021 拠点での幕間
眼前には、どこまでも水平線が広がっている。
無人島の少し小高い丘。草原に立つ俺たちの体に、優しく吹き抜ける風が海の匂いを運んできた。
日はすでに沈みかけ、空は茜色から夜の帳へと色を変えようとしている。
このまま立ち尽くしているわけにもいかない。
俺はフヨフヨと浮遊する水晶を移動させ、このゲームの初期拠点である小屋へと、案内するようにティオの先を進んだ。
歩くこと数分。日が完全に落ちる前にたどり着いた俺たちの前には、小さなログハウスが建っていた。
ここが、彼女たちの拠点となる予定の場所だ。
「へ~、ゲームの家って実際に見るとこんな感じなんだね。無人島なのに新築同様じゃん」
ティオが興味津々といった様子で、小屋の外観をキョロキョロと観察する。
「なあティオ、もうすぐ暗くなる。中に入ろう」
「あ、そうだね。ドア、開けちゃっていい?」
「いいぞ」
俺の返事にティオは『それじゃ遠慮なく』とドアを開け、俺もその後を追って中へと入った。
入り口脇のスイッチを入れると明かりが灯り、薄暗かった小屋の間取りがはっきりとした。
入ってすぐのリビングには、四角いテーブルに四脚の椅子。
壁には棚が一つと、こぢんまりとしたキッチン。
左手の部屋は寝室で、奥には浴室とトイレがある。小さいながらも、生活に必要な設備は一通り揃っていた。
「いいじゃん、ここ。設備が揃ってるし、生活には困らなそう」
「だろ? 今はまだ何もないけど、開拓が進めばどんどん便利なものも増えるしな」
しばらく室内を確認して回っていたが、ティオに声をかけられてリビングへと戻ってきた。
椅子を引いて座るティオに対し、俺はどうすべきか悩んだ。
水晶の姿で椅子に座ると彼女から完全に見えなくなってしまうため、結局テーブルの上へと着地する。どうやら、ここが俺の定位置になりそうだ。
俺がテーブルに降りたのを確認すると、ティオは本題とばかりに次の行動を切り出した。
「じゃあ章介さん。早速で悪いんだけど、私を次のゲームへ移動させてほしい」
その言葉に、俺は眉をひそめる。
「……大丈夫か? ついさっき一つ目のゲームをクリアしたばかりだろ。せっかく拠点に来たんだ、少し休んだ方がいいんじゃないのか?」
彼女は今朝からいくつもの修羅場を潜り抜けてきている。肉体的にも精神的にも、かなりの疲労が溜まっているはずだ。
他の三人も心配だが、俺は目の前の彼女の体も心配だった。
だが、そんな心配を余所にティオは明るい声で笑った。
「いや、全然問題ないよ。今の私はゲームキャラみたいなものだし、疲労を感じにくくなってるのかも。ほら、ゲームによっちゃ何日も寝ずに走り続けても平気だったりするじゃん?」
元気をアピールするように、肩をグルグルと回してみせる。
「……本当に、大丈夫なんだな?」
「章介さんは心配性だね。見ての通りだよ。だからすぐにでも、ソフィーたちのことを探しに行ける」
じっと彼女の様子を観察していたが、やがて俺は軽くため息をついた。
「……そっか。俺の心配しすぎだったな。わかった、次のゲームの攻略に入ろう」
「そうこなくっちゃ! 早くみんなの無事を確認したいからね。あ、移動さえさせてくれれば、章介さんは休んでていいから。ゲーム内の私と違って、そっちは疲れたでしょ?」
「気にするな。今日から三連休だからな。朝も遅かったし、俺も特に疲れてないから」
実際、俺にそこまでの疲労はない。
昼過ぎまでは撮り溜めたアニメを消化していただけだし、攻略中もメインの操作はほぼティオだった。
四時間近くモニターを眺めていたせいで目は多少重いが、その程度だ。
このまま続行することに、支障はない。
「ならいいけど……でも、無理はしないでね?」
「わかった。無理な攻略はしないようにする」
俺の言葉に、ティオが頷く。
「うん、お願いね。それじゃ次のゲームの話だけど……今、みんながどのゲームにいるか分かれば話は早いんだけどね。水晶がここにある以上、向こうからの通信はできないはず。だから最悪、片っ端から探しに行く必要があるかもしれないんだけど……」
「それについては、ちょっといいか?」
話を遮られたティオが、『何?』という表情で水晶を見つめる。
「それに関しては、俺の方である程度調べられるかもしれない」
「えっ、ホント!?」
ティオは目を丸くして、テーブルに身を乗り出した。
先ほどまでの落ち着いた振る舞いとは裏腹に、表情には安堵と焦りが混じっている。
その姿にある確信を持った俺は、【無人島】のアイテムボックスから『それ』を取り出し、テーブルの上に置いた。
「? なに、これ?」
「見ての通り食事だよ。まだ最低限のものしかないけどな」
テーブルに並べたのは、このゲームの初期食料である【硬いパン】と【ホットミルク】だ。
ゲーム開始時に所持しているのは、開拓用の道具数種と【小麦粉】【水】【ミルク】の三種。それらを加工することで、これらの料理が作れる。
初期状態で作れるのはこれだけだが、最低限の飢えは凌げるようになっている。
実はティオとの会話の裏で、俺はこっそりアイテムウィンドウを開き、これらを生成していたのだ。
ティオは全く気づかなかったようだが、クリック一つで料理ができるのはゲームの優れた機能と言えるだろう。本来ならパンを焼くだけでもそれなりの時間がかかるものだし。
いきなり現れた食事に目を白黒させているティオへ、俺は静かに告げた。
「お前、ずっと飲まず食わずだろ。少しは腹に入れておけ。じゃないと疲労云々の前に、体力がもたなくなるぞ」
「いや、でも、そんなのんびり食事してる暇なんて……」
「どのみち、調べるのは一分二分じゃ無理だ。なるべく早く済ませるから、その間に食っちまえ」
ティオは何か言いかけたが、今の自分にできることが他にないと悟ったのか、浮かせていた腰を椅子に下ろした。
「はあ、そうだね……。空腹なのは確かだし、待ってる間はできることもないか。ごめんね、章介さん。急いで食べるから」
「何度も言うけど、気にするな。調べるのは俺に任せて、その間だけでも休め」
ティオが食事に手を付けるのを横目に、俺はPCに保存された膨大なゲームフォルダを開いた。
俺の想像が正しければ、ある程度は居場所を絞り込めるはずだ。
そしてもう一つ。こちらも想像通りなら、もうすぐ『その時』が来る。
数分ほどフォルダを漁ってから、再び【無人島】の画面へと視線を戻す。
そこには、完食した器を前に、テーブルに突っ伏しているティオの姿があった。
完全に、眠っている。
それを見た俺は『やっぱりな』と、深く息を吐いた。
違和感はあった。
普通、最高難易度のパズルゲームを四時間以上もぶっ続けでプレイすれば、相当な精神疲労を感じるはずだし、それ以前に、彼女たちは元の世界でドラゴンという化け物と死闘を繰り広げている。
その後一か八かの転移まで行い、体力、思考力、魔力、全てがガス欠寸前のはずだった。
ドラゴンの少女に不意打ちを食らわせた後、立ち上がった敵に対してティオが舌打ちをしたのも、自分に余力がなく一撃で仕留めきれなかった焦りゆえだろう。
その後の連撃もすぐに息が上がっていたが、腐ってもあいつは軍学校である魔法学院卒だ。体力がないと言っても引きこもり並みのはずがない。体力が尽きるのが早すぎた。
そして、この無人島へ降り立った瞬間の着地。
彼女は足を縺れさせて転んでいたが、戦闘中の動きを見る限り、運動神経が悪いわけではない。
おそらくあの時点で、足に力が入らないほど疲労は限界を超えていたのだ。
それでも、疲労などないと嘘をつき、仲間の捜索に急ごうとした理由。
ティオは、転移の失敗も、仲間がPC内に閉じ込められた現状も、すべて自分の責任だと感じている。
自分が一刻も早く助けに行かなければならないと、己を追い詰めているのだ。
先ほどの会話でも『疲労はない』と強調していたし、隠しきれない焦燥感も何となく感じ取れた。
現状、ゲーム間の移動には俺の協力が不可欠だ。もし動けないほどの疲弊を知られたら、俺に止められる――そう考えたに違いない。
まあ、その通りだ。実際に止めさせてもらった。
俺が使ったのは、ゲーム内のアイテム【ホットミルク】。
ただミルクを温めただけの簡素な料理だが、その説明文にはこう記されている。
『温めたミルク。寝る前に飲むと、ぐっすりと夢の中へ熟睡できる』
もちろんただの牛乳であって、睡眠薬の類ではない。
だが、極限まで疲労を隠している今の彼女なら、この『システム上の効果』がビンゴするのではないかと考えた。
結果は見ての通り。それほどまでに彼女は限界だったのだ。
ティオの気持ちはわかる。
自分のせいで親しい人たちが危機に晒されていると思えば、俺だって同じ無理をしたかもしれない。
だが、あの時彼女が転移を発動させなければ、今頃全員が炎の中に消えていた。
決してティオのせいではないはずだ。
しかし、あのまま放っておけば、彼女は限界を超えてでも動き続けただろう。
そうさせるわけにはいかない。
これからの攻略は、パズルだけではない。もしアクションやRPGのように、ゲームオーバーが『死』に直結する描写があるゲームだった場合、コンティニューが効く保証はないのだ。
疲労困憊のティオを送り込むのは、あまりに危険すぎる。それでは死なせに行くようなものだ。
最低限コンディションを整え、俺もゲームの情報を完全に把握する必要がある。
だからティオの覚悟には悪いが、今は休んでもらうことにした。
……目が覚めたら怒られるかもしれないが、俺もこれは譲ることは出来ない。
その代わり、彼女が眠っている間に、俺ができる最大限のことをやるだけだ。
俺はマウスを動かし、カーソルでそっとキャラクターを拾い上げると、そのまま寝室へとドラッグした。
ゆっくりとベッドの上に降ろし、再びPCのゲームフォルダへと戻る。
「じゃあ、やるか」
俺は指をパキパキと鳴らすと、マウスを握り直し、モニターへと深く向き合った。
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