025 【恐怖が彷徨う館】その1 ~ソフィーリアとの合流~
「――――――ていう感じかな」
「……なるほど。なかなかおかしな事態になっているんですね」
ティオから手渡されたパンをもぐもぐと食べながら、ソフィーさんが頷く。
無事に再会した喜びもそこそこに、俺たちは現状をすり合わせるべく、通路脇の石に腰を下ろしていた。
そして話し始めようとした矢先、辺りに大きな音が響いたのだ。
ティオと共に音の主へ視線を向ければ、そこにはお腹を押さえ、顔を赤くしたソフィーさんの姿があった。
無理もない。激戦を終えてから丸一日以上、何も食べていなかったのだ。
さっそく俺が用意した鞄の出番だと、彼女にパンと水を渡した。
今は食事を摂りながらの作戦会議だ。
(……それにしても)
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
(……よく食べるな)
ティオは手慣れた様子で、鞄から次々とパンを取り出してはソフィーさんへ渡していく。
俺が授けたこの鞄は、見た目こそ普通の肩掛けバッグだが、中身はゲームさながらの超容量だ。
丸太を99本収納できるなど、現実では不可能な仕様になっている。
容量を活かして『パン×30』ほど作ってきたのだが、モニターに映るアイテム欄の数字は、すでに『10』にまで減っていた。
呆然と見守る中、最後にソフィーは水筒の水をぐいっと煽り、「ぷはーっ」と、まるでジョッキを飲み干したサラリーマンのように息をついた。
……いや、いいんだけどね? 食べ方は上品だったし、これまでの付き合いで彼女の人となりは知っているつもりだ。
ただ、顔を合わせるたびに『親しみやすさ』という名の好感度が上がる一方で、王女に対する幻想や憧れが反比例して削れていく気がする。
「ふう、ごちそうさまでした。助かりました、この辺りは食料になりそうなものがなかったので」
「お礼なら章介さんにね。しかし相変わらずよく食べるね。どこに栄養がいってるんだか。 胸はそこまで成長しないのに」
「章介さん、ありがとうございます。……そしてティオ、余計なお世話すぎませんか? 別に大きいとは言いませんが、小さくもないでしょう。っていうか貴方、私に言える立場じゃないですよね。私とスリーサイズ、全く一緒じゃないですか」
「私は普通の量しか食べないから。摂取量から計算すれば、私の方が効率よく胸に栄養が行ってるってことでしょ?」
「ウエストが変わらない以上、脂肪の燃焼効率が悪いのでは?」
「「は?」」
「待て待て待て! 落ち着け! せめてここを攻略してからにしてくれ!」
穏やかな空気から急転直下、睨み合いを始めた二人を慌てて宥める。
現在、水晶はティオの膝の上にある。つまり、すぐ真上で火花が散っているのだ。二人とも美人のため、迫力がとんでもない。
普段は温厚な部類の癖に、どうしてこの二人が絡むとこうも沸点が低くなるのか。
喧嘩するほど仲が良い、の典型みたいな関係だ。
俺の言葉に、二人はようやく突き合わせていた顔を離した。
「ったく、章介さんに感謝しなさいよ。……ほら、これ傷薬」
「それはこちらのセリフです。……ありがとうございます」
悪態をつきながら鞄を探るティオと、同じく毒づきながら薬を受け取るソフィー。
言葉と行動が噛み合っていないが、絆の深さだけは伝わってきた。
ティオほどではないが、ソフィーさんの体にもあちこちに細かい傷が見える。
彼女は水筒の残りで傷口を洗うと、慣れた手つきで薬を塗り始めた。
その様子を眺めていると、水晶越しにも俺の視線に気づいたティオが声をかけてきた。
「どうしたの章介さん。ソフィーが手当てに慣れてるのが意外?」
「そりゃ、王女様が自分の怪我に慣れてるのは変だろ。……ただ、『ソフィーさんなら』不思議と違和感はないんだけど」
思わず呟いた俺に、二人の視線が集中した。
ソフィーさんの手が止まり、驚いたように目が見開かれる。
「え、どうしてですか? 私、わりとお淑やかを心掛けていたつもりなのですが」
「そうだよ。たまに暴走するから手放しでお淑やかとは言えないかもだけど、基本は『変な王女様』くらいのイメージだったでしょ?」
「いや、まあ……確かにそうなんだけどさ」
「……あの、章介さん。その『確かに』はどの言葉にかかっているんですか?」
思わず『変人の部分です』と言いそうになったが、ぐっと飲み込む。わざわざ波風を立てる必要はない。
『変人の部分でしょ』と聞こえたときは『ヤバい、無意識に声が漏れたか?』と思ったが、ティオの口から出ただけだった。
ただ、このままでは口論が再燃しそうだったので、慌てて横槍を入れる。
「いや違う違う、『お淑やか』の部分だよ。たまにアレな部分もあるけど、俺と会っているときのソフィーさんは快活な面こそあれ、基本的にお淑やかな王女様だったと思うよ」
「……それでは何故? お淑やかな王女様は、手当てに慣れているということはないと思いますが?」
そう聞かれると何故に対するはっきりとした答えはないんだが、何と言ったらいいのか…
首を傾げるソフィーさんに、俺は言葉を絞り出す。
「なんて言えばいいか……強いて言うなら空気というか、雰囲気かな。王女としての気品はもちろんあるんだけど、いわゆる『お姫様』っていう枠に収まっている姿も違うというか……」
「…………」
要領を得ない俺の言葉を、二人は無言で聞いている。
「さっき手当てをしていたときのソフィーさんは、どこか活き活きして見えたんだ。……普段から元気なのは間違いないんだけど、それとは違う元気さというか……『似合ってる』って言う表現が近いのかな?」
「……? 私が怪我をしているのが、似合っているということですか?」
「いやいや、違うって!」
さすがに『怪我が似合っていますね』なんて失礼なことは思わない。
そんなことを考えるヤツは特殊な癖持ちだ。リョナ方面とか。
ううん、と唸り、ようやくピンとくる言葉が見つかった。
「あ、そうだ! 『怪我をしかねない行動をとること』が似合ってる気がするんだよ!王女っていう枠組みでの元気さとは違って、その枠を取り払った、開放的な元気さが似合ってるんだ!……と、……思う」
言い終えてから、しまった、と思った。
どんどん声が小さくなっていく。
王女様に向かって『怪我をするようなお転婆』が似合うだなんて、結構不敬ではないだろうか。
今更ソフィーさんがこのぐらいの言動でどうこうするとは思わないが、親しき仲にも礼儀あり、だ。
なお、ティオとの間に礼儀はない。
沈黙する二人に、やっちまったかと視線を向ける。
そこには、目を見開いて固まる二人の姿があった。
怒っているようではなさそうだが。
「……え、と。ソフィーさん、ごめん。変なこと言っちゃって……」
恐る恐る声をかけるが、反応がない。
困り果てていると、二人は同時に再起動したように顔を見合わせ、それから水晶を覗き込んできた。
「え、何? どうした?」
「……仮の話です。もし私が章介さんの言った通り、王女の枠組みとは程遠い、怪我だらけで笑っているようなお転婆だったら?」
「……いや、さっき言った通りだよ。王女様っていう幻想は壊れていくけど、ソフィーさんという一人の人間としては『似合ってる』と思うよ。……あ、もちろん良い意味でね?少なくとも、俺はその元気さに好感が持てるよ」
しばしの沈黙。そして――。
「……ぷふっ」
ソフィーさんが噴き出した。
手の甲で口元を押さえかすかに体を震わせている。
「え、何?どうかした?」
いきなり笑い出したソフィーさんに驚き、思わずティオへと視線を向けると、こっちも笑いを堪えているのが目に映る。
やっぱり失礼なことを言ったかと、内心で『しまった』と考えていると、未だ笑いが治まりきっていないソフィーさんが口を開いた。
「い、いえ、ごめんなさい。そういう風に言ってくれる男性は初めてだったので。決して失礼があったとかじゃないですよ」
「そ、そう?ならいいんだけど…」
「そうだよ大丈夫。ソフィーがガサツで似合ってるってのが面白かっただけだから」
「そこまで言ってねえよ!?」
「そうですよ!そんなこと言うの貴方だけですよ!?」
思わず二人でティオにツッコミを入れてしまう。
王女様にそんな失礼なことは言わないぞ。お前じゃあるまいし。
取り敢えず、気分を害していないことが分かって良かった。
……あれ? 今、ソフィーさんの口調が少し変わってたような?
違和感の正体を考えようとしたところで、『パンッ』と乾いた音が鳴った。
「はい、この話は一旦ここまで! またズルズル長引きそうだから、ゲームの攻略に切り替えよう」
ティオが手を叩き、本来の目的を思い出させてくれる。
「ええ、そうですね。では、これをお返しします」
ソフィーが返した傷薬を、ティオが鞄へ収める。
いつの間にか手当ては終わっていたようだ。
「昨日ツバメさんの応急手当をしているときも思ったけど、すごい手慣れてるね」
手際の良さに感心すると、ソフィーさんはドヤ顔になる。
「ええ、これは少し自信がありますよ。学院で慣れてますから。これでも魔法学院の魔法技術科卒ですからね」
「え、そうなの!?」
意外な経歴に驚く。
確かにティオとの会話から学院がどうこうとは聞いていたけど、王女という立場からすれば内政に関係する科の卒業生だと勝手に思ってた。
魔法学院は軍学校の側面もあると言っていたし、魔法技術科の名称から考えれば下手をすると、卒業後に魔法部隊とか軍に進む生徒が多そうに感じる。
それとも王族の関係者は軍学校に進む義務でもあるのだろうか?
「章介さん、王族の男性は軍学校関連卒が義務だけど、女性は一般の学院が普通だからね?ソフィーが特殊なだけ」
俺の疑問を感じたようで、ティオが先回りして補足を入れてくれる。
やはり一般的ではないようだった。
「まあそれは後で落ち着いたら説明するよ」
「ええ。ですから取り合えずは、攻略の足は引っ張らないという程度に考えていただければ」
「そっか、まあ分かった」
そして今度こそ攻略へと向かうため立ち上がると、お尻に付いた汚れを払う。
水晶は再びティオに抱えられ、準備は完了した。
「ちなみに今、私達を連れて拠点に移動することははできそう?」
「いや、試してみたけどお前達に合わせたカーソルが持ち上がらない。何かに引っかかってる感じだ」
やはりゲームをクリアしない限り、ここから出ることはできないということだろう。
ティオも初めから分かっていたようで、一応聞くだけ聞いてみただけという感じで残念がる様子はない。
なら話は簡単、やることは一つに絞られた。
「よし、行くか。……正直、ホラーは勘弁なんだけど」
「さっきも言ったけど私達に任せておきなって。章介さんは攻略の指示だけお願いね。ちなみにソフィー、体調は?」
「問題ありません。食事も摂りましたし、ついさっきまで睡眠もとってましたから。木の上で」
「木の上で!?」
あの合流シーン、上から降ってきたのはそこで寝てたから!?そんなことできるの!?
ソフィーさんに目を向けると彼女はにっこりと微笑むと――
「要は慣れですよ、慣れ。辺りを警戒しながら休息をとるのに都合がいいですから」
――などと言った。
いや木に登るのはまだしも、そこで熟睡するのは可能なのか?
彼女は特に木の上で体を固定する紐なんかも持っていないようだし。それとも学院ではそういう技術も学ぶのか?
そんな疑問を込めた視線を今度はティオへと送る。
すると彼女は首を振った。
「できるわけないでしょ。普通は寝返り打って落下するよ」
もう一度ソフィーさんを見る。
相変わらず彼女は微笑んでいる。
……もしかするとソフィーさんは、俺が想像するアグレッシブさを更に上回る人物なのかもしれない。
―――――――――――――――――――――――
館の正面扉。『ギイィ……』という鈍い音と共に、その口が開く。
絶賛ビビり中の俺をよそに、二人は実家に帰ってきたかのような自然な足取りで進んでいく。
外観といい内装といい、完全にプレイヤーの恐怖を煽るビジュアルに全く怯まない二人。
辺りを注意深く観察しているようだが、その表情は博物館の展示物を見ているかのごとく。
恐怖?何それ?美味しいの?状態だ。
相変わらずのクソ度胸。こういう時の彼女たちは、本当に頼もしい。
だから、俺は想像すらしていなかった。
そんな彼女たちが顔を恐怖に染め、絶叫と共に逃げ惑う姿を。
そう、このゲームの名は【恐怖が彷徨う館】。
全ての者に、等しく恐怖を。
今、第二のゲームの攻略が開始する。
読んでいただきありがとうございます。
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