011 ティオside ドラゴン襲来その3 ~厄災、王城へ~
国亡の危機を乗り越えたはずの祝勝ムードは、ヴァルワー砦からの報告によって凍り付いた。
それは『最悪』という言葉すら生ぬるい内容だった。
「ド、ドラゴンがもう一体だと!?そんな報告は受けていないぞ!?」
司令官の叫びは、その場にいる全員の思いを代弁していた。
一体の襲撃すらここ百年はなかったというのに、二体同時など歴史上おそらく初めての事態だ。
貫通炸裂式魔導砲が使用不能な今、砦に集結しているのは負傷者だらけの満身創痍の戦力のみ。皆の脳裏に『壊滅』の二文字がよぎる。
近隣都市や国境の防衛戦力をかき集めれば一万にはなるが、当然、時間は絶望的に足りない。
そもそも百年前の文献によれば、当時は二万の兵を犠牲にしてようやくドラゴンを『撃退』したと記されている。『討伐』ではなく、追い払うのが精一杯だったのだ。
魔道具の発展により個人の戦力が底上げされているとはいえ、それでも五分五分だろう。
司令官が各所へ次々と指示を飛ばすが、砦の兵には『足止め』以外の命令を出せずにいた。攻勢に出た瞬間、均衡が崩れ、全滅へと天秤が傾くのは明白だからだ。
このわずかな猶予の間に、次の決断を下さねばならない。
兵の無駄死にを防ぐための撤退も視野に入れるべきだが、そうなればドラゴンはこの王城まで一直線に攻め入ってくる。どちらを選んでも、王国の終焉は免れそうになかった。
私は錯綜する思考の中で、調査隊の報告に感じた違和感の正体に気づいた。
(そうか、調査隊は『南下を開始』と言っていた。皆、火山帯の南側にいた調査隊が襲撃を受けて壊滅したと思っていたけれど、それなら『北側から襲撃を受けた』と言う方が自然だ。つまり実際は、南下していく一体目を見送った直後、背後の北側から現れた二体目の強襲を受けた……ということか。くそっ、もっと早く気づいていれば、まだ多少の猶予はあったのに!)
唇を噛み、後悔を滲ませている間に、会議室は紛糾し始めた。
「まずは砦の兵に時間を稼がせ、国王陛下たちを避難させなければ!」
「その先はどうする!砦を抜かれればヤツは王都にやってくる。城と街を破壊されれば、この国は終わりだぞ!」
喧々諤々とした議論を眺めながら、私は一つだけ策を思いついていた。成功率は一割にも満たない。本来なら、決して許可が下りないような無謀な作戦だ。
そんな私の雰囲気を感じ取ったのか、それまで冷静に場を観察していたソフィーが尋ねてきた。
「ティオ。もしかして、何か策があるのではないですか?それも、説明しづらい類のものが」
その言葉で、部屋中の視線が一気に私へ集まる。
私は心の中で舌打ちした。
(さすがだよ、親友。的確に私の思考を読んでくる。……こういう時は、勘弁してほしいんだけどね)
狼狽えていた国王陛下が、藁にもすがる勢いで身を乗り出した。
「ティオ=ブルーベルベット!策があるのか?どんなものでも構わん、聞かせてくれ!」
だが、私はすぐには言葉を返せなかった。
「ブルーベルベット、今は一刻を争う。国王陛下の問いに答えるんだ」
「お前さん、採用するかは別として、まずは説明だけでもしてみたらどうだ?」
司令官やグラム室長からも促され、私はついに観念して口を開いた。
「……貫通炸裂式魔導砲の『試作弾』を使った作戦になります」
「何だと!?アレがまだ残っていたのか!?なぜそれを早く言わん!?」
司令官が食いつくが、話はそう単純ではない。
「……いくつか問題がありまして。開発段階で三発ほど試作弾を作ったのですが、途中で正式な開発許可が下りたため一発だけ試射することなく残りました。しかし安全のためにパーツ単位に分解して保管されているんです。これがまず一つ目」
私は指を一本立てる。
「二つ目。これは理論の実証用なので、正式採用された弾に比べれば威力は極めて低いこと」
二本目の指を立てる。
「そして三つ目。正規の発射装置がないことです。今から製造するのは不可能ですから、試作時に使用した簡易的な発射装置を使用するしかありません」
三本目を立てる。
「そして特に問題なのは、ここからです。四つ目。発射装置に刻まれた術式についてです」
「……確か、弾体を高速射出するために『斥力』と『引力』、二つの術式を組み合わせて使うんだったな?」
グラム室長の言葉に頷く。
「ええ。ですが、魔力制御を自動で行う装置を組む時間はありません。ですから、二人の魔導師がそれぞれの魔法陣へ直に魔力を流し込み、手動で制御を行う必要があります」
「それなら不可能ではないだろう。魔法師団は出払っているが、俺を含め魔導研の人間なら最低限の魔法は扱えるぞ?」
「いいえ、それでは無理なんです」
私は首を振った。
これこそが、この作戦を『禁じ手』にしている最大の理由だ。
「威力の劣る試作弾でドラゴンの鱗を貫くには、足りない速度と威力を圧倒的な魔力量で補わなければなりません。現在、この王国内でその膨大な魔力を保有しているのは、私と……」
私は、視線をある人物へ向けた。
「馬鹿を言うな!お前はソフィーリア王女を最前線に立たせろと言うのか!?」
案の定、怒号が飛んだ。
そりゃそうだ。自国の王女を、国を滅ぼす怪物の前へ差し出す騎士などいるはずがない。
私だって、親友をそんな場所へ連れて行きたくはない。
だが、この王国の魔力保有量において、私とソフィーは№1と№2なのだ。しかも№3とは大きな開きがある。
そして私が躊躇ったもう一つの理由。それはこの無謀な作戦が、『通ってしまう』と分かっていたからだ。
「そもそも王女は魔力量こそ膨大だが、技術は並みのはずだ。戦場に出れば無事では済まんぞ!」
「それを言えば、私は学院史上最低の評価を受けています。ですが、術式そのものは装置に刻まれています。必要なのは『技量』ではなく、純粋な『魔力量』そのものです」
司令官の怒号が飛ぶが、私だってそんなことは分っている。だから言いたくなかったんだ。
しかし、私の葛藤を断ち切るようにソフィーが声を上げた。
「それでティオ。その他の問題は?」
「ソフィーリア王女!?これ以上、耳を貸す必要はありません!」
「そうだソフィーリア、お前が戦場に出る必要などない!」
国王と司令官が遮るが、彼女は動じない。
「他に策がない以上、これが唯一の希望です。ティオ、続きを」
私は目を細め、ソフィーを見つめた。
(やっぱり、こうなるよね……)
親友なら、王女としての責務を全うしようとする彼女なら、間違いなくそう答える。
「……最後の問題は、射程です。確実に鱗を貫くには、おそらく五メートル以内の至近距離で叩き込む必要があるかと」
五本の指をすべて立てた。
部屋が静まり返る。
「問題はそれで全てですか?では、試作弾の組み上げにかかる時間は?」
「私の研究室まで全力で走って五分。そこから急いで十分……いや、五分で」
ソフィーは何でもないことのように頷いた。
「では、それでいきましょう」
「ソフィーリア王女!!?」
絶叫が響き、会議室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。冷静さを保っている者は、もう数人もいない。
「駄目だ、ソフィーリア!お前はすぐに避難しろ!ドラゴンを相手に無事で済むはずがない。五メートルの距離など、死にに行くようなものだ!」
「ですがお父様。砦の戦力で撃退するのは最早不可能です。仮に撃退できても、軍が壊滅すれば治安は維持できず、国は崩壊します。そして砦を捨てれば、次はここが焼かれる。どのみち終わりなら、私はわずかな可能性に賭けたいと思います」
「だが、お前は王族なのだぞ!女なのだぞ!」
なおも食い下がる国王に、ソフィーは微笑み、凛とした声で告げた。
「王国の兵士たちが命を懸けているのならば、私も命を預けると――――命を懸けると先ほど申し上げたはずです」
今度は、誰も反論できなかった。
ソフィーの覚悟に、司令官が苦渋の決断を下し、国王を振り返る。
「……国王陛下。王女の覚悟は本物です。我ら騎士団が盾となり、必ずや王女を守り抜き、作戦を遂行させてみせます。……ご決断を」
「………………っ。分かった。作戦を、……許可する……」
国王は項垂れ、絞り出すように呟いた。
その瞬間、全員が弾かれたように動き出す。
「ブルーベルベット!砦が持ちこたえられるのは、被害を考慮すればあと十五分。そこから撤退を開始させる。ドラゴンの移動速度を計算すれば、王城到達は最短で二十分後だ。城下にはまだ市民が残っている。被害を抑えるため城の屋上、テラスへ誘導し短期決戦を仕掛ける!お前は準備ができ次第、東棟の屋上通路から合流しろ!」
「了解!……マリア姉、組み立てに手が必要!手伝ってもらえる!?」
「ええ、もちろんですよぉ」
戦場のような空気の中、急な要請にも穏やかに頷いてくれたマリア姉に短く礼を言う。
「では作戦開始だ!速やかに各自の任務に当たれ!!」
『了解!!』
司令官の号令に空気が震え、通信機を通じて各所へ指示が飛ぶ。
私はマリア姉と目配せし、研究室へと駆け出した。
「ティオ!」
背後からかけられた声に足を止める。
ソフィーが私を見つめていた。
「絶対に生き残りましょう……。テラスで待っています」
私は親指を立て、不敵に笑ってみせた。
「大丈夫。私とソフィーが一緒なら、どうにでもなる」
互いに笑みを交わし頷くと、今度こそ私は全力で地を蹴った。
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※読み切りでコメディ寄りのラブコメ、【下駄箱を開けたらパンツが入っていた】を投稿しました。
よければそちらも読んでみてください。
~あらすじ~
朝、登校した俺の下駄箱には何故か女物の下着が入っていた。
そしてその日水泳授業中に起こった女子生徒の下着盗難事件。
学校一斉に行われる持ち物検査。
俺のバッグの中には今朝の女物のパンツ。
二つの事件が重なった時、混乱の教室内で告白劇が始まる。




