020 【ブロート3】その4 ~無人島へGO~
画面では、ティオの背景でストーリーモードクリアのエンディングが始まり、スタッフロールが上から下へと流れていく。
それを背にティオとこれからの行動を話し合おうとしていると、スタッフロールと共に輝く何かが降りてきた。画面を眺めていた俺がいち早くそれに気付くが、ティオは頭上の様子には全く気付いていないようだった。
「おいティオ、お前の頭上から光る玉みたいなものが降ってきてるぞ」
「は? 上?」
俺の声に、まだ呼吸が整いきっていないティオが視線を上げると、光る玉はすでに真上まで来ており、彼女は反射的にそれをキャッチしてしまう。
「あっぶな! って、重っ!? こんなの頭に落ちてきたら怪我じゃ済まないんだけど!?」
「お、ナイスキャッチ。って何だそれ? 占いに使う水晶みたいに見えるけど」
慌てるティオの両手の中には、直径30cmほどの透明な球体が握られていた。
初めは文句を言っていたティオだが、球体をじっと見つめると首を傾げだす。
「ん? なんか章介さんの声がこの球体から聞こえる? それにこれ、見覚えがあるような……って、ああっ!!?」
「うるっせぇえええ!!!」
手元の球体に向かって叫ばれたティオの声が、今まで以上に強烈な大音量となってスピーカーから放たれた。 さっきまでとは桁が違う。鼓膜が痛い。
「痛ってぇ……急に声がデカくなったぞ、何したんだよ……? ……っていうか、その球体がどうした? 何か知ってるのか?」
耳を押さえながら尋ねると、ティオは心底驚いた様子で答えた。
「いやこれ、私の研究室にあった魔導通信機の水晶だ! 間違いない、私が刻んだ魔導回路が薄っすら見える。あの時の不完全な転移に巻き込まれたのかも!」
「マジかよ!?」
「マジだよマジ! そっか、どうやって私達の会話が成立してたかと思えば、この水晶がゲーム内に取り込まれて通信機代わりになっていたんだ。そう考えると運が良かったかも。水晶がなかったら章介さんと意思疎通ができなかったからね」
つまり今の大声は、マイクに向かって至近距離で叫んだようなものらしい。
しかし、ティオの言う通り運が良かった。
あの時、スピーカーから声が聞こえてこなければ、彼女がパソコンの中に取り残されているなんて想像すらできなかっただろう。
「ただそうなると、ソフィー達とは完全に通信が途絶えた状態ってことなんだよね」
「……ああ、そうか。だからあの時、お前の声だけが聞こえたんだな」
「そういうことになるね。とにかく、みんなの安否を確認したいところだけど、まずはこっちをどうにかしないと」
振り返り仰いだ視線の先では、エンディングのスタッフロールが終わろうとしていた。
ゲームをクリアして体が自由になったとはいえ、エンディングが終わった後にティオがどうなるかは分からない。色々な可能性はあるが、少なくとも楽観はできないだろう。
「一難去ってまた一難だな。どうする? 縛りが消えたってことは、このゲームから移動できそうなのか?」
「前例なんて無いから『たぶん』としか言えないけどね。ただ、パソコンの中に放り出されたらどうなるか想像できないから、他のゲームへ移動する方が助かる可能性は高そうかな。世界観が設定されている場所なら、そこまでおかしなことにはならないだろうし」
「他のゲームか。何でもいいのか?」
頭の中で、PCにインストールされているゲームの一覧を思い浮かべる。未プレイばかりで正確な記憶はあやふやだが、種類だけなら百本ほどあるはずだ。
「そうだね……希望を言うなら、ある程度生活の基盤があるゲームだと助かるかな。今回みたいなゲームだとすぐ移動することになるし、パソコンからの脱出の目途もすぐには立たないだろうから。拠点を構えられるようなゲームだと嬉しいかな」
「腰を据えて生活できるゲームか……。となるとスローライフ系だよな」
希望を聞きながら、ゲームフォルダを開こうとマウスを動かすと、【ブロート3】のウィンドウの下に『インストール完了』の文字があるのに気付いた。
午前中に操作したまま、すっかり忘れていたゲームだ。当然、インストールはとっくに終わっている。
しかも都合がいいことに、ティオの希望にぴったりな内容だ。
「なら丁度いいのがあるぞ。ほら、前にお前が興味持ってた、無人島生活のゲームだよ」
「あ、前に話題に出たやつ? ホント!? それがあるならそれがいい! 自給自足できるヤツでしょ? 一度やってみたかったし、今の私なら実際に体験できるしね。一石二鳥だよ!」
思った以上に食いつきがいい。
それだけ喜んでもらえるなら、俺としても嬉しいけど。
さっそくゲームを起動させる。
【ブロート3】とは対照的な、のんびりとしたBGMと共にタイトル画面が現れた。
【わくわく☆無人島ライフ】
三年前の発売以来、大人気となった【無人島ライフ】シリーズの二作目で、先月発売されたばかりの新作だ。
名前の通り、無人島での開拓を進めることで施設やアイテムが増えていく、明確なクリア条件はない、ただスローライフを楽しむことを目的としたゲームだ。
二作目は前作よりも自由度が増しており、すでに500時間以上プレイしている猛者もいるらしい。
ちなみに俺は発売日に買ったものの放置しており、これが初プレイとなる。
【さいしょからはじめる】を選ぶと、キャラクターエディット画面になった。
だが今回は俺がプレイするのではなく、ティオを移動させるのが目的だ。主人公を作る必要はないので、一旦そのまま待機する。
「とりあえず起動したけど、どうやって移動する気だ?」
「うーん、そうだね……逆に聞くけど章介さん、何か方法を思いついたりする?」
「あるわけないだろ、こんな特殊な状況で。そもそもパソコン内の移動なんて、ドラッグするくらいしか思いつかないぞ」
マウスを握り、カーソルをティオに合わせて冗談半分で左クリック。
そのまま、ずいと上へ動かしてみた。
「「……え? ………えええええ!?」」
驚愕の声が重なる。
全くの予想外だったが、なんとティオの体が首を掴まれた猫のように吊り下がっていた。
驚きのあまりマウスから指を離すと、ティオはストンと地面に着地する。
しばし無言。
再び掴んで持ち上げる。
離す。
持ち上げる。
離す。
持ち上げる。
離す。
持ち上げる。
離す。
持ち上げ――――――
「ストォォォップ!! 章介さんストップ! ストンストン落とすのやめて!」
「あ、悪い」
最初は驚愕したが、途中から楽しくなって何度も繰り返してしまった。
当然ながらティオから待ったがかかる。
ほとんど高さはなかったため怪我の心配はなかったが、さすがに少々ご立腹の様子だ。
「まったくもう、私で遊ばないでよ。……で、今の何だったの? 襟を掴まれて持ち上げられたような感覚なのに苦しくなくて、ふわっと浮き上がった感じだったけど」
「いや、俺も驚いたんだけどな?さっき言った『ドラッグ』だよ。対象にカーソルを合わせて、ボタンを押したまま動かすデータ移動の方法なんだけど……まさか本当にお前が持ち上がるとは」
本当に驚いた。
カーソルがティオに重なると、矢印から『指のマーク』に変化していたのだ。
ゲーム攻略中はそんなことはなかった。これがティオの言っていた『見えない鎖』が外れた結果なのかもしれない。
「なるほど、今の私もデータのようなものだから動かせるのかもね。なら話は簡単だ。ドラッグで無人島のゲームに移動させてもらえばいいんだし」
顎に手を当て納得したティオが口角を上げる。
「……大丈夫かね?」
「章介さんの懸念もわかるけど、やってみるしかないよ。それにこの水晶がなきゃ通信もできないし、みんなと合流するためにも私がこれを持って赴くしかないからね」
「……そうだな。どの道、やるしかない、か……」
前代未聞の事態で結果が全く分からないうえに、一歩間違えればティオを失うかもしれないと思うと決断が鈍る。
だが本人がやると言うなら、俺も覚悟を決めるしかない。
「よし、準備はいいか?」
「うん、いいよ。水晶もしっかり抱えた。お願い!」
「分かった、いくぞ」
慎重に彼女を『掴み』上げ、ゆっくりと【ブロート3】から【無人島ライフ】のウィンドウへと運んでいく。
ウィンドウの境界を越える瞬間に緊張が走ったが、ティオは何事もなく無事に移動することができた。
そのままマウスを放すと、彼女はエディット画面へとストンと降り立った。
しかし着地の瞬間、開きっぱなしだったエディット項目が異常な動きを見せ、彼女が抱えた水晶が激しく発光し始めた。
「えっ、何!? なにこれ!?」
「は!? ちょっ……何だ!?」
二人そろって慌てるが、水晶の輝きはさらに大きくなっていく。
そして画面全体が光に覆われ、数秒後。
光が収まると、画面には無人島の風景が広がっていた。
「ぐえっ!?」
ドスンという音と共に、ティオが背中から倒れ込む。
着地をした際、足を縺れさせて転んだようだ。
「痛たた……」
「大丈夫か? 見事な転びっぷりだったけど」
「……あー、うん。ちょっと腰打ったけど大丈夫……」
ティオは腰を押さえノソノソと起き上がるが、ふと自分の手に気付く。
「あれ!? 水晶は!?」
ついさっきまで抱えていた水晶が消えていた。
慌てて地面を見渡す彼女だが、プレイヤー視点の俺にはその位置がはっきり見えていた。
「……ティオ、地面じゃない。上だ。目線の高さを見ろ」
「え? 上?」
彼女が視線を戻し、背後を振り返ったところで凍り付いた。
「……は?」
そこには、ティオの目線の高さでふわふわと浮かぶ水晶があった。
しばらく呆けていたティオだが、ハッと我に返ると水晶をいじりだす。相変わらず、未知の事態にも躊躇なく手を出せる胆力はすごい。
どうやら手を離すと空中で静止し、掴めば自由に運べるらしい。
彼女が水晶を叩いたり光にかざしたりして観察する横で、俺は画面上の『ある異変』に気付いた。
画面左上の主人公名が、【水晶】になっているのだ。
これはゲーム内にいるティオには見えないはずだ。
まさかと思い、試しにキーボードのカーソルキーを押してみる。
「うわっ!? 何、勝手に動いた!?」
画面内では、手の中から勝手に動き出した水晶に驚くティオの声が響く。
右、左、上下に動かし、再びティオの手の中へ戻す。
「え? どうなってんの? ……もしかして章介さん、今何かした?」
水晶を抱えたまま、ティオが眉を寄せる。
いい勘だ。さっきまで慌てていたのに、冷静になるのが早い。
「ああ、キーボードを叩いたら水晶を操作できたんだ」
「……なぜ?」
もっともな疑問だ。
自分が作った魔道具をゲームの外から俺が操っていたら、不思議に思うのも当然だ。
だが、おそらく原因はこれだろう。
「多分だけどな?このゲームを起動して、エディット画面にお前が入ったとき、どうやら『水晶』の方が主人公として登録されちゃったみたいなんだ。だから俺が操作できるんだと思う。名前も【水晶】になってるし」
俺の説明に、ティオは顎に手をやる。
「……確かに水晶は章介さんと繋がってるから、プレイヤーの分身として判定されたのはおかしくないんだろうけど……でもさ?エディット画面には私も一緒に入ったじゃん?」
「そうだな」
俺は頷く。
そもそも俺はティオをエディット画面に移動させたからだ。水晶はあくまで持ち物だった。
「……ってことはだよ? 私、水晶に主人公判定で負けたってこと?」
神妙な顔で呟くティオから、俺はそっと視線を逸らした。
決して、吹き出しそうになったのを誤魔化したわけではない。
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