023 ティオside 進む道(後編)
「……いきなり笑い出すとか……大丈夫か? あと言っておくが、別に進み続けるのを良しとしてるわけじゃないからな。俺が止めるって話だからな?」
「うん大丈夫、分かってる。じゃあ、私を次のゲームへ連れてってくれる?」
笑いが治まった私は、滲んでいた涙を拭うと、次のゲームへの移動を頼んだ。
あれから一晩ぐっすりと眠ったことで、体力はそれなりに回復している。少なくとも行動に支障はないレベルだ。
しかし、章介さんの返答は一言だった。
「断る」
早すぎる拒絶に、私の笑顔が固まる。
いくら止めると言っていても、まさか初っ端から拒まれるとは思わなかった。
「は、いや、はあ!? 何で!? 迷わず進めっていう話だったでしょ!?」
「俺が無理やり止めるっていう話でもあっただろ。とりあえずお前はこれを食え」
思わず腰を浮かしかけた私を遮るように章介さんが告げると、テーブルの上には昨日よりも豪華な料理が並んだ。
【柔らかいパン】【目玉焼き】【ポテトサラダ】【リンゴ】【オレンジジュース】
『早く移動させてよ!』という言葉が口をつきかけるが、料理から漂う香りに、不覚にもお腹が大きく鳴ってしまった。
思いもよらず響き渡った音に、私はそれ以上言葉を続けることができず、上げた腰を再び椅子へと降ろした。
「……まあ、そういうわけだ。それにどのみち、次のゲームに入ったら攻略にどれくらいかかるか分からないだろ。食える時に食っておいた方がいい。先に言っておくが、それを完食しない限り、俺は次のゲームに移動させる気はないからな」
水晶をじっと見つめるが、どうやら譲る気は一切ないらしい。
一晩という時間が過ぎている以上、食事の時間すら惜しいのは確かだ。けれど、ゲーム間の移動には章介さんの助けが必要な以上、従うほかない。
これも、章介さんの言う『ブレーキ』なんだろう。
「……分かったよ。章介さんの言っていることにも一理あるし。でも、これを食べ終わったら今度こそお願いね」
「もちろんだ、約束する。ただ、ゆっくり食べろよ。急がずにな。その間に、俺が調べたことを教えるから」
「お願い」
私は章介さんの声に耳を傾けつつ、手元のパンをちぎって口に入れた。ふんわりとした小麦の香りが広がる。
うん、美味しい。昨夜の固いパンとは大違いだ。
あのパンは保存が利くから、学院時代の野外実習で散々食べた。当時のキツイ記憶の補正で、余計にそう感じるのかもしれない。
「じゃあ言うぞ。あれからゲームのファイルを調べたんだが、俺のフォルダ内にあったゲームの総数は121本。その中で、今回の転移の影響を受けたと思われるゲームの数はおそらく11本だ」
「ちなみに、どうやって調べたの? まさか一本一本起動したわけじゃないでしょ?」
さすがにそれでは時間が足りないはずだ。
口の中のものを飲み込んだタイミングで、疑問をぶつけてみる。
「いや、まさか。データの更新日時を調べたんだよ。最近プレイしたゲームは数本だけだから、新しい日付はそんなに多くないはずなんだ。なのに、その中のいくつかが『〇〇〇〇年11月10日13時45分』になっていた。ちょうどティオたちが転移したタイミングだから、間違いなく何かしらの影響を受けているはずだ」
なるほど。数は少なくないが、1/10以下まで絞り込めたわけだ。とても助かる。
これなら運が良ければ数日中には全員に会えるかもしれないと、これからの行動を頭の中でシミュレートしながら、目玉焼きを口に運ぶ。
あ、この卵、美味しい。
「で、お前が一番知りたいだろう情報だが、彼女たちが入り込んでいると思われるゲームを3本とも絞り込めた。おそらく、という前提にはなるがな」
「ゴフッ!?」
章介さんの発言に、飲んでいたオレンジジュースを吹き出してしまった。
しかも気管に入ったようで、めちゃくちゃ痛い。果汁100%はかなり効く。
「おい、大丈夫か? 慌てて飲むなよ。汚いな」
「ゲホッ……ゴホッ……! いや、それどころじゃ……! ていうか分かったの!? みんなの居場所が!?」
椅子を倒しながら勢いよく立ち上がり、顔が映る至近距離まで水晶に近づく。
口元を押さえてなんとか咳を抑え込むが、そのせいで鼻からもジュースが垂れてきた。
水晶に反射する私の顔は、口と鼻からジュースを垂らし、痛みで涙まで流しているという、女性としてかなりまずい状態だった。が、その事実は一旦横に置いておく。
一番知りたかった情報がすぐそこにあるのだから、なりふり構っていられない。後で少しは気にするかもしれないが、今は誤差の範囲だ。
そんな私の勢いに、ドン引きしたような声が水晶から漏れた気がしたが、無視する。
さらに顔を近づけると、水晶が物理的に後退したように見えたが、きっと気のせいだ。
「あ、ああ。あくまで『おそらく』だが、ほぼ間違いないと思う。……いやティオ、気持ちは分かるがちょっと落ち着け。今のお前、ドアップでモニターに映ってるけど、えらいことになってるぞ?」
「そんなことは後の私がなんとかするから放っておいて! それよりみんなの安否は!!?」
さっきから顔を近づけるたびに、水晶がジリジリと後退する。
ちっ、逃げるんじゃない。
私はテーブルに身を乗り出し、水晶を両手で掴んだ。
生身同士だったらキスをしかねない距離だ。
ちなみに後から聞いた話だが、章介さんはゲームプレイヤーとして俯瞰する通常の視点と、自分の分身として水晶から見る視点の二つを切り替えられるらしい。
そしてこの時は話し合いということで、後者の視点だったそうだ。
モニターいっぱいに映し出された、私の少々ヤバいドアップにはかなりビビった、とも後に聞いた。
人に見せられない顔をしていた自覚はあるが、それでも元はそこそこ美人のつもりだ。そこは我慢してほしい。
「待て待て待て! 水晶を揺らすな! 気持ち悪い、酔う!!」
感情のままにガックンガックンと揺らしながら問い詰めるが、聞こえてくるのは悲鳴のような叫び声ばかりで会話にならない。
仕方なく逸る気持ちを抑え、水晶をテーブルへと戻した。
時折嘔吐くような声が聞こえるが、早く続きを話してほしい。後で謝るから。
「……落ち着けって言っただろうに。ったく。話を戻すぞ。さっき更新日時の話をしただろ? その中で、更新日時が更新され続けているゲームが3本だけあったんだ。もちろん、俺は起動すらしていない」
それを聞いた瞬間、私の心に光が差し込んだ。
「……それって……もしかして……?」
「ああ。状況までは分からないが、三人とも無事で、ゲーム内で何かしらの行動を起こしていると思っていい」
力強く語られたその言葉に体の力が抜け、椅子へとへたり込んで背もたれに身を預けた。
よかった、みんな無事だったんだ……。
深い溜息が漏れ、その後、小さく笑いが込み上げる。
きっと無事だと信じていても、やはり最悪の可能性を完全に捨てきることはできていなかったから。
みんな大なり小なり怪我を負っていたし、ツバメさんに至ってははぐれる瞬間まで意識が戻っていなかった。
しかし無事でさえいれば、あの三人ならそう簡単にどうこうなることはない。
あとは迎えに行くだけだと思えば、心の重しは半分以下になった。
「だからティオ、さっさと残りを食べちまえ。早く迎えに行くんだろ?」
章介さんの言葉にハッとする。少し放心していたようだ。
まだ無事が分かっただけで、合流できたわけじゃない。気を抜くわけにはいかない。
私は改めて気持ちを入れ直し、食事を再開した。
気持ちが急いているためペースは早くなるが、昨夜よりも食事がずっと美味しく感じられた。
……いや、本当に昨日より美味しいな?
というか、明らかに豪華になっている。昨日は固いパンとミルクだけだったのに、調理するにしても材料はどこから……?
そこまで考えた時、ある可能性が頭をよぎった。 まさかと思い、視線を水晶に向けると、
「あ、それとこれを塗っておけ。【傷薬】だ。お前、左腕を怪我してるだろ。応急処置はしているみたいだが血が滲んでるぞ。説明に『非常によく効く』とあるから、効果は保証できる。あと、これから向かう3本のゲームの攻略情報もまとめておいた。その都度ナビはするから、ある程度効率よくクリアできるはずだ」
それを聞いて確信した。
「ねえ章介さん、一つ聞くけど……あなた昨日、寝た?」
「…………寝たよ」
「絶対嘘じゃん! 何やってんの!? 私のことを一服盛って無理やり寝かせたくせに、自分は一晩中色々やってるなんてどういうつもり!?」
「言い方ぁ! 今のセリフだけ聞いたら、完全に事案じゃねえか! ここにソフィーさんがいたら、目を輝かせながら張り付かれてるぞ!」
ソフィーに対する信頼(?)がすごい。そして何一つ間違っていない。
というか、私の行動にあれだけ言っておいて、本人が無理をしていたら世話はない。ブレーキにもブレーキが必要でしょうに。
「あのね、そんなこと言っても誤魔化されないから。この傷薬も攻略情報もそうだけど、章介さん、この【無人島】の開拓も進めてるよね? 私に休めって言っておいて、本人が休まなかったら意味ないでしょ」
全ゲームデータの照合、3本分の攻略情報の整理、そして無人島の開拓。
どう考えても時間が足りない。
仮に寝たとしても、わずかな仮眠程度のはずだ。
私が寝ている間に、ここまでしてくれていた事実に、感謝と共に罪悪感が湧いてくる。
そんな私の表情を見たからか、章介さんはしばらく沈黙した後、小さく溜息を吐いた。
「……本当に気にする必要はなかったんだけどな。昨日の午前中はのんびりしてたし、午後のゲーム攻略もほぼお前がメインだったし。確かに多少の眠気はあるが、お前と出会う前のチャットじゃ徹夜になることもたまにあったしな。それに、俺にできるのはティオのサポートくらいだ。無人島の開拓を進めたのも、怪我を治すための【傷薬】の作成と、栄養を摂らせるための食材を確保するためだからな。俺は俺のできることをやっているだけだよ。そして今、ティオがやるべきことは、万全の態勢でみんなを迎えにいくことだ。だから何度も言うが、気にするな」
それを聞き、思わず目頭が熱くなって下を向く。
私はあまり、こういう状況に慣れていない。
昔から何でも自分でできるようにしてきたし、才能もあった。だから誰かにフォローされる経験自体が少ない。
マリア姉とツバメさんは、いつも見守ってくれている。
ソフィーは、いつも隣を歩いてくれている。
でも、誰かに『背中を押される』という経験はあまりなかった。
特に、心を許した相手に背中を押されることが、こんなに感情を揺さぶるということを初めて知った。
顔を上げる。
そこには涙の痕もなく、強い意志を秘めた笑顔があった。
「分かった。ありがとう。絶対にみんなと無事に再会するよ」
私は改めて、気合を入れ直した。
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