019 【ブロート3】その3 ~第一のゲーム攻略完了~
「……よし、準備はいい?」
「……ああ、大丈夫だ。任せてくれ」
目の前に立ち塞がるのは【ブロート3】のラスボス、ドラゴンの少女『レベル10』。
ついに50回目の挑戦になる。
これまで散々敗北を積み重ねてきたが、ようやく攻略の糸口、すなわち必殺技の詳細を掴んだ。
チャンスはおそらく一度きり。確実にこの初見で決める必要がある。
互いに準備を確認し合うが、拭いきれない不安が胸をかすめる。
「じゃあ、やるよ? この一回で私の実力を見せてあげるから。……でも、これ本当にうまくいくかな?」
「……分からん。だが現時点ではこれが最適解だ。……正直、俺が対戦相手にこれをやられたら絶対に納得しないがな。ただルールに反則と書いてないことだけは確かだ」
「そりゃそうだね」
「よし、じゃあ【CONTINUE】行くぞ!」
こうして、50度目のラスボス戦が幕を開けた。
―――――――――――――――――――
時は少し遡る。
「「……………………は?」」
俺たちは揃って、気の抜けた声を上げていた。それほどまでに、書かれていた内容が予想外だったのだ。
必殺技の説明欄には、こう記されていた。
【次元を超えた友人】
―― プレイヤー、キャラクターの双方がブロックの操作ができる ――
つまり、俺とティオの双方が同時に【ブロート3】のブロックを操作できる、というだけ。
今まで普通にやっていた『交代でのプレイ』こそが、実はティオの必殺技だったわけだ。
道理で、俺が必殺技ボタンを押しても無反応だったはずだ。パッシブスキルとして常時発動していたのだから。
事実を知った俺たちの反応は鏡写しのようだった。しばし無言が続き、十秒ほど経ってようやく思考が再起動する。
「つかえねぇえ!!!!!」
「つかえないっ!!!!!」
二重の絶叫がこだました。俺は思わず頭を抱える。
ドラゴンの少女を倒すための切り札が、最初から切られていたことが分かったからだ。
もしティオが画面の中に囚われていなければ、速攻で電源を落としていただろう。それほどまでに頭が痛い。
画面の向こうではティオも同様に頭を抱えている。
「……ねえ、どうする? わりと手詰まり感が出てきたんだけど」
ティオが疲弊した視線をこちらへ向ける。
「……どうするかな。希望を持たされた瞬間に叩き落とされて、想像以上にどっと疲れた」
俺も椅子に深く沈み込み、脱力する。
とうとうティオは地面に座り込み、そのままパタリと横に倒れ込んだ。多分地面と一体になりたい気分なんだろう。気持ちは分からんでもない。
「……ねえ、章介さん。一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
寝っ転がった物体から声が聞こえる。
「……なんだよ? 言ってみろ。多分、俺の聞きたいことと同じだと思うけど」
ティオは寝たまま、顔だけをこちらに向けた。
「……さっきの『つかえねえ』って言葉、どういう意味で言った?」
やはり、想像通りの問いだ。
俺は椅子にだらけたまま答える。
「……せっかく判明した必殺技がクソで、『なんだよこのクソキャラ、ゴミ仕様じゃねぇか。つかえねえな』って意味だ。……ちなみにティオは?」
「……私は、やっと一矢報えると思ったら『なんで私より弱い雑魚との交代が必殺技なわけ。つかえない』って思った。……あはは、やっぱ私達って似てるね、って……」
「何てこと言いやがる!!?」
「何てこと言うわけ!!?」
お互い勢いよく跳ね起きた。
さっきまでの疲労はどこへやら、一触即発の臨戦態勢に入る。
お互い言葉にオブラートが存在しないため、時としてその一撃は致命的なダメージを与える。
「お前、雑魚って直球すぎるだろ!? 今隣にいたらリアルファイトに突入してるところだぞ!?」
「それはこっちのセリフでもあるけど!? 何クソキャラって!? 言っとくけど魔法学院は軍学校の一面もあるからね!? 私もそこそこ強いよ!?」
そろそろゲーム開始から四時間が経過しようとしている。
さすがに疲労もかなり溜まり、お互い沸点が普段よりもかなり低い。
ティオに至ってはドラゴンの少女に対するストレスもプラスされているんだろう。
しばらくガルルと唸り合っていたが、急に虚しさが込み上げ、二人とも再び座り込む。無駄な体力の消費はもったいない。
「……でも、現実問題どうしようか。ソフィー達とも合流しなきゃいけないのに」
「……結局そこだよな。期待してた必殺技がこれじゃ、俺かティオのどちらかがプレイしている間、片方が暇になるだけだ。こんな役に立たないクソ仕様じゃどうしようもな……い……………………?」
そこまで口にして、思考の端に引っかかるものがあった。
今までの会話、俺が口にしたこと、ティオが言ったこと。体育座りでこちらを不思議そうに見つめるティオ。
……それは、通常の【ブロート3】のキャラでは見ることのできない挙動だ。
頭の中で、最後のピースが嵌まった。
「章介さん、どうかした? いきなり黙り込んで」
ティオの声に俺は顔を上げる。
自分で言うのもなんだが、今の俺の顔は何とも言えない表情をしていると思う。
今から口にすることが、『こんな答えでいいのか?』という顔だ。
だけどこのままでは八方塞がりだ。やってみる価値はある。
「……なあティオ。もしかしたらだが……一つ、打てる手があるかもしれない」
――――――――――――――――――――
開始の合図と共に、『俺』は必死でブロックを組み上げる。
ティオの対戦を何度も見ていたとはいえ、レベル10のラスボス戦は俺にとって未知の領域だ。思考の限界を超える速度でブロックが降り注ぐ。
はっきり言って、俺の腕では役者不足だ。まともにプレイすれば一分、いや三十秒も持たずに勝負がつくだろう。
――まともにプレイすれば、の話だが。
俺にブロック操作を預けて自由になったティオは、開始の合図と同時にドラゴンの少女へと駆け出していた。
その拳を、全力で握りしめて。
「食らえぇええ、ドラゴンの少ぉ女ぉおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
今までの鬱憤を晴らすような烈火の気合と共に、ティオの右拳が少女の左頬を打ち抜く。
全速力の踏み込み、体重移動、腰の捻りを十全に拳に乗せた教本のような強襲の一撃に、少女は踏ん張る間もなく後ろへと吹き飛んだ。
殴られる瞬間の少女の表情を、俺は一生忘れないだろう。驚愕に目を見開いたその顔は、このゲームのキャラが絶対に見せないはずの表情だった。
……このゲームのキャラもあんな表情をするんだな……。
今更だが作戦は単純だ。
俺たちが交代している間、操作していない方は『自由』になる。それがこの必殺技の正体。
通常のキャラなら操作が移ってもその場に立ち尽くすが、ティオは意志を持つ人間だ。操作を俺に任せれば、彼女は文字通り『自由』に動ける。
そしてこのゲームのルールには、『対戦相手のキャラをダイレクト攻撃してはいけない』などという禁止事項は存在しない。そもそも、そんな事態を想定していないからだ。
寧ろあったら困る。それは最早別のゲームだ。
でも、だからこそ可能だということ。
さらにティオは近接戦闘の心得が多少はあったこと。
プラス、通常の対戦ならそんなことはなかっただろうが、理不尽な必殺技を食らい続けフラストレーションが溜まっていたせいで、普段割と温厚なティオが少女を殴ることにかなり前向きだったこと。
それらを踏まえたうえで、俺の立てた作戦は――
【ティオが少女を物理的に足止めし、その間に俺が勝負を決める】
レベル10の落下速度は早いが、ティオが二十秒も足止めしてくれれば、あとは俺の連鎖で押し切れる。
情けなく感じるかもしれないが、レベル10のラスボスはそれほどに強い。
吹き飛ばされたドラゴンの少女は数秒ほど呆然としていたが、ハッと起き上がりブロック操作に戻ろうとする。
ティオは『ちっ』と舌打ちし、起き抜けに追撃をかけた。
「……ふっ!」
鋭い呼気と共に左フックが顎を狙う。
寸前で反応した少女が体を引こうとするが、最初の一撃が効いているのか足元がもつれ、躱しきれずに右腕で受け止める。
さらに連撃。
右ストレートから意識を上に逸らし、膝蹴り、下段、そして上段蹴り。
パズルゲームのはずが、画面内では格闘ゲームさながらのコンボが展開されていた。
残念ながらほぼガードされているが、妨害という目的は十分に果たしている。
しかし少女もさすがはラスボス、攻撃を捌きながら横目でブロックを操作している。
だが、ティオの猛攻にリソースを割かれ、まともな連鎖を組めていない。
とにかく短期決戦で勝負を決めるため、レベル10の落下速度に振り回されつつも連鎖を組み上げていく。
ティオのおかげで邪魔なブロックがほとんど来ないため順調だ。
「……っ、章介さん! 言い忘れたけど、私、体力は……ホンットないから! もう、限界……っ!」
荒い呼吸と共にギブアップ宣言が飛ぶ。
少女をKOする勢いで攻めた代償に、スタミナが切れたようだ。
「任せろ! お前のおかげで間に合った!これでどうだぁ!!?」
俺が積み上げたブロックが、連鎖の爆発を起こす。
次々と消えていくブロックと呼応するように、ティオの動きもキレを失っていくが、完全に動きが止まる前に画面には鮮やかに数字が躍った。
『8連鎖』
通常の状態なら致命傷にはならない連鎖数だが、ティオの妨害で半分以上積み上がっていた少女のフィールドには、十分すぎる追い打ちだった。
画面に【YOU WIN】の文字が浮かび上がる。
50回目の挑戦にして、ついに勝利をもぎ取った。
結局最初から必殺技は使えていたし、パズルゲームで物理的なKOを狙うという発想さえあれば、あるいは一回目でクリアできていたのかもしれない。
だが、理不尽な必殺技で49連敗し、ティオのフラストレーションが頂点に達していたからこその、あの一撃だったのだ。今までの連敗も無駄ではなかったと思いたい。
「……ぜぇ、ぜぇ……お疲れ、様、章介さん。……ゴホッ……ごめん、ね、こんな長時間拘束、しちゃって……はあはあ」
「そっちこそお疲れ。大丈夫か? 呼吸がすごいけど……。あと、気にすんな。さすがにこんな状況のお前達を放ってはおけないからな」
俺たちは互いの健闘を称え合い、そして一番の懸念を口にする。
「で、どうだ? 例の見えない鎖は消えたのか?」
「……はあはあ……それはバッチリ。違和感は完全に消えたよ。これでここから出る方法も探せるはず……ふぅ」
その言葉に、俺は心から安堵した。ようやく一つ目の壁を越えたからだ。
しかしここからどうするか、課題は山積みだ。
だけど今は勝利の余韻に浸ろうと思う。
せめてもう少しティオの呼吸が整うまでは。
画面ではティオの背後にエンディングのスタッフロールが流れていた。
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