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チャット相手は異世界の女の子、転移失敗で俺のPCの中に?  作者: 約谷信太
第二章 厄災編

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015 ティオside ドラゴン襲来その7 ~そして…~

 私は完全に気を抜いてしまっていた。


「ブルーベルベットォ!ソフィーリア王女を連れてそこから脱出しろぉ!!」


 司令官の叫び声に、意識を現実に引き戻される。

 ハッと通路の向こうへ視線を向けると、焦燥に駆られた司令官の顔が見えた。


「下だ!ドラゴンが最後に吐き出した炎の勢いが増している!このままでは東棟が燃え落ちるぞ!」


 言われるがまま階下を覗き込むと、そこには急激に膨れ上がった炎の海が広がっていた。


「え、なんでこんな急に……まさか、研究棟の薬品に引火したの!?」


 凄まじい速さで燃え広がる火炎は、すでに東棟の外周三割近くを飲み込もうとしている。

 さらに運悪く、ドラゴンの墜落に巻き込まれた連絡通路が一階部分まで崩落し、反対側へのルートを完全に閉ざしていた。


(これじゃ本館へ逃げることはできない。炎が回りきる前に、一階から脱出しなきゃ……!)


「おい!動ける者は最低限の救護を残して下へ回れ!東棟の延焼を食い止めるんだ!!」


 通路の向こうで飛ぶ指示を合図に、私は踵を返し、三人のもとへと走り出す。


「みんな、まずい!ドラゴンの炎で下が火の海だ!連絡通路が使えないから、一階から強行突破するしかない!」


「聞こえてました!でも、こちらもまずいです。ツバメの意識が戻りません!」


「ギリギリで急所を避け、受け身は取ったようですがぁ……っ!」


 仰向けに横たわるツバメさんを挟んで、二人が焦った声を上げる。パッと見ただけでも、盾を構えていた左腕が折れているのが分かった。

 だが、直撃すれば肉片になっていてもおかしくない衝撃だ。腕一本で済んでいるのは、ツバメさんの常軌を逸した頑丈さゆえだろう。


「……分かった。じゃあマリア姉……は無理か。ソフィー、私と二人でツバメさんを運ぶよ!マリア姉は私達についてきて!」


「ええ!」


 ソフィーと両側からツバメさんの腕を肩に回した、その時。私の膝にマリア姉の手がそっと添えられた。


「どうしたの?早く逃げないと!」


 顔を向けると、深い青を湛えた瞳と視線がぶつかる。


「……マリア姉?」


「マリア? どうしたのですか?」


 この緊急事態に、いつもの糸目が開かれている。

 嫌な予感が背中を走った。あのドラゴンとの死闘ですら、彼女は普段通りだったというのに。


「……お二人共。私とツバメ様を置いて、お逃げください」



「「…………は?」」



 言葉の意味が瞬時に理解できず、私とソフィーの口から間の抜けた声が漏れた。


「何を馬鹿なこと言ってんの?」


「そうです。今はそんな冗句を言っている場合ではありませんよ?」


「冗談ではありません。状況は重々承知しております。だからこそ、動けないツバメ様と、走れない私を置いていってください。お二人だけならば、無事に脱出できる可能性があります」


「「……っ!」」


「呆けている暇はありません。今すぐに――」 「ふざけないで!!!」 「……っ!?」


 思わず怒鳴り散らしていた。マリア姉に大声を上げる経験なんて、私もソフィーも今後そうはないだろう。

 だけど、今の言葉だけは絶対に聞き流せない。


「そんなこと、できるわけないでしょ!」


「そうです!マリアは私達がそんなことをする人間だと思っているのですか!?」


「……思わないから、お願いしているんです。ソフィーリア様、貴女はこの国の王女。そしてティオ様、貴女はこの国の未来に必要な人材です。私達とは命の重みが違います。私の命と引き換えに貴女達が助かるのなら、私は喜んで犠牲に――痛たっ!?」


 ――パシィィィィン!!


 乾いた音が通路に響き渡る。

 ソフィーが、ツバメさんを支えていない方の手を振り抜いた状態で、マリア姉を猛然と睨みつけていた。音からして、間違いなく渾身の力で叩いたのだろう。

 マリア姉は目を見開いて固まっている。……それは私も同じだった。頭に上った血がスッと下がり、一周回って冷静になる。

 ソフィーは怒っても決して手を上げるタイプではない。十六年の付き合いだが、彼女が誰かを叩いたのは、過去に一度きりだったはずだ。 (※ちなみに私のことは週一で叩くし、私もソフィーのことを週一で叩くけれど)


「マリアのバカぁぁぁぁぁ!!」


「ソ、ソフィーリア様……?」


「私は、貴方達を見捨ててまで生き延びたいなんて、これっぽっちも思いません!!」


 叫ぶその瞳には、明白な『怒り』が宿っていた。

 自分よりも激しく怒る親友の姿を見て、私の怒りもすっかり治まってしまった。


「しかし……」


「しかしではありません!」


「ちょっとソフィー、落ち着きなって。……それとマリア姉、もうそんなこと言わないで。これ以上言うなら私達、ここで座り込んで動かないからね?」


 興奮するソフィーを宥めるように間に入り、二人を引き離す。

 冷静にはなったが、私にだって言い分はある。作戦前に彼女自身が言った言葉を、そのまま返してやることにした。


「それに、作戦前にマリア姉が言ったでしょ?姉貴分の命が危ないのに、見捨てて逃げる妹はいないよ」


 同じような自分の言葉を思い出したのだろう。マリア姉は大きく目を見開いた後、力なく視線を落とした。姉のような彼女の背中が、初めて小さく見えた。


「…………私は、貴女達だけは死なせたくないんです。もちろんツバメ様もですが、この状況では……。ならばせめて……」


 懇願に近い声で逃げてくれと言うが、それだけは出来ない。

 それをすれば私は自分を絶対に許せなくなる。


「…それにあなた達も逆の立場にならば、きっと同じことを言うはずです。私の気持ちを汲んでください。お願いします」


 そう言って頭を下げた。

 自分が私達の足枷になっているのが耐えられないのだろう。私達の身を第一に考えてくれている。

 そして確かに、もし立場が逆なら、私も同じことを言ったに違いない。


 でも、甘いよマリア姉。私達がその程度で引き下がると思っているなら。



「私は言ってもいいんだよ。でもマリア姉は駄目だよ」

「私は言ってもいいんです。でもマリアは駄目です」




「「……は?」」




 まさかのハモった言葉。その矛盾だらけの内容に驚いて横を向くと、『何言ってんのコイツ』と顔に書いたソフィーと目が合った。きっと私も、鏡写しのような顔をしている。



「いや、私はいいけど、ソフィーも駄目でしょ?」

「いえ、私はいいですけど、ティオも駄目ですよね?」




「「……は?」」




 またしても重なる声。何言ってんだコイツ。

 最初の驚きは、すでに睨み合いへと変わっていた。

 

 ソフィーは何バカなこと言ってるの? 頭おかしいんじゃないの?


 ツバメさん程ではないが視線でそう伝えると、向こうも全く同じ温度の視線を返してきた。

 付き合いが長いから分かる。間違いなく彼女も同じことを思っている。




「「はぁ!?」」




 ツバメさんを挟んでガンを飛ばし合う私達を見て、呆然としていたマリア姉が、ふいに吹き出した。

 その笑い声に、今度は私達が目を丸くする。


 マリア姉は普段から微笑を絶やさないが、口を開けて笑うことはまずない。怒るときも静かに怒るし、感情が大きく表情に出ないタイプだ。


 今日は初めての出来事が多すぎる。……これなら、私の魔法だって今日なら成功するかもしれない。

 ……おいソフィー、今鼻で笑ったでしょ?覚えておきなさいよ


 横目でやり合っていると、ようやく笑いの収まったマリア姉が、ポツリと零した。


「……本当に、昔から貴女達は変わりませんね。誰より思いやりがあるのに、ここ一番では誰よりも勝手で……。でも、だから私は……」


「え、なんて?」


 あまりに小さな呟きは、周囲の喧騒に紛れて消えてしまった。

 代わりに彼女が見せたのは、すべてを吹っ切ったような、いつもの美しい微笑だった。


「いえ、何でもありません。おかしなことを言って申し訳ありませんでしたぁ。すぐに皆で脱出しましょう」


 その言葉に、私達は顔を見合わせ、力強く頷いた。




 ――それはそれとして。私は、どうしても気になることが一つあった。


「ねえソフィー。一つだけ聞いてもいい?」


「え、何です?後じゃダメですか?」


 確かに時間はないけれど、たぶんマリア姉も気になっているはずだ。


「……なんでさっき、マリア姉の頬じゃなくて――おっぱい引っ叩いたの?」


「え?だって、女性の顔を叩くのは良くないじゃないですか」


 さっきの豪快な『パシィィィィン』は、ソフィーがマリア姉の豊かな母性(おっぱい)をフルスイングした音だったのだ。

 だからこそ私達は固まり、結果として冷静になれたわけだが……そこまで計算した行動なら大したものだ。 (……もちろん、そんなわけがないことは百も承知だけど)


「それに一度、『乳ビンタ』というものをやってみたかったんです!」


「だと思ったよ」


 穢れない瞳で穢れたことを言うソフィーは、この非常時にも実にアホだ。昔から変わらない。

 そんな親友に、私が言えることは一つだけ。


「実は乳ビンタって、もう一種類あるんだよ」


「えっ!?」


 驚くソフィーだが、もう一つの乳ビンタは十年経ってもBカップ(ソフィー)には無理だろう、諦めなさい。


「……ティオ、貴方今すごく失礼なこと考えてません?」


「気のせいでしょ?」




――――――――――――――――――――――




 ドラゴンとの戦闘で崩れた瓦礫を避けながら階段を下りると、研究棟の内部は見るも無残な有様だった。


 棟の一部を巻き込んだドラゴンの墜落によって、連絡通路側は完全に崩落し、剥き出しの天井から空が見えている。頑強な造りの研究棟をここまで損壊させるほどの衝撃は、備え付けの研究品や薬品を床にぶちまけ、足元を危険な惨状へと変えていた。


「……これはひどいね。二階にある私の研究室も、えらいことになってそうだ」


 杖を片手に先導しながら、三階の惨状を見て呟く。

 屋上からの瓦礫で通路が完全に塞がっている箇所も多く、階段が無事だったのは不幸中の幸いと言うべきだろう。


「そうですねぇ。後片付けが大変そうですぅ」


 ツバメさんを片側から支えながら、マリア姉が同意するように頷く。


 結局、重傷のツバメさんを支える役目はマリア姉に交代した。『魔力切れでまともに体は動きませんが、それでもティオ様よりは力がありますから』とのこと。

 悔しいが、正論すぎて反論できなかった。


 ちなみに反対側はソフィーが担当している。いくらなんでも王女様に任せて、私が手ぶらなのはおかしいと言ったのだが、『私の方が体力がありますから』と一蹴されてしまった。

 ……悔しいが、これにも反論できなかった。


 王女様より非力な自分を改めて突きつけられ、流石の私も少し凹む。

(生き延びたら、もう少し運動しよう……)

 そんな決意を胸に階段を急ぐ。


 しかし、二階まで降りた時。私たちは『最悪』と対面した。


 すでに一階は完全な火の海。猛烈な熱を孕んだ炎は、階段の二階部分にまで這い上がってきている。さらに、外周部から燃え移った炎が割れた窓から侵入し、衝撃で飛散した薬品に引火。あちこちの部屋から凄まじい勢いで火柱が噴き出していた。


「想像以上にマズい……。連絡通路は崩落、一階は火の海。完全に逃げ場がない……っ」


 地獄のような光景に息を呑み、必死に思考を巡らせる。


「ティオ、どうします?救助を信じて、もう一度屋上へ戻りますか?」


「いえ、動ける人員がほとんどいない今、この火の回る速さには間に合いません。それ以前に、研究棟がもたないと思いますぅ」


 二人の声にも、隠しきれない焦燥が滲む。

 前はダメ、上もダメ、下もダメ。救助を待つ時間もない。文字通りの八方塞がり。


 もし、二人を見捨ててソフィーと二人だけで全力疾走していれば、あるいは間に合ったかもしれない。

 だが、四人で行動した結果として逃げ場を失ったことに、後悔は一ミリもなかった。


 だからといって、素直に死を受け入れるつもりもさらさらないが。



(考えろ、ティオ=ブルーベルベット。この絶体絶命を覆す方法を。道はすべて塞がれ、物理的な移動が不可能な状況……それこそ『空間移動』でもしなければ脱出できない状況を覆す方法を……)




 …………空間移動…………?




(……っ、あ!)


 そうだ。一つだけ、方法があった。

 けれど、あれは……。



 提案すべきか葛藤し、背中を冷たい汗が伝う。確かに『あれ』なら可能性はゼロではない。

 けれど、成功率は先ほどのドラゴン討伐よりも遥かに低いだろう。そんな不確かなものに誘うのは、一緒に死のうと『心中』を申し込むようなものだ。


「ティオっ、何かあるんですね!?この状況から脱出できるかもしれない方法が!?」


 そして、私の逡巡を正確に読み取ったのは、やはり一番の親友だった。


(ホンット、隠し事ができないな。私限定の読心魔法でも使ってるんじゃないの?)


 心の中で溜息と舌打ちと苦笑いをしながら、私は観念して『その方法』を口にした。


「……次元間転移だよ」


「っ!……なるほど。確かにそれなら、この炎の中からでも脱出できますね」


 最低限の説明だけでソフィーは『なるほど』と表情を浮かべるが、対照的に私の顔は苦虫を噛み潰したままだ。


「次元間『転移』ですかぁ?『通信』ではなくぅ?」


 マリア姉が、不思議そうに首を傾げる。

 無理もない。次元間通信ですら、いつもの三人しか知らない私の極秘技術。その上位概念である『転移』は、ソフィーにしか打ち明けていない、シークレット中のシークレットだった。

 もはや隠し通す意味もない。私は観念して、自分の真の研究内容を告白した。


「……実は、私が本当に研究しているのは次元間転移。つまり『異世界との行き来』なんだ。次元間通信も本来の研究の副産物だし、王国に普及してる魔導通信機に至っては、さらにその副産物なんだよ……」


 その告白に、マリア姉は絶句して目を見開いた。

 正直、マリア姉の目が開いているのを見ると、説教される恐怖が蘇ってきて勘弁してほしいのだが。横のソフィーもビクッと体を跳ねたし


「……え、えーと。その話は一旦置いておきましょう。それでティオ、人間の転移は可能になったのですか? 貴女の顔色を見るに、何となく答えは分りますが……」


「……はっきり言って、成功率はドラゴン討伐よりも遥かに低い、としか言えない」


「でも、ゼロではないのでしょう?」


「そうだけど……多く見積もっても1%以下だよ。ちなみにドラゴン討伐は10%だった。全滅覚悟で『撃退』の数字だけどね」


 ぶっちゃけ、ドラゴンを十回連続で撃退する方がまだ現実味がある。それほどまでに分の悪い賭けだ。けれど、この状況で残された『道』は、これ以外に思いつかなかった。


「じゃあ、それでいきましょう」


 作戦前と変わらぬ軽やかさで、王女様がGOサインを出す。その瞳に迷いはない。


「……ソフィー、聞いてた?1%だよ?」


「もちろん聞いてますよ。でも、このままでは生存率は『0%』でしょう?100%と1%の差は天と地かもしれませんが、0%と1%の差よりは可能性があるだけ遥かにマシです」


「そうですねぇ。私も異論はありません」


 決断を迫られる。

 二人の視線はどこまでも真っ直ぐで、私に命を預けることを、微塵も躊躇っていなかった。


 ――ズガァァァン!!


 突き当たりの第三研究室の扉が、爆圧で吹き飛んだ。

 薬品への引火が連鎖し、炎の回る速度が一段と上がったらしい。この階もあと五分持てばいい方だろう。


「……ふぅ。……確かに可能性があるのはコレしかないか。……よし、やろう!二人とも、私の研究室に急いで!」


「はい、行きましょう!」


「承知いたしましたぁ」


 私たちは、慣れ親しんだ――そして今は炎が迫る――私の研究室へと走る。

 異世界へと繋がる水晶を目指して。


 そして。

 次元間転移の魔法が発動すると同時に、物語の歯車は音を立てて回りだす。



 ――― 物語はプロローグの終わりへ進む ―――

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