026 【恐怖が彷徨う館】その2 ~具現化された恐怖~
取っ手に手をかけると、扉は軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。
ソフィーさん曰く、昨日調べたときには扉はびくともしなかったらしい。
なので昨日は館の周りを調査したあと、安全のために木の上で夜を明かしたとのこと。
今日俺たちが来なければ、力ずくでこじ開けるつもりだったというから、その前に合流できたのは幸運だった。
(しかし、俺たちが来た途端に開くとは……何かのスイッチが入ったのか?)
得体の知れない気味悪さを感じ、俺は警戒を強める。
足を踏み入れた洋館の中は薄暗く、埃とカビの混じった嫌な臭いが鼻を突いた。
正面には広いロビーがあり、奥には二階へと続く大階段。
そして左右には暗い通路が伸び、その先は闇に沈んではっきりと見えないが、いくつものドアがあることだけは分かった。
そして何より目を引くのは、階段の踊り場に鎮座する大きな鏡だ。
幅1m、高さ2mほど。ただそこにあるだけで、異様な存在感を放っている。
さらに不可解なのは、長年放置されているはずなのに、床には塵一つ落ちていないことだ。壁の燭台には、等間隔に並んだ蝋燭の炎が静かに揺れていた。
「……はっきり言って、クッソ怖い」
俺一人でのプレイなら、開始五秒でギブアップしている。
そんな俺の横で、同行している女性陣二人はというと――。
「この蝋燭、獣脂ですか。館の規模には不釣り合いな安物ですね。この臭いも演出なんですかね?」
「それに見て、燃えているのに全然減らない。雰囲気作りの小道具なんだろうけど、シュールだね」
「あ、ティオ見てください。こちらの花瓶は結構いいものですよ」
「そうなの? 昔、私たちが壊した城の花瓶とどっちが高いかな」
「それは断然、城の方ですよ。あの時は死ぬほど怒られましたからね」
……彼女たちは、まるで美術館を散策するかのような余裕を見せていた。
俺はこの館の雰囲気は勿論怖いが、彼女らの神経の図太さも少し怖くなってくる。
なんでこの雰囲気の中でそこまで自然体でいられるんだろうか?
女性はおろか、男性でも腰が引ける雰囲気だ。正直、長居したくない。
俺は一刻も早くここから出るため、彼女達の意識を自分へと向ける。
「二人とも、何やってんだ! さっさと攻略してここを出るぞ!」
早口で声を張り上げると、壁の肖像画をキャッキャと眺めていた二人がハッとした顔をする。
まさかと思うが、本気で俺の存在を忘れていたらしい。
ふと、視界の端に映った肖像画の目が、赤い血を流しているように見えた。怖くて直視できないが、まさか彼女たちは、あの怪奇現象を見ながら談笑していたのだろうか?聞くのが怖い。
「ごめん章介さん。つい」
「申し訳ありません」
反省した様子の二人に、俺は手早く要点を説明する。
「ティオには軽く説明したけどもう一度言うぞ?まずこのゲームは【恐怖が彷徨う館】。ホラーゲームの代表作の一つで、彷徨う怪物から逃げつつ謎解きをするゲームだ。シリーズとしては二作目まで発売されているが、これは一作目になる。館の造りは地上三階建てで目的は館からの脱出。すでに今入ってきた扉は開かないはずだ。もちろん窓や非常口からも出られない。全ての謎を解いた後、再び正面扉から外に出てゲームクリアになる。そして一番重要なのは怪物に捕まったらゲームオーバーということ。明確な表現はないが、血飛沫の文字が画面に浮かぶ以上、そういうことだと考えてくれ」
ティオが手を挙げた。
「怪物の攻撃手段は? こっちの攻撃は通じる?」
「基本は捕まえにくるだけだ。ただ、見つかると走って追ってくる。その場合家具の中に隠れるのが基本だが、隠れる瞬間を見られたらアウト。そしてこちらからの攻撃だが、通常のゲームプレイには【攻撃する】っていう行動が存在しない。だからどうなるかが全く分からない。もしかしたら【ブロート3】のときみたいに可能かもしれないが、出来るだけ追い詰められるまでは、戦おうとは思うな」
続いてソフィーさんが問いかける。
「ゲーム開始のキーはなんですか?一応辺りの警戒はしてますけど、章介さんが館の中で説明を始めたということは、それをしない限り怪物は現れないのですよね?」
「うん、その通り。ゲーム開始のキーは階段の踊り場にある鏡だよ。プレイヤーが前に立つと、鏡に映る自分の姿が自分の『深層心理にある恐怖』の姿に変わり、中から這い出てくる。ゲームの設定では、この館に住んでいた美しい令嬢があるとき火事で顔を焼いてしまい、火傷で醜くなった顔のせいで家族や婚約者から冷遇され、最後にあそこの鏡で自分の顔を見て絶望して自殺。そしてその後、あの鏡に姿を映した人間は令嬢の怨念で、その人物の恐怖する姿に襲われる……って設定だったはず」
そこまで説明を終えたとき、ほんの一瞬、気のせいかもしれないがソフィーさんの顔が歪んだように見えた。
『ん?』と改めてソフィーさんの顔を見るが、表情は今まで通り真剣な表情のままだ。
ジッと見つめる俺の視線に気付くと、『なんですか?』を表情を緩める。
(…気のせいか?)
取り合えず今は気にすることもないかと説明に戻る。
「……とにかく、要約するぞ。『鏡の前でスタート』、『家具に隠れて怪物をやり過ごす』、『隠れる瞬間を見られてはいけない』、『攻撃は最後の手段』、『正面扉から脱出』。……いいな?」
『質問は?』と二人の顔を見るが、特に無いようで軽い頷きが返ってくる。
正直、なんで俺はこのゲームをパソコン内に入れておいたんだろう、と後悔はしているが、いい加減覚悟を決める。
彼女達が危険なゲームに挑むというのに、モニター越しの俺がビビっていては仕方がない。
それにゲームオーバーが死を連想させられる以上、ノーミスクリア以外ありえない。
彼女たちの命は、俺のナビにかかっているんだ。
「二人とも準備は大丈夫か?」
「勿論」
「勿論です」
力強く頷かれた言葉を聞き、皆で階段を上っていく。
階段を一歩ずつ踏みしめる。踊り場まで、あと一段。
「もう一歩上がればゲーム開始だ。鏡から何かが出てきたら、まずは一階の左通路へ走れ。突き当たりを左に曲がった奥の部屋に隠れるんだ」
「了解。で、どうするソフィー?どっちが鏡に映る?」
「では私が。少し興味がありますし」
俺とティオを階段に待機させ、ソフィーさんが踊り場の鏡を覗き込む。
だが。
「……あれ?」
鏡には、首を傾げるソフィーさん自身が映っているだけだった。
手を振ってみるが変わらず。
「…何も起きませんけど?」
『どうしたらいいですか?』とソフィーさんが振り向くが俺も困惑している。
「何で?なにかゲーム開始の条件を見落としてる?」
「いや、そんなはずは……鏡に映った瞬間にゲームは開始するのは間違いないんだが……」
不審に思ったティオが、鏡を調べようと踊り場に足をかけた。
その時。
鏡の中の景色が渦を巻くように歪み、そこから蒼白い『手』が伸びた。
「っ!ソフィーッ!!!!!」
ティオの絶叫。
こちらへと顔を向けていたため、ソレに気付けなかったソフィーさんが飛び退り、ティオの隣へと並び警戒態勢をとる。
あと僅かに遅かったら肩を掴まれていた。
「ソフィー無事?油断しちゃダメだよ」
「すみません。油断していたつもりはなかったのですけど、背後からの気配を一切感じませんでした」
会話をしつつ、二人は鏡から目を逸らさずに階段を後ろ向きにゆっくりと降りていく。
現れた手は虚空をを掴むと、徐々にその全身を映し出していく。
「ちなみに、あの怪物。……どっちの恐怖だと思う?」
「さて……?私は特に怖いと思う怪物はいないのですけど。ティオは?」
「私も同じ。別に怖いと感じるヤツはいないかな?」
「お、お前らこの状況でもホント落ち着いてるな。ちなみにゲームだと、主人公が子供の頃絵本で読んだ怪物だったぞ」
「子供の頃ねぇ。何かあったかな?」
「思い当たるものはありませんね。幼少の頃、怪談話を聞いても子守唄のように熟睡してましたし」
「私も同じく」
どうやらこいつらのメンタルは、幼少期の頃からすでにバグっていたらしい。
だが言葉の軽さとは裏腹に、その足取りには一点の隙もない。
その動きだけでも二人が軍学校の出というのを感じる
だが、階段を半分ほど降り、鏡の中から『頭部』が現れた瞬間。
「さて、何が出てくるか拝見しようじゃな……い……?」
「ええ、私たちの恐怖の正体を見届け……て……?」
その姿が視界にはっきりと映ると、二人の足が凍りついたように止まった。
それまでの軽口が嘘のようだ。
見る見るうちに顔から血の気が失せ、肌が白を通り越して土気色に変わっていく。
俺も同じだった。
脳が『ヤバい』と警報を鳴らしている。
あまりの恐怖に喉が引き攣り、指示を出すべき声が出ない。
それはあの二人ですら同様だった。
ソレは絶望という名の恐怖。
現れたのは――。
感情の削ぎ落とされた、能面のような無表情。
射殺すように見開かれた両目。
瞳孔の開いた、冷徹な青い瞳。
周囲の空間を威圧感だけで歪ませる、よく知った姿。
――機嫌が悪い? ――いや、桁が違う。
『ほ……』
――怒っている? ――そんな生温いものではない。
『ほ……』
――それは、 ――空間を物理的に歪ませるほどに『ガチギレ』した、
『ほ……』
――マリアさんの姿をしたバケモノだった。
鏡から出たもう一本の手が、鏡の枠を飴細工のように握りつぶす。
そしてそれを合図に、館内に絶叫の三重奏が響き渡る。
『ほんぎゃあぁあああああああああああああ!!!!!?!!!!!??』
そう、このゲームの名前は【恐怖が彷徨う館】。
全ての者に等しく恐怖を。
鏡に映った者の潜在的な恐怖を具現化させる。
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