そして再びマリアさんが口を開く。
「……条件次第ではぁ、可能かもしれません。対象が海面に浮上した状態でぇ、さらに麻痺か気絶をしていれば、ですがぁ。そうすれば――【特級剛力】を使ってぇ、一気に釣り上げることはできるかとぉ」
「特級剛力!?ちょっと待ってください!マリア貴方、いくつの特級魔法を使えるのですか!?」
ソフィーさんが驚愕の声を上げた。
俺にはピンとこなかったが、隣のティオまで目を見開いているところを見ると、とんでもないことらしい。
「特級魔法なんて、一つ使えるだけで国のトップクラスだよ?マリア姉、ドラゴン戦でも別の特級を使ってたでしょ? ……複数の使い手なんて、世界中探しても五人といないはずだよ」
驚きの視線を向けられたマリアさんだが、彼女は何でもないように微笑むだけだった。
「魔力が足りないためまともに発動はしませんがぁ、ただ、形として『使う』だけならば――存在が確認されている『すべての特級魔法』が使用可能、ですねぇ」
「「「…………」」」
全員が絶句した。 いや、『すべて』って。
インフレの入ったバトル漫画のラスボスか何かか?
そもそもマリアさんはメイドだろう?なぜそんな規格外の能力が必要なんだ。
呆然とする俺たちに、マリアさんは人差し指を唇に当て、微笑んだ。
「女性には、不思議がいっぱいなんですよぉ」
むしろ彼女から、不思議じゃないところを探す方が難しい。
――――――――――――――――――――
驚愕の事実はさておき、一つ目の問題には目処がついた。
このまま次の課題を潰していく。
「じゃあ次は、どうやって海上にヤツを引きずり出すか、だが……」
「それなら、私がなんとかできると思う」
ティオが自信満々に手を挙げた。
「ただ、一つ確認。マリア姉以外が『竿に触れなければ』いいとは言ってたけど、釣り竿の改造はアリだと思う?」
「改造……?」
少々グレーなところを突いてきた。
もともとフリーモードと違って、大会モードは全員同じ釣り竿を支給されている。
ただ、あくまでカスタムした釣り竿の持ち込みが禁止されているだけで、支給された釣り竿を改造してはならないとは明文されていない。
カスタムショップが使えないだけで、改造できる手段があれば可能かもしれないところだ。
当然、ゲームのキャラには不可能で、生きている人間ならではの抜け道かもしれない。
「……ショップの施設やパーツを使わなければ、可能かもしれない。ただ、大した設備もないのに改造なんてできるのか?」
「ふふん、大丈夫。私には『これ』があるから」
ティオが鞄から取り出したのは、見覚えのある紺色のケース。
「それは、さっきの攻略報酬の……」
「そう、私の工具箱。これを使って釣り竿を魔道具に作り変える。そこに私の魔力を流し込んで、強制的に主を海面まで引っ張り出してあげるよ」
そういえば忘れかけていたが、こいつの本業は魔道具制作。
それも学院史上、唯一の特例で卒業した天才だった。
「なら任せる。……だけど、竿に触れずに起動できるのか?」
「魔力を流し込むだけなら、指一本分隙間があっても問題ないよ。まあ見てて、私の本領ってやつを!」
その顔に浮かべた笑みは、不敵といえるものだった。
なら、ティオを信じることにしよう。
「……頼もしいな。じゃあ最後は、海竜の無力化だが……」
「それは、私が担当しましょう」
今度はソフィーさんが名乗り出た。
「……大丈夫? 海竜の動きを止めるには、それなりの手段が必要になるけど?」
「任せてください。私の『とっておき』を叩き込んで差し上げます」
俺の心配にもソフィーさんは胸を張って答えた。
その顔には絶対の自信が浮かんでいる。
「とっておき……ああ、アレを使う気? 確かにソフィーのアレなら、いけるかもね」
ティオは納得したようだが、事情を知らないマリアさんが首を傾げる。
「……ソフィーリア様? 海竜クラスを止めるには上級魔法が必要かと存じますぅ。失礼ながらぁ、ソフィーリア様は中級までしか扱えないはずではぁ?」
「心配ありませんよ、マリア。確かに私は中級までしか使えませんが、『上級相当』の魔法なら使えます。まあ見ていてください、私の――奥の手というものを」
親友と同じようなセリフと、不敵な笑みを浮かべ、ソフィーさんは宣言した。
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次回投稿は明日、3月8日(日)20時50分になります。




