016 不完全な転移、第一のゲーム攻略開始
俺は焦っていた。
目の前の部屋は、足の踏み場もなくなるほどに散乱している。
しかし、一番なくてはならないモノが存在していなかった。
「……ティオ……みんな?……まさか失敗……。いや、待て、落ち着け。アイツはどんな転移になるか分からないと言っていた。もしかして、別の部屋に飛ばされたか!?」
俺は最悪のイメージを頭を振ってかき消し、他の部屋の押し入れの中までくまなく探すが、影も形も見当たらない。徐々に最悪の可能性が脳裏に浮かんでくる。
「おい、ティオ!聞こえるか!?返事をしろ!」
俺は再び自分の部屋へと駆け戻り、マイクに向かって叫んだ。しかし、モニターは電源ランプこそ点いているものの真っ暗で、何も映し出すことはなく、当然返事もない。
画面の向こうに反応がなく、こちら側にも姿はない。ならば考えられる答えは一つ、彼女たちは転移に失敗したのだ。
これがただの失敗なら笑い話にもできるが、今回に限っては、二度と彼女らと会えないことを意味している。なんだかんだこの一年、最も多くの時間を共有した間柄だった。一方通行の想いでなければ、仲は良好だったと思う。その友人が、わずか数分で手の届かないところへ行ってしまった可能性が、じわじわと心を締め付けてくる。
力が抜け、机に崩れ落ちた。
「くそっ……。ティオッ!俺の部屋をめちゃくちゃにした文句を聞くんじゃなかったのかよ……。約束しただろうが……」
この一年の思い出が頭をよぎり、目尻に涙が浮かんでくる。その薄っすら滲んだ視界で、自分の顔が反射する真っ暗なモニターをぼーっと眺めていると、視界の隅でモニターケーブルが緩んでいるのが見えた。どうやら、さっきの振動で外れかかっていたようだ。
気分は最低にまで落ち込んだまま、なんとなしにケーブルを挿し直すと、スピーカーからここ一年で聞き慣れた声が聞こえてきた。
『……け……ん……介さん。……章介さん!返事をして!聞こえないの!?』
声が聞こえた瞬間、俺は思考が停止した。彼女たちにはもう会えないと思った矢先の出来事に、脳の処理がオーバーしたせいだ。
だけど、さっきから何度も聞こえてくるその声が、都合の良い幻聴ではないことを教えてくれる。
『章介さんってば!聞こえないの!?……くそっ、さっきから向こうの声は聞こえるのに、全然反応してくれない。どこかでラインが途切れてるのかな……。まずいな……こっちもあんまり余裕がないんだけど……』
間違いなくティオの声だった。
状況は分からないが、まだ最悪の事態ではないらしい。その事実に一気に心が軽くなり、マイクに向かって叫ぼうとする。
「……ティオッ、お前無事で――」
『もういい加減に返事をしろぉおおお!!章介さんの特殊性癖野郎ぉぉおおお!!!』
「なんつった、貴様ぁあああああああああ!!!!!!」
『うわぁあああ!!!聞こえてるぅ!!!!!?』
許されざることを叫びやがった。
いつも通りの俺たちと言ったらそれまでだが、感動の再会の空気は消えてなくなった。
「とりあえず今の言葉は後で詰める!ティオ、お前無事だったのか!今どうなってる!?」
相変わらず姿は映らないが、声だけははっきりと耳に届く。
『……よりによってひどいタイミングで繋がったな。まあいいや。とりあえず良かったよ章介さん、ラインがつながったままで。悪いんだけど、こっちは状況がまだ収まったとは言えないんだよね』
「っていうか、今お前たちはどういう状況なんだ?悪いが画面が真っ暗で何も分からないんだが」
『そうだね……。結論だけ言うと、転移自体は半分は成功した……と思う。火の海からは、おそらく全員脱出できたはず。そこに関しては1%の確率を上手く引けた感じだよ』
「本当か!?……良かった、一先ずは無事なんだな。でも半分ってことは……今みんなはどうなってるんだ?」
本人からの無事の報告に気持ちはかなり軽くなるが、彼女は『半分成功』と言っていた。それが今、彼女たちがこの場にいない理由なのだろうし、手放しで喜ぶわけにはいかなそうだ。
『……そっちからも見えてたかもしれないけど、次元の入り口自体は何とか開くことに成功したよ。ただ、出口側が完全に開かなかったんだけどね。そっち側も前回と比べておかしいところなかった?』
その言葉に、以前の転移の際に現れた黒い球体を思い出す。
確かに、前回のコインのときと比べ、明らかに違いはあった。
「……確かに前回転移した時に見た黒い球体が現れなかったな。代わりに激しい振動や暴風で、部屋の中がめちゃくちゃだ」
『やっぱりそうか。運良く片側が開いただけで限界だったみたいだね。……で、とりあえず私の現状を説明すると、ラインの終点で通行止めを食らっている状態だね。さらに、みんなとは散り散りになっちゃった』
「散り散りって……まさか……」
ティオの言葉にぎょっと目を剥く。
だがティオは大丈夫だというように、落ち着いた口調で先を続けた。
『大丈夫、そういう意味じゃないから。転移の際の防護膜は完全に展開されているから、命に関わることはないはずだよ』
それを聞いて、俺は安堵の息を吐いた。
「……そっか、それは良かった。ホント、今日はお前と話していると胃が痛くなる内容ばっかりだな……」
『私も今日は人生でも類を見ないぐらいめちゃくちゃだけどね。で、話を戻すけど、今私がいる場所が問題なんだよ』
「そういえば何つってたっけ?出口側が開かなくて、ラインの終点で通行止めって……言って……」
話しながら無意識に目で追っていた『終着点』と思われる場所に目が止まると、俺は閉口した。
まさかとは思うが、ここ一年の出来事を考えれば決してあり得ないとも言い切れない。
もし想像通りならば、これまた特級の事態だ。
「……まさか……」
俺は『違うよな?』という確認を込めて、言葉を絞り出した。
『多分ここ、っていうか間違いなく章介さんの"ぱそこん"の中だと思う』
「マジかよ!!?マジでお前たち今、こん中にいるの!?人間が!!!?」
あまりの衝撃発言に大声を出してしまう。
え?どうするんだ?どうしよう、人間ってどうやったらパソコンから出てくるんだ?プリンターで印刷したら出力されるのか?
混乱し、おかしなことを考えていると、彼女はさらに追い打ちをかけてきた。
『それで、今"ぱそこん"の中に閉じ込められてると思うんだけど、私の目の前にカラフルなブロックが積み重なっているんだよね。しかもこれ、前に章介さんに見せてもらって、私なんとなく見覚えがあるんだけど……』
「は?見覚えがある?しかも俺が見せた?」
『うん、前にゲームのプレイを見せてもらった時にね。これ多分、落ち物パズルゲームの【ブロート】だと思うよ?』
「……えーと、つまり……?」
『つまり私は今、"ぱそこん"の中というより、正確にはゲームの中にいるんじゃないかな』
「…………マジか…………」
次々と明かされる事実に頭痛がしてくるが、頭の中は一周回って少し冷静になってきた。処理が追いつかなくて考えを放棄した、とも言えるが。
よく見ると、タスクバーに起動した覚えのないゲームのタブが開いていた。
タイトルは確かに【ブロック・ブロック・デリート3】――略称は【ブロート3】。
ティオの言うことが確かならば、今アイツはこの中にいるということになる。
俺はさっきの衝撃で机の上から落ちたマウスを拾い上げると、恐る恐る【ブロート3】のタブをクリックした。
どうやら今まで画面が真っ暗だったのは、向こうの水晶の接続が途切れたせいで映像が映らなくなっていただけだったようだ。単に、映像の途切れたチャット画面を開きっぱなしにしていただけだった。
いつもなら簡単に気づくことだが、想像以上にテンパっていたらしい。
ゲームのタイトルが画面いっぱいに映ると、軽快なBGMが流れ出す。
人気落ち物パズルゲーム【ブロート】シリーズの三作目で、ゲームを多少なりとも嗜む人間にとっては、一度は聞いたことのある曲だ。
【ブロック・ブロック・デリート3】
俺が学生の頃に初代が発売され、シリーズ化された落ち物パズルの人気作だ。
特にこの三作目は、必殺技の使用の有無が設定でき、操作するキャラごとに一発逆転可能な個性豊かな戦いが魅力の、対戦型パズルゲームの傑作と言われている。
内容はシンプル。上から落ちてくるブロックを同じ色で四つつなげると消すことができ、先に上部までブロックが積み上がった方がゲームオーバーとなる。
連続でブロックを消す『連鎖』を行うと、相手側に邪魔なブロックを送ることができるため、これを上手く使うことが勝利のカギだ。
ぶっちゃけ、必殺技のある【ぷよ〇よ】だ。
ストーリーモードは十人の中からキャラを選び、五回勝ち抜くとクリアとなる。
ゲームとしての難易度は、十段階のレベルと必殺技の有無によって大きく変わるため、初心者から上級者まで幅広い層が楽しむことができる。
正直、レベル10は頭のおかしい難易度だが。
スタートボタンをクリックし、キャラクター選択画面を開くと、そこには『11人』のキャラがいた。
ここ一年ほどで、非常に見慣れた顔が混じっている。
「見つけたっ!良かった、ティオ無事だったか!?……無事……?いや、無事ではないか?」
安堵のあまり上げてしまった俺の大きな声は、どうやらゲーム内にも届いたようで、ティオはこちらへ向けて手を振っている。
『章介さん、こっちこっち!いやぁ良かった、見つけてもらえて。さすがにどうしようかと思ったよ』
「それは俺もだよ。部屋の中にお前たちの姿がなかった時は、転移が失敗したかと思ってどうしようかと」
『心配かけてゴメンね。まあ、現在進行形で心配かけてるかもしれないけどね?』
俺の言葉にティオは苦笑いを浮かべた。
確かに、さっきまでとは別の意味で心配な状況にはなっている。
「ホントにな……。ただ、すぐに生き死にがどうこうじゃないだけ、多少はマシだと思うことにするよ。……でもこの状況、一体どうすりゃいいんだ?」
こんな状況の対処法など、ググっても出てくるわけがない。さすがに途方に暮れてしまう。
『それなんだけどさ、今ってキャラクターセレクトの画面でいいんだよね?だったら、私をプレイキャラに選択してもらえる?』
「は?お前を使ってゲームを始めろってことか?どうして?」
俺の言葉に、ティオは『まあ見てて』と言いながら歩き出すと、数歩先で前に手をスッと突き出したまま止まってしまった。
それは何もない空間にもかかわらず、まるで見えない壁に遮られているかのように見えた。昔、テレビや大道芸で見覚えのある動作だ。
「何やってんだ、パントマイムの練習か?今はそんな場合じゃないだろ」
『ちっがうよ!章介さんは私のことなんだと思ってるわけ!?ここら辺を囲うように見えない壁みたいなのがあるんだよ、だいたい三メートル四方くらいで!多分ここがキャラセレクトの場所だから、キャラ選択されないと出られないのかもって考えたんだって!』
ティオが後ろ手に見えない壁をバンバンと叩きながら抗議してくる。その様子はいつも通りの彼女だ。
この非常事態にも、特に取り乱しているようには見えなかった。 俺だったら間違いなくもっと慌てているだろうが、相変わらずメンタルの頑丈さは見習うところがある。
「なるほど。じゃあとりあえずはゲームを進める方向でいいのか?つってもお前は本来いないキャラだろ。進めても大丈夫なのか?」
『それでも行こうと思う。さすがの私でもこんな狭い空間だけじゃ、調べられることなんてほとんどないし。それに『虎穴に入らずんば』って言うしね。リターンを得るためにはリスクは付きものだから』
「……ふう、分かった。確かにこのままじゃ何も解決しないし、お前ならそう言うだろうしな」
『はは、章介さんも私の解像度が上がってきたね。良く分かってる』
「まあ、付き合いもそれなりに長くなってきたしな」
そう言いながら、俺はキャラクター名【ティオ=ブルーベルベット】を選択し、決定ボタンをクリックした。
『お、やっぱり壁が消えたみたいだ』
ティオがさっきまで壁があった場所を叩こうとするが、その手はスカスカと空を切っている。
どうやら最初の仮説は合っていたようだ。
「一先ずそこからは移動できるようになったみたいだな」
『そうだね、これで調べられる範囲が広がるよ。よし、じゃあ行こうか章介さん。サポートはよろしくね』
「何をどうすればいいか全く分からないけど、できる限りの力にはなるよ」
そうして俺たちは、第一のゲーム【ブロック・ブロック・デリート3】の攻略を開始した。
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